柚子のやつってば、お世話されるのが好きなんだから
以前エッセイとして、東北の地で柚子を育ててみようかと思っていることは述べた。
雪の重みで深刻な枝折れを起こした2025年2月の反省をふまえて、26年冬は雪囲いもした。
かくして。柚子は今年は、枝折れなく冬を越え、春とともに新芽を出しはじめたのだ。心配はしていたため、柚子が元気なようでホッとしたし、また、嬉しかった。
そして、これも昨年の反省の一つとして、あんまり放置しておくとアゲハチョウ、ないしクロアゲハの幼虫を呼び寄せてしまい葉が次々食われるということも学んだので、今年は雪囲いを外してからは、3日に一度は柚子の木の様子をみることにした。
そうして、柚子の木というのは思いのほか、手間のかかる樹木であることを私は思い知ったのだ。
「あれ〜っ、こんなところからも新芽が」
ひとりごちながら、柚子の木をぐるりと眺めまわす。もちろん上へ伸びる主幹の先端からは新芽が出る。これはいいのだが、どうにも地面際、地表から指3本分くらいのところに次々新芽が出てくる。ここから枝を伸ばすとただただ育てづらくなる一方なので、下から伸びる新芽は芽が見えるたびに芽かきをして取り除いた。うーむ不思議だ。なんで柚子はこんなに下から新芽を伸ばそうとするのだろうか。
「おわっ、お前……大人気だな」
去年はおろそかになったアゲハチョウの幼虫も、卵の状態でかきとって葉っぱへのダメージを回避したい……のだが、マメに見ていると、卵を産み付けられる頻度が尋常ではないのには驚いた。
4月半ばころは、毎日毎日アゲハチョウの黄色い小さな卵が葉っぱに産み付けられているのだ。念入りに探して孵化する前に取り除く。すると翌日の夕方ころにはまたもアゲハチョウの卵が産み付けられているのだ。そんなにも柚子の木というのは、アゲハチョウにとって魅力的な食草なのだろうか。同じミカン科ならば、山椒の木がそこら中にあるのだからそっちを当たってほしいと思うのだが、5月に入るまで結局ほぼ毎日手作業で取り除く羽目になった。害虫であれ害獣であれ、好きなものに対する執念のようなものはすさまじいなと改めて思わされた。
さて、虫の被害とはアゲハチョウだけではない。
「んー!?お前らもこっち来るのか」
暇庭が思わず声を上げてしまったのは、春の厄介者、アブラムシだ。
アブラムシは、ご存知とは思うが植物の新芽を好む。個人的には梅の木や桜の新芽などにたかっているイメージが強い。それが、柚子の木にも容赦なく襲来すると知ったのは今回がはじめてだ。
仕方なく、葉ダニ用の殺虫剤を霧吹きに入れて吹きかけてやる。続々と集まってきていたアブラムシは、ひとまずその処理で落ち着いた。
柚子の木について面白い発見がもう一つ。柚子とは柑橘の中では本当に水が好きな樹種だ。
せっかく出した新芽は、4月末から5月半ばまで続いた乾燥でピタリと動きを止めてしまった。成長が再開したのはついここ4、5日のこと。まとまった雨があり十分な水分量が行き渡って初めて、ちゃんと新芽が伸びて葉っぱが出てきてのびのびと育つ姿になってきたのだ。
「お前は世話されるの好きだなあ」
笑いながらようよう1メートル20センチほどに背丈が伸びた柚子の木を冷やかしてやる。世話をされないとすねてしまってうまく育たない木というのは意外とある。果樹ならリンゴも毎日の丁寧な世話が必要とされるし、藤の花なんかもちゃんと世話ができないと年を追うごとに花がみすぼらしくなったりする。柚子の木というのはそういう、ちゃんとした世話を必要とする部類の木なのだな、と思った。困ったと言えば困ったものだが、それが可愛げに見えることも多々ある。少なくとも今は、うちの柚子の木のことは可愛くて仕方がない。まったく。世話の焼けるやつめ。素敵な花を咲かせて、素晴らしい実をつけるときを待っているからな。世話は私が手のまわる限りやってやろう。だから元気に育ってくれよ。暇庭との約束だぞ。
前に書いた東北で柚子を育てようシリーズ2本目。
害虫と水分の世話がなかなかシビアなのは新しい発見だった。去年よりは少し時間をかけて柚子の世話ができると思うので、こんな感じでとにかく3日に一度はよくよく様子をみるようにしたい。先は長い。焦らないことだ。




