ここで二人
話に句切りがついた思ったのか、そこで先生はまた食事を出してくれた。ちなみに昨日と同じメニューだ。せっかくの食事なので頂いた。
スープは昨日のものより少しだけ濃くなっていて、具も少しだけ増えている。きっと昨日のスープは、先生にとっても薄かったんだろう。
しかしその食事は、私に一つの決意を固めさせることになった。
「こちらにお世話になっている間は、食事を作らせて下さいね」
食事を終えてから先生の顔を見て伝える。
お願いではなく、決定事項としてこれだけは譲れない。たとえ先生が家の中を弄られるのを嫌だとしても、たった二度の食事で複数の理由を見つけてしまった。ぜひ食事に関してだけは譲歩してもらいたい。
特に、おじいさんに出される食事を、ただ食べるだけの居候の図・・・。
凄くシュール。考えるだけでも心が痛い。私にはそんな生活はとても耐えられない。
これは大事なことだ。
表面上では平静を装いながら、しかし実際にはかなりひやひやしながら返事を待つ。
何がおじいさんの導火線に火を点けるか分からないので非常に困る。手探りで話を進めるしかない。下の物には一切触れるなとか、言われてしまったらどうしたら良いんだろう。だけど昨日は上の階のものは好きにしろと言っていたし、何とかなると信じたい。
「好きにしろ」
非常にあっさりと、同じ台詞で許可が出た。
良かった。本当に良かった。
自然と力の篭っていた肩の力を抜いて、ほっとしながら空になった食器を見る。
私は特に食通というわけでも無いし、偉そうに他の人を批判できるほど料理の腕が際立っているわけでもない。
しかし、そんな私から見ても昨日の食事も今日の食事もかなり寂しかったのだ。
なんといっても、湯気の出ていたあのスープもこのスープも、スープとしてかなり薄い。
暖かいということだけでもかなり嬉しくはあったのだけど、特に昨日のスープは味がほとんどしなかった。今日のスープも昨日のものよりは少しだけ濃くなっていたけど、それでもまだかなり薄く感じた。
具も昨日よりは増えてはいたけど、あくまでも昨日と比べてという状態である。たぶんベーコンみたいなものと野菜みたいなものだと、やっと分かるほど細かいものがほんの僅かに入っているだけだ。
このスープは、調味料を少なくして野菜などの旨味を味わう料理では無く、単純に薄いのだろう。いくらおじいさんで薄味が好きだったとしても、これではちょっと薄すぎるだろう味だ。
ただ、もしかしたらこのスープ、もとはちゃんとした料理だったのかもしれないとは思う。先生は昨日の食事も今日の食事も直ぐに用意してくれた。もしかすると何度も足したり加えたりして、あれやこれになっていたのかもしれない。
そしてスープと一緒に出ていたパンも、かなり硬く感じた。
このパンは黒パンのような色で少し酸味がある。痛んでいるわけでは無くこういう物だとは思うのだけど、ひょっとしたら保存食じゃないのか、これ、と思うぐらい硬い。
いや、正直に言おう。このパンを食べるのにとても苦労しているのだ。最終的にスープに浸して食べたのだけど、スープ自体に味がほとんど無いのでちょっと悲しいことになった。
だけど居候の身で食事に文句を付ける訳にはいかない。しかしあのスープだけでは体が持たないのも分かっているので、パンを食べないわけにもいかない、だけどかなり厳しい。
ジレンマである。
そこで、食事の用意をするということになれば、ここの食文化も分かるのではないだろうかと考えたのだ。もう少し食べやすい物が手に入るのでは、という期待もある。
くだらないと言うこと無かれ。食は人間にとって基本なのだ。これが定まらなくては先に進めない。
ちなみに居候する、そして勉強をするというのは、私の中ではすでに決定事項だ。
なぜならここには日本が無い、地球が無い。なのに魔力なんていうものは存在する場所だというのだ。それはつまり大使館もサービスセンターも無いというのに、私にはここでの一般常識すら無いということになる。
生きるためには知識が必要だ。
どんなに否定しようとしても現実は変わらないのだから、もう逃避は止めるべきなのだ。ここを受け入れて生きていく方法を考えなければならない。
おじいさんが知らないだけならここを飛び出しても良いかもしれない。知ってる人を探すほうが賢いのかもしれない。
魔力のこともそうだ。おじいさんは魔力なんてものがここにはあるのだと言い、私が使っているのだと言う。私には皆目見当が付かないものを私が使っている。
普通ならとても信用できない。嘘を言うなと、怒っても良いぐらいだ。
だけどどんなにそう考えようとしても、昨日の月がここは違う世界だと否定する。
あの月にはCG等とは違う、圧倒的な美しさがあった。あれはスクリーンに映った映像などでは無く、紛れも無い本物であると、今までとは違う世界だと私自身が納得してしまっていた。
ここが違う世界だとしたら全てを否定する術を私は持っていない。
だとしたら闇雲に飛び出しても何も出来ないのは間違い無いだろう。死んでしまうことすらあるかもしれない。
そして私には、おじいさんに何を言われても家に帰ることを諦められない。諦められる訳が無い。ならば知識を得るのはきっと無駄にはならないはずだ。
朝、目が覚めてからベットの中で、私は自分で結論を出していた。