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今の私  作者: 夏月
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この場所のこと

私が何とか食事を完成させたころ、やっと先生が部屋から出て来てくれた。


先生がゆっくり食事を取っている間に、先に食べ終わった私はラリズに教えてもらいながらお茶の準備もしてみる。この家は食べ物に比べ、妙に豊富な種類の茶葉が用意されていることに気付いたからだ。


私が先生の分も用意をしようとすると、何故かラリズに驚かれる。私は人前で、自分だけ飲み食い出来るほど非常識に見えるのだろうか。


微妙な気持ちを抱えたまま、私は改めて先生に今後の行動を相談する。屋敷に置いてある本は何でも読んでも良いと答えられてしまった。


しかしそれはすでに頓挫してしまっている。


「先生、私にはどれから読んだら良いのか分かりませんでした」


「始めのうちは指示する。慣れれば分かるようになる」


私は読書が好きだったけど、これは慣れるとかそういうレベルでは済まない気がする。思わず本当に何とかなるのか聞き返したくなった。しかしこれから私はこの人に学ぶのだからとぐっと飲み込む。


その後はラリズと一緒に、使用しそうな部屋だけ確認することになった。何故なら早々に面倒になったらしい先生に、私は再び投げ出されてしまっていたからだ。


「どこに入っても良いが、研究中の私に話しかけるな。詳しいことはそいつに聞け」


そしてまた先生は部屋に閉じこもった。


私本当にここでやっていけるのだろうか。先行きが激しく不安だ。


落ち込んだ私は魔力を理解しないまま、以外に強引なラリズと一緒に部屋を見て回ることになっていた。確かに何もしなければ今度は夜になってしまう。無理やり貼り付けた笑顔が辛い。


しかし家を回りながら、だんだんこの屋敷の大きさに笑顔も苦笑いに変わる。


この家はどの部屋も一部屋一部屋がやたらに広かった。昨日から思っていたお手洗いはもちろん、物置きになっている小部屋でも他の部屋に比べて小部屋と言うだけでかなり広い。


その上、家の中のどこに言っても本が積んである。気になってはいた食堂や玄関を始め、お手洗いや物置きの部屋にもある。広い屋敷のそこら中、あらゆる場所に山積みだ。


しかしそんな家自体は、とても大きく豪華で、屋敷と呼ぶのが相応しいような家なのだ。私は全体の調度品が立派なことには気付いていたけど、自分の観察眼に十分以上に満足するはめになった。


嬉しいかと言われると微妙なところだ。これだけ大きい屋敷に暮らす違和感は計り知れない。その内私も慣れるのだろうか。


とりあえずは出来ることから始めるべきだろう。必要そうなところだけ説明してもらうと、とりあえず本日の目標を掃除に定めることにした。


ただし精霊のラリズも一緒である。


私は掃除だけなら自分だけでも出来るので、精霊であるラリズには帰ってもらおうと思っていた。実際お礼を言って、後は自分でする旨を伝えている。


「ありがとうございました。また困ったときに来てもらえたら嬉しいです」


「大丈夫、手伝うよ。二人でやれば早いよ」


私がこれからするのはただの掃除なのだけど、彼は手伝うと言って譲らない。やたらに乗り気なのは何故だろう。とても詳しいようなので掃除が好きなのだろうか。


やたらにきびきびと進められしまい、気付いたときには二階の主な部屋の掃除が大分進んでいた。広い屋敷に比べると掃除の進み方が異常である。


私はラリズの掃除風景から目が離せないので、戦力にはなっていない。


何しろ彼はさすが召還具で呼び出した存在だということなのか、掃除をするだけなのに魔術を使う。すごく普通に行動していたために私も最初は流しそうになった。


しかし、一度気が付くと気になってもう目が離せない。


初ファンタジー。初魔術。道具はそういうものだと思えても、いきなり目の前で説明の付かない行動を見せられてしまうと、今までの不信感も叩き潰される。往生際の悪い私はまだ諦めていなかったらしい。


しかしじっと見ていることに気付いたラリズに、精霊が使うのも魔術だけど人間の使う魔術とは微妙に違うと教えられた。どうやら参考にはならないと言いたいらしい。


申し訳ない。手を動かします。


その後はひらすら目の前のことに集中する。


非日常に疲れた私にとって、掃除はとても魅力的な行動だったらしい。かつて無いほど真剣に掃除に取り組めた。やることが分かっているって素晴らしい。


気付いたときには夜になっていた。私を照らす明かりが自然の太陽ではなく、魔道具の明かりになっていた。掃除にきりが付いた私は、蛍光灯のような位置で、しかしやたら繊細な装飾のしてある魔道具を見上げる。


一瞬、夜になると自動で明かりが灯るのか、さすが魔道具と感心しそうになった。


しかし先ほど、私は魔道具の明かりの灯し方を教えてもらったばかりである。つまり今光っているこれは誰かが灯してくれたということなのだ。誰かなんて先生が篭っている今、一人しかいない。


「やっば」


慌てて立ち上がった。


私にはラリズがどこに居るのかかは分からないけど、さすがに帰る前には教えてくれるだろう。ならば彼はどこかに居るってことだ。とりあえず探すために部屋を飛び出す。


と思ったら肝心の彼が部屋に入ってきた。とっさの勢いを殺すのに転びそうになる。


「すみません、いつの間にか暗くなっちゃったみたいで」


顔を見上げると、その勢いのまま声を掛けてしまっていた。


手に持ったままの道具が虚しい。今の今まで夢中だったことはとっくにばれているだろう。私の掃除に付き合ってくれていたのに申し訳ない。


しかし次の言葉を考えていた私は、逆にラリズの言葉に固まった。


「気にしなくて良いよ。きりが付いたみたいだし、下に食事の用意がしてあるから片付けよう」


穏やかな笑顔だった。そこには善意以外のものが含まれているようには見えない。


「ありがとうございます・・・」


お礼を言いながらも、動揺が隠せない。


何だろう彼は。つまり夢中になった私のために明かりを付け、食事を用意を用意していたということである。どんな気遣い人間だろう、いや精霊か。ひょっとしたら精霊は皆こんなに気配りが出来て当然なんだろうか。いやまさか、そんな馬鹿な。


不思議そうな顔で私を託すラリズの顔を見上げながら、思いきり狼狽していた。


確かに嬉しい。ありがたい心遣いだ。しかし私には感謝よりも何より気になることがある。


それは、ひょっとしたら、これが師匠に対する弟子の姿なのかということだ。私には無理だ、先生が私に求めるのがこれならば追い出される日は近いだろう。


「ごめんなさい」


思わず謝った。せっかく親切にしてくれたのに、そんな風にしか考えられない捻くれた人間で本当に申し訳ない。

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