悪役SS~牡丹様による『紅薔薇』観察日記
キャラクター視線のSS、牡丹様編です。
時系列は……大体シーズン幕開けの夜会後、くらいかな?
――憎い、女がいる。殺しても飽き足らないほど、憎い女。
「綺麗なお庭ね。お世話をしているのはあなた方?」
「は、はい!」
「これほど見事に花を咲かせるのは大変だったでしょう。いつもご苦労様」
「勿体ない、お言葉にございます……!」
まるで自分が後宮の『主』であるかの如くに振る舞う、鼻持ちならない女――ディアナ・クレスター。伯爵位の家の出でありながら、取り巻きたちの権力を笠に着て、後宮最高位である『紅薔薇』の称号を手に入れた、絶対に許せない娘だ。
彼女が来るまでは、後宮は、このように秩序が乱れた場所ではなかった。それぞれの身分に応じた待遇を受けることができ、下位の者が上位の者を差し置いて、我が物顔で歩くこともなかったのに。
「あら、お散歩ですか?」
「はい! 紅薔薇様もおいででしたのね」
「今日は良いお天気ですもの。散策には絶好の日和ですわ」
彼女と話しているのは、五十年前は貴族ですらなかった家に生まれた、本来ならば王宮にいるはずもない下賤の者だ。あのような輩が『貴族』だなど、片腹痛い。
しかし、やはり卑しい者同士気が合うのか、『紅薔薇』となったあの女は、そういった貴族とも呼べぬ者や、この後宮で身分不相応に高い扱いを受けている者とつるんで、秩序正しかったこの場所を、歪んだ堕落の園へと作り替えてしまった。今やこの後宮は、正しい貴族が正当に評価されない魔窟へと変貌したのだ。
そんな状況を高笑いと共に作り出した、まさに悪女と呼ぶに相応しい ――『悪の帝王』の家から送り込まれた魔女、それが『紅薔薇』の正体に他ならない。
「……牡丹様。あまり風に当たられると、お体に触ります」
侍女の言葉に、あたくしは儚げな笑みを浮かべてみせた。
「えぇ、そうね。部屋に戻るわ」
「クレスター家のご令嬢のことは、お気になさいますな。権勢など所詮は一時のこと、陛下もじきに、牡丹様こそ最も優れたご側室でいらっしゃることに気がついてくださいますわ」
そんなことは分かっている。この後宮で――いいえ、この国中見渡しても、あたくし以上に正妃の冠が似合う者など、いないのだから。
……それでも。たった一時のことでも、こんな状態は我慢できない。
「陛下のお心を待ってはいられないわ。あの魔女を討ち果たし、あたくしは必ず、後宮のあるべき姿を取り戻してみせる」
風に髪を遊ばせる『悪女』を見据え、あたくしは高らかに宣言した。