表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

[Parody]エルグランド学園その2〜来たる、文化祭!〜

今回のお話は、複数のリクエストを混ぜこぜでお届け!

和音様、井萩様リクエストに、流華様、泡沫様のリク内容もほんのりプラスして……どうなることやら(笑)


限りなく現代日本な架空国にある、とある学園のお話です。


 ここは、エルグランド学園。幼稚園から大学院まで、全教育課程を網羅する、全国有数のマンモス校である。幼等部、初等部、中高等部、大学、大学院と五つに分かれたそれらは、広大な敷地の中に垣根なく存在している。

 折しも、季節は秋。この学園にとって、一年で最も盛り上がる一大行事が始まろうとしていた。


「――文化祭?」

「そうよ。幼等部から大学院まで、在籍生徒総出で三日間続く、盛大なお祭りなの」

「前夜祭も入れたら四日間ね。期待してていいよ、毎年あちこちのテレビ局から取材が入るくらい、豪華だから」

「それは相当ですね……」


 夏休み後に編入してきた高等部一年生、シェイラに説明するのは、編入生の『ペア』(早い話がサポート役)に選ばれた高等部二年生、ディアナと、その幼なじみで高等部三年生のカイだ。本日最後の授業が終わり、荷物を纏めていたシェイラのもとに二人揃ってやって来て、「今日からしばらく忙しくて、一緒に帰れない」と言い出した。『ペア』のディアナさんはともかくどうしてカイ先輩まで、というシェイラの疑問を察知したのか、二人は文化祭について説明してくれる。


「十一月の文化の日を含む連休あるでしょ? ウチは毎年アレを文化祭期間に設定していて、だいたい一月半前から、本格的な準備に入るのよ」

「何しろ規模が規模だから、それくらい前からこつこつ準備しないとどうにもならないんだよね」

「ですが……私の知識では、少なくとも中学や高校の文化祭は、各クラス毎に何をするか決めて、当日発表するものだと思っていたのですが。この学園の中高等部にはそもそも、その『クラス』がありませんよね?」


 エルグランド学園中高等部は、全国でも珍しい単位制学習制度を採っている。『クラス』があるのは初等部までで、それ以上の学習は生徒の自主性を尊重する形だ。

 何を隠そう、シェイラの父親が彼女の編入先をここに選んだのも、この単位制学習制度が大きな理由となっている。シェイラは幼い頃、父親の転勤で母と共に外国へ渡ったため、ホームルームというものに馴染みが薄いのだ。高校生になって、再び父の栄転(約十年海外で真面目にキャリアを積んだ彼は、本社の役員一直線だった)により生まれた国に戻って来たは良いものの、ときに行き過ぎた団結が求められる『クラス』というものに不安を覚えた父によって、このエルグランド学園が選ばれたのである。

 結果として、自分で好きなことを好きなだけ学べるスタイルの学園はシェイラの肌に合ったようで、案内役の『ペア』にも恵まれ、彼女はのびのびと毎日を過ごしていた……が。

 ここに来て、父が心配した『行き過ぎた団結』が勃発しようとしているのだろうか。

 ほのかな不安が浮かんだ編入生に、先輩二人は優しく笑った。


「そうね。だから基本的に、この文化祭、参加は自由よ」

「自由に学び、自由に育つ。エルグランド学園の校訓だからね。嫌がる生徒を、無理に参加させたりは絶対しないから、安心して」

「シェイラさんはまだ編入して日が浅いし、無理に誘おうとする生徒もいないと思うけど。もしも断りづらい感じで誘われたら、できれば相手の所属だけ、覚えておいてもらえるかしら。『ペア』として、私から注意を入れるから」

「すみません……」

「そこは『ありがとう』の方が嬉しいわ」


 くすくすと笑って、ディアナは鞄から、冊子を取り出す。


「これが、去年の文化祭のパンフレット。見てもらえれば分かると思うんだけど、普通の学校でいうところの『クラスの出し物』を、ここでは生徒たちが自由に集まってやりたいことをやるのね。お芝居をしたい人はそう言って仲間を集めて、模擬店や屋台もそんな感じ。それぞれがチーム名を付けるから、結構パンフレット、賑やかでしょ?」

「確かに……」


 たまたま開いたページは校内見取り図で、どこの部屋で誰が何をしているのかが一目で分かる、「よくあるやつ」だった。普通と違うのは、『3−2・縁日』みたいな書き方をされる部分が、このパンフレットでは『縁日〜ザ・ファンタジー・カーニバル!〜』となっていて、文字そのもののデザインも凝っているところか。見ているだけで楽しくなる、よくできたパンフレットだ。


「際限なく店や出し物が増えると困るから、実は一学期の間に、グループ選定は終わっているの。やりたいことがある人は、具体的に何をしたいのかを実行委員会に申し出て、それが一覧になって生徒たちに配られ、投票で決まるのよ。それはもう一学期の間に終わっちゃってて、申し訳ないんだけど」

「それは、ディアナさんが謝られることでは」

「そこはシェイラさんに賛成。ディーは何でも背負いすぎ」

「もう、話逸らさないでよ。――でね、選ばれたグループの代表は、その瞬間からチームメイトを集めるんだけど。これが期間決まってなくて、ぶっちゃけ当日参加でもオッケーくらいの緩さなのよね」

「飲食系の出店は、事前に検査があるからダメだけど。縁日とか展示とか、舞台の手伝いとかかな。当日飛び込みで歓迎されるのって」

「展示は、期間中にすることがあるのですか?」

「外部の人が頻繁に出入りするからね。展示品や校内の破損を防ぐために、最低一人は案内人って名目の見張りを置くことになってる」


 幼等部から筋金入りのエルグランド生、既に内部試験に合格し、次の春からエルグランド大学に進学することが確定しているカイの説明は、さすがに澱みがない。

 頷くシェイラに、先輩二人は困ったように顔を見合わせた。


「だからね。正直、文化祭の準備期間中に暇そうにしてるのって、そこそこ危ないの」

「どこも人手が足りなくて、いっぱいいっぱいだから。比喩でなくネコの手も借りたい状況」

「何年か前に、おかしくなった人が実際に家のネコを連れて来てたことあったわね」

「あー、あったあった。実際そいつがそこそこ使える奴だったんだよ、サボり魔探知的な意味で」

「最終的にネコアレルギーの人から苦情が出て、退場になったんだっけ?」

「あれ、俺はチームメイトが餌を与えすぎて、成人病一歩手前になったからって聞いた」


 ツッコミどころしかない話であるが、敢えて一つツッコむなら、そもそもネコがしばらく『使えていた』という状況が変だ。説明する二人も、それが変だということは重々承知している。


「そんなこんなで、忙しすぎてハイになってるのよ、みんな」

「参加したくない人に無理強いしたら、最悪チームそのものが活動停止になるから、滅多なことはないと思うけど。……学園中がテンション異常の状態が、約一月続くからねぇ」

「『ペア』としては、こんなときこそ側にいないとダメなんだけど。……私も園芸部で出店をする予定で、カイもメンバーに入ってるのよ」


 小さい頃から植物採集が好きだったディアナは、趣味と実益を兼ねて、中等部に上がると同時に園芸部へ入部した。彼女が入部してから、園芸部の菜園は華やかになり、野菜に果物はもちろん、薬草やハーブも多く栽培するようになって、今やちょっとした畑となっている。

 園芸部はその多彩な土の恵みをふんだんに活かし、文化祭では『ごろごろ秋野菜のシチュー』と『オリジナルブレンドハーブティー』の二品を屋台で出品予定だ。当日がいちばん忙しくなるとはいえ、屋台の装飾(デザイン)やレシピの調整、ハーブティーの試作など、することは山ほどある。もちろん当日まで、畑の世話だっておろそかにはできない。

 実のところ二人は、「忙しくなるから」という報告を皮切りに文化祭について説明し、シェイラのガードも兼ねて、それとなく園芸部に誘うつもりでいた。しかし、『文化祭』の一言で警戒の表情を浮かべた彼女に、無理な勧誘は禁物だと判断したのだ。目と目を見交わすまでもなく、これくらいの以心伝心は十年以上一緒にいれば自然とできるようになる。


(でも……困ったわね)

(シェイラさんを一人にするのは、危ないよなぁ……)


 断っておくが、二人がここで案じているのは、ハイになった中高等部生たちに、シェイラがもみくちゃにされることではない。学園古参の二人は、今期の中高等部生が、数年前にネコを連れてきた世代より弾けていないことは分かっている。

 ディアナとカイが、心配していること。――それは。


「やっと見つけた! 随分探したぞ、シェイラ!」


 意気揚々と教室に飛び込んできた人物を見て、ディアナとカイは視線を合わせ、ため息をついた。


「……考えた?」

「ごめん、考えた」

「しょうがないわよ。考えるわよね……来ないで欲しいって方向で」


 全身から「恋してます!」オーラを溢れさせる、ディアナたちより少し上に見える彼の名は、ジューク。エルグランド大学四年生で成績優秀、現オーナーの一人息子と、肩書きだけなら女がわんさか寄ってきそうなのに、学園内での評判は概ね『残念なイケメン』で一致している。

 その理由は、他でもない。


「シェイラ! この学園自慢の、文化祭の季節がやって来た。どうだ、俺たちのチームに入らないか?」

「あ、あの。えぇと、ジュークさん。私は……」

「なに、心配はいらない。お客に俺たちが作ったロボットを選んで対戦してもらう、ちょっと変わった縁日のようなものだ。当日は忙しいが、それまでは比較的のんびりできる。ロボット作成は俺たちの仕事だからな、シェイラはたまにお茶でも淹れて、あとは好きに過ごしてくれれば良い」

「いえ、その。それは私、邪魔なだけでは……」


 この通り。彼には、空気を読むという能力が、決定的に欠如しているのだ。

 ジュークが意気揚々と話しているのを横目に、カイがスマートフォンを取り出し教室から出ていった。痒いところに手が届く彼のことだ、サポートは任せることにして。


「邪魔なものか! シェイラがいてくれるだけで、俺は何倍も張り切れる!」

「ですが、私はこの国の文化に詳しくありませんし。今年の文化祭は、見学に回ろうかと……」

「文化に疎いからこそ、参加して分かることもあるだろう。さぁ、行こう、今すぐ!」


 シェイラの手を取ろうとしたジュークの腕を、ディアナは上から、容赦なくチョップでたたき落とした。

 ここでジュークはようやくディアナに気が付いたらしく、目を丸くさせる。


「何をしている、貴様!」

「それはこっちの台詞です。文化祭における、無理なチームへの勧誘は御法度。二十年学園で過ごして、まさかお忘れですか?」

「俺が、いつ、無理な勧誘をした!」

「シェイラさんは今、はっきりと『今年は見学に回る』と言ったでしょう。チームに参加するつもりは、シェイラさんにはないんです。どうしてもシェイラさんに来て欲しいなら、『当日遊びに来てくれ』くらいで留めといてください」

「……俺はだまされないぞ。貴様が何か、文化祭について間違ったことを、シェイラに吹き込んだのだろう。だからシェイラが怯えて、本当は参加したいのに言い出せなくなった!」

「――そんなことして、ディーになんの得があるんだか」


 用事を済ませたらしいカイが、ここで参入する。ジュークの目が、また大きくなった。


「……クレスター兄妹の腰巾着は引っ込んでろ」

「腰巾着ならなおさら引っ込めないでしょ。位置は固定なんだから」

「お前には、男のプライドがないのか?」

「そんな一銭の得にもならないモノにこだわって、先輩みたいに見苦しくなるくらいなら、今のままの方が百倍良いね」

「俺が見苦しいだと?」

「うん、見苦しい。初恋に浮かれるのは勝手だけど、それでディーの邪魔されるのは迷惑。先輩がシェイラさんを強引に勧誘するんじゃないかって心配で、ディーはここを離れられないんだよ。そしたら案の定じゃん」

「だから。俺がいつ、強引に勧誘したと」

「見学に回るって言ってる生徒を、手を引っ張って連れて行こうとする行為は、『強引』に当てはまらない?」


 淡々と年上を諭すカイだが、その表情は怒りよりも呆れが大きい。この困ったちゃんな先輩は、クレスター兄妹が絡まなければそこまで分からず屋でないことを、彼は知っているのだ。

 そして……その理由も。


「ディーとエドさんへの嫉妬とツンデレもほどほどにしなよね。この兄妹、自分たちへ向かう感情は基本どストレートに受け取るから、捻くれた愛情表現は逆効果だよ」

「な……っ!?」

「あいじょうひょうげん?」

「俺が知ってるだけでも十年以上、飽きることなく揉め続けるなんて、愛情がなきゃムリでしょ。人間、本気で嫌いな相手は、関わることすら避けたい生き物なんだから」

「それは確かに……ってことはジューク先輩って、本当は兄さんのこと、そこまで嫌いじゃないの?」

「少なくとも、どれだけ暴言吐いても無視はされないって、信頼してるよね?」


 思わぬ展開に、ジュークの顔は真っ赤になった。


「そんなわけないだろう!」

「はい、ツンデレ入りましたー」

「貴様、カイ、いい加減にしろ! それが先輩に対する態度か!」

「あんまり関わりない先輩には、そりゃ敬語で話すけど。十年以上の付き合いがある人相手に、そんなことする必要ある?」

「言葉遣いの問題ではない!」


 もちろん、カイは分かった上で言っている。

 置いてけぼりの女二人は、何となく顔を見合わせた。


「これが……いわゆる『ツンデレ』なの?」

「いえ……私、その方面に詳しくは」

「私もあんまり知らないのよね」

「でも……なんだか可愛らしいですね、ジュークさん」

「――そう?」

「だって、カイ先輩のお言葉が正しいなら、ジュークさん、エドワードさんともディアナさんとも仲良くしたいのに、素直になれずに思わず突っかかってしまうということでしょう? そこまで不器用だと、一周回って可愛く思いませんか?」

「うーん……どうかな」


 これが小説に出てくるキャラクターなら、客観的に『可愛い』と思えるのかもしれないが。生憎十年以上迷惑を被ってきたディアナは、そこまで好意的に受け取れない。

 曖昧に笑って首を傾げたところで、扉が開いて新たな人物が教室に入ってきた。華やかとしとやか、タイプは違えどどちらも目に楽しい美人だ。

 顔見知りであり、頼りになる方々の登場に、ディアナの表情が明るくなる。


「ライアさん、ヨランダさん!」

「久しぶりね、ディアナ」

「元気?」

「はい。お二人も、お元気そうで何よりです」


 バインダー片手に入室したのは、大学院一年生のライアとヨランダ。二人もまた、幼等部から大学院まで一貫してエルグランド学園に通う古参組だ。兄より一つ上の二人は、ディアナと教育課程が被ったことはないが、エルグランド学園は課程間の交流も盛んに行われているため、昔から可愛がってもらっていた。二人とも、いつも優しく穏やかで、なのに締めるところはきっちり締める、ディアナにとって憧れのお姉さまである。

 統率上手の二人は、高等部からずっと文化祭実行委員に加わっており、今年ももちろんその一員だ。

 そして、こと文化祭において、実行委員の権限はある意味で学園オーナーをも凌ぐ。


「さて、ジューク。よりにもよって、編入して一月も経たないという生徒さんを、課程の枠を超えて強引に勧誘しようとしたという報告が入ったのだけど」

「あなたがオーナーの息子であっても、決まりは決まり。守らなければならないということは、分かりますよね?」


 課程の枠を飛び越えてチームに参加することそのものは咎められていないけれど、主に一般教養を学ぶ中高等部と、専門知識が要求されることも多い大学、大学院とでは、なかなか一緒にできることは少ない。もちろん高等部生であっても独学で専門知識を学び、大学生のチームに参加する生徒もいるし、そこは自由だ。

 が、知識のない高等部生を、本人の希望を無視して『お茶くみ・癒し要員』として引きずり込むのは、明らかに行き過ぎている。

 ライアとヨランダは、詳しく説明されなくてもだいたいの状況を把握してから来たようで、そういったことをやんわり、ジュークにお説教してくれた。

 うなだれたジュークは、恨ましげな目をカイに向ける。


「……お二人を呼んだのは、お前か」

「俺が電話したのはエドさんだよ。そしたら、今は機械の調整中でどうしても手が放せないから、実行委員に連絡するって。少し時間がかかるだろうから、引き留めといてくれ、って言われた」

「それで、ツンデレとかワケの分からないことを言ってたのね?」

「まぁ、話題を逸らしたのは確かだけど。言ったこと自体は間違ってないよ。先輩たちもそう思うよね?」


 一年とはいえ課程が被っているライアとヨランダを、カイは『先輩』と呼んでいる。突然振られた二人は、苦笑して頷いた。


「確かに、ジュークのエドへの態度は、ツンデレよね」

「ライア、カイ、ちょっと違うわ。今のところ、ジュークにはデレがないもの。正しくはツンツンよ」

「あー、確かに」

「ジュークがデレたらどうなるか、見てみたい気もするわね」


 言っていることの半分以上意味が分からないが、とりあえずジュークがイジられていることだけは分かる。

 真っ赤になりすぎて頭から湯気が出てるんじゃないかと心配になる様子のジュークは、ものすごい目でカイを睨みつけた。


「……そこまで偉そうなことを言うならお前こそ、『どストレートな愛情表現』とやらで、いい加減ディアナを落としたらどうだ。毎年この時期になると、大学の馬鹿騒ぎ好きな連中の間で、文化祭中にお前たちが付き合うかどうか賭けられているぞ」

「ちょっ、いきなりなに言って、」

「……はい?」

「えっ、ディアナさんとカイ先輩って、恋人同士じゃなかったんですか!?」


 素っ頓狂なシェイラの叫びに、今度はディアナの顔が一瞬で赤くなる。

 ものすごい勢いで、ディアナは首をぶんぶん左右に振った。


「ちがっ、ただの幼なじみ!」

「嘘でしょう!? あんなに通じ合ってるのに!」

「それは付き合いが長いからよ!」


 真っ赤になって狼狽えるディアナの横では、カイが今度こそ、臨戦態勢でジュークに向き合っていた。目が笑っていない笑顔の背後に、凍える雪原が見える。


「マジで空気読めないよね、ジューク先輩って」

「空気とは吸うものであって読むものではない!」

「ディーが自分の恋愛に疎いって知っててコレだよ。アンタ一回飛行機から落ちてくれば? パラシュートなしで」

「それは死ぬと思うけど……」


 常識的なライアのツッコミはスルーされる。高等部女子組はあわあわしてるし、年下男子に大人げない報復かました大学生は、実はハイスペックな年下に殺されそうになってるし、何だこのカオス。


「青春ねぇって眺めたいのは山々だけど……」

「このままだと死人が出るわね。約一名」


 頭に血が上ったジュークは気付いていないが、カイは完全にジュークの急所を狙っている。たかが色恋沙汰で死人が出るのはありがたくない。

 どうしようかと冷静な大人美人二人が思案したところで、再び教室の扉が開いた。


「ライア先輩、ヨランダ先輩、ご迷惑を掛けました! 何してるんですジューク先輩、戻りますよ!」

「リタ先輩!」


 飛び込んできたのは、この状況において誰よりも頼りになる人物だった。真っ赤になったディアナが、我を忘れて抱きつきに行く。

 進路を塞がれた彼女は少し驚いたようだが、妹同然に可愛がっている後輩の様子が尋常でないことにすぐ気がついたようで、優しくディアナの背中を撫でた。


「落ち着いて、ディアナ。どうしたの?」

「ジューク先輩が、変なこと言うの。カイが私を落とすとか、大学で賭けられてるとか!」

「あー……」


 ディアナより二つ年上、今年大学一年生のリタもまた、幼等部からの古参組だ。年下の幼なじみ二人の成長を、ずっと見守ってきた。明らかにお互い好意を抱いているのに、一緒にいるのが当たり前すぎて『幼なじみ』から踏み出せない、どこのベタな恋愛マンガだと言いたくなるような、じれったい二人を。

 今回、何も知らないシェイラがあっさり地雷を踏み抜いてしまったが、中高等部ではこの二人を公認カップルとしつつ、実はまだ付き合っていないことも飲み込んだ上で、主にカイを応援する態勢が整っている。「付き合ってるんでしょ?」と聞かれただけでここまで情緒不安定になるディアナからの告白は、土台ムリだとみんな分かっているのだ。

 ちなみに、ディアナがカイとの関係を頑ななまでに『幼なじみ』と言い張るのは、カイが自分に抱いている感情が、家族に向けるような『親愛』だと思い込んでいるからである。下手に『恋人』認定されて嫌がられたら、一緒にいることもできなくなってしまうと、これまたどこの昭和の乙女だと言いたくなるような思考で、彼を引き留めようとしている。カイはそんな彼女を見て、「やっぱ俺と恋人は嫌かな」と引いてしまう悪循環。お前そこは強引に行けよぉ! と、これまで何人の傍観者が内心で叫んだことだろうか。少なくとも、ここにいる先輩ズは(ジュークですら!)最低一度は叫んでいる。二人との付き合いがもっとも長いリタは、二人と被っていた中高等部時代の四年間、月イチペースで叫んでいたかもしれない。


 そう。こればかりは、ジュークに一理ある。

 好きな相手限定で、これほど鈍いカイに、色恋についてゴタゴタ言われたくない。


 ひとまず男は放置して、リタはよしよしとディアナをなだめた。


「気にしないの。ジューク先輩が勝手に言ってるだけでしょ? ディアナにジューク先輩の当たりがきついのなんて、今に始まった話じゃないわ」

「だって。あんなこと言われたら、カイに嫌われる……」

「嫌うの?」

「なワケないでしょ!!」


 リタの質問とカイの否定は、ほぼ同時だった。ジュークに構っている場合ではないとようやく気がついたカイは、リタからディアナを引き取って、優しく抱き締める。


「ホント、ディーは気遣い屋さんなんだから。ジューク先輩が何言おうと、俺がディーを嫌うわけない」

「……でも、私、言葉キツいし。もうちょっと取り繕うこと覚えないと、男のひとからは可愛く見えないって」

「誰が言ったのそんなこと」

「リリー……」

「あんな外面女王の言うこと、真に受けないで。俺にとっては、リリアーヌよりディーの方が百倍可愛い。というか、比べる対象にすらならないよ」


 二人が話題に出しているリリアーヌとは、カイと同い年のまたまた古参組の名前だ。可愛らしい顔立ちで友人も多いが、同年のカイとはお互いに『外面女王』『計算忠犬』と罵り合う仲である。の割に、ディアナとリリアーヌはそこまで仲が悪くないから、人間関係とは不思議なものだ。

 カイの優しい言葉にようやく落ち着き、ディアナは顔を上げる。視線を合わせ、二人はにっこり笑い合った。


「ありがと、カイ。取り乱してごめんね」

「気にしないで。俺こそ、ジューク先輩なんかに構ってごめん」


 一部始終を見届けた、この場で唯一事情を知らないシェイラから、呆然とした呟きが落ちる。


「これのどこが、『ただの幼なじみ』なんですか……?」

「二人的には、これが『幼なじみ』の距離なのよ。深くツッコまないで、見守ってあげて」


 付き合いの長いリタがシェイラに説明を入れ、その流れでジュークをギロリと睨む。


「よくもまぁ、私の可愛いディアナを泣かせてくれましたね」

「いや、ちょ、」

「文化祭の準備サボって、高等部くんだりまでやって来ただけで迷惑千万なのに。編入生を強引に勧誘しようとするわ、ディアナを泣かせるわ、エド先輩とアルさんのお説教ポイントをどんだけ貯めたら気が済むんです?」

「アルはともかく、エドに説教される筋合いは、」

「説教じゃないですね。ディアナを泣かせた以上、拳で語り合う展開になるのはもう避けられませんから」

「リタ。それ、文化祭準備に影響が出ないところでやってね」

「もちろんです、ヨランダ先輩」


 あくまで文化祭大事のヨランダは、さすがとしか言いようがない。


「じゃあね、ディアナ」

「落ち着いたら、またお茶でもしましょう」


 問答無用でリタがジュークを回収し、二人の後ろからライアとヨランダも出て行く。最後尾にいたライアが、教室を出る間際、足を止めて振り返った。


「カイ。いい加減、覚悟を決めなさい。生きている以上、ずっと同じでいるなんて、どうしたって不可能なんだから」

「分かってますよ。……俺だって、」


 もう、限界なんだ――。

 密かな囁きは、口の中だけで溶けて消えた。後輩の様子に何かを感じたのか、ライアはそのまま微笑んで、今度こそ教室を去っていった。

 そのライアと入れ違いに、一人の少女がやってくる。


「ディアナ? 今、ジュークさんがリタ先輩に連行されていったけど……何かあったのね、やっぱり」

「レティ」


 同学年で同じ園芸部の友人の姿に、ディアナから肩の力が抜けた。レティ――レティシアは高等部からの外部入学組で、園芸趣味を通じてディアナと意気投合し、良好な友人関係を築いている。

 授業終わりにシェイラを誘いに来ただけのつもりが、気付けば随分な時間が経ってしまった。だいたい全部、空気読まないジュークが悪い。


「ごめん、遅くなって」

「それは良いけど……シェイラさんの勧誘はできたの?」

「え?」

「ううん。シェイラさん、編入したばかりだし。今年は見学したいそうだから」

「そっか……ジューク先輩が心配だったけど、実行委員のお姉さま二人も目を光らせてくださるみたいだし、それなら無理に付き合わせることもないわね」


 一つ上の少女二人の会話を目を見開いて聞くシェイラに、カイが肩を竦めて「そーいうこと」と一言告げる。

 慣れない自分を気遣って、ディアナが自分を誘おうとしてくれていたのだと知って、『行き過ぎた団結』なんて失礼にもほどがある被害妄想をした自分を、シェイラははり倒したくなった。


「あの!」


 椅子を蹴って、立ち上がる。


「すみません、前言撤回しても良いですか?」

「シェイラさん?」

「私も、植物を育てるの、好きなんです。――園芸部、行ってみたいです!」


 ディアナとレティシアは顔を見合わせ、シェイラの言葉の意味を理解して、破顔一笑する。


「ありがとう!」

「ウチの畑は、自慢なのよ。ぜひ見にきて!」


 手を取り合う少女たちを、カイが年上らしく、促した。


「話はまとまったね。――それじゃ、行こうか」

「えぇ!」


 少年少女たちは、怒られない程度に勢いよく、教室を飛び出していく――。





この話の何が怖いって、本編で触れられていないキャラクターの年齢があっさり明かされてるトコロですよ。1を書いたときは全力で逸らしましたけど、本編終盤だしもう良かろう……。


にしてもどっかの主役組、幼馴染設定だともっとすんなりくっついているのかと思いきや、そうでもありませんでしたね。リタの忍耐力に拍手しか出ない。

書いててすごく楽しかったので、ご要望があればまた続きを書きたいと思います(笑)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ