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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第五章 ―択捉の予兆、道雪の決断―

一 北方四島測量開始

永禄三年、冬。

「天鷹」は蝦夷地の沿岸調査を三日で終え、北東へ針路を取った。

目指すは北方四島。

択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島——後の世界で日本とロシアの間に深い棘を残すことになる島々が、この時代にはまだ誰にも知られぬまま、冬の海に静かに横たわっていた。

「海況は荒れています」と航海士が言った。「北方の海は、冬が最も厳しい」

「わかっている」と白石は答えた。「無理はしない。危険と判断したらすぐ引く。だが行けるところまで行く」

「天鷹」は波に揺れながら北東へ進んだ。

気温が下がった。甲板に出ると息が白くなり、手すりに触れた手が痛いほど冷たい。水兵たちは支給された防寒装備を着込み、それでも口々に寒さを呻いた。

二日後、艦の前方に黒い影が現れた。

「国後島、確認」と見張りが報告した。

「続いて、東方に——択捉島、見えます」

白石は双眼鏡を手に取った。

荒々しい山岳地形が、灰色の空の下に連なっている。断崖絶壁が海に落ち込み、白い波が激しく砕けている。生命の気配が希薄な、原始のままの大地だ。

「美しいな」と白石は呟いた。

副長の藤崎が横に立った。「どちらから測量しますか」

「択捉から始める。最大の島だ。ここの地形と資源の実態を把握することが最優先だ」

「上陸ポイントは?」

「ドローンで先行偵察する。安全な入江を探せ」


翌朝、ドローンの映像が艦橋のモニターに映し出された。

択捉島の地形が鮮明に確認できた。山が多く、平地は限られている。しかし南部に比較的穏やかな湾があり、上陸可能な浜が広がっていた。

「ここだ」と白石は言った。「南部の湾——この浜に上陸する」

上陸班は白石を含む八名。測量機器、地質調査のためのサンプル採取道具、食料三日分、医療品、そして通信機器。武器は護身用の拳銃のみ、携行するが見えないよう装備した。

小舟が浜に乗り上げた。

白石が最初に足を踏み入れた。

砂利の浜に、ブーツが沈む音がした。

風が強かった。塩の匂いと、土の匂いと、針葉樹の匂いが混ざり合っている。

「——誰もいないな」

藤崎が周囲を見回した。「当然か。この時代、ここには誰も」

「一応警戒は怠るな」と白石は言った。「測量班は北へ。地質班は浜に沿って東へ。一時間後にここへ戻る」

「了解」

班が散った。

白石は測量機器を手に、島の内部へ向かって歩き始めた。


三十分ほど歩いたところで、白石は足を止めた。

森の中に入っていた。樹齢数百年はあろうかという巨木が立ち並び、その根元を苔が覆っている。足元には雪が残り、踏み込むたびにざくざくと音がした。

熊の痕跡があった。爪痕が木に深く刻まれている。

(大きいな)

白石は周囲を警戒しながら進んだ。

そして——

森が開けた場所に出た瞬間、白石は立ち止まった。

目の前に、湖があった。

火山性の、深いコバルトブルーの湖だ。湖面が風に揺れ、その色が刻一刻と変わっている。深い青、緑がかった青、そして光の当たる場所では透き通った水色。

湖の周囲を針葉樹の森が囲み、遠くに雪を被った山が見えた。

白石は長い間、動けなかった。

(こんなものが——あったのか)

後世に「秘湖」と呼ばれることになる択捉の湖のひとつだ。その美しさの前に、三十八年の軍人人生で培った冷静さが、わずかに揺らいだ。

だがそれは束の間のことだった。

次の瞬間、白石の目が鋭くなった。

湖畔に——何かあった。


湖畔の南岸。

雪の上に、足跡があった。

人間の足跡だ。しかも——一種類ではない。複数の人間が、比較的最近ここを歩いた痕跡がある。

(アイヌか?)

白石はしゃがみ込んで足跡を観察した。

足跡の形が、蝦夷地で見たアイヌの人々の履物と似ている。しかし足跡の間隔が広く、歩幅が大きい。大人の男、複数名。

(猟のために入り込んできた?)

白石は足跡を辿った。

湖畔を半周したところで、足跡は森の奥へ続いていた。

そこに——粗末な造りの小屋があった。

丸太を組み合わせた、一時的な猟師小屋のようなものだ。入口に毛皮が垂れていた。中から煙が出ている。

(人がいる)

白石は緊張しながらも、慎重に近づいた。

小屋から三メートルほどの距離で足を止め、大きく声を上げた。

「——誰かいますか!」

毛皮の幕が揺れた。

そして——小屋の中から、人が出てきた。

老人だった。

白髪に長い髭。厚い毛皮の着物を重ね着している。目が鋭く、顔の皺が深い。

アイヌの、老人だ。

老人は白石を見た。

驚いた様子はなかった。まるで最初から来ることを知っていたかのような、静かな目をしていた。

二人は長い間、無言で向き合った。

やがて老人が口を開いた。

言葉はわからない。だが老人は白石を手招きした。

小屋の中に入れ、ということだろう。

白石は一瞬躊躇した。

だが——蝦夷地での経験が背中を押した。

(信頼は、信頼から始まる)

白石は小屋の中へ入った。


小屋の中央で小さな火が燃えていた。

老人は火の向こうに座り、白石に向かい側を示した。

二人で火を挟んで座った。

老人は椀を取り出し、湯を入れて白石に差し出した。木の実と何かを煮出したものだろうか、淡い色の飲み物が揺れていた。

白石は両手で受け取り、一口飲んだ。

温かかった。

老人がゆっくりと語り始めた。

白石には意味がわからない。しかし老人の語調は穏やかで、低く、揺れる火の音と混ざり合うように続いた。

白石は通信機を取り出した。

「——少し待ってください」

そう言いながら、音声を録音した。

「失礼します」と白石は言い、端末を老人に向けた。「あなたの言葉を、記録させてください」

老人は端末を不思議そうに見たが、拒否はしなかった。

そして再び語り始めた。

白石には意味が掴めなかった。だが一つのことだけが、言語を超えて伝わってきた。

老人は怒っていない。警戒していない。

ただ——伝えたいことがある。

その目が、そう言っていた。


小屋を出た後、白石は録音データを即座に「天鷹」へ送信した。

「天元への転送を頼む。アイヌ語の分析だ」

「了解です」

上陸班が集結した浜に戻ると、地質班の中島が興奮した顔で待っていた。

「白石中佐!浜の東部で、露頭を確認しました」

「露頭?」

「石炭です。地表近くに石炭層が露出しています。おそらく——この島の地下には相当な埋蔵量があるかと」

白石の目が鋭くなった。

「他には」

「硫黄の噴気も確認しました。火山性の地熱資源が豊富です。それと——」中島が声を落とした。「浜の砂の中に、砂金が混じっています」

「……」

白石は浜を見渡した。

荒涼とした冬の浜。しかしその足元に、眠っている富がある。

「全て記録しろ。詳細なサンプルを採取して艦に持ち帰る」

「はい」

白石は北の空を見た。

老人の声が、まだ耳に残っていた。


艦に戻った白石は、詳細な報告書を作成し、鳳凰寺城へ送信した。

老人との遭遇。石炭の露頭。砂金。硫黄。火山性地熱。

そして最後に、白石は一行を付け加えた。

「この島には、まだ誰も傷つけていない自然があります。我々が踏み込む際には、十分な慎重さが必要と判断します」


鳳凰寺城で報告を受け取った時貞は、しばらく何も言わなかった。

成瀬が横から報告書を覗いた。「石炭と砂金……これは」

「わかっている」と時貞は言った。

「択捉だけではない。北方四島全体、そして将来的にはサハリン、カムチャッカ半島、アラスカ——この北太平洋の弧全体に、恐ろしいほどの地下資源が眠っている。石油、天然ガス、石炭、金、銀、銅、レアメタル——」

「それを」

「将来的に全て、鳳凰寺の国力に変える」

時貞は報告書の最後の一行を再度読んだ。

白石の言葉。この島には、まだ誰も傷つけていない自然があります。

「白石は正しい」と時貞は静かに言った。「資源を取るのは、関係を築いてからだ。まず測量。次に基地の建設。そしてアイヌとの信頼関係。この順番を絶対に崩すな」

「御意」

「それと——老人の音声データを天元に解析させてくれ。アイヌ語の解読を急ぐ」

「既に処理中です」と天元が答えた。「初期解析では、老人の言葉に『南から来た者』『火』『新しい風』という語彙が含まれている可能性があります。完全な解析には更にデータが必要です」

「南から来た者——俺たちのことを言っているのかもしれない」

「その可能性があります」

琢磨は窓の外を見た。冬の海が灰色に広がっている。

(老人は何を伝えたかったんだろう)

答えはまだ、北の風の中に眠っていた。


二 九州外交方針、策定

同じ頃、鳳凰寺城の参謀室。

九州担当の幹部が集まっていた。

浜村清が地図を広げた。九州の詳細図だ。大友、島津、龍造寺の勢力範囲が色分けされている。

「現状をまとめます」と浜村は言った。「大友宗麟は豊後を中心に北九州を支配。南蛮貿易に積極的で、キリスト教への傾倒が強まっています。軍事的には強大ですが、内部に宗教対立の芽があります」

「島津は?」と琢磨が問うた。

「薩摩から北上を続けています。戦闘力は九州随一。島津義久が当主として安定した統治をしています。ただし他国との交渉より武力を好む傾向がある」

「龍造寺は」

「肥前の隆信が急速に膨張中。まだ小勢力ですが、今後十年で九州の主役の一角になります。野心家で、猛将の評判です」

時貞は三者の位置を見比べた。

「三者が消耗し合っている今が、介入の最適なタイミングだ。だが——直接的な軍事介入はまだしない」

「では?」と木島陸軍司令官が言った。

「外交だ」と時貞は答えた。「まず貿易から入る」

「貿易?」

「南蛮人がやっていることを見ればいい。彼らはまず商人として入る。利益を見せる。関係を作る。そしてじわじわと影響力を広げる。俺たちはその逆をやる——利益は与えるが、依存させない。対等な関係として入る」

浜村が頷いた。「具体的には」

「鳳凰寺七島から博多への定期便を開設する。表向きは貿易船だ。七島の特産品——実態は二十一世紀の技術で作られた高品質の薬、布、道具類——を持ち込む。特に医薬品は効果が目に見える。信頼を作るのに最適だ」

「博多の商人と組みますか」

「そうだ。最初は商人。次に豪族。そして大名へ——段階的に関係を広げていく。大友、島津、龍造寺の誰かに肩入れするのではなく、全方位に等距離で接する。全員と貿易関係を結ぶ」

成瀬が腕を組んだ。「三者が競合している中で、全員と取引するのは難しくありませんか。どちらかに売れば、反対側の敵になる」

「だから医薬品を中心にする」と琢磨は言った。「武器は売らない。戦に使えない物資だけを扱う。薬、布、食料。敵同士でも薬は必要だ。この建前が通る限り、全方位外交は維持できる」

浜村が目を輝かせた。「なるほど……医薬品を軸にすれば、人道的立場を保てます」

「そしてもう一つの狙いがある」と琢磨は続けた。「南蛮人の影響力を削ぐことだ」

「どういうことですか」

「大友宗麟はキリスト教に傾倒し、南蛮との貿易に頼り始めている。ポルトガルやスペインが九州に根を張れば、将来的に日本の内政に介入してくる。それを防ぐためには、彼らより優れた代替品を先に提供することだ。南蛮人でなくても、同等以上のものが手に入るとわかれば——大名たちは南蛮に頼らなくてよくなる」

室内が静まり返った。

全員が時貞の言葉の意味を、ゆっくりと消化していた。

「——そして」と時貞は最後に言った。「道雪殿との関係を大切にする。九州に鳳凰寺の意図を正確に理解してくれる人間がいることが、何より重要だ」


三 道雪の決断

博多、夜。

立花道雪は一人、宿の窓から港を眺めていた。

手の中に、小さな紙がある。

風間から届けられた、鳳凰寺時貞からの伝言だ。

何度も読んだ。

焦りません——その一行が、道雪の頭から離れなかった。

道雪は思い返す。

これまで出会ってきた武将たちのことを。

信長の話は九州にも届いていた。桶狭間で今川義元を討った奇襲。その後の急激な台頭。信長は天才だと道雪は認める。だが信長の欲は、天下そのものに向いている。民のことを考えているかどうかは——疑わしい。

大友宗麟様はどうか。道雪が長年仕えてきた当主だ。キリスト教への傾倒が深まるほど、判断に偏りが生まれている。南蛮の影響が強くなるほど、九州本来の姿から遠ざかっていく気がして——道雪はそれを憂いていた。

(俺は、何のために戦ってきたのか)

乱世を終わらせるために。

民が安心して生きられる世を作るために。

その答えは変わらない。だが——大友家の旗の下でそれが実現できるかどうか、道雪は近頃、確信が持てなくなっていた。

そこへ——鳳凰寺時貞の話が来た。

十二歳の子供。

だが風間の言葉は、本物の重みがあった。あの男は嘘をつかない——道雪の長年の人物眼がそう言っている。

そして伝言の文章。

飾りがない。威圧もない。ただ静かな確信だけがある。

道雪は紙を折りたたんだ。

窓の外、港に灯りが揺れていた。

ポルトガルの商船が一隻、停泊している。白い帆に十字の紋章。あの船の者たちが、九州に何をもたらしているか——道雪は知っていた。技術と商品と、そして信仰という名の楔を。

(あの者たちより、鳳凰寺の方が——)

道雪は立ち上がった。

不自由な足が、重く床を踏んだ。

障子を開け、廊下へ出た。

「誰かいるか」

控えていた従者が現れた。

「風間殿を呼んでくれ」

「……今夜、ですか」

「今夜だ」

従者が駆けていった。

道雪は廊下に立ったまま、夜の空を見上げた。

冬の星が、鋭く輝いている。

「——決めるか」

誰にも聞こえない声で、道雪は呟いた。

それは長い逡巡の末の、静かな言葉だった。


深夜、風間が呼ばれた。

道雪は部屋の中央に座っていた。灯りの下、その顔に迷いはなかった。

「風間殿」

「はい」

「一つ、確認したい」

「何でしょう」

「鳳凰寺時貞は——大友家を滅ぼすつもりか」

風間は答えた。「当主は、無益な破壊を望んでいません。大友家が民の害とならない限り、滅ぼすことは目的ではないと」

「だが、最終的には九州を統一すると言っていた?」

「はい」

「その時、大友家はどうなる」

風間は一瞬考え、そして正直に答えた。「——当主は、降伏した者を丁重に扱うと言っています。殺すのではなく、新しい秩序の中に位置付ける、と」

道雪はしばらく黙っていた。

「……宗麟様への義理がある」とついに道雪は言った。「今すぐ鳳凰寺に走ることは、俺にはできない。それはわかってもらえるか」

「はい、十分に」

「だが——」

道雪の目が、灯りを受けて光った。

「俺はこの九州が、南蛮人の食い物にされるのを望まない。民が無駄に死ぬ乱世が続くことも望まない。もし鳳凰寺時貞が本当に乱世を終わらせる力と意志を持っているなら——」

道雪は言葉を切った。

そして静かに、しかし明確に続けた。

「俺は敵にはならない。その言葉を、当主に伝えてくれ」

風間は深く頭を下げた。

「——確かに、お伝えします」

道雪は窓の外を向いた。

港のポルトガル船の灯りが、まだ揺れていた。

「それから一つだけ伝えてくれ」

「何でしょう」

「早く、顔を見せに来い——と」

道雪の口元に、かすかな笑いが浮かんだ。

それは命令でも要求でもなかった。

ただ——一人の老将が、まだ見ぬ若き主に向けた、率直な言葉だった。


翌朝、風間からの報告が鳳凰寺城に届いた。

時貞はそれを読んで、しばらく何も言わなかった。

成瀬が伺うように横を向いた。

「殿?」

「——道雪が」と時貞はゆっくりと言った。「敵にはならないと言った」

「はい」

「それで十分だ」

時貞は窓を開けた。

冬の海風が吹き込んだ。

髪が揺れた。十二歳の身体が、寒さに少し震えた。

だが目は、遥か遠く——九州の方角を向いていた。

「成瀬。春になったら俺が直接行く」

「九州へ、ですか」

「道雪に会いに行く。早く顔を見せに来い——と言われた。それに応えない理由がない」

成瀬が深く頷いた。「……御意」

波が、遠くで砕けた。

北では白石が、四島の大地を踏みしめている。

南では風間が、九州の闇の中で糸を紡いでいる。

そして七島では、十二歳の身体に三十年の魂を宿した男が、歴史の地図を塗り替えようとしていた。

春は、もうすぐそこまで来ていた。

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