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今の私  作者: 夏月
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ここに一人

夢も見ずに寝ていたと思うのだけど、暗闇に包まれかけた部屋で一度起きた。カーテンの引かれた窓際がうっすらと明るく見える。


一瞬ここがどこだか分からなかったけど、取り乱すことも慌てて起き上がることもなかった。ぼんやりと光を見つめながら、暖かなベットの中で次第に記憶がよみがえるのを待っていた。


時間の感覚がまったく無いので、今がいつなのか分からない。この世界の朝方に眠ったと思うのだけど、あの時から日付が変わっているのかすら曖昧だ。携帯を確認すれば分かるのだろうけど、何故かあまり興味が湧かない。


お手洗いへと壁などを伝いながらゆっくり下りて行ったら、おじいさんもちょうど起きていたようだった。最初に私がおじいさんと遭遇した、あの部屋に入ろうとしている後姿を見つけた。


あの部屋はとても快適に眠れるような場所ではなかったけど、その先にでも寝室があるのだろうか。


おじいさんはあの灰色の上着では無く、やっぱり丈の長い、しかし色は白の服を着ていた。今度のは間違いなく寝巻きに見える。


そしてまだ休息が足りていないようでふらふらしていたので、声を掛けることは出来なかった。おじいさんが部屋に消えるのをぼんやり見送った。


私は二階に上がるとまたベットに潜り込んだ。まだ眠い。


次に目が覚めた時は、周囲はすでに明るかった。カーテンだけでは抑えきれない光が漏れていて、部屋全体も見渡せるほど明るくなっていた。


真っ先に目に入ったのは淡い桜色の布の海で、幾重にも重なって美しいドレープを描いている。その先には派手ではないのに一目で豪華だと分かる、素人目にも立派過ぎる彫刻を施された棚も見えた。


私はやけに肌触りの良いシーツなどと一緒に、気付かない振りをすることにした。


気付かない振りをすることが出来ないのは、いがらっぽい喉とくしゃみの出そうで出ない鼻だ。持て余してぐずぐずさせる。


だけどそんな状態でも、私は直ぐには起き上がらずベットの中で昨日のことを思い出していた。


はっきりとはしないがおそらく昨日であっているはずだ。こんなに明るいし、現在は睡眠が十分取れたことから満足感すら感じている。便宜上昨日ということにしておく。


自分を納得させてから、昨日の行動を順番に思い返していく。おそらく今の状況にはまるで関係無い、朝食に作った献立や受けた会社の面接内容、買い物に寄ったスーパーでの行動のことまで反芻する。


しかしそれで得られた情報は、昨日が特におかしなことの無い、日常の中に埋もれてしまうような一日だったということだけだ。


昨日起こったおかしなことは、すべてこの家に入り込んでしまったときから始まったのだ。


この家に来てからは、おかしなことが山積みだった。


三つの月が浮かぶこの場所のことはもちろん、時間のこともそうだ。いつの間にか昼が夜になっていた。私が家に帰ったのは確かに日中だったのにも関わらず、ここでは夜になっていたのだ。


今日はとても良い天気で、今の季節としては薄手の上着と春物のコートで調度良いはずなのに暑いくらいだった。私は家に帰るまで、早く着替えたいとそう思っていたはずなのだ。


真昼だった日が落ちるほどおじいさんと話し込んでいたわけではないと思うし、だけどそれを認めてしまうと、ここでは時間の流れすらもおかしいということになってしまう。


最初に外に出たときは、月があまりに自然にそこにあったのでまったく意識していなかった。というよりも私の意識は月と花畑に持っていかれていて、そこまで考えてなんていられなかった。


私がもっと周りに対して注意を払っていたらこんなことにはならなかったのだろうか。私は何に対して気を付けていれば良かったのだろう。


うっかりすると思考がループしそうになる。


結論が出ないまま今日が終わりそうだ。私の思考が空回りし始めている。


もともと私には頭の中でさんざん考えてから口に出す習慣があるので自覚はしている。今はどうして自分がここに居るのかの自問自答が繰り返されている。


ちなみに考えすぎるほどに考えても、それが役に立つかどうかはまた別問題である。私の思考は迷宮に似ていて、出口となる答えを探してものすごく右往左往するのだ。


あっちこっちに脱線するため、うっかり最初の疑問とは違う問題の答えが出ていたりするときもある。


そしてあくまでも、それらすべては私の頭の中だけで行われているので行動には出ない。表面上の私はその間も必死にその場を取り繕っている。口に出すこともまず無いため、今まで私は親しくない人には無口だと思われていた。


人に頼るのは、大人になると皆自然に少なくなると思う。しかし私は特に抵抗がある人間なのだ。人に頼るのも相談することもよほどのことでも無い限り出来ないので、自分で結論を出すしかない。


ちなみにしないのではなく出来ない。理由は簡単だ、恥ずかしいから。いい大人のくせに理由はそれである。そのせいで余計人には言えない。


これは仕方のないことだった。普段は取り繕ってるけど、私は限度を超えると赤面してしまうのだ。三十歳近いおばさんの真っ赤になった顔なんて誰も見たくないだろう。何より私が見せたくない。今では自分で考えて自分で答えを出すのは日常になってしまった。


ふとおかしくなった。こんなときでも変わらない自分の思考にひとしきり笑った。笑えた。


そして今まで布の海の中で泳がせていた目を閉じる。だらりと伸ばしていた手足も抱え込むように小さく丸めて、頭の先まで毛布の中に潜り込む。


私は決めなければならない。昨日聞いた話のこと、おじいさんのこと、私が何を信じるのかを。


おじいさんと顔を合わせる前に私自身が納得しなければ、昨日に二の舞にしかならないのだから。


自分自身で考えて気持ちにけりを付けなければならない。

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