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零れ話〜たった一夜のものがたり〜


おはようございます。

さてさて、爽やかな朝に、こんなお話はいかがでしょうか?

本編ではさくっとカットされた、とある一夜を、ちょっと覗いて見てみましょう(笑)




カイがディーのために用意した服は、どこにでもいる村娘の衣装だった。降臨祭の祭りで売られていたものなので、普段使いにするには気が引けるが、このようなお祭りで着飾るときにはぴったりのもの。――簡単な作りなので、少し手を加えれば旅装にも使えるだろう。


「この辺りでは、こんな服が流行っているのね」


後宮で『紅薔薇様』をしているときからは考えられない、元気な足音を立てて、ディーはカイの斜め後ろを歩く。貴族のお嬢様が庶民の服を与えられても、普通ならまず着方すら分からないし、辛うじて服を着られたとしても、髪型や足元、ましてや仕草にまでは気が回らないだろう。「服を着替えて」と言っただけで、身に付けていた装身具を全部外し、髪型を庶民がよくやるようなまとめ方に変えて、絹の靴下を脱ぐ代わりに適当に調達した布で足を巻き、『どこから見ても村娘!』な動きで出てくるご令嬢には、たぶんこの先一生かかってもお目にかかれない。

――高価なドレスより、こんなどこにでもあるような服を嬉しそうに眺める、女には。


「この辺の服が珍しい?」

「服の裏地が、羊毛でできてるの。クレスターは王国の中でも南にあるから、冬は寒いといってもここまで防寒に気を遣わないのよね。……もこもこしてて、気持ち良い」

「あー、この辺土地が低いからか、冷気が溜まって底冷えするんだよね。だから、体温を逃がさないように服を工夫する習慣みたい」

「へぇ、生活の知恵ってやつね」


知らないものに出会ったとき、ディーの瞳はきらきら輝く。服の袖から内側を触りながら、とても嬉しそうに彼女は笑った。


「行列とはぐれたのは災難だったけど、こんなことでもなきゃ、この服を着ることもなかったんだもんね。そう考えたら、何だか得した気分」

「前向きだねぇ、ディーは。……そろそろ、村の入り口だよ」


先導していたカイは、ここで少し立ち止まり、ディーの横に並んでその手を握った。


「カイ?」

「さっき見た感じ、結構な人手だったから。今ディー疲れてるし、念のため、ね」

「そんなに心配しなくても、子どもじゃないんだからはぐれたりしないわよ?」


ちょっぴり不満そうにそんなことを言いながら、それでもディーは、カイの手を振り解こうとはしなかった。


村に入ってしばらくすると、祭りの明かりと共に、すれ違う人も多くなる。初めての場所にわくわくしているディーを、気付かれないよう愛でながら、カイは必要なものをリストアップした。


「まず、馬でしょ。あとは水筒と、安全な水。いざってときの非常食も、あった方がいいかな」

「その前に、何か食べない? せっかくお祭りに来たんだし」

「……遊びに来たんじゃないよ」

「どっちにしてもお店回るんなら、楽しまなきゃ!」


恋愛はより深く惚れた方が負けとは、昔の人はよく言ったものである。向けられた笑みにあっさり陥落したカイは、まずは食べ物を売っている出店を回り、遅い夕食を摂ることにした。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 串焼き肉だよ、美味しいよ!」

「特製のスープはどうだい? ここでしか飲めないよ〜」

「おおっと、揚げモチも忘れてもらっちゃ困る。寒い夜には、こいつとホットワインで温まるのが一番だ!」


夜はこれからが本番とばかりに、露店の呼び込みには熱が入り、人々が群がる。ディーはぱあっと顔を輝かせた。


「カイ、私ホットワイン飲みたい!」

「だめ」

「何で!」

「熱されてある程度は飛んでるけど、それでもこの辺のワインは度数が強いの。今のディーが呑んだら、あっという間に酔っぱらっちゃう」

「私、お酒そこそこ呑めるわよ?」

「それでもだめ。アルコールの廻りは、体調に大きく左右されるんだから」


むぅ、と唸るディーは可愛い。こんな無防備な幼さを見せてくれるなんて、ちょっと反則じゃないかとすら思う。

宥めるように、カイは繋いだ手に少し、力を入れた。


「ワインはだめだけど、あっちに温めた葡萄ジュースが売ってるよ。あれと、揚げモチで我慢して?」

「はぁい……」

「ん、いい子」


可愛さのあまり頭を撫でると、下からむむ、と睨まれた。


「……ちょっとカイ、さっきから人を子ども扱いしてるでしょ」

「気のせいだよ。そんなわけないじゃん」


本当に気のせいだ。カイの子どもの扱い方は『適当にあしらう』、この一言に尽きる。子ども扱いなら、こんなに構って構って構い倒したりしない。


微妙におかんむりなディーを上手く宥めて、葡萄ジュースに揚げモチ、スープ、鉄板焼と、夕食にできそうなものを購入していく。そこまで揃ったところで、カイは露店の親父に尋ねた。


「ところでさ、この近くに、座って食べられそうな落ち着いた場所ってない?」

「あぁ、それなら、この先をまっすぐ行ったところにある広場がオススメだ。祭りの本通りからはちょっと離れた場所でな、星がキレイに見えるんだよ。逢い引きには最高だぜ!」


逢い引き、の一言に、隣のディーがわずかに動揺したのが伝わってきた。

にっこり笑って、カイは言葉を返す。


「ご親切にどーも。けどさ、俺たちそういう関係じゃないから」

「へぇ、じゃあ、どういう関係だい!?」

「さぁねぇ……お忍びの姫と、その従者、ってトコかな?」

「あっはっは、そりゃあいいな!」


笑う親父は、もちろん本気にしていないだろう。礼を言って店を離れ、言われた道を進むにつれ、確かに喧騒は遠くなっていく。

ある程度静かになったところで、ディーがぽつりと呟いた。


「……こんなに態度の大きい従者がいるわけないじゃない。冗談言うにしても選べって思われたわよ」

「心外だなぁ、この上なく大事にしてるつもりなんだけど?」

「…………大事に、されてるのは、分かってる」


予想外の台詞が返ってきた。うっかり立ち止まると、そんな自分を咎めるように、ディーが上目遣いに睨んでくる。――その頬は、ほんのりと赤い。


「……なぁに? さすがに、ここまで丁寧に扱われて、邪険にされてると思うほど、私は鈍くないわ」

「………………あー、もう!!」


なんだ、何なんだ、この可愛い生き物は。頬を染めて上目遣いとか、どれだけ理性崩壊のお約束を踏んでくれたら気が済むのか!!

ディーへの想いを自覚して、結構な時間が過ぎている。もともと商売が商売なだけに、衝動を抑えることには自信があったし、どれだけディーが可愛かろうが、うっかり手を出さないくらいには大人なつもりだった。……が、その考えが甘かったことを、ここに来てカイは思い知る。

相手を信頼しきったディーは、カイの予想以上に天真爛漫かつ純粋な生き物で、一切の警戒心なく素直な表情を見せてくれる。その立場になれたことは単純に嬉しいが、こんな可愛いアレコレを立て続けに投下されては……。


「……カイ? 私、何かまずいこと言った?」

「いや、うん、ディーは悪くない。大丈夫、俺が耐えれば済む話だから」

「え、何か我慢してるの? 私のせいで? そういうことは言ってくれなきゃ!」


途端、食べ物を両手に、ディーは慌て出す。カイは首を横に振った。


「ディーのせいじゃないよ。それより早く、広場に行こう」

「えぇと……うん。あの、カイ」


小走りについてきたディーは、考え考え、言葉を紡ぐ。


「私たちクレスター家の人間が、頻繁に民に混じって、あちこち見て回ってるのは知ってるわよね?」

「有名な話だよね、もちろん知ってる」

「でね、そういうとき必要なのは、自然に民の中に溶け込める設定だって教わったの。例えばお兄様と組むときは、身寄りのない流浪の兄妹とか」

「うん、言いたいことは分かるよ」

「……じゃあ、さっきの『姫と従者』が、この上なく不自然だっていうのも分かる、よね?」


話しているうちに、いつの間にか、露店の親父が言っていた広場に到着する。ベンチがあちこちに置いてあり、落ち着いた雰囲気で、確かにリクエスト通りの場所だった。

近くのベンチに腰を降ろし、スープカップで手を温めながら、ディーはじぃっと、カイを見つめてくる。


「……ディーが『紅薔薇様』ちっくになれば、不自然じゃなくなるよ?」

「いや。何が悲しくて、ここまで来て貴族でいなきゃいけないの」

「――何が、言いたいの?」


……彼女は、分かっているのだろうか。人気のない、こんな場所で、その話題を持ち出すことの危険性を。

ディーが思っているより、カイは、ずっとずっと、危ないのに。


「客観的に見て恋人同士に見えるなら、行列と合流するまでは、その設定でいくべきじゃないか、って思ってる。変な設定つけて目立つより、そっちの方がずっと安全でしょ?」

「ディーは、俺と、恋人に見られても、いいの?」


一言、一言。区切って重みを持たせ、その内容を認識させる。背もたれのあるベンチなのを良いことに、ディーの両側に手をついて、すぐ触れられる距離まで詰め寄った。

――触れたい。本当は、今すぐにでも。


「……カイは、いや?」


そんな衝動を押し止めたのは、さっきまでの強気を無くした心細そうな声と、不安げに揺れる瞳だった。ぎゅ、とカップを握る手は、よく見たら微かに震えている。

カイは、片方の手は背もたれに置いたまま、もう片方の手でディーの頬をそっと撫でた。


「――嫌なわけ、ない。ディーが良いなら、それでいこう。俺たちの年齢なら、それが一番自然だもんね」


明るく、素直で、好奇心旺盛なこの少女は、同時にひどく臆病だ。――手離すことに躊躇いがないのは、手に入れるのが怖いから。

普段なら、貴族の仮面を外しても、ここまで無防備に心の内側を見せることはしないだろう。忘れたフリで鍵をかけ、些細な機微を『ない』ことにして隠す。

それができない今は、それだけ弱り、疲れているのだ。くだらない提案をしてしまった、呆れて、嫌われたらどうしよう――そんな本音を、うっかり浮かび上がらせるくらいに。


(全部、守るって決めた)


『紅薔薇』としての彼女の矜持も、『ディアナ』が守りたいと思う人々も、

――ディーの、曇りない笑顔も。


そのために、絶対に自分だけは、ディーの不安の種にならない。


「さっき俺が『そんな関係じゃない』って言ったのは、ディーと恋人同士に見られるのが嫌だったからじゃないよ。ホラ、女の子って好きでもない男とそういう関係に思われるのイヤでしょ?」

「あ、だから……私の、ため?」

「いやー、これでも俺、紳士だから。ディーの許可なく軽々しく頷くのはまずいかなーって」

「自分で言っちゃう、それ?」


くすくす笑うディーの横顔から、『不安』の文字が消えていく。愛しくて愛しくて、大切な少女の微笑みを、カイは蕩けそうに優しい眼差しで眺めた。


触れたい衝動は、今でも、胸の内に燻っている。けれどそんな自分の欲望なんかより、ずっとずっと、ディーの方が大切だから。


「ほら、ディー。星が綺麗だよ。――旅に役立つ星座の見方、知りたい?」

「知りたい!」


寄り添い、笑う二人を、星が優しく見守っていた――。






「爆発すればいい!」←書き上げた作者の渾身の叫び


こんな甘いと思ってなかったよ、書きながら胸焼けするかと思ったよ、恋愛パートの主人公たち放置で、テメェらいったい何やってるんだ!


……カイとディーの初デート、というリクエストを頂いて、まず浮かんだのが、本編でカットしたこの一幕でした。ディーは分かってませんけど、コレ、客観的に見れば紛れもないデートですよねー(遠い目)


シュエットさま、リクエストありがとうございました!



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