新しい場所
私たちはそのまま街へと入ることになってしまった。どうやら先ほどのあれだけで、実にあっけなく私たちの街へ入る許可は降りてしまっていたらしい。
しかし私は待望の街に入れるのことに素直に喜べない。妙に納得できないものを感じてしまう。あまりにもあっけなさ過ぎると思うのだ。それほどラリズが男性たちに渡した通行証とやらの確認は確実なものなのだろうか。
おそらくこの街の門番であるはずの彼ら。
なのに彼らはラリズの先ほどの言葉からして体調を崩しているらしい私の様子を確認するどころか、彼の持っている通行証以外の荷物の中身すら確認してこない。
ここが何から街を守るための防御の場であるかは知識不足の私には分からない。だけどそれにしても、随分ずさんな検問のように感じてしまうのは止められない。
と言うか、いつのまに私は列に並ぶことすら出来ないほどの体調不良になっていたのだろう。
急な移動によって多少気力が落ちて臭気によって少しだけ調子が悪くなっているけど、それでもここまで歩いてこれた。ここには今までの森の中とは違い興味を引くものも山積みだ。先ほどまではぼんやりしていたけれど、意識のはっきりした今は質問したいこともあるし、じっくり見たいものもある。
ラリズに先ほどまでのことを謝りたいし、男性たちから返してもらった何かのことも聞きたいしで、私はその場から動くことに若干の抵抗があった。私の腕を引いているラリズの腕を逆に引いて、彼の意識をこちらに向けてしまいたくなる。
しかし結局、ラリズの顔とその手の中に何かの間とで、視線をうろうろと彷徨わせながらも門を潜ることになった。
何故ならあっけなく私たちに許可を出し、背を向けてしまった男性たちを思わず視線で追ったとき、見えてしまった。いきなりショートカットすることになったため今まで視界に入らなかった本来の列に並んでいる人たちが。
彼らの多くはまるで目を合わせることすらも嫌がるように私たちを見てはいない。けれど僅かばかりの、こちらを向いている視線はとても好意的なものばかりとは言えなかった。敵意というわけでも無く、怒りというわけでも無く、そこに含まれているものは何なのだろうか。
だけどどれほどここに並んでいたのか私には分からなくても、いきなり横から来た奴に順番を抜かされたら確かに良い気持ちなどはしないだろうことは確実だ。
こちらを見ていない人たちの視線も私たちに興味が無いというわけではなく、視線が私たちを向いていないだけで、全身でこちらを窺っているように感じてしまう。
無性に申し訳なくなってしまったけれど、私は結局ラリズに託されるままにこの場を離れることにした。
ラリズがこうするべきだと判断してくれたのだ。この世界のことをろくに知らない私一人でどうにかなる問題ではないのだから彼の指示に従うべきだろう。
「先ほどはすみませんでした」
そして私は動き出した勢いで、そのまま声を掛けることにした。勢いも大切だと思うから。
今謝ることが出来なければ、きっかけを掴めないまま流すことになりそうだった。それはあまりに申し訳ないし恥ずかしい。
「なんのこと?」
しかし逆に聞かれることになり微かに戸惑う。
「せっかく連れてきてもらったのに失礼な態度を取ってしまって、です」
「何だ、そんなこと。あれくらい何でもない。気にすることも無いよ」
いつものラリズの穏やな笑顔に少しだけ肩の力を抜く。
私は先ほど門番と退治していたときのラリズの笑顔に、同じ笑顔のはずなのに違和感を感じてしまっていた。いつの間にか不思議と緊張を誘われているようにも感じていたらしい。
「ありがとうございます。今日は本当に助かりました」
やっとお礼を言うことが出来た。
謝罪とセットにするのは少し情けない気もするけど私は悩みだすと切りが無い。この先しこりを抱えたまま接することになるよりはずっと良いと思う。
「先ほどの門番の人に渡していた紐のついた物は何だったんですか?」
「彼らに言ったとおりに通行証だよ。裏にあの人の印が入っている。」
「あの人?」
この街の偉い人の許可か何かだろうか。
「先生って呼んでいるんだっけ? 森の中の屋敷に住んでいる魔術師だよ」
違った。森の中の屋敷って言ったら先生のことだ。
と言うか通行証が証明するのは、偉い人とかの許可じゃなくて、その通行証が誰のものかなんですね。
「こんなに簡単に町には入れるくらい先生って凄かったんですか?」
「凄いと思うよ。彼ほどの力を持つ人間はこの世界にはそうそういないから」
そう言うと彼は、今までの穏やかな笑顔を消してまるで悪戯をした子供のように笑って見せた。
「だけどいつもは通行証を持っていても並ぶことにしている」
私を見下ろしていた彼はさらに面白そうに笑顔を深くする。微かな含み笑いさえ聞こえてきそうだった。
「以外と目立つからね。今回は特別。おまけも付けてあげたからスムーズだったね」
ラリズの言っている意味が分からなくて私は首を傾げた。