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今の私  作者: 夏月
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見えない道

疲れきっていたらしい私は、いったん休ませて貰うことになった。


あらゆることに迷いまくった私が、すっかり考え込んで動かなくなってしまったからだ。


新しい情報に納得することも出来ず、何を聞いたら良いのかも分からない。今までは半ば勢いで会話を繋げていたので、一度途切れてしまうと次の言葉も出て来なくなった。


おじいさんのせっかくの申し出にも、私は御礼の気持ちすら返せてはいない。


ここが本当に私の知らない世界だとしたら、おじいさんの申し出は非常にありがたい。まさしく渡りに船で、これ以上無いくらいの幸運だろう。わざわざおじいさんが言い出してくれた。助けてもらったほうが確実だ。


しかし、そんなに簡単に決めてしまっても良いものなのか。知らない人のお宅に居候、ものすごく敷居が高く感じるのは気のせいでは無いはずだ。どう考えてもご迷惑である。


けれども、ここでお世話になったほうが良いことも確かだ。おじいさんに縋らず出て行ったとしても、私には何をしたら良いのかすらはっきり分かっていないのだから。


だけど、このままお世話になるなんてあまりに負担をかけることにはならないだろうか。知らない人間を自宅に迎え入れるなんて普通出来ない。私が役に立てることなんて高が知れている。


まったく考えがまとまらない。結局時間だけが過ぎている気がする。


慎重に決めるべき問題であることは確かだった。しかし疲れきっているせいなのか、いつも以上に次から次に否定の意見が浮かんでしまうのだ。否定の次の否定だ。


私自身が何をしたいのか決まっていないせいで、自分を納得させることすら出来ない。こんな状態で大事なことを決めたら絶対後悔する。


頭を抱えて再びテーブルに突っ伏したくなった。


その瞬間だ。おじいさんがいきなり無言で席を立った。


驚いた私は、とっさにおじいさんに向かって手を伸ばしていた。


おそらく自分でも無意識のうちに、まだ聞きたいこと納得出来ないことがあると思って引き止めようとしたのだろう。伸ばしてしまってから、今までさんざん黙っていたくせに、と自分自身に苦笑いが浮かびそうになった。


私自身に時間の意識は無かったけど、待たされるほうからしたらとてつもなく長い時間だったはずだ。社会に出てからは避けていたとはいえ、今は取り繕うことすら忘れていた。いったいどれだけの時間、おじいさんを付き合わせていたのだろう。


だけどそのまま部屋に戻ってしまうのかと思ったおじいさんの行動は違った。テーブルの上の食器を集め始めたのだ。


「す、すいません」


おじいさんの姿に、慌てて片付けるのを手伝おうと立ち上がる。しかし何しろ数が少ない。私が立ち上がった時には、おじいさんはすでにそれらを持ってきた部屋へと向かっていて、思わず後ろを付いていきそうになった。


傍で私を見ていたおじいさんには、すでに私の許容量が限界を突破していることが分かったのだろうか。それとも今はこれ以上聞いても受け止められないだろうと判断したのだろうか。


あまりにもタイミングが良すぎた。願わくば、こいつにこれ以上説明をしても無駄だなと諦められたわけではないことを祈る。


私は自分のあまりの情けなさに全身の力が抜けそうだった。すごく申し訳ない、蹲りたい。


「今日は休め」


ぶっきらぼうな声が聞こえた。すぐに戻って来たおじいさんの声だった。


水音もしなかったので、どうやら食器は置いてきただけだったらしい。


しかし戻ってきたおじいさんを一目見て、私はさらに申し訳なくなった。疲れていることがはっきり分かったからだ。


おじいさんは今まで、ずっときつい眼差しをしていて、年齢からも服装からもとても考えられないくらいその行動はきびきびしていた。それこそ、これがこの人のいつもの行動なんだろうなと判断させるくらいに。


しかしそれが、今は目は半分閉じているような状態で、体全体も僅かにふらふらしているような気がする。何となく気力だけで眠気をカバーしているのが察せられる。おじいさんこそが蹲りそうだった。


私がこんな状態のおじいさんを付き合わせていたのだと思うと、罪悪感すら湧いた。


「私も寝る」


確かにおじいさんの言葉が何よりの最善に思えた。


私は大人しく荷物を抱えあげると、おじいさんの指示に従うことにした。テーブルのあった部屋の正面のドアから出て階段に向かう。


おじいさんは部屋に引き上げる前に、私に簡単なこの屋敷の構造を教えてくれた。しかしかなり眠かったようでさらにふらふらしてきていて、そのため説明はかなり省略されることになった。


私は眠そうなおじいさんには申し訳なく思ったが、とりあえずお手洗いのことだけは詳しく聞き出しておいた。これだけは後回しには出来ない。今聞けなければ、後で家中を探し回るか、おじいさんを起こしにいくかを選ばなければいけなくなる。


妙なところで現実的な私が、自分自身不思議でおかしかった。


二階の構造は教えてもらえなかったので、適当に目に付いたドアにそのまま入る。ベットのみを目印にひたすら探す。それがあるだけで十分だったので、それ以外の内装のことなどを気にする余裕なんてなかった。


幾つめかの部屋で見つめた時はすでに限界だった。荷物を放り出してベットに潜り込む。


気持ちの浮き沈みのせいか非常に疲れていたのもあって、細かいことは気にしなくても良いように思えた。コートと上着は脱いで荷物の上に置いたが、スーツは上着以外脱がずに寝た。


でも結局その後ストッキングは結局気になって脱いだ。しかしそれだけだ。


僅かに埃っぽいベットを叩きもしなかったし、部屋の内装を確かめる余裕も無かった。目に付いたベットに潜り込んだだけである。

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