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今の私  作者: 夏月
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知らない存在

気が付いたら目の前に居た。


伸ばしてもいない手が触れそうになるほど、本当に直ぐ目の前に現れた。私はパーソナルスペースが比較的広い人間だけど、そうでなくてもこれほど近くに居られたら焦るだろう場所だ。


私自身は思わず何歩か後ずさっていた。あえて言うなら、人前であの気合を入れた体勢で固まらなくてすんだことだけが幸運だ。


私は先生が軽く遣したものだからと油断していたのかもしれない。あれほど逡巡して決めたにも拘らず、その覚悟はもろくも崩れ去っている。


再び悲鳴を上げるのではなく、固まるタイプの驚き方に陥った。


実は私は召還という言葉から動物を、さらに言うなら先生の軽さから小動物を想像していた。


しかし考えてみれば、教えてくれるというのだから人型でもおかしくない。むしろ手先を細かく使える人型の方が、これからの学ぶのに効率が良いのは確実だった。


いや、私は別にショックなどは受けていない。幼いころに見たテレビの影響など受けていない、と自分に言い聞かせてみる。うん、本当は自分で分かっている。実は私ふかふかした子猫や兎が好きで、それ系を期待していた。召還という魔法っぽいものを聞いてから、何となく猫や梟を想像したのだ。


その願いも、先ほど覚悟と一緒にきれいに崩れ去ったわけだ。


しかしそれを伝えるのは、せっかく来てくれた彼に非常に申し訳無い。彼がどこから来たのかは知らないけど、私の呼びかけに応えてくれたのは確かなのだ。


後ずさってしまったことはともかく、意地でも表情が変わらないように努力する必要はあった。腕に浮かんでいる鳥肌にも気付かなかったことにして、たっぷり数秒も固まってしまった時点で遅い気はするけど不自然に仰け反っていた体勢も立て直す。


静かに静かに息を吐いた。


持ち上げていた腕も下ろして、失礼にならない程度にその人の全身を確認する。


そこに居たのはどう見ても男性のようだった。


何となく全体的に赤っぽい。ただし純粋な赤では無く、黒を足したような暗い赤だ。髪も目もその色をしていて、だけど髪の方がさらに少しだけ暗い色をしている。


今までに見たことのあるような赤茶色の髪や目では無かった。とても自然に見えるのに、妙にそこにあることに意識が取られる色である。ただし私は現実に見たことがあるような色ではなかったのに、何となくこの人がこの色をしていることに納得していた。


背は大分高く感じるのに、威圧感はさほど感じさせない。きっちりとした赤系の服を着ていて、床の上にはいるはずなのに体重を感じさせない立ち方をしている。


髪は非常に長いようで背中に流していた。肌の色は濃く、目鼻立ちははっきりしている。そのせいできつそうに見えてもおかしくないはずなのに、物腰が柔らかいためにそれを打ち消しているようだ。


はっきり言って、非常に目立つ端正な容姿と格好の青年だ。彼は笑顔を浮かべていつの間にかそこにいる。


思わず先ほどの決意はどこへやったのか、美形に免疫の無い私にぼんやりとした苦手意識が浮かんだ。何をされたわけでもないのに、現実の美形に胡散臭さを感じてしまう。


もちろんそんな態度は社会人として許されないので表には出ないようにはしている。気力でねじ伏せて無理にでも平気な振りをして、成功しているかは分からないけど冷静な対応を心掛ける。


「私のことはラリズと呼んでもらいたいな」


「瑞樹 相馬です。よろしくお願いします」


召還具から呼び出した彼はそう言った。


私は先に名乗らせてしまったことに慌てて、ただし表面上は出来るだけ穏やかに見えるように名乗り返した。


「私は何をしたら良いだろうか?」


「相談に乗ってもらえますか」


思わずそう答えていた。頷いてくれたので現在の説明を始めることにする。


彼はときどき相槌を打ち、私の話を補足しながら聞いてくれていた。


ちなみに彼への説明途中で、彼自身が精霊であることを知る。


ファンタジーな存在に何と返したら良いのか分からず、思わず曖昧な返事を返す。動揺のあまり彼の顔を見ることが出来なかったので、私の視線は確実に泳いでいたと思う。


一通り話し終わって、途中僅かに熱が入って、無駄に力が篭ったりもした。


話し終わると、あまりの有り得なさに私自身に力が抜ける。先生のときの二の舞を晒すのを避けるため、気力で持ちこたえてテーブルに懐くのを抑えた。


「これからどうしたら良いと思う?」


「とりあえず食事を作ったらどうかな。もう大分昼に近いよ」


この世界にもあった時計もどきを指して彼が言った。


そして有効な助言をと思ったら、以外に時間が経っていたらしい、彼に言われて気付いた。


時計の読み方も屋敷の説明もとりあえずすべて保留にして、放置していた食器を持って台所に移動する。


そして驚く。そこにあったのは現代文明と似て非なるものばかりだった。


彼はこの世界に電気が無いことを教えてくれて、代わりに発達しているのが魔道具なのだと言った。むしろ私の説明に時間がかかってしまい、途中でさっそく挫けそうになった。


電気が無いということはこの部屋の明かりは何だ、ランプか、と思ったら魔道具で。


コンロのようなものがあったけど火は出ない、電気でもガスでも無い、ものを焼けるほど熱くなるのにどういう仕組みなんだろう、と思ったら魔道具で。


冷蔵庫は無かったけどお水を冷やせるポットみたいなものがある、氷でも入っているのか、と思ったら魔道具だった。


この世界の便利な道具は、基本すべて魔道具なのだと言う。


使い方を教えてもらい、おっかなびっくりこちらの世界で初めての調理をした。ただしこの世界の食べ物は、地球とは見た目も味も違うようで分からないことだらけだった。


カルチャーショックを隠せない。

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