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童話パロ〜なんちゃってシンデレラ〜後編


現在は、1月6日の午後26時です!

……苦しい言い訳、失礼致しました。なんちゃってシンデレラ、後編をどうぞ。




――さて、意気揚々と出掛けたシェイラでしたが、実は一つ、心配事がありました。

これから彼女が向かう先はお城です。当然、その周りは沢山の兵士たちによって守られています。

どこの家のものかも分からない馬車など、文字通り、門前払いされてしまうのではないか。魔法使いを信じていないわけではありませんでしたが、シェイラは密かに、そんな心配をしていたのですが。


「そこの馬車、止まれ! どこの家の――しっ、失礼を致しましたッ!!」


――馬車の窓から、トカゲが変身したらしい執事が顔を出すだけで、一言も話すことなく、彼女を乗せた馬車はお城の正面玄関らしきところまで、ノンストップで通されてしまいました。


「……えぇと、執事様は、どういったお方なのですか?」

「ただの、トカゲその1ですよ」


視線だけで人を殺せそうなほど鋭い瞳、すっと高く通った鼻筋からは刃のような冷たさを感じさせ、その外見を裏切らない低く酷薄な響きの声で『ただのトカゲ』と言われても、なかなか素直には頷けないものがあります。爬虫類的な顔だと言われたら、そうかもしれませんが。


「よろしいですか? 着きましたよ、シンデレラ様」


そこへ、馬車の外から、甘い響きの声が響きます。扉が開き、先程まで御者台にいた青年が、微笑んで手を差し出していました。


「お手をどうぞ?」

「あ、ありがとうございます」


こんな優雅なエスコートには、これまでお目にかかったことがありません。ちょっぴりドキドキしながら、シェイラはお姫様らしく淑やかに、馬車から降りました。


「――お前な、そこでシンデレラを誘惑してどうする」

「心外ですね。紳士として当然の振る舞いをしたまでですよ。父上こそ、無駄な威圧感でシンデレラ嬢を怯えさせたりしませんでしたか?」

「それこそ濡れ衣だ」


二人のやり取りに、シェイラの目は真ん丸になりました。


「お二人、親子なのですか!?」

「おや、意外でしたか?」

「まぁ、自慢じゃないが、似てないからな」


ご本人たちが言う通り、二人の顔立ちに似通ったところはありません。執事が眼光鋭い爬虫類だとしたら、御者の青年は艶やかな夜の蝶――ただし、鱗粉には毒がある――のよう。要するに、それくらい印象が違うのです。


「まるで似ていないということはないでしょう。デュアー様とエド様は、髪と瞳の色が同じですし。……それより、早く入らないと、時間なくなりますよ」


まるで気配なく、いつの間にかシェイラの近くに控えていた侍女は、トカゲの親子の言い合いをさらっと終了させ、その場にいた全員に、ここまで来た目的を思い出させました。


「おっと、そうだった」

「我々は、こちらで控えていますから。シンデレラ様は、そのままお進みください。――リタ、頼んだぞ」

「はい、エド様。参りましょう、シンデレラ様」


全身から有能オーラを出している侍女――リタという名前みたいですね――に先導され、シェイラは生まれて始めて、お城の中に入りました。

王様たちが暮らすお城は、シェイラの想像以上に豪華絢爛な内装でした。あまりのまばゆさに目眩がしそうな中、迷いも、ついでに緊張もなく、スタスタ歩を進めるリタは、実に頼もしく見えます。


「リタ、さん? 質問してもいいですか?」

「私に敬語は必要ありませんよ。なんでしょう?」

「随分、お城の中に詳しいですね」

「……トカゲは、感覚が敏感ですから」

「全然、緊張もしていらっしゃらないようですし」

「…………トカゲは、緊張しないんです」


そういえば一匹、やたらと図太いトカゲがいましたが、ひょっとしてアレがリタさんだったのかしら、とシェイラが妄想してる間に、賑やかな音楽が流れる、大広間が見えてきました。


「私は、こちらでお待ちしています。お時間になったらお迎えに上がりますから、それまでどうぞごゆっくり、お楽しみくださいませ」

「なにもかも……本当に、ありがとうございます」


一礼し、シェイラは、光の中に飛び込んでいきました。


――その瞬間、大広間にいた全ての人の目は、彼女に向いたと言って良いでしょう。遅れてくるにしても遅すぎる時間に、正面の入り口から堂々と、年若い女性がたった一人で入ってきたのです。

しかも――彼女の美しさは、群を抜いていました。


「まぁ、なんて美しい方かしら」

「どちらの家のご令嬢でしょう?」


『社交界の花』と名高い、ライア嬢とヨランダ嬢が彼女に好意的な態度を示したことで、広間の雰囲気は彼女を歓迎するものへと変わります。緊張しながらも、昔習った礼儀作法を思い出し、一歩一歩慎重に歩いていたシェイラは、ある程度まで進んだところで、自分の前方が騒がしいことに気付きました。


(何かしら?)


空気を読んで立ち止まったシェイラをそう待たせることもなく、人混みがささっと割れ――中から、お城の内装にも負けない、豪華な衣装に身を包んだ青年が、姿を現したのです。


シェイラは、その人物の顔を知りませんでした。だから、彼が近付いてくるのを、そのままの体勢で眺めました。

そんな彼女を、どこか熱の籠った眼差しで見返し――見知らぬ青年は、優雅に、その場に膝をついたのです。

そして、そっとシェイラの手を取ると、清廉さと情熱を併せ持った微笑みで、彼女を見上げました。


「美しい、お嬢さん。どうか、私と踊っては頂けませんか?」

「は……はい。はい、喜んで」


このとき、シェイラはいっぱいいっぱいでした。ディアナが家を飛び出してからここまで、ずっとお伽噺の中にいるみたいでしたが、その集大成が目の前にいます。イマドキ、こんな古式ゆかしいダンスの申し込みをする男の人がいるとは思わず、目の前の彼にただ目を奪われ、頷く以外の選択肢が思い浮かばなかったのです。

……彼女がもう少し冷静だったら、青年が現れた瞬間、周囲の人間が一斉に礼を取ったのも、彼が跪いたことでどよめきが走ったのも、いいえそれ以前に、彼を守るように王国の騎士の服をした若者が二人、付き従っていたことも、目に入ったでしょうけれど。


二人を導くように、音楽は緩やかに鳴り響きます。そして、二人が向かい合い、ホールの中央に立ったそのとき――見計らったように、円舞曲(ワルツ)が始まりました。


幼い頃はお嬢様だったシェイラは、ダンスが大好きでした。華やかな場から遠ざかって久しくとも、好きだったことは案外と覚えているもので、音楽に合わせて自然と身体は動きます。――共に踊る青年の、リードが素晴らしいことは、この際言うまでもありません。


「楽しいですか?」

「はい、とても。ダンスは好きなのです」

「それは良かった」


知らないうちに満面の笑みを浮かべていたシェイラを見て、青年も笑顔を咲かせます。銀の髪にアイスブルーの瞳と、色彩だけなら冷たい印象を受ける彼ですが、笑顔が可愛らしいのが意外でした。

楽しい時間はあっという間で、曲はすぐに終わってしまいました。シェイラは気付いて離れようとしましたが、一曲だけのパートナーのはずの彼が、シェイラの手を握って離しません。そのうちに次の曲が始まり、二人は再び動き出しました。


「あ、あの……」

「ダンスは、好きなのでしょう? ――なら、ずっと踊っていればいい」


おどけたような彼の言葉に、シェイラは思わず吹き出します。


「さすがに、ずっとは疲れてしまいます」

「疲れたら、休める場所にお連れしましょう。私に、あなたを扇ぐ栄誉をお与えくださいますか?」

「まぁ。私はお姫様ではありません。冷たい飲み物でも頂ければ、それで充分です」


相手が本気でないと思っているからこそ、シェイラも心置きなく、冗談を言って笑えました。こんな立派な身なりの人は、間違いなく、とても偉いお方でしょう。本来ならばシェイラになど目を留めるはずもありませんが、たった一人で送れて来た娘に、少しの情けをかけてくださったのかもしれません。


――一曲、また一曲。宣言通り彼は、広間の中央で、シェイラを美しく舞わせ続けました。シェイラを疲れさせないようにリードする辺り、相当に慣れているようです。

それでも、シェイラは楽しかったし、彼も楽しんでいるようでした。躍りながら、彼は紛れもない熱を、言葉と瞳に込めます。


「――あなたは、素晴らしい」

「あなた様こそ、ダンスがとてもお上手ですわ」

「私などあなたの前では、太陽の前に霞む、昼間の月に過ぎませんよ」


歯の浮くような台詞も、美青年が言えば様になるものです。シェイラは感心しつつ、首を横に振りました。


「昼間の月も確実にそこにあって、満ち欠けと昇る時間で、私たちに大切なものを教えてくれます。太陽も月も、どちらも欠かせないものなのですから、そのように仰ってはいけませんわ」


頭一つは自分より高い青年を見上げ、シェイラはそう言うと、今までで一番美しい、微笑みを浮かべたのです。

――その瞬間、唐突に、青年は動きを止めました。


「名前を、教えてもらえませんか」

「え……ぇと?」

「あなたの名前を、どうか教えてください」


真剣そのものの視線で見つめられ、シェイラは少しだけ迷って――ゆっくりと、口を開きました。


「――シンデレラと、申します」


本名を告げることは、シェイラにはどうしても、できませんでした。


今のシェイラは、魔法で彩られた、偽りの姿です。本当の自分は、ぼろぼろの服を着て灰まみれになりながら床を擦っている、醜い少女に過ぎません。

この人とは、これが、最初で最後。それなら、後に続くものなど、ない方がいい。


――あぁ、魔法使いの言葉は、このためだったのね。


大好きな姉の知り合いという、不思議な魔法使い。彼を思い返し、急にシェイラは、我が家が恋しくなりました。


『――シンデレラ様』


そこに、見計らったかのように、リタの声が降ってきました。


『お時間です』

「……はい」


小さく頷くと、シェイラはここで始めて、自分から青年の手を、振りほどきました。


「シンデレラ?」

「ありがとうございます、親切なお方。――私は、そろそろ帰らなければ」

「何を、言うんだ? 舞踏会はこれからなのに」

「私の時間は、舞踏会ほど、長くはないのです」


微笑んで、深々と頭を下げ――シェイラはくるりと彼に背を向けると、可能な限り急いで、出口に向かって駆け出しました。


「シンデレラ!」


後ろで自分を引き止める声が響きましたが、立ち止まるわけにはいきません。急がないと、魔法が解けてしまいます。


「きゃっ、」


慌てるあまり、足元不注意で転びそうになり、右足に履いていたガラスの靴が脱げてしまいました。後ろの音からして、彼は追ってきているようなので、探しに戻る暇はありません。片方だけヒールでは走りにくいので、シェイラは左のヒールも脱ぐと腕に抱え、逃避行を続けました。


「シンデレラ様!」


大広間を出たところで、リタが待ってくれていました。シェイラが裸足なのを見て、すかさ履き慣れた靴を出してくれます。


「ちょっと想定外の騒ぎになってしまいましたので、少し目立たないところから帰りましょう。こちらです」


リタに導かれるまま、シェイラはお城をあっちこっちし、待ってくれていた馬車に乗ると、大急ぎで帰路についたのでした。








……あの、夢のような一夜から、早いもので一月が経ちました。


「シンデレラ! 掃除は終わったの!?」

「はい」


シェイラの返事に、サーラは満足そうに頷きます。その横では、晴れ着に身を包んだリリアーヌが、そわそわしながら通りを窺っていました。……どうやら今日、この家に、とても高貴な方がお忍びでいらっしゃるそうなのです。

――しかし、シェイラにとっては、その全てがどうでも良いことでした。


あの夜、大急ぎで家に帰ったシェイラは、ドレスを脱いで化粧を落としてとばたばたしているうちに、いつの間にか意識を失っていました。目覚めたときは朝で、ドレスも、馬車も既になく、ただガラスの靴の片方だけが、夢の名残のように、シェイラの手に握られていたのです。

シェイラは大急ぎで、ディアナの部屋の戸を叩きました。素晴らしかった昨晩の話を、大好きな姉に聞いてもらいたい。……けれどもその願いは、決して叶えられることはありませんでした。


返事がないことを訝しみ、戸を開けたシェイラの目に飛び込んできたのは、姉の持ち物が掻き消えた、がらんとした部屋でした。ぞっとしたシェイラは家中を探し回りましたが、ディアナの姿はどこにもありません。

――シェイラの大好きな姉は、シェイラの一夜の夢と引き換えたかのように、忽然と、その姿を消してしまったのです。


(ディアナがいなくなるなら、舞踏会なんかに行かなかったのに)


あの魔法使いも言っていたではありませんか。

――魔法には、材料が必要だと。


シェイラに素晴らしい一夜を与えるために、ディアナが自らを、魔法使いに捧げたのだとしたら。最初からそのつもりで、ディアナは家を出たのだとしたら。

舞踏会に行きたいなんて、分不相応な望みを口にしてしまったあの日の己を、シェイラは責めて、責めて責めて責めました。時を戻せたら、過去に戻ることができたらと、どれほど願ったことでしょう。

豪華絢爛な夢よりも、ありふれた日常の方が何千倍も尊いことを、喪って始めて、シェイラは知ったのでした。


「いい、シンデレラ。絶対に、呼ぶまで部屋から出るんじゃないわよ!」


――サーラとリリアーヌから辛く当たられようが、酷い言葉を投げつけられようが、そんなもの、ディアナがいない苦しみに比べたら、ものの数に入りません。言われるままに屋根裏部屋に籠り、シェイラはふらふらと、小さな引き出しを開けました。


「ディアナ……!!」


あの夢の欠片、ガラスの靴の片方を握りしめ、シェイラは泣き崩れました。


誰でもいい、神様でも、悪魔でも。

何でもするから、これからの人生、全て捧げたって構わない。

だから、どうか、ディアナを返して――!


「――どうして泣いてるんだい、シンデレラ?」


そこに響いた、忘れようにも忘れられない声に、シェイラの心臓が、空の上まで跳び跳ねました。振り返った、そこには。


「さぁ、最後の仕上げをs」

「魔法使い様!!!」


か弱い少女にいきなり胸ぐら捕まれた、魔法使いこそ災難というものでした。


「ディアナを、姉様を、返してください!」

「へ? ちょ、ちょっと落ち着いて、」

「分かっています、姉様は魔法の材料になったのでしょう? 姉様を呼び戻すためには、何が必要です? 私の命で足りますか?」

「よし、全然分かってないから、まずは落ち着こうか」


ぽん、と錯乱するシェイラの肩に手を置いて、彼は深く空気を吸い込みます。


「あのね、ディー……ディアナ、ちゃんと生きてるから」

「命の他には、何が……え?」

「だから、ちゃんと生きてるから、ディアナ。ていうか魔法なんてあるわけないじゃん、俺はただの人間で、あの夜のはちょっとしたお芝居だったの」


唖然とするシェイラに、魔法使い改めただの人間カイは、大きく息を吐き出しました。


「びびったぁ……。まさかシェイラちゃん、俺がディアナと引き換えに、君を舞踏会に行かせたとか思ってた?」

「ち……がうのですか?」

「するわけないでしょ、そんなこと! 仮に俺が本物の魔法使いで、人間を犠牲にする魔法を使えるとしても、ディーだけは絶対に使わないよ!」


即答の上断言する彼の瞳を見れば、彼がディアナに、どういった種類の感情を抱いているのか、シェイラにも薄ぼんやりと呑み込めました。理解を示して頷いたシェイラに、カイはようやく、彼らしい食えない笑みを浮かべます。


「分かってもらえて何より。じゃ、シェイラちゃん、降りようか」

「え……? ですが、私はここにいるようにと」

「下に行けば、ディーにも会えるよ」

「降ります」


歪みないシェイラです。

カイに連れられ、シェイラはそうっと、階下に向かいました。


「この家の娘は、この者一人か?」

「左様にございます」

「……妙ですね? 確か、この家にはもう一人お嬢さんがいると、記してありましたが?」

「それは本当か、アルフォード!」


継母と話す若い男性二人のうち、一人の声に、シェイラは聞き覚えがありました。……もっとも、ディアナを喪ったと思い込んで泣き暮らしていた先程までは、思い出しもしない人物ではありましたが。

カイに促されるままに、シェイラは、人々が集まる居間へと、足を踏み入れました。


「そなたは……!」


入ってきたシェイラにいち早く気付いたのは、あのとき一緒に踊った青年でした。あのときほど豪華ではないものの、やはり最上級の服を着て、驚きとともにシェイラを見つめています。


「何をしているの! 下働きごときが、王子様の御前を汚すなんて!」


(王子さま!?)


驚くと同時に、シェイラは奇妙に納得していました。王族ならば、あれほどの輝きを放っていたことも、すんなり頷けます。


「下働き? しかし見たところ、彼女は年若いお嬢さんのようだ。――失礼だが君、お名前は?」

「シ……シェイラと、申します」

「シェイラ。それは、この家の末のお嬢さんのお名前ですね。当然、舞踏会にも招待されていたはず」


どうやら王子の側近らしい、騎士服に身を包んだ青年が、厳しい声を上げました。サーラは一瞬言葉を詰まらせたものの、堂々と言い返します。


「ご覧の通り、不出来な娘ですので。王族様のお目汚しになると、出席は辞退いたしました」

「それは、本当に彼女の意志ですか? このように擦り切れた服しか与えず、下働きと罵り、舞踏会にも行かせない……夫人、ご存知とは思いますが、虐待はれっきとした犯罪ですよ」

「虐待など! これは躾です、余所の方にとやかく言われることではありません」


サーラの目がつり上がり、騎士に激しく言い募りました。


「とにかく、この娘は、舞踏会に出席していないのです! 試すだけ、無駄ですわ!!」

「――いいや。彼女にも試しを、アルフォード」


静かで、しかし重さのある声が、部屋中に響き渡りました。シェイラが現れたそのときから、視線を逸らすことなく彼女を見続けていた王子が、口を開いたのです。

(おうじ)の一声に、サーラは苦々しい表情ながらも引き下がり、代わってアルフォードと呼ばれた青年が、小さな台座を片手に進み出ました。

その上に置かれているのは――。


「これは、さるお方が落とされたものです。我が国の王子、ジューク殿下は、こちらの持ち主を、探していらっしゃいます」


――光を透かして輝く、ガラスの靴。


「どうぞ、履いてみてください」


かたりと、足元に置かれた台座に、シェイラはゆっくりと足を伸ばします。

シェイラの足は、ガラスの、水晶の靴に、ぴたりと収まりました。


「……うそ」


リリアーヌの、小さな小さな呟きが、皮肉にも空気を動かしました。


「やはり、そなただ。シンデレラ」

「親切なお方……まさか、王子様だったなんて」

「あぁ、名乗らなくて悪かったな」


そう言って笑う彼は間違いなく、あの夜一緒に踊った青年でした。近付こうとする二人の間に、サーラが入って邪魔をします。


「騙されてはなりません! 殿下、これは単なる偶然です。この娘は、あの舞踏会には、参加していない! 靴を落とせるはずがありません!!」

「――いいえ、シェイラ嬢は間違いなく、舞踏会に参加されましたよ」


そこに、いつの間に移動したのか、玄関に繋がる扉から、カイが姿を現しました。


「そなたは?」

「大した者じゃありません。巷でよろず屋を営んでいる、しがない男です。……が、あの夜依頼を受けて、お嬢さんをお城まで送ったのは俺ですのでね。証言できると、参った次第です」

「殿下! そのような怪しげな輩の戯言など、お耳に入れる価値もございません!」

「うわぁ、俺の話じゃ信用ない? 傷付くなぁ。それじゃ……彼女なら、どう?」


ニヤリと笑ったカイが一歩横にずれると。

――そこに、いたのは。


「――王子殿下に、ご挨拶申し上げます」

「ディアナ!!」


シェイラの中から、今の状況が、全てすっぽ抜けました。ガラスの靴も王子様も放り出し、入ってきた少女に抱きつきます。


「わ! ……っとと。ごめんシェイラ、心配かけたわね」

「ホントだよー。なんか俺、ディーを生け贄に黒魔術行使したとか、濡れ衣着せられてたんだから」

「もともとあなた謎な雰囲気持ってるもの、何しても不思議じゃないと思われてるのよ」

「そもそも、ディーが魔法使い役とか、無茶ぶりするからでしょー?」


カイと話す声、柔らかく香る匂い、温かな肌――永遠に喪われたと思っていたその人を実感して、シェイラの瞳から、ポロポロ涙が零れ落ちました。


「ディアナ、良かった、本当に良かった……!」

「私は大丈夫。一月も連絡が取れなくて、本当にごめんなさい」

「ううん、無事に、会えたから、もういいの」


しゃくり上げるシェイラの頭を優しく撫でて、ディアナは室内の全員を見回しました。


「ここにいる、シェイラ・カレルドが、王家主催の舞踏会に出席していたことを、ディアナ・クレスターの名において、証言いたします。……これ以上に、何か必要でしょうか?」

「く、クレスター!?」

「きれいに騙されてくれちゃって、見ている分には面白かったけど。それなりの期間貼り付いてたおかげで、あなた方の犯罪の証拠もガッポガッポだったし? ……シェイラのお父様に目をつけたことだけは予想外だったけれど、早いうちにお話を通せて保護できたから、まぁ結果オーライかな?」


ディアナの言葉の半分以上、シェイラには意味が分かりませんでした。この姉は……いいえ、この少女は、いったいどういう人なのでしょう。


「ディアナ……?」

「あ、ごめんシェイラ。――お父様、生きていらっしゃるからね」

「――え!?」

「サーラは、結婚した相手を次々殺害して、その遺産を手に入れる、詐欺者なの。ただ、狡猾で、なかなか犯罪の証拠を掴ませない。……ってわけで、私が彼女の結婚相手の娘に成り済まして、近くで証拠集めをしていたってわけ」

「早い話が、潜入捜査員だね」


ディアナとカイの説明は、シェイラの想像の範疇を越えていました。サーラの正体も、ディアナ本人のことも。


「ど……どうして、私を舞踏会に?」

「んーと。そろそろ次のカモに移りたいサーラが、あの夜シェイラを一人残して、強盗の仕業に見せかけて殺すつもりだって分かってね。私が一緒に残って守っても良かったんだけど、シェイラ、舞踏会に行きたかったみたいだし、王城ほど警備が万全な場所もそうそうないし。シェイラが舞踏会に行っている間に最後の証拠集めしようかって、そういう作戦だったの」

「じゃ、じゃあ、あの日、ドレスを着せてくれたり、お城まで一緒に行ってくれた人たちは……」

「そ。みんな仲間……っていうか、私の身内。『クレスター』は、隠密捜査を専門とする一族の総称だからね。あの中じゃ、私は下っ端なのよ?」


次々に明らかになる真実に、シェイラはもう、どこから驚いたら良いのか分かりません。カイが、そんな彼女を労るように笑いました。


「ま、今回の作戦で一番の予想外は、シェイラちゃんが王子様に見初められちゃったことじゃない?」

「あー、それは確かに想定外だった。お母様も叔母様も、控えめって言葉を知らないんだから」

「全力でお姫様! だったもんね。アレは目立つよ」

「シェイラ、どうする? たぶん殿下、シェイラを見つけたその足で、お城まで連れ帰るつもりだと思うんだけど」

「いや!」


全力拒否したシェイラに、王子は目を見開き、騎士はうっかり笑いそうになったのを堪えたせいで変な咳をして、さっきまでシェイラを城へ行かせまいと妨害していたはずのサーラとリリアーヌでさえ、「何言ってんだコイツ」という目をシェイラへ向けました。

そんな背景には一切構わず、シェイラは再び、ディアナにぎゅうと抱きつきます。


「せっかく、ディアナが帰ってきたのに! また離れて過ごすなんていや!」

「……えーと、うん、あのね? サーラの悪事は無事、王族の方の知るところとなったわけだし、証拠固めももう充分だからいつでも立件できるし、つまり私がこの家で過ごす理由は、もう残ってないわけで。結構長い潜入だったから、しばらくは内勤……つまり、お城勤めに回してもらえると思うんだけど。希望すれば、王子妃の侍女にもなれるかなー、なんて」

「行く」


ディアナのいる日常がかけがえのないものだと気付いたシェイラにとって、ディアナのいる場所こそが、生きる場所です。彼女の瞳に、迷いは、一欠片もありませんでした。


「――殿下。ふつつか者ですが、精一杯、お務めさせて頂きます。どうか、よろしくお願い致します」


こうして、シンデレラは無事、お城へと迎えられ。

二人は、いつまでも末長く幸せに――。


「今度は山向こうの集落に潜入って、どういうこと? 私も行く!」

「さすがに無理だから、無茶だから!」

「シェイラ、俺を置いていく気か! そなたが行くなら俺も行くぞ!」

「……ねー、こんな王様とお妃様で、この国大丈夫なの?」


えー、登場人物たちは、それなりに、幸せに、暮らしたのでした。


おしまい!






書き上げたときの、正直な感想「何がどうしてこうなった」

……おかしい、最初はディアナが、愛ある継姉としてジュークの邪魔をしまくる予定だったのに、本当にどこで間違ったのか……

そもそも、シェイラが歪みなさすぎるんだよ!(泣)


えー、なんちゃってなシンデレラ、如何でしたでしょうか。

鼎ユウさま、リクエストありがとうございました!




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