準備が必要
涙が浮かびそうなほどの覚悟で、私は先生から受け取った腕輪に腕を通した。
出来るならば何とかこれをしなくても良い方法を探したいけど、今回の話は私が言い出した買い物に行きたいという言葉が原因なのだ。
先生はわざわざ私の希望を叶えるためにこれを用意してくれたのだ。自分の言葉には責任を持たなければならない。
しかし腕を入れた私は別の意味で驚いた。
何故ならこの腕輪縮まない。私の手首の形に添って小さくなったりしない。
「こ、これ小さくならないんですか・・・?」
「小さくはならない。その術式は入っていない」
悲壮な決意を固めての行動だったので全身の力が抜けた。そのまま蹲ってしまいたいところを、テーブルにもたれかかることによって何とか我慢する。
どうやらこれは本当にただの腕輪だったらしい。
どうして先生は教えてくれないのだろうか。私がどれほどこの腕輪の反応を怖がっているのか、妙に聡い先生にはきっと分かっているはずだ。それとも覚悟を決めるよりも先に私が聞き出せば良かったのだろうか。きっと先生のことだから聞きさえすれば普通に教えてくれた。
いや、だけど、しかし召還具とは別に教材として渡された腕輪だって身に付けていろという先生の言葉に従って腕を通してみたらきゅっと絞まったのだ。当然これも絞まると考えるだろう。同じように術式の入ってない腕輪の癖に何故これだけ縮まないのだろう。
私は視線は自然に両手にはめている腕輪に落ちていた。
だけど私はぐるぐる考え始めた私自身に自分でストップを掛ける。今重要なのはそれじゃないのだ。
テーブルにもたれかかったままだった体も立て直す。
もうこれはそういう物ということで良いじゃないか。深く考えるのは止めるべきだ。今の私にはするべき事があるのだから。
私は潔く割り切ることにした。
とりあえず私は腕輪の数を調べる。数が分かったらそれを二つに分けた。片手にこの数をするのはどう考えてもバランスが悪いだろう。そしてそれぞれを纏めて左右の腕に通す。
縮みさえしなければこれはただの装飾品である。私は人を待たせているのだからさっさと行動を起こすべきだ。
今さらながらに私は、人前で慌てている姿を晒していることが恥ずかしくなっていた。何故なら先生の表情はそうでも無いのだけど、ラリズがものすごく興味深そうに見ている。
私はまるで先ほどの行動はちょっとした気の迷いでもあったように、澄ました表情と何気ない行動で先へと進める。取り繕うには遅いかもしれないけど、私の性格上やらないわけにもいかないのだ。
先ほどのことは出来るだけ早く忘れてもらえるように願いながら、腕輪のことを急いで片付けて先生に向き直る。
よく考えなくても、先ほどからまったく話が進んでいない。主に私のせいで。申し訳ない。
うん、もう、全体的に深く考えるのは止めようと思う。良いじゃないか、ラリズが一緒に来てくれたら助かるのは確実なのだ。ここは素直に感謝して受け入れるのが正しい大人の行動だろう。
たとえそれが子供の初めてのお買い物にそっくりだとしても、甘んじて受け入れるべきだ。
ほら、私の知識なんて所詮本で呼んだものでしかないのだから、実践以上の勉強は無いって言うし、一度助けてもらえれば次からは安心じゃないか。
さらに私は、街がどこにあるのかを地図でしか知らないのだ。一人きりだと辿り着くまでにどれだけ時間がかかるかも分からない。
この世界のお金の単位を知ったのもつい先日だし、この世界の食べ物のことも、買い物の仕方も、どんな人がいるのかも先生が探してくれた本で読んで知っているだけだ。見事なまでに初めてづくしだ。
というか私はむしろ、そんな子供のためのような本を持っている先生にこそ驚くべきだったのだろうか。
童話のような絵本に続いて、先生の貸してくれる本には何故こんなものが思うような本が意外に多い。しっかりしろ私。本来ならそこは便利だなと流すべきところではないはずだ。
そもそも私はどうやって街まで行くつもりだったのだろうか。いや私自身は普通に歩いていくつもりだったのだけど、この森には獣がいると先生から聞いて怯えていたのは誰だったのだろう。
いろんな意味で考えが甘かった。
よく考えなくても私はまったくの素人なのだ。子供以下の知識しかないわけだ。これではお目付け役が必要だろうと先生に判断されてもしょうがないだろう。正直これほど大事になるとは思わなかったのだけど。
何となく床へと視線を落とす。
何となく自分の着ている水色の服が目に入った。
せっかくの外出なので私は出来れば奇麗な格好をしたかったけど、結局はここ数日ですっかり着慣れた上着を着ている。こちらに来たときに来ていたスーツよりも、この世界の服の方が良いことだけは確実だと思ったからだ。
屋敷の周りは深い森なのでこの格好も余り動きやすいとは言えないけれど、現在私の持っている服のデザインは基本これしか無いのでこれも諦めが肝心だ。