これからこうする
覚悟を決めておじいさんに話を切り出す。昨日散々な姿を見せてしまっているので、本日は出来るだけ注意しよう。
ただし、お礼の言葉から始まった私の話は直ぐに遮られることになった。おじいさんの気に食わないの一言によって、いきなり話がストップする。
昨日は私があんな姿を見せてもスルーしていたのに、いったい今日はそれを上回るどんな問題があったと言うのだろうか。
「話し方が間怠っこしい」
どうやら私の話し方に問題があったようだ。
しばらく説得を試みたのだけど何を言ってもおじいさんは譲ってくれず、結局私が尊敬語を丁寧語にまで落とすことによって決着した。
せっかく決めた覚悟も何となく萎んでしまい、戸惑ったまま話を続けることになった。
「魔力って、どうやって勉強したら良いんでしょうか?」
「魔力を学ぶ必要は無い。君はすでに使っている」
何か変なことを聞いた、やる気もいきなり頓挫する。
思い出せば、確かに昨日おじいさんはそんなことを言ってはいた。
ただし、私には魔力なんてものを使っている自覚は無いので困惑することしか出来ない。というか、今だ魔力に対して半信半疑なのだ。
しかし学ぶことによって、いつか帰れるのではないだろうかという期待はある。可能性に賭けるためにも、とりあえず話を先に進めよう。
「では私は何をしたら良いんでしょうか?」
「術式の構成だ」
おじいさんはすでに眉間にしわを寄せていたが、私の眉間にもしわが寄る。
「昨日は確か、魔術は魔力を使うためのものだって言ってましたよね」
「魔力のある存在の多くは、誰に教わらずとも自分で力の使い方を知っている。だが術式を使うことによって、同じ魔力でもより大きな力を制御出来るようになる」
「私も魔力の使い方を知っているってことでしょうか?」
「そうだ。無意識だとしても、魔力が私に声を届けたいという思いに反応して作用した」
ちょっと聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「無意識にとか危なくはないですか。魔力って他のことも出来るんですよね」
「だから学べ。理解が進めば制御出来るようになる」
それはつまり危ないってことですよね。
ひょっとしなくても、今の状態のままだと他の人が居る場所に行くのもまずいんだろうか。
「何をすれば良いんですか?」
「本を読め。文字も言葉と同じように理解出来ているはずだ。分からないことは聞け」
一から十まで教えるつもりは無いということですね、おじいさん。そういえば、
「おじいさんは何をしているんですか?」
「私は研究をしている。この召還具をやる。私が研究しているときはこれを使え」
そう言うと、銀色に光るものをテーブルに置いた。
手には何も持っていないようだったのに、これはどこから出したんだろうか。
「これは何でしょうか?」
「召還具だ。魔力を込めて呼べば力あるものに届き、現れる」
何が現れるんだろう。現れたものが助けてくれるっていうことで良いんだろうか。というか研究中は教えてくれないんですね。
光るものに手を伸ばし持ち上げてみる。それは銀色をした幅広の輪っかだった。
見た目は完全に鈍い光を反射する金属で、触れた感じも金属そのものである。なのに金属の重さを想像しながら持ち上げた私が拍子抜けするくらいに軽かった。
直系が15cmくらいで、幅が2cmくらい。繋ぎ目が無い完全な円を描いていて、はみ出そうなくらい大きな赤い宝石が付いている。濡れたように光る銀色にも人を惹きつける魅力があった。
ただし中途半端な大きさである。腕輪とするには大きく、繋ぎ目が無いのでチョーカーのように首にするわけにもいかない。持ち歩くしかないように思える。
しかし、それら全てよりも気になることがある。
「すごい高そうなんですが・・・」
「そうでもない。その召還具にはすでに術式が組み込まれている。後は願うだけだ」
言葉一つで流された。
これに付いている宝石はとてもガラス玉には見えないので、無くしたり傷付けたりしたら大変なことになりそうである。だけどこれを受け取らないという選択肢は私には無さそうだ。管理には十分気を付けることにしよう。
私は自分を納得させるために大きく頷いて、おじいさんにお礼を言った。
おそらくこれがあれば、私にも勉強を補佐してくれる誰かを呼ぶことが出来るのだろう。おじいさんはこちらのことに不慣れな私に気を使ってくれたのだ。
間違っても自分が全て教えるのが面倒だと考えたわけではない、はずだ。
「私にそんなことが出来るんですか?」
「出来る。大きな魔力があれば出来無いほうがおかしい」
知りませんよ、そんなこと。ちょっと嬉しかったのをいきなり落とされて微妙な気持ちになった。
「どうやって使うんですか?」
「腕輪だ。今の状態なら勝手に魔力が取り込まれるので、腕にはめて呼ぶだけだ」
どう見てもこれは私の手首の何倍もの太さがある。確かにこの中に手を突っ込むことは簡単だろうけど、明らかにすっぽ抜ける太さである。どうしようこれ。
「腕を入れろ」
これをはめたまま行動するのは大変だと思う。
しぶしぶ腕を入れた。
するといきなりきゅっと絞まった。金属なのに私の手首にぴったりフィット。
驚きは言葉に出なかった。
悲鳴は上げなかったと思うけど、それは驚かなかったからでは無い。驚きすぎて言葉が出なかっただけだ。たっぷり数秒は鳥肌を立てて固まった。
持っていた時には、重さはともかく金属のような硬さが確かにあったのに、今のこれは違う。不思議なほどの弾力がある。テーブルと同じように、というかそれ以上におかしい、硬いのに柔らかい不思議材質だ。
恐る恐るおじいさんを見ると、大きく頷いていた。そして満足げに教えてくれる。
この腕輪にはそういう術式が組み込んである、らしい。はめたい時、抜きたい時には思うだけで広がり抜ける、らしい。
思わず直ぐにでも外したくなった。痛くはなかったがそういう問題ではない。
魔術って何でもありだ。おじいさんの顔を疑視してしまう。なぜ私がこの世界に不慣れだと知っているのに説明してくれないのだろう。投げ捨てなかった私は褒められても良いはずだと思う。
私は恐る恐る自分の手首を見る。正確には手首にはまっている腕輪を。これも可能性なのだ。
「だが、その前に大事なことがある」
おじいさんは改まって私に向き直った。私も腕輪に向けていた意識をおじいさんに戻す。
「私に師事するなら、その呼び名を改めろ」
「分かりました、先生」
密かに気にしていたようだ。諦めたわけでも、慣れたわけでもなかったのか。