表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ただ何となく、キスから始まる強制の恋

作者: 3太郎
掲載日:2026/03/26

別に、強くそう思ったわけでもなく、ただ何となくだった。


それが「ただ何となく」と、もう言えなくなった状態になってきた。それが今日あたりかなと漠然と思った。


この日はなぜか、いつも一緒に帰る内山田の姿がもうなかった。そういえば、一時間目の休み時間に、内山田に今日は急ぎの用事があるからと、伝えられたことを記憶の箱から引っ張り出した。




ああ、と、納得して今日は一人だし本屋にでも寄って帰るかと内山田のいない寂しさを、紛らわせようとした。




いざ帰ろうかと雑多な教室を出たときに、三上智子に呼び止められた。嫌なヤツに捕まったと、顔がひきつるのを仏頂面までで食い止めた。




「滝沢君、ちょっといい?」と、断りにくい調子で言われた。両端の三上智子の子分が気だるそうに、僕の行く手を遮る。


僕は「えっ……うん」と、曖昧に返事をして、呼び止められた理由を考えながら三上智子の後について行く。


この三上智子はいわゆる、二軍女子で、僕はすでにこの瞬間からこの後の展開を、何となく理解できた。全くこういう面倒臭い状況をわざわざ作って、お膳立てする女子を、僕はかなり苦手としていた。


このあと登場するであろう女子よりもだ。


だだっ広い雑草の手入れが行き届いていない、蚊が今にも僕の肌に吸い付いてきそうな薄暗い校舎裏。


早くも蚊が寄ってきたのを、目の端で確認した。僕は手短に済まそうと、腕に寄ってくる蚊を右手で払った。




壁の死角から、上田桃が三上智子に手を引かれて出てきた。もう臭い演技が始まっている、それをじっと目で追った。


やはり、今日あたりの勘は当たっていた。




横にいる三上智子に上田桃が視線を送ると、三上智子と子分は消えるように背景に溶けていなくなった。


「ごめん、呼び出したりして……」と、上田が上目遣いで僕を見る。潤んだ瞳がわざとらしい。




「いや、」と、僕が話そうとしたのを待たずに、




「この前、聡子から聞いたんだけど」と上田桃が言った。




ああ、やっぱり、あのおしゃべりか。僕は頭を搔いた。




一か月前、他校との試合の帰りのバスで、初勝利に浮かれていた僕は、マネージャーの岩田聡子との談笑で、思わず上田桃のことを話題に出した。


それがいつの間にか、僕が上田桃が好きという話に変わっていた。岩田聡子の奴が勘違いしてそういう話になったのだろうけれど、まさか尾ひれがついて上田の耳にまで入とは、思っていなかった。


もっと早く誤解であることを伝えればよかったと、後悔した。




今日、現代国語の授業で習った、「後悔先に立たず」という言葉を思い出した。




そして、内山田が好きな女子が上田桃だった。




「うん」と軽く頷いた後、僕は、今日、内山田が先に帰ったのは、このことが原因だったのではないかと、思った。いやな汗が一気に額に滲む。


もしそうなら、誤解を解かないと思い直した。




そして、「滝沢君、私のこと好きって聞いたんだけど」と、上田桃が頬を赤くして、口元を緩めて微笑んでいる。


やはり、もう、ただ何となくの状況はとっくに過ぎている。僕が先送りしたことで、誤解が誤解を生み出していた。内山田の気持ちを知ってるので、上田桃にはそのことは言えないし、そもそも、僕は上田桃が好きではないし、内山田のこと思うと、どう断るのが最善か答えは出なかった。




「それ、岩田聡子から?」僕は取り敢えず一呼吸間を作った。




「うん…」と上田桃は答えた。伏目がちの、くるりと上がった長いまつ毛に目がいく。


俯く上田桃を見て、僕は初めて、上田桃が可愛いと思った──


そして、何故か、鼓動が早くなった。


溜まった唾をゆっくり飲み込む。ゴクリと音が聞こえそうなくらい、周りは静かだった。




湿った土を踏む音が近づいてくる。


目の前に上田桃の綺麗な顔があった。


このままキスできそうな距離。上田桃のシャンプーのいい香りが鼻に入ってきた。




僕はゆっくりと目を閉じた。


柔らかさだけが、はっきりと伝わってきた。


緊張から体は硬直しているのに、鼻と唇だけが意識を持っていた。




目を開けて、今度は僕から近づいて、もう一度、キスをした。


午後の爽やかな風が髪を揺らし、唇にはまだ湿り気が残っていた。




あれから時間がもう随分と経った気がして、枕に頭を沈めながらスマホの時刻を確認すると、まだ午後四時半だった。今日はやけに時間の流れが遅く感じる。無理もない。ああいう事があった直後なのだから。唇を舌でなぞると、まだ感触が残っている気がした。仰向けになり枕に顔と唇をうずめた。




バイブレーションが掌に伝わる。内山田からのLINEのメッセージだ。




「うん、そっか。分かった」と短い文が打ち込まれていた。


その文字を見て、背徳と安堵がいっぺんに、胸に張り付いていた、モヤモヤした重たい感情を軽くしてくれた。






それから数か月経った、夏のおわりを告げる最終日の市民プールに行った帰り道。


内山田が僕をからかう。


「童貞を捨てる前に終わっちゃう奴には聞いてもなぁ」と。


「あの時、三上から上田がお前に告白するから先に返って欲しいって頼まれたんだ、今さら言うけどさ、そして、お前が断ってくれると思ってたら、キスまでやったってLINE来てビックリしたけど、マジで泣いたんだぜ、俺は。でも、正直に話してくてたから許したのに、直ぐ上田と別れるんだから」と、今さらの真実を訊かされた。




失恋がやっと癒えて恋人ができた(それも二軍女子の三上)内山田には二軍と言ってることは内緒だ…




そして、僕の恋は泡のように、一瞬に終わりを迎えていた。


フラれた理由は僕が雄(♂)として見られなかったという、ビッチ的なものだった。




「キスもしてねえ、奴に言われたくない」と僕は返した。が、内山田は得意げに笑って見せた。




もう、キスまでは済ませたようだった。




ただの何となくが、やはり男には、キスまで燃え上がらす燃料になることを、早い内から学んだことは人生においてはよかったと、思わずにはいられないのだった。




おわり



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ