[謎空間]座談会
――真っ暗な、室内。数人の話し声がざわざわと聞こえる。
そこに突然明かりがつき、壇上に、若い男女が躍り出た!
ディアナ(以下ディ):と、いうわけで!
エドワード(以下エド):と、いうわけで?
ディ&エド:緊急開催! 第一回『悪役令嬢』座談会!! の、スタートです!
わ〜、ぱちぱちぱち。
歓声も拍手も、実にまちまち。もともと大勢の人がいるわけでもなく、そこまでの盛り上がりを期待していない司会二人は、さっさと壇上から降りた。
ディ:よく分からないのだけど、とりあえず集まって適当に話をすれば良いのかしらね、こういうのって。
エド:だな。作者の謎の能力によって、今宵のことは全て、俺たちの記憶には残らない。思う存分腹のうちを明かせとの指令だ。
ディ:にしたって勝手な話よね。喋っている私たちは今晩のことを忘れるけれど、読者の皆様はばっちり覚えていらっしゃるわけだから、今進んでいる話以上のネタバレは厳禁、とか。座談会くらい、好きに話させてくれても良さそうなものなのに。
エド:そもそもどうして、ここで突然座談会なんだ? こんなもん書いてる暇があるなら本編進めるべきだろ、物凄いところで奴の筆は止まってるんだぞ。
(こらエド、ネタバレは禁止っ!)
エド:これくらいネタバレに入るか、単に作者の自堕落振りを知らせただけだ。
ディ:まぁまぁお兄様、作者にも色々と事情があるのよ。もらった台本に、ちゃんと書いてあったでしょ?
エド:なんだっけか……。台本にあるとおり、読み上げただけだからな〜。えーと、何々……『祝! 悪役令嬢後宮物語、書籍化決定!』……書籍化?
ディ:そう。どうやら本になるらしいのよ、私たちの話が。
……一同、珍妙な顔で沈黙。
唯一拍手をしつつ割り込んできたのは。
デュアリス(以下デュア):ほー、それはすごいな。めでたいことじゃないか。
エリザベス(以下エリ):ディアナの活躍が本になるなんて! さっそく本屋さんへ行かなきゃね。
ディ:いえ、お父様もお母様も落ち着いてくださいませ。まだ発売日も未定ですから、予約もできませんよ。
エド:それ以前に、この話が本になる……? 大丈夫なのか色々な意味で。
首を捻るエドワードに、酒を持った逞しい腕が絡みついてきた。
アルフォード(以下アル):お前、何をそこまで心配してるんだ?
エド:アルだって分かるだろ!? この作者の計画性がゼロのおかげで、どれだけ俺たちが振り回されて来たか。最初に最低限の設定くらい考えとけ!
アル:作者曰く、考えてはいるらしいぞ? けど、自分の設定を越えた設定を後から後からキャラクターが出してくるせいで、収拾がつかないそうだ。
エド:ナニ呑気に作者庇ってんだ? しかも、収拾がつかないの俺たちのせいかよ!
アル:それはお互いに、分かり合えない部分だろうなぁ……。
エド:遠い目をして勝手に納得するな!
まぁ、それはともかくだ、とアルフォードは、その場に集まった『キャラクター』たちを見回した。
アル:この『悪役令嬢後宮物語』は、国中から『悪役』扱いされている一族の娘が、ひょんなことから国王の側室筆頭に収まり、そこで起こる様々な問題に挑んでいく……と、簡単に纏めればそんな話だよな。ディアナ嬢の顔がものすっごく怖いせいで、やることなすこと誤解されまくりっていう展開が……笑えるような、切ないような。
エド:別に切なくはないだろう。当家にとってそれは、いつものことだ。
アル:……で、側室筆頭になったディアナ嬢は陛下と顔を合わせて、……フツーならそこから、『言われていたような悪い娘には見えなかった』って興味を持った王様とディアナ嬢との、ラブストーリーが展開しそうなモンだけど。
エド:勝手にウチのディアナとあの国王をくっつけるな。誰があんな奴に、可愛い妹をやるか。
ジューク(以下ジュ):何の話だ?
突然後ろに来ていたジュークに、エドワードはずささと下がった。
ジュ:何だ、クレスター家の長男ではないか。何故アルフォードと話している。
アル:俺とエドは親友だからですよ。そういや本編じゃ、陛下まだ知らなかったな。
エド:ってか、俺の記憶が正しければ、今の坊っちゃん陛下はディアナとお前に散々叩かれて、SAN値直葬レベルのダメージを受けているはずだぞ?
アル:そこはほら、便利な作者の『不思議な力』だ。
エド:なんでもアリだなあの作者……。
ジュ:さっきから、一体コソコソと、何の話をしているのだ!
不機嫌なジュークに、アルフォードはへにょりと笑った。
アル:あれですよほら、陛下は側室筆頭『紅薔薇様』に、全く興味を示されませんでしたね〜、とか、そういう話をですね。
ジュ:む、そんなことか。当たり前だ、あのような毒婦に誰が好んで近付きたいと思う。
エド:だったらとっととディアナを返せ、この役立たず!
ジュ:何だと貴様!
エド:何で俺の可愛いディアナが、お前みたいな馬鹿の尻拭いしなきゃならねぇんだ、自分でやれよこのスカタン!
ジュ:き、き、貴様、王に向かって……!
憤慨するジュークにエドワードは、『司会者特権』で貰っていた『説明書』を突きつけた。
アル:えーと、何々……? 『今日は無礼講です。作中では関わる機会がなく、言いたくても言えないことがある人に思う存分鬱憤をぶつけ、清々しい気持ちで帰りましょう。……どーせ朝になったら覚えてないし』……うわぁ。
エド:というわけで言わせてもらうぞスカタン王! お前、初対面からディアナに散々だったらしいな? 侮辱に暴言、挙げ句、気を利かせて寝台譲ったあの子に礼の言葉一つなしとは、一体どういう了見だ? そんなにディアナが気にくわないならとっとと後宮から出せ! お前なんざにディアナは、勿体ないどころか渡す価値なしだ!
ジュ:な、何を言うか! あれは王として、王国を乱す悪に毅然と対処したに過ぎぬ。第一そんな顔で罵るな、気持ち悪いではないか!
エド:人の顔見て気持ち悪いだとぉ!? ……よーし分かった、アンタが礼儀知らずなのはよく分かった。――剣を抜きやがれ!
ジュ:望むところだ、返り討ちにしてくれる!
アル:や、陛下っ、それはさすがにまずい……!
焦るアルフォードは、後ろからとんとんと肩を叩かれた。そこにいたのはディアナ。彼女が指差したのは、アルフォードの手に移っていた『説明書』だ。
アル:えぇと……? 『なお、この空間で負った傷は、座談会終了と同時に修復され、記憶と同じく『なかったこと』になります。万一死んじゃっても元通りにはなるけど、私の寝覚めがよろしくないから、死なない程度のやんちゃでよろしく(ゝω・´★)』……最後の変なマークは何だ?
ディ:作者の国の人がよく使うもので、『かおもじ』というそうですよ? ちなみにこのマークの意味は……てへぺろ? みたいな?
アル:とうに二十歳越えたいい大人が何をやってるんだ……。
ディ:ダメですよアル様、女性の年齢、そんなにあっさりばらしたら。作中での扱いがますます悪くなりますよ?
アル:怖いこと言うなよディアナ嬢! ……それよか、他の方々は?
ディアナはつい、とお茶会仕様のテーブルを示した。
ディ:今はあそこに皆様集まって、『書籍化した場合における問題点について』という議題でディスカッション始まってます。
アル:現実的過ぎるだろ!
ディ:そうでなければ、『悪役令嬢』のわたくしに協力して、後宮を切り盛りなど、してはくださいませんわ。アル様もどうぞ?
アル:いやでも陛下が……。
ディ:お兄様も一応、殺さない程度に手加減はしていますわよ。
既に顔色が悪い王と、かなりイキイキ楽しそうなエドワードを放置し、ディアナはアルフォードを連れるとお茶会に混ざった。
ディ:お待たせしましたわ。
ライア(以下ライ):あらディアナ様、どなたを連れていらしたの?
ヨランダ(以下ヨラ):お顔に覚えがありましてよ。陛下の側近、近衛騎士団長のアルフォード様では?
レティシア(以下レティ):ええっ、陛下のご側近、ですか?
ディ:……そういえば本編では、アル様と皆様が言葉を交わすシーンは描かれておりませんでしたね。
ヨラ:もしかして、結構な重要キャラクターでいらしたの? ごめんなさい、そうとは知らず。
アル:はは、良いんですよ…。側近なんてそんなもんだ。そもそも『俺』が出てきたことだって、作者にしてみれば予想外だったらしいですから。
レティ:……そう、なのですか?
アル:ディアナ嬢と陛下が初めて顔を合わせるシーンでちらっと出てきた俺が、何故か場末の酒場でエドと酒を飲んでて、あのシーン書きながら作者はびっくりしていたそうですよ。『ナニお前、エドの友だちだったの?』とか真顔で聞かれました。
ライ:あらあら、全くなっていない作者ねぇ。これで書籍化とか、大丈夫なのかしら?
レティ:そもそも、終わるのでしょうかこの話。『小説家になろう』に上がっている今でさえ、エンドの兆しも見えていないのに。
ヨラ:作者に確認したところによると、一応最終的な着地点だけは決めてあるそうですよ。終わり方も考えているとは言っていましたが……何しろ学生時代の実習で、『計画性』の欄が最低評価だった作者の言ですからね。あまり信用はできないかと。
アル:不安しか感じませんね、今のお話では……。
アルフォードが嘆息したところで、クレスター家の両親が、隅っこの方で息を殺していた少女を引っ張ってきた。
デュア:ほらほら、『悪役令嬢』の話をするなら、もう一人の主人公を忘れちゃならんだろ。
エリ:さぁさぁどうぞ、シェイラ様?
シェイラ(以下シェ):そ、そんな! 私などが、このように高貴なお方のお側でお話するなど……!
ライ:良いの良いの。今宵は無礼講なのだから。
ヨラ:ずっとお話ししたかったのですよ、シェイラ様。
レティ:ほら、お座りになって。ここのお茶とお菓子はなかなかのものですわ、これだけは作者を褒めても良いかもしれません。
椅子に座ったシェイラは、真正面のディアナを見て仰け反った。
シェ:こ、ここれは『紅薔薇様』、ご機嫌麗しく……!
ディ:あー…と、シェイラ様、ほら、今日は無礼講ですから。そのような作法はお忘れになってくださいな?
シェ:そ、そうはおっしゃいましても……。
(まぁ実際困るよね。この場にいるメンバーの中で、素のディアナを知らない人って、ジュークとシェイラくらい?)
ディ:そうなんだけど、この二人を外す訳にもいかないでしょ。
(一応この話の、『恋愛サイド』の主人公……のはず、だもんねー)
ディ:その設定はどこへ行ったって、多分全読者様から壮絶なツッコミを受けるわよ。いい加減、『恋愛』タグを外したらどう?
(これから恋愛するんだ! と、そこはキャラクターを信じています。……だってホラ)
ヨラ:正直なところを聞きたかったの。シェイラ様にとって、陛下はどのようなお方?
ライ:やはり、想いを告げられたときは、緊張なさったのかしら。
レティ:まず、陛下との出逢いから、お聞かせ頂きたいわ!
シェ:え……えぇと、その、それは……。
レティ:まぁ、シェイラ様、お顔が真っ赤よ?
ヨラ:あらあら、これはわたくしどもが無粋でしたかしら?
ライ:愛する殿方との甘い秘め事は、他人には見せられぬものですものね……。
シェ:ち、違うのですよ? 甘い、とか、秘め事、とか、そのような……!
ヨラ:可愛らしいお方ですこと、シェイラ様は。
レティ:陛下が大切にしていらっしゃる訳が、よく分かりますわ〜。
シェ:で、ですから〜〜!
一歩離れたところで彼女たちを見守っていたディアナは、思わず深々頷いていた。
ディ:これが『恋バナ』というものなのね……。この話題にあれだけ可愛らしい反応を返せるのだもの、やっぱりシェイラ様はヒロインだわ。
カイ:それを言うなら、一応ディアナもヒロインでしょ?
ディ:わ、カイいたの。
カイ:……俺は最初から天井裏参加。どーせみんな忘れちゃうなら、部屋の中に居させてくれても良かったのにねぇ。変なトコ徹底してる作者だよ。
ディ:……まぁ、あなたが出てきたところで、ほとんどの人からは『誰だコイツ?』的視線しか貰えないものね。
カイ:ついでにエドワードさんからは、遊びじゃないマジモンの殺気食らいそうで怖い。死んでも大丈夫みたいなこと、あの紙に書いてあったし。
ディ:お兄様にあなたが殺せる?
カイ:どうだろー。エドワードさん、貴族やめれば? ってくらい、暗器での戦い方が様になってる人だからね。普通にやって勝つか負けるか、微妙なトコロかな。
ディ:あら意外。本職さんはこういうとき、『彼に私は殺せませんよ』みたいなこと言って、依頼人を納得させるものじゃないの?
カイ:ディアナは俺の依頼人じゃないし、そういう気休めを望むタイプでもないでしょ。
そう話していたカイの耳を、後ろから近付いて来たリタが引っ張った。
カイ:いた、いたたたた!
リタ:ディアナ様がお優しいことに突け込んで、今度はどんな悪巧みをするつもりですか、このチョイ役男!
カイ:痛いって、リタさん! ……って、チョイ役?
リタ:えぇそうです、チョイ役男が偉そうに、ディアナ様のお側に控えるのではありません!
カイ:……なんかスゲー理不尽な言い掛かりつけられた気がするけど、とりあえずチョイ役って何さ。
リタ:そのままの意味ですよ? あなたの登場シーンを読んだ作者の友人が、あなたのことをそう言ったのです。『こいつ、チョイ役臭しかしない』とね!
カイ:うわぁ……。自分でも思っていただけに、フォローできねぇ……。
ディ:リタ! カイも、しっかりしてよね。カイがチョイ役に見えたのは作者の文才のせいであって、カイは悪くないわ。その後のあなたは、重要なところでしっかり出てくるじゃない。
カイ:俺の登場シーンが重要かどうかは、作者の中でも判断が分かれるところらしくてね……。
ディ:何よそれ! カイはいつだって、重要な情報を私にくれるわ!
ディアナがむっとしていると、そこに、いつもの三割増しキラキラしているエドワードがやって来た。
エド:ははは、ディアナ。後宮で馬鹿に悩まされることはもうないぞ!
ディ:お、お兄様……?
エド:あの馬鹿は、しばらく使い物にならないからな! ……ん? そこにいる、見知らぬ黒装束の君は……。
カイ:やべっ!
電光石火の速度で逃げ出そうとしたカイだが、機嫌の良いエドワードに両腕をがっちりホールドされた。
エド:はっはぁ、君が、いつもディアナがお世話になっているという『カイ』くんか! 遠慮はいらないぞ、しばらく俺の鍛練に付き合ってもらおう!
カイ:いぃえ俺なんかエドワード様の相手にはとてもとても……!
エド:そう言うな、あの馬鹿相手じゃ、武器から何まで手加減しなきゃならないってんで、イライラしてたトコだったんだよ。……お前なら、本気出しても大丈夫なんだろ?
カイ:完璧に殺る気だよこの人! マジこれで貴族の息子とかおかしいだろ設定的に! つーか、普段っ! 本編でどんだけネコ被ってんだ!
エド:はっはっは、猫を被るなど人聞きの悪い。本編は基本的に貴族しか出てこない貴族社会だからな、それなりの対応をしているだけだ。
カイ:それを『ネコ被る』って言うんだよ! あーもう、やってられるか!
逃げ出すカイと、超楽しそうに追いかけるエドワード。本編ではあり得ない二人の絡みに、ディアナは思わずため息を漏らした。
ディ:あの状態のお兄様から逃げ出すなんて、さすがはカイ、凄腕ね〜。
リタ:感心するところソコですか。……ま、確かに、チョイ役男には勿体ないくらいのスキルですけれど。
ディ:あら、カイだってこの場に招かれたのよ? チョイ役ではないと思うのだけど……。
リタ:作者の考えることなんて、アテになりませんから。――それより、ディアナ様。
リタが後ろ手に隠して引っ張ってきたカートには、色とりどりの料理と、大きなケーキがあった。
そして、そのケーキの上には――。
ディ:まぁ……。
リタ:我々侍女も招かれていたのですけれど、あまり大人数になっては混乱するだろうということで、厨房をお借りしてお料理を作っていたのです。
ディ:厨房なんてあったのねこの空間……。嬉しいわ、ありがとうリタ。
リタ:はい。前途多難ではありますが、まずはめでたいことですから。
侍女たちが心を込めて作ったそのケーキは綺麗にデコレーションされ、こう記されていた。
『祝! 『悪役令嬢後宮物語』書籍化!』
ちなみに――。
侍女たちが作った料理の数々は、ハッスルした男たちによって当然の如く台無しにされ、座談会はその後、エリザベスによるお説教大会と化した。
にこにこ笑顔で一分の隙もない説教から解放され、元の空間に戻ることになった際、彼らは同じことを思っていたという。
――ここでの記憶が消えるもので良かった。あんな恐怖、覚えていたら身が保たない――と。
具体的に何がどう怖かったのかは、作者も預かり知らぬ話である。
座談会、こちらに移動いたしました。
番外編は基本的に、こういった……ギャグに片足突っ込んだコメディ多めにお届けしたいと思います(笑)




