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零れ話〜道中つれづれ雑談〜

チカ様リクエスト。

「なんてタイムリーな」と、思わず笑ってしまいました。


読まなくても問題ない、本編零れ話シリーズ。

時系列は、閑話その31-3後。


 後宮から誘拐されるという、よく考えなくてもなかなか起こらない珍事の当事者となったシェイラは、「絶対に帰る」という決意を固めて誘拐犯たちと対峙し、すったもんだの末に危機を脱していた。それもこれも、自分を案じて『絶対的味方』を派遣してくれた、親友ディーのおかげだ。

 その彼女が、よりにもよってシェイラの誘拐の罪を被せられ、死刑を宣告されていると聞き、シェイラは一も二もなく、最速で帰ることを主張する。


「ま、それが当然の選択だよね」


 あっさり頷いた救いの手(ものすごく義務的な態度丸出しなので、どうにもそんな気になれないが)と共に、シェイラは囚われていた廃小屋を囲む森に突入した。道なき森を夜通し踏破する覚悟を定めていたシェイラだったが、意外と森の中にいた時間は短く、すぐにある程度整備された街道が見えてくる。

 あと少しだ、と足を早めようとしたところで、斜め前にいた彼は唐突に立ち止まった。


「どうなさいました?」

「どうしたも何も。俺もシェイラさんも、この格好では開けた場所歩けないでしょ」

「あ」


 そうだった。眠る前に攫われたシェイラは、体の線が丸わかりの寝衣にかろうじてガウンを羽織っただけで、目の前の彼も動きやすさ重視の真っ黒装束。黒が忌まれているこの国では、まともな人ならまず着ない色だし、服の形から堅気でないことがすぐに見て取れる。

 どうするのかと思っていると、ぐるりと周囲を見回した彼は、少し離れた場所の木の根本をごそごそ探り、大きめの袋を取り出した。


「わー、さっすが。サポートばっちり」

「あの……?」

「女の人の服には詳しくないんだけど、シェイラさん、これ、一人で着られそう?」


 彼が見せたのは、どこにでもありそうな町娘風ワンピース。もちろん、誰かに手伝ってもらわなければならないような構造ではない。普段から人の手を借りなければ着られない服を着ているのは、それこそお貴族様くらいだ。


「はい、大丈夫です」

「そう。じゃあ、これに着替えて。他に必要そうな小物も入ってるみたいだから」

「はい。……え、あの、ここでですか?」

「そっちの繁みなら、全方向から死角になるよ。俺も着替えるし、終わったら声掛けて」


 言葉は決して乱暴ではないのに、始終態度が淡々としているせいで、どうにもこうにも打ち解けられない。シェイラは人見知りしない方なのだけど、彼を前にすると妙に緊張するのはどうしてだろう。

 ひとまず服と袋を受け取り、指定された繁みに入って、街道から薄く漏れる光を頼りに袋の中身を確認して唖然となった。


(え、何コレ。エプロンに髪留め、靴とかはともかく、下着まで……)


 およそ身支度に必要なものは、過不足なく揃っている。ここまでばっちり整えておいて、「女の人の服には詳しくない」とは、どういう了見なのか。

 ……何より、初対面のはずなのに何故、ある程度シェイラのサイズを把握した品を用意できているのか。

 顔を熱くさせながらも、シェイラは可能な限り急いで、服を着替えて小物を身につけた。

 繁みから出ると、すぐに分かる場所で街道を見ながら、これまたどこにでもいる旅人風の身なりになった彼が佇んでいる。


「――お待たせしました」

「思ったほどは待ってないよ。良い家に生まれたお嬢さまだし、もうちょい時間かかるかと思ってた」

「確かに生まれ育ちは恵まれておりましたが、一年は身支度に時間を掛けられない暮らしも経験しましたから」

「そうだったね」


 特に感慨もなさそうに頷いた彼は、予想はしていたけれど事情通だ。「行こうか」と歩き出そうとした彼に、シェイラは思い切って声を掛けた。


「あの、」

「どうかした?」

「……いえ、その。せめて、あなた様のお名前をお聞かせ頂けませんか」

「二人しかいない道中なのに、必要?」

「必要か不必要かではなく、命の恩人の名前も知らないのは、私が嫌なのです」

「それなら別に、気にする必要はないよ。俺はディーのために動いただけだから、シェイラさんの恩人はディーだ」

「……あなた様が私の名をご存知なのに、私は知らない。不公平ではありませんか?」


 なるほど、と呟いて、彼は軽く唇の端を上げた。


「いかにも怪しそうな人間だし、せめて名前は知っておきたいわけだ?」

「ディーの絶対的なお味方のあなた様を、疑うつもりは毛頭ありません。……が、そうですね。素性は知りたく思います」

「知ったところでシェイラさんに得はないと思うけどね。まぁいいや、別に隠すほどのもんでもないし」


 そうして、シェイラはようやく、彼の名を知る。


「俺は、カイ。だいたい予想はついていると思うけど、日の当たらない世界を生きる、ただの稼業者だよ」

「カイ様、ですか」

「うっわ、『様』付けとかキモチ悪。普通に名前だけでいいよ」

「そういうわけには。……では、カイさんとお呼びします」

「……まぁ、妥協点はその辺か」


 頷いて、彼はそのまま首を傾げた。


「で、質問は終わった?」

「他にもいろいろと、気になることはありますが……」

「全部答えてたら太陽昇るよ。歩きながらで良い?」

「もちろんです」

「じゃ、出発しようか」

「このまま王都へ向かいますか?」

「さすがに歩きじゃ間に合わない。馬車の準備も兼ねて、この先にある町で一泊するから」


 歩き出しつつ、シェイラは驚いて、目を見開いた。


「で、ですが。そのようなことをしては、時間が」

「そうなんだけど、シェイラさんの体調もあるし。寝不足でふらふらの頭じゃ、王宮のお貴族様相手に戦えないでしょ」

「丸一日寝ていたのですから、私は元気です!」

「丸一日も寝てないよ。せいぜい半日くらいじゃない? 今でようやく、宴から一日経ったくらいだから」


 あっさり教えられて驚く。では、あの激動の『星見の宴』は昨日の話だったのか。


「昨日の今日でディーを捕らえて、あまつさえ死刑になんて、できるものなのですか!?」

「あ、真っ先に気にするところそこなんだ。……俺はこの国の法律すべてに精通しているワケじゃないけど、普通ならあり得ないよね。王様がよっぽどトチ狂って勅命でも下さない限り」


 今回、王はディーの嫌疑に対し、貴族議会を開くと決めたらしいので、彼の勅命ではあり得ない。……にもかかわらず、ディーの死刑は決定事項であるかのような雰囲気が、あの『指示』からは感じられた。


「これって……見方を変えれば、ディーを訴えた貴族による反逆になりませんか?」

「いや、見方を変えなくても反逆でしょ。この国にとって王の『側室』は、正式な王族には数えられなくても王族に最も近い存在らしいし。ディーの場合そこに『正妃代理』の肩書きがくっついてるから、ある意味半分王族だもん。そんな人を無実の罪で嵌めて、牢屋にぶち込んで死刑にしようなんて、どこからどう見ても立派な反逆罪でしかないよ」

「それが分かり切っているなら、逆に彼らを処罰することだって……!」


 できるはずだ。この国の『頂点』なら。

 主語をぼかしたシェイラの言葉は、軽い態度とは裏腹に明晰な頭脳の持ち主らしい彼に、正しく伝わった。


「まぁ、その気になればできるんだろうけど」

「でしょう!?」

「けど、敢えて自由に泳がせるのも、まったくの悪手じゃないよ。どうせもともと破綻してる計画なんだし、それを無理矢理強行しようとすれば、どうしたってボロが出る。そこをつつけば、簡単に相手の欺瞞を暴けるから」

「へ、陛下はそこまで考えて……?」

「さぁ。俺は王様じゃないから、そこまでは分からない」


 彼がそう言い切って、ちょうど話が途切れたところで、森を抜けた。すぐ側を走る街道は明るく、よく整備されていて、歩き出した二人を時折馬車が追い越していく。

 シェイラは感心してため息をついた。


「夜でもこんなに往来が盛んだなんて……随分栄えている道ですね」

「まぁ、ここは王領だから。安全性への信頼で言えば、確かに高い方だよね」

「王領以上に安全な土地なんてあるのですか?」

「俺が旅した中では、クレスター領ほど安全な場所はないよ。と言っても、夜に素通りがほとんどだったけど」


 言われた内容に理解が追いつかないうちに、彼は続ける。


「夜通し街道を駆けても、怪しい奴に絡まれるどころか、姿を見かけたことすらないからね。安心して全力で抜けられる。余計な労力を使わず移動時間も短縮できて、ホント、良いことばっかり」

「ちょっと待ってください。クレスター領って、ディーの」

「そうだよ、ディーの家の土地。クレスター家って、王国全土に点在する感じで領地持ってるから、広範囲を移動するときはまず、クレスター領をどう通れば最速ルートになるのか考えるんだ」

「ええぇ……?」


 危ない職業のはずの者にまで、全力で信頼されているクレスター家とは、いったい何なのか。『王国の悪』云々の噂話が、ここまで来ると笑い話にすら思える。

 シェイラの戸惑いに何を思ったのか、彼が少し笑った気配がした。


「ま、クレスター家がどういう人たちなのかは、自分の目で確かめなよ。シェイラさんのことだから、どうせ議会に乗り込む気満々でしょ? それなら確実に、デュアリスさんとエドワードさんとは会うだろうから」

「えぇと……どなたのお名前ですか?」

「あぁごめん、クレスター家のご当主と跡継ぎさん、って言えば分かる?」


 ……ディーが遣わした人だから、クレスター家と繋がりがあって、むしろ当然なのかもしれないけれど。ここまで事情通でいられると、『ただの稼業者』の前に『自称』を付けるべきだろうと言いたくなってしまう。そういえば、先ほど別れた誘拐犯も、カイを前に『マジで名のある凄腕』と言っていた。


「……何か言いたそうだね?」

「言いたいこと……というより、実は凄い方なのでしょうかと考えておりました」

「は、誰が?」

「カイさんが、です。クレスター家の方々とも親しいようですし」

「へ? 別に親しくないよ。ディー以外の家の人とは、せいぜいご当主の右腕さんと話すくらいだし。ご当主とは一度顔を合わせたけど、エドワードさん……跡継ぎさんとは、お互いに話を聞いたことがあるだけで、実際に会ったことすらないもん」


 ある意味、特大の爆弾を落とされた。急いでいたのも忘れて、驚きのあまり立ち止まってしまう。

 さすが気配に敏感な彼も、ほとんど同時に立ち止まった。


「どうしたの?」

「……あの、カイさんは、クレスター家の方々と昔からお付き合いがあって、それゆえにディーとも親しくて、だからディーに頼まれて、私を助けに来てくださったのでは」

「何その過去捏造。俺たちの初対面は後宮でだよ。父さんの話じゃ、子どもの頃に一度だけ遊んだことはあったらしいけど、それは昔からの付き合いとは言わないだろうし」

「それじゃ、どうしてそんなに、ディーと親しそうなのですか!?」

「え、悪い?」

「だって……ディーは『紅薔薇様』なのに」

「王様に堂々と『いずれ後宮から出たい』って宣言してるんだから、お互いに暫定の地位だって割り切ってるでしょ。心配しなくても、人に見られるようなへまはしてないよ」


 ……よし。ちょっと落ち着こう。目の前の男に対抗するのに、感情的になって良いことは一つもなさそうだ。

 今の会話は何だ。『ディーと親しそう』という言葉を否定せず、ジュークとディーの会話をあっさり明かし、しまいには『人に見られるようなへまはしていない』なんて! それはつまり、ディーとはかなり親しく、『王』と『紅薔薇』のプライベートな会話を知ることができる場所に彼はいて、人に見られたら困る『何か』をしばしばディーとしている、ということではないのか。

 いやいや、もっと落ち着こう。この男は軽いようでいて、底がまるで見えない。シェイラの思考を読み切って、敢えてミスリードしている可能性だってある。


「シェイラさーん、考え事は良いけど、歩かないと朝になるよ?」

「分かっております!」


 なんだろう。なんだか、無性に悔しくなる。彼の掌の上で、ころころされている感じだ。

 言っていることは正論なので、再び歩き出しつつ、シェイラは強い視線で斜め後ろから彼を睨みつけた。


 ……そうだ。惑わされることはない。

 自慢ではないけれど、シェイラだってディーとは親しい。ディーはシェイラを好きだと言ってくれているし、シェイラだって親友だと思っている。

 さらっと言われて動揺してしまったけれど、『紅薔薇』としてディーがジュークに、『後宮から出たい』と告げたらしいことは、シェイラだってジュークから聞いている。又聞きだけど、二人の会話をある程度知ることができる位置に、シェイラもいるのだ。

 しばしば後宮の片隅でディーと会っているのだって、第三者から見たら『紅薔薇』が末端の側室に構っているわけで、見られたらまずいことには違いない。……そうだ。自分でさえまずいのだから、本来後宮にいてはならない稼業者の男が『紅薔薇』と一緒にいては、まずいどころの騒ぎでなくなるのは当たり前ではないか。


(そうよ。そもそもディーは、他人から好意を向けられるのに慣れてないから。ディーのことを好きな人なら、誰だってディーと親しくはなれるわ。この人がディーの『特別』とか、そんなことは)


「……えっと。後頭部刺す勢いで睨みながら、ぶつぶつ言うの止めてもらえる?」

「あら。……声に出しておりましたか?」

「出てたねぇ、ばっちり。なんか誤解してるみたいだけど、俺は別にディーの『特別』じゃないよ」


 本人が否定してくれて、被害妄想だったかもしれないと少し恥ずかしくなった――その、一拍後。


「俺にとって、ディーが『特別』なだけ」


 あっさりさっくりきっぱり宣言され、シェイラは、先ほどから自分が感じていたもやもやが、彼の態度への違和感が、全部気のせいでないことを確信した。

 ものすごい反発心がこみ上げてきて、足早に歩いて彼の隣に並ぶ。基本的に彼がシェイラの三歩左前を維持しているのは、なけなしの騎士道精神を発揮しているからだということは分かるが、今はシェイラがこいつに守られたくない。


「そういうことを、同じ後宮の側室である私に言うことがどれだけ危ういか、分かって言ってるんですか!?」

「シェイラさん以外には、頼まれたって言わないよ。けどシェイラさんは絶対、ディーの不利になるようなことを、他の奴に告げ口したりしない。でしょ?」

「敢えて私に告げる必要もなかったのでは?」

「あれ、伝わらなかった?」

「伝わりましたよ。最初から、なんだかこの人、私に冷たいなぁとは思ってましたけど。気のせいと思えば流せる範囲で、さり気なく冷たくできるって、すごい才能ですね!」

「褒めないでよ」

「コレのドコが褒め言葉ですか! そうですよね、ディーのことが『特別』な人から見たら、ディーに苦労させてばかりの私は気に入らない存在だと思いますよ。私でも自分の馬鹿さ加減に腹が立ってるんだから、そんなの当たり前!」

「分かってるなら良いじゃん。別にシェイラさんのことは嫌いじゃないよ。実際に話してみて、思ってた以上に頭の回転早いし、筋道立った考え方するしで、さすがはディーが見初めて『親友』って言い切る女の子だな、って思ったし」

「そこもディーが基準ですか……」


 どれだけディーを中心に回っているのだ、この男の世界は。

 突っ込まれたカイは、恥じるどころか当然とばかりに頷く。


「というか、ディーがいなかったら、ディーがシェイラさんと仲良くしてなかったら、そもそも俺、牢の中のディーを置いてこんなところまで来てない」

「私が死ねば、ディーが悲しむから……ということですよね?」

「悲しむだけじゃ済まないよ。心が壊れる」


 歩きながら、彼は深々とため息をついた。


「人間、生きていればそれなりに、悲しいことも経験するけど。この状況でシェイラさんが殺されるのは、ディーにとっては『悲しいこと』じゃない。生涯自分を責めて、自分さえいなければこんなことにはって、己の存在そのものを否定し続ける『地獄』だ。そんなところにディーを堕とすなんて、冗談じゃない」

「それは……」

「俺が間に合ったから、良かったようなものの。二度とあんな馬鹿な真似しないで。シェイラさんなりに考えてやったことだって分かってるけど、ディーを親友だと、大切だと思うなら、泣かせるようなこと死んでもするな」


 強い口調に、彼の本質と本音が見えた。軽い態度に惑わされるけれど、根本的な部分でこの男は、狭く深く、そして重い。心の赴くまま、想う相手に深い情を注ぐことを躊躇わないタイプなのだろう。

 ディーを深く想うがゆえの言葉に、反発するつもりはない。

 ――けれど。「自分がいちばんにディーを想っている」かのような上から目線だけは、頂けない。


「二度と、こんな風に利用されて、ディーを窮地に陥れるような失敗はしません。もちろん、ディーを泣かせるようなことも。あなたなんかに言われなくても、ディーがどれだけ優しくて、お人好しで、なのに臆病なひとなのか、私はよく分かっていますから」

「……ふーん。大口叩くね」

「私としては、あなたの方がディーにとって危うい気がするわ。ディーは何があっても、人間を、世界を愛して、守ることを止めないひと。それなのにあなたからは、ディーのためなら世界すら破壊しそうな激しさを感じます」

「この短時間に、似たようなことを三回も言われるとは思わなかったな。……訂正するよシェイラさん。アンタ、直感もなかなか鋭いね」


 彼の言葉は、肯定と同じだ。シェイラは今度こそ、意識して彼を睨む。


「ディーが愛する世界を、ディーのために破壊する。どれほど歪んでいるか、あなたほどの方が理解できないはずもないでしょう?」

「俺にとって、何よりも優先するべきはディーの幸福だ。今ある世界をディーが愛して、守ろうとしているから、俺もそれを助けてる。けど……この世界は、国は、これほどまでに自分を慈しんでくれる女の子に、どれだけの仕打ちをしてきた?」


 カイも、負けていない。同じだけの強さで睨み返してくる。


「この先何があっても、俺はディーを守る。ディーが望みを全て叶えて、幸せになれるように。だから……もしもこの国がこのまま、ディーを使い潰して犠牲にする道を選ぶなら、誰が何を言っても容赦しない」

「もし、仮に……ディーがその道を望んだとしても、ですか」

「ディーは、自分の大切な人たちの幸せを見届けたいのであって、その礎になって殉じたいなんて思ってない。あの子は優しくてお人好しだけど、自己犠牲を苦しんで泣くくらいには、ちゃんと愛されて育ってる」


 立ち止まり、最初に思っていたよりはずっと深い心で、カイはシェイラを射抜いてくる。


「同じ言葉を、俺も返すよ。――シェイラさん。ディーが本当は後宮という『鳥籠』を息苦しく思っているって、アンタほどの人が理解できないはずもないだろ?」

「カイ、さん……」

「安心しなよ。この国がディーを道具扱いして、使い潰す道を選ばない限り、俺が世界を壊すことはない。ディーは優しいから、きっと使い潰されても、死ぬまで世界を愛するだろうさ。――『歪み』を生むか生まないか、選ぶのは俺じゃない。アンタたち、『エルグランド王国』を背負う者だ」


 シェイラは、今、はっきりと理解する。ディーの『絶対的味方』を名乗るこの男は、王国にとって最大の『危険因子』でもあるのだと。

 けれどもそれは――自業自得だ。自分たちのことで精一杯で、ディーに助けられるまま、彼女の望みを聞いていたのに流していた。そんな自分勝手を、あくまでもディーを想う彼は怒っている。

 そして……聡いシェイラは、分かっていた。ただの一側室にしか過ぎない自分に、彼が敢えて、こんな話を持ち出した理由を。


「私を……『背負う者』と仰いますか」

「正妃になりたいんでしょ? それって、王様の横で、一緒に国を背負う女の人のことだと思うけど」

「えぇ、その通りです。問題は……私がなれるかどうかでは?」

「なってくれないと困るよ。シェイラさんが頑張らないと、このままなし崩しにディーが正妃になっちゃいそうだもん。もちろん、そうなったときは攫って逃げるけど」


 逃亡だと、下手するとディーから故郷奪っちゃうし、できればそれは避けたいんだよねぇ……とぼやく彼は、もう先ほどの、凜と芯まで引き締まる冷たさは纏っていなかった。仮にも一国の『正妃』と定めた相手に、一歩も引かずに圧倒する彼は、やはり絶対『ただの稼業者』ではない。


「……ディーは正妃にはなりませんよ。陛下もそれはしないと仰っています」

「王様がどう考えてたってさ。結局王宮の貴族さんたちが押し切れば、王様は逆らえないんじゃない?」

「そんなことはありませんよ!」

「現に今だって、馬鹿なお貴族様の破綻した企てに振り回されてるっぽいし」

「振り回されてばかりで、終わる方ではありませんもの。諦めの悪さだけは、陛下は天下一品です」

「あー、そうだね。こんだけゴタゴタして、近づいては離れるの繰り返して、じれったいにもほどがある進展状態なのに、それでもシェイラさんのこと諦めてないわけだし?」

「わ……私のことはともかく。というかカイさん、あなた本当に詳しいですね! どれだけあちこち覗いてるんですか?」

「『紅薔薇の間』以外はそこまで覗いてないから。王様とシェイラさんの進展は、ディーからの又聞きがほとんどだよ。だいたい、他人がいちゃいちゃしてるのコッソリ覗いて喜ぶって、それどこの変態?」

「女性の下着のサイズを把握できる程度には、変態でいらっしゃるのでは?」

「ちょ、なにその誤解! シェイラさんの服を用意したのは俺じゃないよ。詳しくは言えないけど、今回の救出作戦にはいろんな人が絡んでるの!」

「あら、でも、ディーのサイズは把握しているのでしょう?」

「うん、それはおおよそ分かってる」

「……後宮に帰ったら、あなたに今後近付かないよう、ディーに心から忠告します」

「ディーだけだし!」

「だから余計に危ないんです!」


 いつしか歩みを再開させながら、やいのやいの騒ぐ二人は、年頃の男女的な意味で恋人に見えてもおかしくないのに、醸し出す空気が始終物騒だったせいで、すれ違う誰からもそんな誤解は受けなかった――。





カイVSシェイラ、ディアナ大好き自慢対決と言われて、この帰り道が浮かんだのですが。単純に「ディーのどこが好きか」みたいなことを話していたのかと思いきや、そんなこともなかった。

基本的に人当たり良いはずの二人なのに、間にディーが挟まっただけでこの始末……。好きな人が被ってたら仕方ないよね!(←ヤケ


頂いた感想で、「一つ前のIFシェイラと繋げて読んでも違和感ない」の一文を見た瞬間、膝から崩れ落ちそうになりました。どうしてこの二つを連投しようと思ったんだろうね、私は……。


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