世界のこと
先生との話を終えた私は、二階に行くことにした。
私は先生の「二階は物置」発言に従って、最初に潜り込んだベットの部屋を勝手に自分の寝室に決めていた。
始めてこの部屋に入った時にはベットにしか興味が無かったけど、掃除をして埃を掃うことによってこの部屋のことも今ははっきり分かっている。
そこは思わず感歎の溜息が出てしまうほど美しい、私には勿体無いほどの立派な部屋だ。落ち込んでいた私の気分も少しだけ浮上させることが出来るほど素晴らしい部屋。
正直、隅に寄せてある、私がここに来たときに持っていた荷物だけがものすごい違和感を発している。
ちなみに豪華なのはこの部屋だけでは無い。この屋敷にある部屋は、基本的にどの部屋でもかなり豪華な作りになっていた。
棚や机に施されている彫刻は繊細なものだったし、窓やベットに掛けられたシーツやカーテンは華やかな刺繍で彩られていた。床のカーペットなんて裸足で歩きたくなるくらい毛足が長く艶やかだ。私は今まで、これほど立派なものはホテルですら見たことが無かった。
そしていったいどんな術が掛けられているのか、この家の装飾品はすべてが色鮮やかだ。
先生は使用しないでここを放置していたはずなのに、家具も布もまったく色褪せてるようには見えない。使い込まれた重厚感を感じることは出来なかったけど、その代わりに新品同様の光り輝くような美しさを誇っている。
私が来たときには、そんな鮮やかな芸術品の上にただ埃だけが積もっていた。作られたばかりに見える美術品の上の埃は違和感が凄い。
そういえば先生は、本当に二階の構造を無視していたようである。
先生に聞いた時は一階のものしか教えてもらえなかったけど、二階にだってお手洗いや浴室はちゃんとあった。わざわざ下まで行っていたことに思わず苦笑いが浮かんでしまい、黙り込んだ私をラリズが不思議そうに見ていた。
思い出すと本当に微妙な気持ちになる。気にしている余裕は無かったけど、確かに屋敷の大きさ的にもあそこだけなんておかしいだろう。この屋敷は備え付けの寝室の数的にも、複数の人間が宿泊出来るようになっているのだ。
ただしあくまでも宿泊出来るというだけで、先生以外の誰かがここに住んでいるわけでは無いようだ。こんな広い屋敷に長く一人暮らしだったらしい。
羨ましいような、羨ましくないような、寂しくはないのだろうか。寂しくないと応えられたら、逆に寂しい気もする。そして先生は本当にそう応えそうな気がする。
私はちょっと堪らなくなってベットに寝転んだ。足もベットに上げようとして慌てて靴を脱ぐ。
寝るわけでは無いけれど、少しだけこうしていたかった。
今日の私はお風呂にも入るつもりだ。妙に恥ずかしく感じることには気付かない振りをして、ラリズに浴室の使い方を教えてもらった。今日は掃除もしたことだし、昨日お風呂に入れなかった私はきっと汚れている。いい年した大人がそんな姿で人前に立つなんて恥ずかしい。
色々な考えが頭を過ぎる。いつもは意識して考えを止めるところを、それをさらに進めてみる。
しかしどんなに考えても抜けないのは、先ほど先生に言われた言葉。自分のことだけを考えろと言った先生の顔だ。
私は甘かったのだろうか。
幾つもある月を見て、先生に魔力のことを聞いた。屋敷中にあるおかしな道具を触って、ラリズの不思議な術も見た。
だから自分では納得したつもりでいたし、半信半疑だった気持ちも次第に落ち着いてきたと思っていた。ここが紛れも無い現実で、これが間違いの無い真実であると分かっていたつもりだった。
それでもやはり、つもりでしかなかったのだろうか。
思い切り顔をしかめる。毛布の中に潜り込んで、体を小さくするように丸める。
いっそ本当に小さくなれたら良かったのにと、ぼんやりと思う。
そうすればもっと簡単にこの世界に順応出来た。こんな三十間近のおばさんじゃなくて、そう、それこそ中学生とか高校生とか。小学生はさすがにかわいそうだけど。
現実を知ってしまった大人なんかじゃなく、まだ子供といえる年齢だったらきっとこんな世界でも楽しめた。
何しろ魔力と魔術があって、教えてくれる人と親切そうな人がいて、自分には大きな力がある。すごいファンタジー、漫画の世界だ。そういうものが好きな人が喜びそうな展開が盛りだくさんである。
本当なら読書が趣味の私だって好きなはずなのだ。
だけど、それでも、私はこれを現実だと認めることが怖い。
もっと簡単に先生の言葉を信じられれば良かった。もっと勉強をするのを楽しみに出来たら良かった。そうだったらきっと明日への希望を胸に眠ることも出来たし、世界を知ることに恐怖なんて感じなかった。
子供にだって辛いことがある、そんな言葉は却下だ。これはただの愚痴なのだと、自分で分かってる。
今の自分はどうなんだろうか。
納得出来なくて蹲っているだけ、自分で決めたことだって最後まで貫き通せない。情けない。
涙が出そうで強く唇を噛み締める。