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[IF]例えば、シェイラが

お祭り投稿時、私の想定を遥かに超える反響に、真面目に携帯を落とした、涼風史上最大の問題作(笑)


Attentionをお読みになった後、覚悟を決めてお進みくださいませ。。。

傷ついて、苦しんで、けれども、そんな自分すら認められなくて。

涙をこぼしたそのとき、抱き留めてくれた優しい腕を、

――喪いたくない、と、思ってしまった。






――Attention!! このお話は、『もしもシェイラが『ディー』にマジ惚れしたら?』という設定をもとに展開されるIFストーリーです。本編以上にシェイラの暴走が酷く、尚且つ百合全開になる恐れがあります。苦手な方は即座にページを閉じて、この話の存在をきれいさっぱり忘れてください。

それでも良いぜ、むしろこんな展開待ってた! な方は、どうぞページをスクロールして、めくるめく禁断の世界(笑)をお楽しみくださいませ――

















泣いた自分をあのひとは、華奢な腕で遠慮がちに、けれどしっかりと抱き締めてくれた。反射的にしがみついて、それからずっと離れがたくて。

顔は見ない、という約束だから、その腕の感触と、あのひとらしい控えめで柔らかな香水の香りだけ、忘れないよう記憶に刻み付けた。


後宮に入って初めてできた、心許せるひと。声だけしか知らなくても、その心が日溜まりのように温かくて、凛と立つ強さに満ちて、けれどもどこか脆いことを、シェイラは知っている。会えた日は心浮き立つようで、会えない日は一日鉛を飲み込んだようになる。

友だち、は、こんなにも沢山の感情を与えてくれるのかと、不思議に思っていたものだ。


シェイラが自室で物思いに耽っていると、扉が叩かれた。


「――はい?」


誰だろう、と扉を開いて、言葉を失った。廊下に立っていたのは、お世辞にも好意的とは言い難い表情で佇む、『紅薔薇派』の令嬢たちだったのだ。


――昨日、『王がシェイラ・カレルドを寵愛している』という噂が広まり、『牡丹派』に狼藉された。と思ったら今朝方には、『王が牡丹様を訪ねられた』と大騒ぎになっていた。王の心は牡丹様に移ったのだと、そこここで囁かれる言葉に、動揺しなかったと言えば嘘になる。王は――ジュークは、シェイラにとって知人以上には親しんだ存在だったから。

けれども、ジュークの噂を耳にしたあのとき、シェイラが最初に思ったのは、「どうして牡丹様なの」だった。牡丹様……ランドローズ侯爵家令嬢が、この後宮で何をしているのか、彼は知らないのかと。そして次に、「紅薔薇様にどうお詫びすれば良いのか」という思いが浮かんだ。昨日、紅薔薇様が自分を助けてくれたのは、新興貴族の娘であり、尚且つ『王の寵姫』だからだろうと、シェイラは考えていたからだ。


……だから。『紅薔薇派』の令嬢たちが自分に非難の眼差しを向けてきても、シェイラはむしろ当然だと思ったのである。


「何のご用でしょう?」

「あなたには、恥というものがないの?」


そこから始まった彼女たちの言い分を総合すれば、昨日は紅薔薇様に助けられながら、その恩を仇で返すような振る舞いをして、謝罪の一言もないのかということ。早い話が、今から紅薔薇様の前で土下座しろと、そういうことらしかった。――望むところだ。


「分かりましたわ。参ります」


そしてシェイラは、はっきりとした足取りで『紅薔薇派』のサロンへと向かい、高いところに座る紅薔薇様――ディアナ・クレスターと対峙した。


紅薔薇サロンの側室たちの視線も、シェイラに好意的でないという点では、『牡丹派』のそれと変わりはなかった。ごく少数、シェイラの友人や親切な令嬢たちは、同情と打開点を探る眼差しをくれたけれど。

シェイラにはどうやら、紅薔薇様に助けられておきながら牡丹様に寝返った、裏切りの疑惑も掛けられているらしい。それには不満だったので言い返すと、攻撃的な視線が刺さってきた。納得できないことに黙っていられないのは、貴族社会ではマイナスにしかならないと分かっていても、こればかりは止められない。

殺気立つ側室たちに、すわ昨日の繰り返しかと、密かに身構えたそのとき。

――よく通る、凛と気高い声が、ホール全体に響き渡った。


「そこまでになさいな」


いつの間に段を降りていたのだろう。紅薔薇様は、優雅な足取りで一歩一歩、シェイラに近付いてくる。表情は微笑みを絶やさないのに、纏う気配は氷のようで――、


(違う)


紅薔薇様はお怒りだ、と信じて疑っていなかったシェイラは、彼女の眼差しを受け止めた瞬間、自分が間違っていたことに何故か気付いた。

彼女と直接言葉を交わしたのは数えるほど、きちんと目を見て話したのはこれで二度目。目を見ただけで彼女の内心を図れるほど、自分は紅薔薇様とは親しくない、そのはずなのに、何故か。


(――彼女は、傷ついている)


そう、分かってしまったのだ。


「シェイラ・カレルド様。わたくしあなたに、今日のお茶会のこと、お話し致しましたかしら?」


微笑みを消し、淡々と言葉を放つ彼女は、普通に見れば怒っていると判断されるはずだ。事実、サロンは静まり返っている。

……けれど、シェイラには。『こんな言い方しかできない』自分を責めて、傷つかなくても良いのに傷ついている彼女の心が、手に取るように分かる気がした。


(どうして)


あなたが苦しむ必要なんて、これっぽっちもないのに。

そう言いたくて、無意識のうちに一歩踏み出した、そのとき――悪戯に吹き込んできた風が紅薔薇様の髪を揺らし、その香りを、シェイラのもとまで運んできた。


(!!!!!)


控えめに、柔らかに香る、優しいその匂いは、絶対に忘れまいと先程記憶したばかりのもの。喪いたくないと切に願った、その腕の持ち主の香りだ。

――シェイラの脳裏に稲妻が閃き、彼女は全てを悟っていた。


(ディー、あなたが『紅薔薇様』だったのね)


だから彼女はあれほどまでに、己の顔を隠したがったのだ。シェイラに知られてしまったら、悪い噂のある自分は嫌われるのではないかと恐れて。『顔を見たら必ず嫌われる』と、いつぞやも言っていた。

分かってしまえば簡単なことだ。『紅薔薇様』の名前はディアナ・クレスター。『ディー』とは、名前の最初の音を伸ばした愛称名なのだろう。

『紅薔薇』として仲良くなるのは難しいと判断した彼女は、顔を隠して声を変え、『ディー』と名乗ってシェイラの支えになろうとしてくれた。難しい立場にあるシェイラを励まし、時に叱咤して。それが、どれほど嬉しかったか、きっと彼女には分からない。


目の前で揺れる海色の瞳に、シェイラは気付いたときには微笑んでいた。


(大丈夫)


あなたが、私を、助けてくれたように。

私はあなたを、必ず守るから。


「招かれもしないのに、図々しく顔を出しましたこと、並びにこの度の騒ぎの件につきまして、お詫び申し上げます」


微笑んだシェイラが、突然淑やかに頭を下げてきたからだろう。頭上で紅薔薇様――ディーが、息を呑んだのが分かった。


「私は、存在だけで後宮を騒がせます。故に表立って紅薔薇様のお側に控えることは出来ませんが、私どもをお守りくださる紅薔薇様の御恩に背くような、恥知らずな真似は致しません。――どうか、お聞き届けを」


『王の寵姫』は、派閥にこそ加わらないものの紅薔薇側だと、明確にしておけば。牡丹派への牽制にも、紅薔薇派の安心にも繋がるはずだ。


「……お気持ち、ありがたく受け取ります。今日は戻ってお休みくださいな」

「はい」


どこか戸惑うようなディーの声に、見えないように微笑みを返し、シェイラはゆっくりとサロンを出ていく。

――彼女を追う者は、いなかった。






その、夜。

いつも通り侍女たちが早々といなくなった後、シェイラは誰にも見られないようにこっそり部屋を抜け出すと、『紅薔薇の間』付近にやって来た。取り立てて何かしたかった訳ではないが、強いて言うならディーの傍にいたかったのだ。

――だから。人々が寝静まった頃にそっと扉が開き、目立たないドレス姿の人影が出てきたときは、心臓が音を立てて跳ねた。


人影は滑るように歩き、後宮の裏庭へ、その中でもさらに奥へと、迷いなく進んでいく。ベンチが置かれただけの、忘れ去られたようなその場所まで来てやっと、その人物は足を止めた。

月明かりに、彼女の明るい金色の髪が、きらきらと輝いている。惹かれるように、シェイラは口を開いていた。


「……眠れないの?」


完全に不意を突かれたのだろう。人影は振り向き、シェイラを認めて、表情を歪ませた。

――逃げられる。それは直感だった。


「待って、ディー!!」


言葉と同時に駆け寄り、その腕を掴む。シェイラにその名を呼ばれた彼女は、驚愕に息を呑んでいた。顔を晒しているときは、決して呼ばれない『ディー』という名に。

今を逃したら、二度と会えなくなる。そんな焦燥に駆られるまま、シェイラはディーを抱き締める。柔らかな感触は間違いなく、昼間覚えたものだった。


「ディー……」

「……気付いて、いたの?」


腕の中の声は、震えていた。腕に力を込めて、シェイラは頷く。


「昼間、サロンで気付いたの」

「……どうして」

「だって、ディー、香水付け替えてなかったでしょう」


笑いを含ませ種明かしすると、彼女は「それか……」と呟き天を仰いだ。


「だからあのとき、急に態度が変わったのね」

「あの場で『紅薔薇様』を守るには、ああするのが一番かと思って」

「その代わり、あなた完全に、『牡丹派』を敵に回したわよ」

「もとから味方にはなりようもない方々だもの、構わないわ」

「派閥争いには加わりたくないって言ってたじゃない」

「状況が変わったの」


きっぱり言い切り、腕をほどく。月の光は驚くほど明るく、互いの顔を照らしてくれていた。困惑しきりのディーの目を見つめ、シェイラは宣言する。


「私は『寵姫』の立場を活かして、『紅薔薇様』の力になるわ」

「だから、それは危険だって」

「ディーに守られて、のほほんとお姫様していろと言うの? ディーだけを危険に晒して? ――そんなのは嫌。私も、ディーを守る」

「や、でもねシェイラ、」

「守りたいの、あなたのこと。お願い、守らせて」


これまでの付き合いで、こういう言い方にディーは弱いと、シェイラは見抜いていた。案の定、彼女は眉根を下げて弱っている。

ディーが『紅薔薇様』だと気付いたとき、シェイラを襲ったのは紛れもない恐怖だった。後宮の頂点に君臨し、立場の弱い側室を必死で守る彼女には、その分危険も多いはず。いつ何時命を狙われてもおかしくない。


ディーを、喪うかもしれない。そんな未来、想像すらしたくなかった。喪えない、手離したくない。そんな気持ちをシェイラは、自覚したばかりだったから。

彼女を守るためならば、どんなことだってできる。派閥争いに加わるくらい安いものだ。何も知らず安穏と守られて、気づいたら喪っているより、何倍も良い。

――何より。愛しいひと一人を戦わせて自分は隠れるだけなど、卑怯者のすることではないか。冗談ではない。ディーが戦うなら、自分も戦う。


行くべき道を見つけたシェイラに、もう迷いはなかった。ディーの瞳を覗き込んで、彼女は笑う。


「戦力は、多い方が有利でしょ?」


――少女が己の感情の名前を知るのは、これより少しだけ先のこと――









確かに、私はこの話を書いている間、「おかしい、IFなのに違和感がない。違和感来い、今すぐ来い」と念じておりました。……が、読者様方によると、違和感は夏休み中だったり旅に出たりなさっていたそうで(笑)

まさか、感想欄に腹筋の限界を試される日が来るとは、ワタクシ想像だにしておりませんでしたよ!


鼎 ユウさま、リクエストありがとうございました!


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