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今の私  作者: 夏月
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そろそろ限界

私は約一週間頑張った。


ひたすらに本を読み、食事を作り、先生に質問し、たまに気分転換を行なう。あちらのことを思い出して考え込みそうになりながら、そんな生活を私は何とか一週間続けていた。


何もかも違う生活環境でありながら、私はかなり頑張っているほうだと思う。


誰も認めてくれないだろうから、とりあえず自分で認めて持ち上げてみる。虚しい作業だけど、自分自身を励ますために行う。社会人になってからは日々の成果が目に見えないことにも慣れたと思っていたのに、今すごく辛いのだ。


しかしそんな生活の中でも、私は意識して元の生活のことを思い出さないようにしている。意識している時点で失敗している気がするし、些細なことで思い出してしまって頭から離れなくなることもあるけれど、それでも出来るだけ考えないようにはしている。


家族のこと、友達のこと、家のこと。私は何も残せずにいきなりこちらに来てしまったので、本来ならば心配することが色々あった。


ただ考え始めると、私の周りの人達がどうしているのか、急にいなくなったことがどのような扱いになっているのか、なんて切実なことから始まって、育てていた観葉植物や家にある冷蔵庫の中身なんてことまで、何だって気になってしまう。


一人きりしかいない状況で心配し始めると、すべての考えが悪いほうへ悪いほうへと進んでしまう。皆がどれほど心配しているか、どんな状況になっているのか、なんて考え始めると切りが無いし限界も無い。


しかしどんなに心配したところで、今のところ私に直接出来ることは何も無い。元の場所に帰るどころか連絡の一つも入れられないのだから、ただひたすらに心配して、ああだろうかこうだろうかと想像力を膨らませることしか出来ないのだ。


だけど当然、そんなことをしていてもただ時間が過ぎていくだけで何も解決しない。私の上に心労だけが降り積もっていく。


そんな現在の状況で私に出来ることといったら勉強を進めることしかない。以前の生活に思いを馳せて泣くらいならば、いつの日か帰れることを夢見て学ぶほうがまだ建設的だと思う。


そう思っていた。確かに思っていた。


私は確かにそう思っていたはずなんだけど、しかしそろそろ限界のようである。


何がって食事のことだ。こちらにお世話になっておよそ一週間しか経っていないのだけど、もう私は音を上げている。


学ぶことだけならまだしばらく大丈夫だったのだろうけど、食事のことはそうもいかない。我慢で何とかなるものでもない。


こちらの食事も一日三食が基本のようなので、私もここにある食材で何とかしようと一日三回努力してみた。


しかし自分に妥協点を提示して、先生と一緒に食事を取るのがもう私には辛い。辛すぎて気力も湧かない。食生活が偏ることによって集中力も低下して、勉強の効率もがくんと落ちてしまった気もするのだ。気力だけで何とか誤魔化していた身としては致命的であった。


そろそろ先生に言い出すことにしようと思う。先生はこの食生活に不満は無いのだろうか。


基本的に一階は先生の生活スペースと考えていたので、私は出来るだけ邪魔をしないように暮らしていた。具体的には先生の生活のペースを崩さないように、私は主に二階で勉強しているのだ。


しかし今日ばかりは勉強道具である本を食堂に持ち込み、先生の研究に区切りが付くのをを待つことにした。一応今の私の精一杯の努力である食事も用意はしてみる。


研究室から出てきた先生は、私が食堂にいることに一瞬驚いていたようだった。しかしそのまま近付いてくる。


すみません先生。今日の私は質問があるわけではないんです。


「先生、買い物に行きたいです」


今日の私に食先生の事が終わるのを待つ余裕は無かったので、おもむろに切り出してみる。切実な問題であったので、許可が出るのを祈るような気持ちで見守った。


しかし先生の渋い顔を見てしまうと、途端に弱気になってしまう。


先生の表情の変化はいっそ分かりやすかったのだ。私の言葉に驚く様子なども無く、あっという間に普段以上の渋面を作った。どう見ても非常に分かりやすい、反対だと言うことである。


やっぱりまだ駄目だったんだろうか。


とりあえず料理を温めて食事の準備をすることにした。こんな料理でも温かいほうが美味しいと思うので、温め直すために魔道具を動かす。


食堂に戻ると先生の渋い顔はさらに進化して、眉間のしわもすごいことになっている。祈るような気持ちで食事を並べて、先生の顔を見つめる。


しかし先生は無言で食事を食べ始めてしまったので、私もしぶしぶ手を付けることにした。


やっぱり味見したとき同様に料理はいまいちである。いくら手を掛けても、あちらから持ってきた調味料を駆使したとしても、材料の偏りには敵わないのだ。野菜が欲しい。


「明日まで待て」


食べ終わってお茶を飲んでいたときにはなかば諦めていた。だから先生の言葉が聞こえたときにも直ぐには信じられなかった。


明日までということは、明日になったら行っても良いということではないだろうか。


私はカップを揺らして、くるくる回る濃い色のお茶の表面を見ながら、これはもう駄目かなと思っていたところだったのだ。


「本当ですか?」


「明日までに用意してやる」


何の用意ですか、先生。

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