第六十三章 ―鉄の静寂―
一 時貞の怒り
移動戦闘指揮所。
ヤタガラスの映像が、モニターに映し続けていた。
備前の港町。
夜明けの光が、惨状を克明に照らし出していた。
路上に倒れている人々。
燃えた家屋。
立ち上る煙。
そして——城門と木盾に縄で括り付けられた女と子供たち。
時貞は、その映像を見ていた。
動かなかった。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
成瀬が、時貞の横顔を見た。
いつもと——違う顔だった。
「今、俺は——」
時貞の声が、少し止まった。
「——乱世に来て、初めてこんなに怒りを覚えたことはない」
成瀬は何も言わなかった。
「備中の村が燃えた時も、怒った。しかし今は——怒りで頭がおかしくなりそうだ」
時貞の声は静かだった。
それが——怖かった。
怒鳴る声ではなかった。
激しくもなかった。
ただ静かだった。
それが——火の直前の静けさのように見えた。
「女性を——子供を——縄で縛るのか」
その言葉が、部屋に沈んだ。
吉川元春が、拳を握った。
小早川隆景が、視線を落とした。
成瀬が、息を飲んだ。
「俺も行きたいところだが——」と時貞は言った。
少し間があった。
「俺が現場に行ったところで、できることはない。移動戦闘指揮所から指揮する」
そう自分に言い聞かせているように聞こえた。
「それだけだ」
時貞が熊谷に向かって言った。
「天元により詳しい分析を急がせろ。その情報を元にすぐ作戦立案に入れ」
「はっ、直ちに」と熊谷は言った。
「熊谷——」と時貞は言った。
「はい」
「子供を一人も傷つけさせるなよ」
熊谷がしばらく間を置いた。
「——はっ、肝に銘じます」
「頼む」と時貞は言った。
二 宇喜多の陣
宇喜多軍の陣地。
朝の光が、陣に差し込んでいた。
吉井川の戦闘が終わって、陣を引き払う準備をしていた頃だった。
一人の兵士が、直家のもとに走ってきた。
「直家様——大変です」
「何だ」と直家は言った。
「備前の港町近くの城下町が——何者かに攻撃を受けているとの報せが——」
直家の顔が変わった。
「それは誠か」
「はい。詳細は不明ですが——夜中から砲声が聞こえたとの話が——」
「一体誰が」と直家は言った。
低い声で。
「わからないのか?」
「はっ——」
直家が立ち上がった。
「すぐに出立の準備を急げ!」
陣中が慌ただしくなった。
兵士たちが動いた。
馬が引き出された。
武具を持つ者が走った。
その時——別の兵士が駆けてきた。
「直家様——鳳凰寺からの使者が参りました。時貞殿からの書状を持ってきたと——」
「鳳凰寺殿からの書状だと?」
直家は眉をひそめた。
「今はそれどころではないというのに——早く書状を持ってこさせろ!」
書状が持ってこられた。
直家は使者の手から——ひったくるように書状を奪い取った。
開いた。
読んだ。
宇喜多直家殿
此度の件は速さが大事になります。宇喜多軍では現場に到着するまで、時間がかかり過ぎます。口惜しいとは思いますが、此度の件は鳳凰寺にお任せください。
宇喜多殿が鳳凰寺に臣従すれば、その民たちも鳳凰寺の民になるということです。なお、こちらで確認したところ攻撃をしているのは武装した南蛮人たちです。
一人残らず鳳凰寺が殲滅いたしますので、どうかこらえていただきたい。
鳳凰寺時貞。
「武装した——南蛮人だと!」
直家の手が、書状をゆっくりと握りつぶした。
「南蛮人が——どうして備前の民を——」
剛介が横にいた。
「直家様——」
「鳳凰寺殿」と直家は言った。
書状を握ったまま。
「あなたにはどうにかできる手立てが御有りなのか——」
直家は空を見上げた。
鳳凰寺軍が向かっている方向の空を。
何もない空だった。
しかし——直家は見続けた。
「——南蛮人が、備前の民を——」
直家の口元が、固く結ばれた。
感情を、抑えていた。
しかし——抑えきれていない部分があった。
「鳳凰寺——頼んだぞ」
その言葉は、小さかった。
誰にも聞こえない声だった。
しかし確かに、その言葉はあった。
背後では、陣を引き払う宇喜多軍が、慌ただしく動いていた。
三 シルバの回想
城下町の武家地。
朝の光が、破壊された町を照らし始めた頃。
城門の近くに、南蛮人の男が座っていた。
手に酒の入った瓶を持っていた。
名は——シルバといった。
ラウロ・ダ・シルバ。
かつてポルトガル軍の元軍人だった男。
今は商人をやっていた。
金のために戦う男だった。
酒を飲みながら——マカオのことを思い出していた。
あの男が来たのは、数ヶ月前だった。
武器の積み荷を準備していた時だった。
「あなたがラウロ・ダ・シルバ氏ですか?」
振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
上品な服を着ていた。
清潔だった。
「なんだお前は?」とシルバは言った。
警戒していた。
「私は武器商人をしているマウロというものです」と男は言った。
(マウロだと?思いっきり偽名っぽいな?それにしゃべり方が商人と違ってお上品すぎる。何者だコイツ)
シルバは警戒を強めた。
「そのマウロさんがオレに何の用だ?」
「実は——商人仲間のロドリゲス氏から、あなたの計画をお聞きしました」と男は小声で言った。
「あのおしゃべりやヤロー」
シルバが舌打ちした。
「ロドリゲス氏をあまり攻めないでやってほしい。無理して聞き出したのは私なのですから」と男は言った。
「それでオレに何の用だ?」
「日本の猿と遊ぶのに——武器は必要ないですか?我々が遊ぶのに十分すぎるほどの——大砲などの武器と火薬を準備させていただきますよ」
シルバは驚いた。
そしてすぐに——厳しい顔になった。
「その武器と火薬を支払えるだけの金を——残念ながらオレは持ち合わせてないんだがな」
「いえいえ——代金は結構です。無償で提供させていただきます。ただし、猿を一匹でも多く殺していただければ——ですが」
「てめー何が狙いだ?」
シルバの警戒心が最大になった。
「答えは単純です。私どもも鳳凰寺には恨みがあるのです。だからあなたの計画を知ったときに、是非とも協力させていただかなくては——と考えた次第です」
「具体的には?」
「大砲五門、火縄銃は予備含めて五十丁、弾と火薬は十分すぎるほど——ご準備させていただいております」
「ほう——いつまでに準備できる?」
「明日にでも早速——」
(この知的なしゃべり方——正体を隠しているつもりだろうが——宣教師か?それだけの武器を用意して無償で提供となると、コイツの背後にはイエズス会か?はたまた本国の貴族連中が間違いなくいるな?そういう連中も鳳凰寺を敵視しているのか——面白い!!)
「いかがでしょう?」
「確実に今言った武器を明日までに用意できるなら——あんたの要望に応えてやるよ」
「ありがとうございます、ご活躍を期待しております」
マウロが——薄気味悪く笑った。
シルバそんなことを思い出しながら…酒を飲んでいた。
城下町の朝が、彼の周りに広がっていた。
人質の悲鳴が、あちこちで聞こえていた。
配下が、好き勝手にやっていた。
シルバはそれを止めなかった。
「——鳳凰寺、早くきやがれ」とシルバは言った。
「てめーたちの悔しがる様を早くオレに見せやがれ!」
薄気味悪く笑いながら、酒を煽った。
その時——城下町の外から、轟音が聞こえてきた。
低い、重い音だった。
聞いたことのない音だった。
シルバが立ち上がった。
城門に向かった。
外を見た。
「——何だ、あれは」
シルバの配下の一人が言った。
「鉄の馬車が——動いている」
シルバは見た。
城下町の四方の出口に——鉄の巨体が現れていた。
十六式機動戦闘車。
北に二両。
南に二両。
東に二両。
西に二両。
合計八両が——城下町を完全に囲んでいた。
シルバは眉をひそめた。
「——なぜ、鉄の馬車が動いている」
それは彼の知識の範囲外だった。
しかし——その巨体が醸し出す圧迫感は、本能的に理解できた。
「出られない」と配下が言った。
「あの鉄の塊が——全ての出口を塞いでいます」
シルバは黙っていた。
しばらく。
そして——笑った。
「——構わない。人質がいる。鳳凰寺も手は出せない」
しかし——その笑いには、わずかに震えがあった。
城下町の上空を——ヤタガラスが静かに飛んでいた。
全てを見ていた。
全てを記録していた。
四 作戦説明
移動戦闘指揮所。
午前十時。
熊谷と参謀長が、モニターの前に立っていた。
時貞が椅子に座っていた。
成瀬が横に立っていた。
そして——小早川隆景と吉川元春が、並んで座っていた。
「天元からのより詳しい情報の分析が完了し、作戦立案が出来ましたので、上様にご説明させていただきます」と参謀長が言った。
「始めろ」と時貞は言った。
参謀長がモニターを操作した。
城下町の地図が映し出された。
ヤタガラスから得た赤外線映像も並んで表示されていた。
「本作戦は城下町制圧作戦です。作戦名は——『鉄の静寂』作戦とします」
参謀長が続けた。
「基本方針は三つです。一、重火器を使わない。速さと静粛性で制圧する。二、大砲も戦闘機も使わない。三、十六式機動戦闘車と特殊部隊の組み合わせで、人質の被害をゼロに近づける」
参謀長が四段階に分けて説明した。
フェーズ一として、装甲車による城下町の完全包囲を午前中に完了させ、使者による交渉を開始する。
フェーズ二として、夜間に特殊部隊が浸透し、暗視装置とヤタガラスのリアルタイム情報を使って人質を救出しながら傭兵を個別に無力化する。
フェーズ三として、大砲陣地の傭兵を先に無力化し、大砲を使用不能にする。
フェーズ四として、指揮官と思われる人物を最終的に捕縛または排除する。
「——以上が本作戦の全容です」
部屋が静かになった。
隆景が口を開いた。
「——夜に、見えない状態で動くと?」
「はい」と参謀長は言った。
「暗視装置という装備があります。暗闇でも昼間と同じように見えます。しかし敵には、それがありません。完全に——こちらだけが見える状態です」
隆景は黙った。
元春が言った。
「——暗闇の中で、音もなく動く」
「はい」
「敵は気づかないまま——」
「制圧されます」と参謀長は言った。
元春がしばらく間を置いた。
「——それが、鳳凰寺の戦い方か」
その声には、感嘆と——わずかな怖さが混じっていた。
時貞が口を開いた。
「熊谷——それでやれるのか?」
「はっ、やります。全力を尽くします」
時貞は頷いた。
「よし、本作戦を許可する」
そして——時貞の声が変わった。
「ただし——全員無事で戻ってこい。それと町人の安全を最優先事項とし、敵は殲滅しろ。敵に対しては一切遠慮するな。躊躇するな。いいな!!!」
熊谷と参謀長が、時貞に向かって敬礼した。
「はっ!!」
五 フェーズ一、包囲
午前十一時。
鳳凰寺の使者が、城下町の外から声を上げた。
「——中にいる者に告げる。鳳凰寺時貞様より書状を持参した。受け取られたし」
城門の上から、南蛮人が見下ろした。
「——書状だと?」
しばらく間があった。
「持ってこい」
使者が書状を前に進めた。
日本語と、ポルトガル語の両方で書かれていた。
書状の内容は短かった。
「人質を解放すれば、命は取らない。船で出国を認める。これ以上の行いは許さない。鳳凰寺時貞」
書状が城門の中に持ち込まれた。
シルバが受け取った。
読んだ。
ポルトガル語で書かれた部分を。
「——命は取らない、か」
シルバは笑った。
「そんな言葉を信じるとでも思っているのか——猿め」
書状を投げ捨てた。
「断れ。人質がいる限り——こちらが優位だ」
城門の上から、配下が叫んだ。
「——断る!出国など必要ない!人質が欲しければ、鳳凰寺の軍を全て引き上げろ!」
使者が頭を下げた。
「——承りました。お返事は時貞様にお伝えします」
使者が引き下がった。
シルバは城門の上から、外を見た。
鉄の巨体が、四方を囲んでいた。
動いていなかった。
ただ——そこにいた。
それだけだが——圧迫感があった。
(どうやって動いているんだ)
シルバは思った。
(馬もいない。人も押していない。なのに——あれが動いた)
しかし今は——人質がいた。
それが、シルバの最後の武器だった。
夜が来るまで——もてばよかった。
夜になれば、南蛮商船が迎えに来るはずだった。
そうシルバは考えていた。
しかし——ヤタガラスが上空から全てを見ていた。
そして移動指揮所では、天元がリアルタイムで全傭兵の位置を把握していた。
シルバが知らない目が——空から、彼を見つめていた。
六 フェーズ二、夜間浸透
夜が来た。
月がなかった。
城下町が、暗闇に包まれた。
城門の傍に、火が一つ灯っていた。
シルバの配下が、見張りをしていた。
「——静かだな」と見張りの一人が言った。
「昼間あれだけいた鉄の馬車が——何もしてこない」
「人質がいるからだ。手が出せない」
「当然だ。人質さえいれば——」
その声が、途切れた。
見張りの一人が——気づかないままに、静かに後ろに引き倒されていた。
暗闇の中から、影が来ていた。
音がなかった。
完全な暗闇の中で——その影は動いていた。
暗視ゴーグルをつけた鳳凰寺の特殊部隊員だった。
ヤタガラスからのリアルタイムデータが、耳元のイヤホンに届いていた。
「——北東角、見張り二名。左の一名は今制圧完了。右の一名との距離は四メートル」
「了解」と隊員が囁いた。
影が動いた。
右の見張りに近づいた。
見張りは気づかなかった。
暗闇で何も見えなかった。
次の瞬間——見張りが後ろから押さえられた。
口が塞がれた。
首に一瞬の圧力がかかった。
見張りが意識を失った。
「——二名制圧完了。次の目標に移る」
「了解。木盾の位置に接近開始。人質確認。三名が括り付けられている。武装南蛮人との距離は二十メートル。今、武装南蛮人は別の方向を向いている」
「移動する」
特殊部隊の二名が、木盾に近づいた。
完全に音がなかった。
足音がなかった。
暗闇の中を、まるで影のように移動した。
木盾のそばに来た。
括り付けられた人質が——息を飲んだ。
暗闇の中から、突然影が現れたのだ。
「——声を出すな。助けに来た」
ポルトガル語ではなかった。
日本語だった。
人質の目が、暗闇の中で動いた。
「——動くな。縄を切る」
短刀が、縄を切った。
音がほとんどしなかった。
人質の縄が外れた。
「——こちらに来い。静かに。急いで」
人質が、影に従って動いた。
暗闇の中を。
路地を抜けて。
城下町の外へ向かって。
同じ動きが——城下町の別の場所でも、同時に進んでいた。
移動指揮所のモニターが、全体を映し出していた。
赤外線映像が、城下町の内部を克明に示していた。
傭兵を示す光点が、三十数個あった。
人質を示す光点が、百近くあった。
しかし——その百の光点が、少しずつ減っていった。
外に誘導されていた。
「——人質救出、二十名完了」と天元が報告した。
時貞は頷いた。
「——傭兵の異変に気づいた者は?」
「今のところ——ゼロです」と天元は言った。
「静かに進んでいます」
「——続けろ」と時貞は言った。
成瀬が横で言った。
「——音がない」
「そうだ」と時貞は言った。
「鉄の静寂という作戦名の意味が、今わかった」
元春が言った。
「——あの暗闇の中で、静かに動いているのか」
「はい」と天元は言った。
「特殊部隊は現在、十二名が城下町内部で活動中です。傭兵に感知されていません」
元春は黙った。
隆景が言った。
「——これが、鳳凰寺の夜の戦い方なのか」
城下町の内部。
特殊部隊の動きが、加速していた。
木盾の人質を全員救出した後——建物の中に閉じ込められた人質の救出が始まっていた。
ヤタガラスが、建物の中の体温を検知していた。
傭兵がいない建物。
人質だけがいる建物。
その建物から、静かに人質が引き出されていた。
「——この建物、五十名います。武装南蛮人の配置は——東の角に二名。今から二名を無力化します」
「了解、進め」
暗視ゴーグルをつけた隊員が、東の角に向かった。
武装南蛮人が二名、見張りをしていた。
火縄銃を持っていた。
「——見張り確認。接近する」
影が動いた。
最初の武装南蛮人に近づいた。
傭兵は気づかなかった。
背後から、静かに制圧された。
音がなかった。
二人目が——振り返った。
「——クレイ?」
異変に気づいた。
しかし——気づいた瞬間には、隊員が目の前にいた。
火縄銃を振り上げようとした——腕が、止められた。
次の瞬間——二人目の武装南蛮人も、意識を失った。
「——二名制圧完了。建物の解放に入る」
扉が、静かに開けられた。
暗闇の中に、人質たちがいた。
震えていた。
「——声を出すな。助けに来た。静かについて来い」
人質が動き始めた。
五十名が、静かに建物を出た。
路地を通って。
城下町の外へ向かった。
「——人質救出、累計二百名超えました」と天元が報告した。
「——傭兵の感知は?」
「まだゼロです。全く気づいていません」
時貞が口を開いた。
「——よし。次のフェーズに移れ」
「了解しました」と熊谷が答えた。
「フェーズ三——大砲陣地の制圧に入ります」
七 フェーズ三、大砲の無力化
城下町の北側。
フランキ砲が二門、設置されていた。
周囲に、武装南蛮人が三名いた。
「——北の大砲陣地、武装南蛮人三名確認。全員制圧してから大砲を無力化する」
「了解。接近する」
三名の特殊部隊員が、暗闇の中を動いた。
ヤタガラスが武装南蛮人の位置を示していた。
「——A、南から三メートル。B、北から五メートル。C、東から七メートル。A を先に」
「接近」
最初の武装南蛮人に向かった。
武装南蛮人は酒を飲んでいた。
退屈そうに座っていた。
気づかなかった。
背後から、影が来た。
「——っ」
武装南蛮人が倒れた。
残りの二名が、ほぼ同時に制圧された。
「——北陣地、武装南蛮人三名制圧完了。大砲の無力化に入る」
隊員が大砲に近づいた。
暗闇の中で、工具を取り出した。
点火機構に向かった。
「——点火機構を破壊します」
静かな作業が始まった。
五分後。
「——北陣地、大砲二門、無力化完了」
南側でも、同じ作業が進んでいた。
「——南陣地、武装南蛮人四名制圧完了。大砲二門無力化完了」
東側でも。
「——東陣地、武装南蛮人二名制圧完了。大砲一門無力化完了」
五門の大砲が——すべて無力化された。
移動指揮所で、時貞はそれを聞いていた。
「——大砲、全五門無力化完了」と天元が報告した。
時貞が頷いた。
「——残る武装南蛮人は?」
「現在、十二名です。うち八名の位置を把握しています。残り四名の位置は——確認中です」と天元は言った。
「指揮官と思われる人物の位置は」
「——城門付近の建物内部に一名。周囲に武装南蛮人が四名います。この人物が指揮官と判断しています」
「確定ではないが——おそらく」と時貞は言った。
「はい。動きの様子から、指揮する立場にあると判断しています」
「——フェーズ四に移る」と時貞は言った。
「熊谷——最後まで気を抜くな」
「はっ」と熊谷は言った。
八 フェーズ四、指揮官との対峙
シルバは、城門近くの建物の中にいた。
部下が四名、傍にいた。
外の様子がおかしかった。
「——静かすぎる」とシルバは言った。
「さっきから——誰の声も聞こえない」
「見張りを呼んでみましょうか」と部下が言った。
「——呼べ」
部下が外に声をかけた。
「——クレイ!ディエゴ!どこだ!」
返事がなかった。
シルバの顔が引き締まった。
「——出ろ。確認してこい」
部下が二名、外に出た。
暗闇の中に消えた。
シルバは待った。
一分が経った。
二分が経った。
「——戻ってこない」
シルバが立ち上がった。
その時——扉が開いた。
出ていった部下の二名ではなかった。
暗闇の中から、影が現れた。
見慣れない装備をつけていた。
顔に奇妙なものをつけていた。
「——動くな」と影が言った。
日本語だった。
シルバはとっさに火縄銃を向けた。
「——来るな!」
銃声が響いた。
シルバが引き金を引いた。
弾が飛んだ。
影がわずかに動いた。
弾が防弾装備に当たった。
影が止まらなかった。
「——何だ!」
シルバの目が、驚愕に見開かれた。
弾が——効かなかった。
「——装填!」と傍にいた部下に叫んだ。
しかし——部下二名が、すでに別の影に制圧されていた。
「——クソッ!」
シルバが刀を抜いた。
レイピアだった。
細長い刃が、暗闇の中で光った。
「——来い!」
影が近づいてきた。
シルバが刺そうとした。
速かった。
人間の動きとは思えない速さで、影が体を捌いた。
レイピアが空を切った。
次の瞬間——シルバの手首が押さえられた。
力が込められた。
シルバの手から、レイピアが落ちた。
「——っ!」
シルバが体を回した。
肘で影の顔を打とうとした。
防がれた。
足が払われた。
シルバが倒れた。
地面が背中に当たった。
「——放せ!」
しかし——抑えられていた。
動けなかった。
シルバは天井を見上げた。
暗闇だった。
「——終わりか」とシルバは言った。
ポルトガル語で。
誰に向けた言葉かもわからなかった。
静寂があった。
シルバの手が、縛られた。
縛られながら——シルバは考えていた。
(マウロという男に——乗せられたか)
(最後は猿に捕まるとは——)
口元が、かすかに動いた。
それが苦笑いなのか、悔しさなのか——シルバ自身にもわからなかった。
部屋の外で、熊谷が確認していた。
「——指揮官と思われる人物、捕縛」
「——他の武装南蛮人の状況は」
「——最終確認中です。残り六名」
「急げ」
「了解」
暗闇の中で、特殊部隊が動いた。
九 夜明けの静寂
夜明け前。
城下町の各所で、最後の武装南蛮人たちが制圧されていった。
三名が一室に集まっていた。
「——何かがおかしい。なぜ仲間が戻ってこない」
「逃げたのか?」
「いや——あいつらは逃げない。しかし——」
「——動くな」
暗闇から声がした。
三名が一斉に振り返った。
そこに——影が三つあった。
「——武器を置け。命は取らない」
三名が顔を見合わせた。
一人が銃を構えた。
次の瞬間——銃が手から飛んだ。
痛みがあった。
手が痺れた。
「——降伏しろ」
三名は——降伏した。
城下町の別の場所でも、同じような場面が繰り返されていた。
そして——夜明け前に。
全ての武装南蛮人が制圧された。
死亡した武装南蛮人が28名。
捕縛された者が残りの全員。
大砲五門——すべて無力化済み。
人質——千名近く全員が、城下町の外に誘導された。
死亡者はゼロだった。
負傷者は数名の軽傷だった。
移動指揮所。
天元の報告が届いた。
「——作戦完了。武装南蛮人、37名全員制圧完了。人質、全員安全に救出完了。鳳凰寺側の死者ゼロ、軽傷者二名。人質の死者ゼロ。以上です」
部屋が静かになった。
成瀬が、息を吐いた。
元春が、目を閉じた。
隆景が、視線を落とした。
時貞は——何も言わなかった。
しばらく。
「——熊谷」と時貞は言った。
「はい」と熊谷の声が届いた。
「全員——無事か」
「はい。全員無事で戻ります」
時貞は頷いた。
「——よくやった」
その言葉は短かった。
しかし——熊谷には十分だった。
「はっ」
通信が切れた。
時貞は窓の外を見た。
夜明けの空が、少しずつ白んでいた。
備前の空だった。
昨日まで戦場だった空だった。
今は——静かだった。
「——終わったな」と成瀬は言った。
「ああ」と時貞は言った。
しかし——その声には、安堵だけではなかった。
「——南蛮人が、なぜ来たのか」と時貞は言った。
「それが——わからない」
「天元——捕縛した者たちから、情報を得られるか」
「——試みますが、語れる内容は限られると思われます。乗組員と同様に、詳しいことは知らされていない可能性があります」と天元は言った。
「それでも——なにをやっても構わない。必ず情報を聞き出せ」と時貞は言った。
「了解しました」
時貞は空を見続けた。
「——誰かが、この動乱の裏で糸を引いている」と時貞は言った。
「久秀だけではない気がする。大内残党を動かした者………そして——南蛮人を使った者」
成瀬が言った。
「——全部が繋がっているのでしょうか」
「わからない」と時貞は言った。
「しかし——今日はまず、今日のことを終わらせる」
夜明けの光が、窓から差し込んできた。
備前の朝が来た。
長い夜が——終わった。
城下町の外に出た人質たちが、互いに抱き合っていた。
泣いている者がいた。
子供が母親の胸に飛び込んでいた。
その光景を——ヤタガラスが映し出していた。
時貞は、その映像を見た。
「——よかった」と時貞は言った。
声は小さかった。
しかし確かにあった。
「よかった」
備前の夜明けが——静かに広がっていった。
(第六十四章へ続く)




