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[IF]例えば、シェイラが2〜もう「親友」ではいられない〜

仁様、妖鳴様、ヤマリー様リクエスト。


地雷な方も、きっといらっしゃると思うので。

Attention必読でお願いします!


!Attention!


・このお話は、「シェイラがもしもディーにマジ惚れしたら?」という設定のもと書かれたIF話、「例えば、シェイラが」の続きとなっております。

・本編以上にシェイラの暴走がフルスロットル、百合全開です。咲き誇っております。

・女の子同士の恋愛はイヤだ、カイとディアナがカップルじゃないと、やっぱシェイラはジュークとでしょ、等々のこだわりをお持ちの方は、静かにブラウザバックして、その他の番外編や本編を楽しみましょう。

・まぁ番外編だし、IF話だし、という許容範囲の広い方。どうもありがとうございます。

・「むしろ待ちくたびれたZE!」な皆々様。お待たせいたしました。


 では――。

 咲き乱れる百合園へ、いってらっしゃいませ。











 大好き、であることは、疑いようのないひとだった。

 けれど、それがどういう意味での「好き」なのかと改めて聞かれると、シェイラは困惑するしかない。


 それを容易く暴いたのは、国王ジュークの一言だった。


「シェイラ……そなたの心には、誰が棲んでいる?」


 どういう流れで、その質問が彼の口から飛び出してきたのか。園遊会を越えて、これまでとはまるで違った瞳をするようになったジューク。目の前の現実に対し真摯に向き合い、自らの頭でしっかり考えて、疑問があれば分かるまで追及する。彼はそうしてサーラ・マリス女官長の不正を暴き、後宮の風通しも良くなった。

 シェイラ自身にも担当の侍女が変わるなどの影響はあったが、それよりも彼女は、親友の背負っていた荷物が少し軽くなったのが嬉しかった。新しくやって来た女官長、マグノム夫人は有能で、これまで親友が行っていた『後宮への目配り、秩序維持』をかなりの割合で引き受けてくれたからだ。優しすぎるほど優しい彼女が、立場の弱い下位の側室を守るため、敢えて胸を張って周囲を威圧する様は、見ていてありがたいよりも痛々しかった。器用な彼女はそんな芸当も眉一つ動かさずにできるけれど、本当はそれほど強くないことを、シェイラはもう、知ってしまっていたから。


 シェイラにとって、何よりも、誰よりも大切な親友、ディー――ディアナ。エルグランド王国の古参貴族、クレスター家から側室に上がった彼女は、側室筆頭『紅薔薇』と呼ばれ、圧倒的に味方の少ない状況で、荒れていた後宮を見事に立て直した。

 後宮の頂点に君臨する彼女と、末端男爵家から売り飛ばされて側室となったシェイラに、本当ならば接点はない。しかしディーは、『国王陛下に密かに通われている』という重すぎる現実を前に立ち竦むシェイラを案じて、姿は見せずに声だけで、ずっとシェイラを励まし、支えてくれていた。押し付けがましくない、ふと横を見れば寄り添ってくれているような、そんな自然な優しさに、シェイラはどれほど助けられただろう。


 ――声だけじゃ足りない、姿を見せて、あなたがどこの誰であっても、私はあなたを嫌いになったりしない。


 そう言いたくて、けれども言えなかったのは、ディーが極端なまでに、シェイラに姿を見せることを拒んでいたからだ。無理に持ちかけて嫌われたら、もう二度と息ができなくなってしまう。

 ……まぁ、後宮を巡る噂を前に、不安定になって泣きじゃくるシェイラを放っておけず、そっと抱きしめてくれたディーの香水が、その直後対面した『紅薔薇様』と同じだったことで、なし崩しに彼女の正体は分かったのだけど。

 ディーが『紅薔薇様』だと分かっても、シェイラは驚くこともなく、ましてや彼女を嫌いになることもなかった。それどころか、二人が同一人物だと気がついた瞬間、世界が光に包まれた錯覚すらした。

 シェイラを優しく包み込んでくれる『ディー』も、シェイラを背中に庇って凜と立つ『紅薔薇様』も、どちらもシェイラは大好きで、片方には親しみを、片方には敬意と憧れを抱いていたのだから。その二人が同一人物なら、自分はたった一人に、人生で初めて無上の好意を、いや、そんな言葉では到底足りない感情を捧げていることになる。それほどまでに想えるひとと出逢えたなんて、自分はなんと幸運なのだろうか。

 世界は光に満ちて――けれども同時に、危うかった。


 自分以外の誰かのために、どこまでも親身になれる、優しいひと。誰かを庇って楯となることを、一切躊躇わないひと。……凜と立つ気高い姿の裏側に、喪うことへの絶大な恐怖を抱く、脆いひと。

 それが『ディー』だと、気がついてしまったから。おそらく彼女は、「守りたい」と思った人のためなら、どこまでだって無茶をする。自分自身をすり減らして、ぼろぼろになっても、「死ななければまぁ良いか」くらいの感覚で。


 そんなのは、嫌だった。大好きなディーが、傷ついて苦しんでいる姿なんて、シェイラは絶対に見たくない。

 あの優しいディーが、今更『紅薔薇様』を放り出せないことくらいは、シェイラにも分かる。それならせめて、彼女の力になれるように、立ち回ろうと思った。現在の後宮で、『王』が心を開いているのがシェイラ一人なら、その立場すら利用する気持ちで。


 そうして、園遊会と、それに続く後宮の嵐を乗り切って。やっと、ようやく、ディーの荷物が軽くなって。

 喜んでいたところに――ジュークから問われたのだ。


「私の心に、棲む人……でございますか?」

「ずっと……ずっと、違和感はあった。おそらくは、園遊会より前から。そなたは賢明な娘だから、私の前ではいつも通りを装っていたが」


 ディーの力になると決めた以上、後宮唯一ともいえる『王』との繋がりを断つのは良策ではないと思い、シェイラは園遊会まで、ジュークの訪れにつき合っていた。最初は嬉しそうに、毎夜のようにあった訪問は、やがて一日、二日と間が開くようになり、園遊会が近くなった頃には途絶えていたのだが。


「もしかして……陛下が、園遊会前に、いらっしゃらなくなったのは」

「そなたの心は俺にはないと、思い知るのが辛かったのかもしれぬ。……あの頃は、そこまで自分を客観視する余裕がなかったが」

「私は……」


 はっきりと言われて、口籠もった。人として、ジュークのことは好ましく思っている。園遊会前は、深く考えずにディーに重責を負わせて放置していたことに怒りを抱いていたけれど、目の前の彼は過ちを素直に認めて反省し、次に繋げることができる人だ。

 けれど。シェイラの抱く彼への好感情が、ジュークがシェイラに向ける『想い』と同じものかと問われたら。


「陛下のお心には――私が、棲んでいるのですか?」

「あぁ」


 ジュークは、これまで見たことがないほど、大人びて笑った。


「初めて逢った朝、鳥たちと戯れるそなたの姿が、今でも目蓋の裏側に焼き付いている。離れているときも、いつでもそなたが何をしているのか、ふと気が付いたら考えている。美味いものを食べたとき、面白い話を聞いたとき、同じものをそなたと分け合いたいと――」


 そこで言葉を切って、晴れた冬空を映す氷の瞳が、俯くシェイラを覗き込んだ。


「そう想う存在が、そなたにもいるだろう?」


 それは、質問ではない。確認のための、問い掛けだった。

 ジュークの澄んだ眼差しが怖くて、シェイラは固く、目を瞑る。


 気高い微笑みで周囲を動かすあのひとは、本当はそこまで高飛車でもなくて。二人きりのとき、ふと緩んで見せてくれる表情の方が、シェイラは好きだ。冗談を言って笑い合える仲になった頃、貴族の殻を捨てて笑ったときは、一瞬夏空に咲く花を見たかと思った。明るく、美しく、それでいて愛らしい。この笑顔のためなら何だってできると、馬鹿なことを本気で考えた。

 立場の違いすぎる自分たちは、密かに連絡を取り合うのが精一杯で、いつも一緒にいることはできない。逢えないときは、いつも不安だ。無理をし過ぎていないか、ちゃんと食べているか、眠れているか。いっそ侍女ならずっと一緒にいられるのにと、彼女が信頼する侍女たちに見当違いの嫉妬を覚えたことすらあった。

 空が綺麗なとき。可愛い花を見つけたとき。ここに彼女がいれば良いのにと、想って――。


 ジュークの言葉は、当てはまりすぎるくらいに当てはまって。

 それでもシェイラは、認めるわけにはいかなかった。

 言えるのは、ただ。


「そう、ですね。私の心には、そのようには、陛下は棲んでいらっしゃいません」

「本当に、そなたは聡い。返し方も上手いな」


 触れるほどに近くありながら、それでもジュークは、シェイラに手を伸ばそうとはしない。

 優しい眼差しで、唇にだけ、ほのかに苦笑を昇らせた。


「シェイラ。そなたが俺の問いに答えられないのは、俺が信じられないからか? そなたの心に棲まう存在に、俺が危害を加えると」

「そのような!」


 大慌てで、シェイラは首を横に振った。ジュークがそういうことをする人間なら、シェイラはもっと早く彼を見限っている。園遊会前、かなり気持ちが荒れていただろう頃すら、シェイラに逢いに来ても嫌がることをしようとはしなかったのだ。感情のまま動くこともままあるけれど、本質的には優しくて、どれほど我を忘れても、本当の意味で他者が傷つくことはできない人。それがジュークだと、シェイラは思う。

 そんな人だから。彼と同じ気持ちを、同じだけの重さで返すことができたら、それはとても心地よくて、幸せだったに違いない。

 これほどまでに彼が想ってくれているのに、シェイラは――。


「済まない。少し、意地が悪いことを言った」

「陛下……」

「気が付いて、いなかったのだろう? そなたの心に誰が棲まい、それがどういった類の感情なのかを。何の違和感も、疑問もなく、素直に好意を抱いて――その好意を、他の種類のものと混同してしまった」


 ……混同、なのだろうか。だって、特別な友人なのだ。人生でこれほど好きになるひとはいないと確信できるほど、シェイラの中で別格な『親友』で。


「混同できる、せざるを得ない、存在だということだな。そなたに棲んだ、そなたが想う相手は」

「陛下。ですが、ですが……」


 耐えられない。シェイラは激しく、頭を振る。


「いいえ。あり得ません。あったとしたら……こんな気持ちは、間違っています」

「『間違い』の一言で、割り切れるものでもないだろう?」

「だって、こんな。迷惑です、迷惑に決まってる」

「それは、相手に伝えてみなければ分からない」

「っ、普通のひとは、普通に男のひとを好きになるでしょう!?」


 激情のままに叫んでしまってから、シェイラは青ざめて、掌で口を抑えた。

 目の前のジュークは、「やっと言った」と笑う。


「俺の勘で悪いが。もしかして、シェイラが好きなのは紅薔薇か?」

「どうして……」


 呆然となる。彼の前で、彼女――ディーとの繋がりを見せたことはないはずだ。

 問われたジュークは、軽く肩を竦めた。


「だから、勘だ。気が付いていないようだが、そなた、たまに心ここにあらずな風情で、じっと花瓶の薔薇柄を眺めているときがあるからな。薔薇を見て誰を想っているのか考えて、安直に紅薔薇が思い浮かんだ」


 シェイラの部屋には、薔薇柄のものは部屋に置かれた花瓶くらいしかない。本当は季節によって花瓶も変える習慣らしいが、『紅薔薇』を連想させる花瓶が部屋から無くなるのが嫌で、「自分みたいな末席に、そんな高待遇は必要ない」と言いくるめて据え置いたのだ。

 しかし、ジュークがそんな細かいところまで見て、考えていたとは。

 意外な気持ちが、表情に出てしまったのか、ジュークは少しむっとなる。


「これまでがこれまでだからな。何も考えていないと思われても文句は言えないが、好きな女のことは自然と目に入るし、ちゃんと考えるぞ」

「いえ、あの。申し訳ありません」

「謝る必要はない。それにしても……文字通り高嶺の花だな、そなたの想いびとは」


 言われて、反射的に首を横に振る。


「そんなことはありません。確かに、身分や立場だけなら高貴ですが。本人は気さくで、温かくて、感覚や考え方はむしろ庶民に近いです」

「……その言い方だと、かなり近しい間柄のように聞こえるが」

「親友ですもの。私は親友だと思っていますし、彼女も親友だと言ってくれています」


 目を丸くして驚いているジュークに、これまでのことを手短に話す。『ディー』を知った彼は、俄には信じられないようだった。


「それは……本当に紅薔薇なのか?」

「そうですね。『貴族』をしている彼女しか知らない人には、なかなか信じてもらえない一面だと思います」

「そんな一面を見せるということは、紅薔薇も相当、そなたのことを信頼しているのだな」

「あくまでも『親友』としてですが」


 認めてしまえば、バレてしまえば、意外と図太く開き直れるものだ。シェイラは苦笑した。


「私、ディーのことしか、考えられないみたいなんです。陛下が仰るとおり、何をしていても、何を見ても、思い出すのは彼女のことばかりで」

「それが恋というものだ」

「けれど――やはり、こんな感情は間違いでしょう?」


 恋愛感情というものは、男と女の間で芽生えるのが普通だ。シェイラの父親は商人で、広い世界を見てきたから、もちろん『普通』から外れた人々がいるということは、シェイラも知っている。

 けれどシェイラが父から聞いた事例(ケース)は、片方が生まれる性別を間違った場合がほとんどだった。心と体の性別がちぐはぐで、例えば身体は男でも、自分は女だとしか思えない。当然、女の子は友だちにしかなれないし、好きになるのは男の人。しかし本人の身体は男だから、見た目としては同性同士の恋愛になる。

 シェイラは自分を女だと認識しているし、男になりたいなんて思ったこともない。幸せしかなかった少女時代、街ですれ違った格好良い男の人にときめいた経験だってある。

 なのに。これほど激しく、深く、同じ女であるはずのディーを想うなんて。特別な親友だから他と違うのだと思い込んでいたけれど、よく考えてみれば、一緒にいたいという気持ちが高じて侍女にまで嫉妬するなんて、友情としては歪だ。


 違うと否定しなければならないと、理性は諭してくるのに。

 本能の部分ですとんと落ちて、納得してしまう。


 あぁ――これは、恋だと。


 葛藤するシェイラの頭を、大きな手が優しく撫でてくれた。


「戸惑う気持ちは、理解できるがな。個人的には、間違いだとは思わないぞ」

「ですが、私は女ですのに。同じ性別のひとを、好きになるなんて」

「好きになったら、性別なんて些細なことだろう? あまり大きな声では言えないが、歴代の王族の中にも、同性を好きになった者はいたぞ」

「はい?」


 今何か、とんでもないことをさらっと明かされたような。

 目をぱちくりさせたシェイラに、ジュークは声を立てて笑う。


「まぁ基本的に、玉座につかなかった王族のことなんて、細かい部分まで記録に残らないからな。俺も父上から又聞いたことがあるだけだが、昔そういう人が実際にいたのは確からしい」

「そ、その方はどうなったのですか?」

「公式記録には生涯独身で跡継ぎもなく、一代限りの公爵だったと記されている。確か二百年くらい前か。当時、公爵家はモンドリーアの他に六つあり、これ以上公爵家を増やすのは余計な騒乱の種になると考えたゆえの英断とされているが……」


 実際のところは英断でも何でもない、本人の私情でしかなかったわけだ。

 くつくつ笑って、ジュークは続ける。


「私より公に生きよと諭される王族すら、止められない心があるのだ。この手の感情に、常識や理屈は通用しない」

「陛下……」

「正直に言って、そなたの心を紅薔薇に奪われたのは悔しい。だが……不思議なことに、納得できてしまう自分もいてな」

「な、納得、ですか?」

「本当に不思議だが。紅薔薇なら、シェイラが好きになっても致し方ない、とな」


 恋する相手が、自分とは別の――本来なら同列に並ぶはずがない存在を見ていると確定した状況なのに、ジュークの感情に澱みは感じられない。それどころかすっきりしたような、そんな清々しささえ見える。


「しばらくの間、ここには来ない。俺も、そなたへの気持ちを昇華させて、これからのことを考える時間が必要だ」

「そんな。私にそこまでお気遣いなさることはありませんのに」

「気を遣っているわけではなく……いや、本当に気遣いにはならないな。それどころか……」


 ジュークはふと思い出したかのように、少し顔をしかめてぶつぶつ言っている。


「陛下? どうかなさいましたか?」

降臨祭(レ・アルメニ・アースト)の礼拝で、私は数日後には王都を発つことになる。王家の礼拝についての知識はあるか?」

「はい。アメノス神のお恵みを頂戴するために、ミスト神殿まで赴かれると」


 突然変わった話題に何かと思いつつも、問われたことに答える。ジュークは頷いた。


「あぁ、そうだ。これは王家の大切な神事。……分かるか、シェイラ。『王家』の神事なのだ」


 強調され、なんだかものすごく、嫌な予感がしてきた。


「あの、陛下。まさか……」

「内務省の者が、揃って進言してきてな。『紅薔薇様』がおいでなのに、陛下お一人で礼拝に参られるなどもってのほかだと」

「そんな。だってディーは、『紅薔薇の間』が住まいではあっても側室で、正妃様というわけではありませんのに」

「シーズン開始の夜会で俺の隣に立ち、園遊会を成功させた紅薔薇を、ただの一側室として扱う方が無理だ。外宮では、賛成反対には分かれていても、概ね彼女を『正妃代理』として立てることで一致している」

「そんな見解は知りません!」


 誠に不敬なことながら、座っている(ジューク)相手にシェイラは椅子を蹴って立ち上がり、まさに上から目線で言い募る。


「園遊会が終わって、マグノム夫人がいらっしゃって、ようやく一息つけたのに。外宮の皆様は、陛下は、またディーに、重い荷物を背負わせようとなさるおつもりですか!」

「お、落ち着けシェイラ。夜も遅い」

「夜とか朝とか、関係ありません。まさかとは思いますが、ディーの優しさにつけ込んで、このまま彼女を都合の良い『正妃』に繰り上げたりはなさいませんよね? そんなことをしたら、私はこの国を赦さない。ディーを連れて逃げます。優しくてお人好しなディーを、生涯国に縛り付けて働かそうなんて、鬼畜にもほどがある振る舞いだもの!」

「分かった、分かったから。礼拝の件は一理あると頷いてしまったが、今後は紅薔薇の意志や気持ちを無視して、彼女の行動を勝手に決めたりはしない。約束するから、物騒なことを言うのは止めてくれ」


 ジュークの『約束』に、ひとまず心は落ち着いた。

 が、それとはまったく別の方向で、全然落ち着けないどころか徐々にこみ上げてくるものがある。


「……陛下。礼拝の件を頷かれたということは、ディーを『正妃代理』として、ミスト神殿まで連れて行かれるのは、もう決定事項なのですね?」

「う……」

「決まっているのですね?」


 やや顔色の悪いジュークが、こくりと頷いたのを確認して、シェイラは足早にクローゼットへ向かった。

 ジュークが慌ててシェイラの肩を掴む。


「待てシェイラ、早まるな。確かに連れては行くが、ちゃんと連れて帰ってくるから。そのまま正妃にしたりはしない!」

「そういう問題じゃないんです! これからディーと十日間も逢えなくなるなんて。しかも正妃代理ということは、陛下と仮とはいえ夫婦として過ごされるということで」

「ちょっと待て! 俺が紅薔薇に何かすると? それこそあり得ない!」

「どういう意味ですかそれは。ディーに女性としての魅力を感じられないと?」

「あのな。忘れているようだから言うが、俺は今日、まさに今、失恋したところなのだぞ。そんなにすぐに切り換えて、次の相手を物色できるほど俺が器用じゃないのは、ある意味そなたがいちばん良く知っているだろう!」

「失恋して元気のない陛下を、優しいディーが慰めて、ディーの魅力に気が付いた陛下がふらふらと……なんてこと、あり得るわ!」

「あり得ない! そもそも紅薔薇が俺を慰める展開がない!」

「陛下はディーの底抜けのお人好しっぷりを知らないから、そんなことが言えるんです!」


 やいのやいの騒ぎつつ、シェイラは厚めのガウンを羽織り、申し訳程度に髪をまとめて、外に出て見苦しくない最低限の身支度を整えた。昼間なら服も着替えるが、幸い今は深夜。人とすれ違う危険も少ないだろうし、これで問題ない。


「本日のお運び、ありがとうございました。お帰りになるなり、寝台をお使いになるなり、ご自由になさってくださいませ」

「……朝まで帰らないつもりか」

「昼間はこれで、ほとんどディーと過ごす時間は取れていないんです。こうなったら出発まで、夜は絶対ディーと一緒にいます!」

「あぁ……うん。駆け落ちさえしないなら、あとは好きにしろ」


 ジュークの返答が投げやりなのは、おそらく気のせいではないけれど、この先十日間もシェイラからディーを引き離す男相手に優しくしてやる道理はない。絶讃沸騰中のシェイラからは、相手がとりあえずこの国の王で、シェイラは末端の貴族で、ついでに側室でもあって、真夜中に王を部屋に一人放置するのがとんでもない非常識だという事実はすっぽ抜けている。


 ジュークの言葉を聞いているのかいないのか、勇み足で部屋を出ていった彼女を見送って、残された彼は呆れたように笑った。


「この寝台で眠るのも、今日が最後だろうな」


 初恋は実らないと、よく言うけれど。初恋相手の茨の道を肯定し、祝福できる自分は、そう悪くない。

 今夜はよく眠れそうだと、寝台に横たわり、彼はゆったりと目を閉じた。






 一方、高ぶった感情のままに『紅薔薇の間』を訪れたシェイラは、きょとんとしたディーに出迎えられていた。眠る直前だったらしい彼女は、装飾のないシンプルな寝衣を纏っているだけなのに、驚くほどに色っぽい。

 もう遅いしということで、シェイラは普通なら友人でも入れない寝室まで通されていた。

 寝台に並んで腰掛けたところで、おずおずと切り出す。


「何も考えずに、こんな真夜中に訪ねちゃってごめんなさい……」

「そんなのは気にしなくて良いけど。どうしたの、何かあった?」


 何もなければシェイラはこんな非常識をしないと、言わずともディーは分かってくれる。

 嬉しいのに、何故かもやもやして、その原因が「何もなくてもこんな非常識がまかり通る仲」になりたいからだと気付いて唖然となった。


「シェイラ?」

「あ! ううん、何でもないの」

「……何でもないようには見えないけど」

「いやあの、確かにここに来ちゃったのは何かあったからなんだけど、それとは別でえっと、」

「うん、とりあえず落ち着いて。ほら、深呼吸」


 背中を細く滑らかな指で撫でられて、深呼吸はしたけど落ち着かない。

 ハーブのブレンドが趣味のディーは、健康状態を診る術にも長けていて、理由は分からずともシェイラが通常の状態でないのは伝わったらしい。


「ちょっと待って。寝る前に飲もうと思って淹れてたお茶が……」


 立ち上がろうとしたディーの手を、思わず、ほとんど反射で掴んでいた。

 引き留められたディーは、警戒心も何もなく、ただシェイラを案じる瞳で見返してくる。


「ディー……」

「言いたくないことは、言わなくても大丈夫。でもね、シェイラ。あなたは私にとって、本当に大切な親友なの。あなたがいてくれて、私はどれだけ救われているか分からないわ。だから、せめて……あなたが苦しいときは、あなたの心配をさせて」


 ディーの気持ちが、嬉しくて、嬉しくて……苦しい。

 衝動のままに逢いに来て、彼女の優しさと温もりに触れて、シェイラは嫌でも自覚する。


(私は……もう、『親友』はいや。『親友』では、いたくない)


 ディーの手をぐいと引っ張って、彼女を寝台に戻す。引かれるまま、大人しく横に座ってくれたディーに、迸る想いをぶつけるかのように、抱きついた。

 わずかに戸惑った気配をみせたものの、そう時間を開けず、ディーの腕もシェイラの背中に回る。


「シェイラ……?」

「――今日、陛下が部屋にいらっしゃって。ばれちゃったの。私がそこまで、陛下のこと好きじゃないって」


 シェイラが王に抱く感情が、人としての好意であって恋愛感情でないことは、ディーも知っている。

 驚いたらしいディーの、腕の力が強くなった。


「……何か、されたの?」

「いいえ、陛下は何もなさらないわ。想いを昇華する時間をくれ、って仰った」

「そう……」

「降臨祭の礼拝で、しばらく王都を離れるからちょうど良かったとも仰ったけど。ちっとも良くないわ、それにディーを連れて行かれるなんて」

「ふうん、降臨祭の礼拝で王都を離れ……はい?」


 抱き合っている状態で、互いの顔は見えないけれど、ディーがかなり困惑しているのは声と態度で分かる。

 シェイラは唇を尖らせた。


「降臨祭の礼拝でミスト神殿まで赴かれるのが、王家の方のお役目なのは分かるけど。ディーは側室で、厳密には王家の人間じゃないのに」

「まぁ、側室まで王家に含めちゃうと、特に今は大変なことになるし……っていうか、え、ひょっとしてそのミスト神殿に、私も同行するの?」

「そう仰っていたわ」

「何で!?」

「『紅薔薇』だからですって」

「イヤイヤ……ただ単に部屋が『紅薔薇の間』だから暫定的に『紅薔薇』って呼ばれてるだけで、私ただの側室なんですけど……」

「私も陛下にそう申し上げたけれど、ディーの実績から見て、その言い分には無理があるんですって。望むと望まざると、『正妃代理』に選ばれるのは仕方がないって」

「実績ってナニ。園遊会のこと言ってるなら、采配任された以上やらなきゃしょうがなかっただけでしょ? まさか陛下の命令無視して、敢えてお粗末なものにするわけにもいかないし」

「……ホント、ディーってお人好し」


 抱き合ったまま身体を倒し、二人して寝台に倒れ込む。

 ぐいっと抱き寄せて、どこか甘いディー特有の香りを吸い込んだ。くすぐったそうに、ディーが身じろぐ。


「ちょっと、シェイラ」

「こんなことになるって分かってたら、園遊会なんて適当にしちゃえ、って言ったのに」

「さすがにそれはまずいでしょ。ライア様たちのお考えもあるんだから」

「……そういうこと言っちゃう。ディーは優しいけど、たまにいじわる」

「シェイラ……」


 シェイラが拗ねたと察したらしいディーが手を伸ばし、よしよしと頭を撫でてくれる。

 ジュークに撫でられたときは、ただ気持ちが落ち着いただけだったけれど、ディーに触れられただけで心臓が高鳴るから、恋は本当に厄介だ。


「文句を言いたくもなるけど、過去には戻れないしね。こうなった以上、神殿には行かないと仕方がないわ」

「……私はいや。十日間もディーと逢えないのよ?」

「十日間も? あー、馬車ならそんなもんか……。私だって、礼拝のためだけに馬車でちんたら北上して帰ってくるくらいなら、のんびりシェイラと過ごす方が良いに決まってるけど」

「本当?」


 嬉しい言葉に、顔が自然と上がる。目線の少し上にあったディーの顔は、苦笑気味ではあったけれど嘘はついていない。


「当たり前でしょ。『正妃代理』なんてやりたくもない役目押し付けられて、しかも遠駆けならともかく自由に動けない馬車で移動なんて、聞いた瞬間に憂鬱になるもの。それに……私だって、十日間もシェイラと会えないのは寂しいわよ?」

「ディー……!」

「え、そんな感極まること言った?」


 ディーはひょっとしたら、天然悪女なのかもしれない。こんなことを言われたら、嬉しすぎて、もしもシェイラが大金持ちなら間違いなく貢ぐ。

 室内灯がほんのり点るだけの寝室は暗く、その中で二人の距離は近い。じっと見つめ合うと、うっかりこのまま近づいて、柔らかそうな唇を味わいたくなってしまいそうだ。

 シェイラは敢えて視線を逸らし、ディーの胸に飛び込んだ。

 どきどきしながら、何でもないことのように装って切り出す。


「なら……ディー。出発までの間、私、夜にここへ来ても良い?」

「えぇ?」

「だって、出発まで日にちないし、昼間は絶対忙しいでしょ? なら、せめて夜、こうやってお話しして、一緒に寝たいの」

「それはまぁ、私は構わないけれど……」

「良いの?」


 切り出しておいてなんだが、半分は断られるだろうと思っていた。というか、シェイラは今、かなりディーに迫っていると思うのだが、この危機感のなさはなんだ。警戒されないのは嬉しいけれど、まさかディーは、頼まれたら誰とでも添い寝するのか。

 そう思ったところで、シェイラの身体に回されたままだったディーの腕が動き、シェイラの頬をぷにっと突っついた。


「普通なら、いくら親友でも、さすがに寝るときは部屋に戻るんだろうけどね。この寝台馬鹿みたいに広いし、何よりシェイラだから、特別よ?」


 あぁ。もう――だめだ。

 落ちる、堕ちる、真っ逆さまに。

 身がよじれるほど痛く、苦しいのに、それすらも甘い……底の見えない、そこは『恋』の沼。

 ディーの幸福を願うなら、独りで堕ちるべきなのに、腕の中の温もりが愛おしくて手放せない。

 破滅すら、彼女と二人なら、この上ない至福に変わるだろう。


 泣き出しそうになりながら、それでもシェイラは笑った。


「ありがとう、ディー。――大好き」

「どういたしまして。私もあなたが大好きよ」


 きっと今、ディーは嬉しそうに笑っている。喪うことを何よりも恐れる臆病なひとは、他者からのストレートな好意に弱い。

 確信して、シェイラはそっと、目を閉じた。


(ごめんなさい、ディー……)


 これからずっと、毎日、あなたに想いを伝え続けるから。

 私の好意に慣れきって、ぐずぐずに溶かされて、私の想いなしではいられなくなれば良い。

 陛下のように想いを昇華させ、この気持ちを綺麗な『思い出』にするのは、私には無理みたいだから。


(『好き』の形は違っても。私はあなたを、生涯放さない――)


 死ぬまで、死んでも、あなたを愛してる。

 だから、ねぇ。


 ――いっしょに、堕ちて?





執筆中の涼風「てめぇ違和感マジふざけんな、シルバーウィークは2ヶ月も前に終わっただろうがよ、とっとと出てきて仕事しやがれええぇ!」

IFなんだから今度こそ、しかもガチなんだから今度こそと思ったのに!

むしろ、書けば書くほど上手いこと話が繋がってくってどういうことなの……。

本編もあぁだし番外編でもコレだし、ちょっとヒロインについて辞書引いてきます(泣)



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