おかしな家
ここに来てから先生以外の人に一度も会っていない。
窓から見える範囲に他の家が無さそうなことは、私も以前から確認していた。
しかしそれ以外に屋敷へと訪ねてくる人はもちろん、屋敷の前を通りかかる人すらもまったくいない。ひょっとしたら、この屋敷を訪ねてこられるほど近くに人は住んでいないのだろうか。それでもここに住んでいる人がいることを知っていれば、誰かが訪ね来てもおかしくないと思う。
私自身にも問題があるようなので、ふいに他の人に会うと何が起きるか分からない状態ではある。見ず知らずの人をそんな状況に巻き込むことが無いことは良いことだとは思う。
しかしずっと先生と二人だけだと、妙に他の人にも会いたくなるときもあるのだ。
だけどここに来てから、私は本当に先生以外の人を見かけない。
それどころか鳥の囀りと遠く微かに飛んでいる姿を見かけることだけがすべてだった。私がここで先生以外に生きている感じる存在はそれだけであった。
凶暴な獣に遭遇しないことは良いことだけど、獣以外の動物にもまったく遭遇していない。
ちなみにラリズはここ以外の場所から召還して、来てもらった精霊なのでノーカウントにしている。現在何となく呼ばずに生活できてしまっているため、来てもらったのも最初の一度きりである。
先生は家畜すらも飼育しないで、ここで純粋に保存食のみで生活していた。そのため躊躇しながら確認を取って、おそるおそる花畑までは出てみたのだけどそこもひどく静かな空間だった。
先生はここで誰かと一緒に住んでいるわけではないようなので、たった一人でここにいる。
そして屋敷と花畑の周りにはただ深い森だけが広がっている。
ただ私には見える範囲には川や池などの水場も無いのに、この屋敷にしっかり水が届いていることが不思議だった。飲み水や料理に使用する水が足りなくなるようなことは決して無く、浴室やお手洗いで使用する水ですら節水する必要は無いらしい。
盛んに首をひねる私に対して、天気に影響されることがないように地中を通っていると先生が教えてくれた。
いったいどんな構造になっているのか、こちらでも厨房などで蛇口のようなものを捻るとちゃんと水が出てくる。どこからか運んできて、溜めておいたものを汲み出して使用するというわけでもないのだ。
下水もしっかり整備されているようで、嫌な臭いがこもることも無い。
特にお手洗いは、最初に使い方を教えてはもらったのだけど、それすら聞かなくても困ることが無意ほどの親切な設計だった。ファンタジーっぽいこの世界のトイレ事情にひそかにびくびくしていた私を大いに安心させている。
それは普通に水洗トイレみたいな形をしていて、水洗トイレのようにちゃんと蓋が付いていた。蓋を取ると奥の方で水が流れているのが見えるという、本当に地球そのままな水洗トイレだった。ただ水はずっと流れ続けているものらしく、止まることが無いということだけが違う。
きっと地球のトイレとは設計からしてまったく違うのだろうけど、ひとまず安心出来た。非常に良かった。ひょっとしたらずっと水が流れている分、こちらの方が綺麗ですらあるかもしれない。
ちなみに脇にはかごが乗った棚が置いてあって、中には凄く柔らかい葉っぱのようなものが入っていた。使用後にはこれを使うようだ。葉っぱみたいだと思ったが本当に葉っぱらしく使用後はそのまま水に流して良いらしい。
しっかりしすぎている上下水道に違和感を拭えない。
ものすごく不便に感じる一方で、こんな現状であることを忘れることが出来そうなほど快適な暮らしを送れるのである。
しかしふいに私は疑問に思うこともある。
「先生、今までこの家の家事は誰がしていたんですか?」
今は私が料理をしているけど今まではどうしていたんだろうか。先生はとても料理等をする人には見えないのだ。
「精霊だ。召還具で呼んでいた」
「いつも同じ精霊の方ですか?」
私が掃除をラリズに助けてもらったように先生も家事を精霊にお願いしていたんだろうか。
それはひょっとしなくてもラリズじゃないのだろうか。彼はとてもこの屋敷の中のことに詳しかったし、信じられないくらい手際が良かったのだ。
「気分だ。同じときもある。違うときもある」
きっとラリズだ。しかも何度も呼ばれているような気がする。