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今の私  作者: 夏月
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これからどうする

私は、おじいさんが私の質問に答えてくれるのを無意識のうちに期待していた。


しかしおじいさんは私の質問に答えず、だからと言って何か他のことを言うわけでもなかった。それきり口を噤んで黙ってしまったのだ。


なぜおじいさんは答えてくれないのか。知っているのか知らないのか。


おじいさんが何を考えているのか、私はとても気になった。


しかし私は、それを口には出来ない。今口に出してしまったら、間違いなくおじいさんをひどく乱暴な言葉で責めてしまう。


先ほどの口調ではおじいさんは私のことを知らないようだったし、私がここにいることをおじいさん自身も疑問に思っていた。そう感じることが出来た。でなければあんなことは言わないだろう。


そう、私の頭はちゃんと理解していた。


しかしそれとは別のところで、私は今回のことを誰かに説明して欲しかった。目の前にいるという理由だけでおじいさんを責めて、罵ってしまいそうだった。


だから私は口を噤む。おじいさんが黙ったように私も黙る。


なぜか私には、この沈黙がおじいさんの精一杯の気遣いのような気がしていたから。


だからしばらくの間、私に余裕が無かったこともあって、その沈黙はまったく苦にはならなかった。むしろ気持ちを整理をする時間を与えられたように感じて感謝すらしていた。


しかし、その状態がだんだん長くなるにつれ、次第に沈黙が苦痛となってのしかかってきた。


この沈黙は私が打破しなければならないのだろうか。私は頭をテーブルに押し付けたまま考えていた。


頭を上げるタイミングを完全に逃してしまっており、焦りばかりがどんどん大きくなる。


さらにその上、先ほどまでのすっかり気が抜けてしまっていた、年甲斐も無い姿をおじいさんに見せたことも気になってきた。


いくら相手が自分より年上であってもあまりに恥ずかしい。こんな姿では、私が普段自制するよう心掛けているとはとても思えないだろう。


時間だけが無常に過ぎる。


結局さんざん逡巡した挙句、出来るだけ当たり障りの無さそうな日常の話題を選ぶことにした。


「そういえば日本語お上手ですね。ここの言語ってこれなんですね。言葉が分かって良かったです」


躊躇うと余計に辛くなる。覚悟を決めておじいさんに視線を合わせるように顔を上げる。しかし、


「君が魔力を使っている」


思い切り自爆した。おじいさんの言葉に再び固まる。


今この人は何を言った。しばらく考えてみたが結論を出せず、恐る恐る聞き返すことにする。


「もう一度お願いできますか?」


「魔力だ。魔法を使うための力だ。君が使っているものだ」


おじいさんはきっぱり答えた。


「いえいえいえ。使ってませんよ、使ってません。百歩譲っても私じゃありません。私にそんなものは使えません」


魔力って何だ。漫画の中の話か。それを私が使っているというのか。


意味を理解して、いきなり再起動する。おじいさんの顔を見ながら、力いっぱい否定した。


何を言い出したのかと思った。


「魔力だ。われわれの言語は違う。君が魔力で翻訳している」


「私はそんなもの知りません!」


私は首を横に振りながら叫ぶように反論した。何を言っているんだ、この人は。魔力とか、それはどんなファンタジーだ。私はもうすぐ三十歳になるんだ。今更そんな話には付き合えない。それはもっと若い子にやってくれ。


「知っている、知らないでは無い。使っていなければ私たちは話が出来ない」


「ええとほら、実は同じ言語だったんですよ。便利ですね、良かったです」


「別の言語だ」


嫌になるくらい冷静な言葉。つられて私の勢いも落ちる。


「おじいさんが使っているとか」


「確かに私にも出来る。だが今使っているのは私では無く君だ」


どさくさ紛れに、またおじいさん呼びしてみる。今度はおじいさんも流した。そして負けるな私、流されるんじゃない私。


「私のところには魔力なんてありません」


「君の世界に魔力があったかは知らない。だがこの世界には魔力があり、魔術がある。魔術は魔力を使うためのものだ」


説明されても困る。私は納得したくない。


「魔力というのは世界の祝福だ。この世界に生きるために必要だから授けられるものだ」


私は一度きつく目を閉じ、ゆっくり開きながら聞いた。


「ここに来たことによって、私に魔力が授けられたって言うんですか」


「そうだ」


おじいさんは深く頷いている。何となく分かる。だけど私はおじいさんの顔が見たくなくて俯いていた。


「魔力があるなら誰かが魔力で私を連れて来たんでしょうか」


「この世界には魔力があっても、君の世界に魔力が無ければ道は開かない。そして、たとえ魔力があっても君の世界で魔力を使うものがいなければ繋がることは無い」


それは帰れないってことか、そう思ってしまったけど口には出せなかった。


「そしてこの屋敷には私の術がかかっている。この世界に私の術を破ってこの屋敷に侵入できる人間はいない」


すごい自信ですね、自信家だったんですね、おじいさん。


だけど、そこまで言って、言い切って、そこで言葉が途絶えた。


今まで強かったおじいさんの様子が変わった気がした。逡巡するような雰囲気を感じる。迷うような人では無さそうだったのに。


何があったんだろうと私はのろのろと顔を上げた。


おじいさんは今までで一番大きく息を吐き、眉間のしわもさらに深めた。そして強く強く私を睨んだ。


「君には魔力がある、この世界の誰より大きな魔力だ。術の使い方は私が教えてやっても良い」


私には何も答えられなかった。理解することはもちろん、考えることも辛い。


「ここに居ても良い」


独り言のような言葉が聞こえる。


「一階は私の部屋だ。二階から上は物置だ。好きにしろ」

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