自分のこと
私はそれからしばらく先生に質問をしていた。
いくつかの質問をして、いくつかの回答をもらう。一度に詰め込んでも溢してしまうことになるから、ラリズには聞けなかったことを中心に、少しだけ教えてもらおうと思う。
この家のこと、家族のこと、世界のこと、他の場所から呼んでしまったラリズには聞けなかったことを確認する。
私がした質問に先生は迷ったり言い淀んだりしないで、簡潔に回答だけをくれる。
ただし基本的に聞いたことにしか答えてくれないようで、先生の答えの中に分からないことがあるとそれをまた私が確認することになる。気付くと単語のみで会話しているような状態になっていた。
だけど気付いた時には持ち上げたポットは軽くて、確認してみると空になってしまっていた。今日はもう切り上げたほうが良いということだろう。
最後にもう一つだけ、これだけは今日中に確認しなければと考えていたことを聞くことにした。
「先生、これからの生活、特に注意することはなんですか?」
それは本来ならば、真っ先に聞かなければいけないことだった。それなのに私は、何となく聞き辛くてずるずると先延ばしにしてしまっていた。
私は先生に助けてもらったのだ。いきなり家に押しかけて、食事までご馳走になって、さらにはこのままこの家に居て良いとまで言ってもらった。はっきり言って迷惑を掛けているなんて言葉では済まない存在だ。
それでも私にはここを出て行っても、当てなんか無いし行くところも無い。路頭に迷うのが関の山だ。
だから私はここに居る。ずうずうしくも居座ることにする。
だからせめて私はこれから先生と共に暮らしていくに当たって、弁えておくことを知らなければならないと思う。もちろん自分でも注意するつもりだけど、常識が違うのだから聞いてしまうのが一番確実なのだ。
私は学ぶためにここに居る、居させてもらっている。そんな状況で、わざわざ場を提供してくれた先生を不快にするようなことは避けなければならない。
少しずつなんて悠長なことも言っていられないし、問題を起こすわけにもいかない。今日は何とかなってしまったが、これからの毎日が常に上手くいくわけないのだ。
だからこれだけは聞いて、確認を取っておかなければならなかった。
なのに、確かにそう思っていたのにもかかわらず、私は先生に苦い顔をされることになった。
「気を付けろ」
注意を受けて思わず固まる。私は早速今日の行動で問題を起こしていたらしい。
ひょっとしたら私の決意は崩されるためにあるのかもしれない。
「自分の事情を話すな」
それは今日、昼間に行なった初めての精霊召還についてだった。私がラリズに話したことについてだ。
確かに私はラリズに自分のことを説明してしまっていた。それは現状を正確に理解してもらわなくては、適切な助言が得られないと考えたからだ。
しかしそれは先生から見ると、注意が必要なほど問題ある行動だったらしい。
「いけないことだったんですか?」
「わざわざ弱みを見せるな」
「弱み?」
「自分が有能であるように見せる必要は無いが、初見の相手に内情をさらすのは馬鹿のすることだ」
辛辣な言葉を頂いた。
気まずくは感じたが、先生から目は離さなないようにする。わざわざ注意してくれるほど、それはこれから生活していくにあたって大事なことなのだから。
私は今日の行動を自分自身に問い掛けてみる。
そしてやっと気付いた。まだ私の足ははふわふわとしていて地に着いていないことに。
それは確かにそうだ。初めて会った人間に自分の相談なんてしないだろう。それは元の世界でもこの世界でも変わらないはずだ。意思のある人間が、ちゃんと生活しているんだから。
むしろ相手のことをよく知らないんだから、された方だって困るだろう。ラリズもきっと困っただろう。占い師の人や相談窓口の人のような前もっての前提も無いのに、いきなり呼びだれていきなり相談だ。
相談なんてのは自分を良く知っている、自分が信頼している相手にするべきものだ。自分のことを理解してくれている相手だからこそ一緒に解決策を探せる。
私はこの世界に一人なのだから気を付けなければならない。
「分かりました」
それは確かに納得出来る言葉に思えたから私は深く頷いた。
しかし先生はゆるく首を振る。
どうしてだろうか。私の出した答えは間違っていたのだろうか。
「いいや、君は分かっていない。私が言っているのは容易に他人を信用するなと言うことだ」
「信用、ですか?」
否定されてしまった。
「今まで居たのがどれほど安全な世界かは知らないが、ここはそんな甘い世界では無い」
「安全では無い?」
今度こそ先生は頷いた。私をきつく睨んだ。
「弱みを見せるな。相手のことを考えるな。自分のことだけ守れ」