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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第四章 ―邂逅―

一 蝦夷地の海

永禄三年、冬。

「天鷹」が蝦夷地の南岸に近づいたのは、出港から三十六時間後のことだった。

艦橋から見える景色は、七島とは全く異なっていた。

黒々とした針葉樹の森が海岸線まで迫り、雪を被った山々が内陸に連なっている。空は鉛色に曇り、波は荒く、海の色が深い藍から黒へと変わっている。人の気配がない。文明の気配がない。ただ自然だけがある。

「……広いな」

艦橋で白石蒼一郎が呟いた。

隣に立つ副長の藤崎が双眼鏡を覗いている。「海岸線に沿って立ち上る煙が見えます。東南東、約三キロ。集落かと」

「ドローンを上げてくれ」

「はい」

小型偵察ドローンが甲板から静かに飛び立った。モニターに空撮映像が映し出される。

海岸沿いの平地に、十数棟の建物が集まっていた。チセと呼ばれるアイヌの住居だ。茅葺きの楕円形の屋根、周囲には干した魚や毛皮が並んでいる。浜には数隻の丸木舟が引き上げられていた。

「人数は」

「確認できる人影が……三十名前後。男女混合。警戒している様子はありません」

白石は静かに考えた。

艦を近づけることは避けた方がいい。鉄の巨大な船が突然現れれば、恐怖を与えるだけだ。

「艦は沖合一キロに停泊させる。上陸班を編成する。小舟で行く」

「装備は?」

「最低限の武装で行く」と白石は即座に答えた。「目立つ武装は避けろ。医療班を一名含めた五名編成。それと——通訳を」

「アイヌ語の話者は……」藤崎が顔を曇らせた。「艦内にはおりませんが」

「わかっている」と白石は言った。「通じなくてもいい。身振りと、誠意で行く」


上陸班は白石自身が率いた。

小舟で浜に近づくと、集落の方から人影が出てきた。五、六人の男たちだ。手に弓を持っている者もいる。だが構えてはいない。ただ、じっとこちらを見ている。

白石は舟から降りた時、両手を広げて見せた。

武器がないことを示す、どの文化にも通じるはずの身振りだ。

アイヌの男たちは動かなかった。

白石はゆっくりと近づいた。十メートルほどの距離で足を止め、深々と頭を下げた。

沈黙が続いた。

潮風が吹いた。

そのとき、アイヌの男たちの中から一人が前に出た。五十がらみの、顔に深い皺を刻んだ男だ。口の周りに入れ墨がある。長老格だろう。

男は白石をじっと見た。

それから、口を開いた。

白石には意味がわからなかった。だがその声の調子は——敵意ではなかった。

白石はもう一度、頭を下げた。

男は少しの間黙ってから、白石を手招きした。


集落の中に通された。

チセの内部は思いのほか暖かく、囲炉裏の火が中央で燃えていた。毛皮が敷かれ、木の器が並んでいる。女性と子供たちが遠巻きに見ていた。

言葉は通じない。

だが白石は、持参した品々を一つずつ取り出して見せた。

まず薬だ。傷に塗る軟膏、解熱剤——瓶に入った白い薬を取り出し、自分の腕に少量塗って見せた。害がないことを示すために。

長老は興味深そうにそれを見た。

次に食料だ。七島で作られた干し魚、米。白石は自分で口に入れ、咀嚼した。

長老が隣の男と何か話した。

そして長老は、白石に椀を差し出した。

中には煮た何かが入っていた。白石は一瞬躊躇したが、受け取って口をつけた。

魚と野菜を煮込んだもので、独特の風味があった。悪くなかった。

白石が飲み干すと、長老がわずかに笑った。

その笑いに、白石は深く安堵した。


艦に戻った白石は、即座に通信を開いた。

「白石より鳳凰寺城。蝦夷地の集落と、初の接触完了。友好的な反応を確認」

鳳凰寺城、参謀室。

報告を受けた琢磨は、小さく息を吐いた。

「よかった」

成瀬が隣で頷いた。「白石殿、さすがです」

「言葉は通じていないが、関係の糸口はできた、ということだな」と時貞は言った。「次の課題はアイヌ語の習得だ。成瀬、天元に指示してくれ。アイヌ語の記録と分析を最優先事項として処理するように。記録できた音声データを全部送らせる」

「了解です」

「白石には伝えてくれ。焦るな。毎日少しずつ、顔を見せるだけでいい。信頼は時間をかけて作るものだ、と」


その夜、白石は艦橋に一人立っていた。

蝦夷地の夜は深く暗かった。星が恐ろしいほど多かった。

(こんな夜空は、見たことがなかった)

白石は思う。

彼は元々、この時代の人間——なわけではない。鳳凰寺家の軍人として、七島で生まれ育った。時貞様が創り上げた世界の住人だ。

だが、この広大な大地の前では、何もかもが小さく感じられた。

眼下の海が、風に揺れている。

遠く、集落の灯りがかすかに見えた。

(俺たちは、彼らに何ができるだろう)

医療を持っていく。技術を持っていく。

だがそれは本当に彼らのためになるのか。

白石はその問いに、まだ答えを持っていなかった。

ただ確かなことがあるとすれば——今日、あの長老が見せた笑顔は、本物だった。

それだけで今は十分だと、白石は思うことにした。


二 道雪の問い

博多郊外の、小さな寺。

風間新八郎と立花道雪が向き合っていたのは、初めての邂逅から五日後のことだった。

道雪は出会いの翌日も、その翌日も、同じ飯屋に現れた。風間もそこにいた。二人は最初、当たり障りのない話をした。天気、市場の動き、近隣の寺社の話。

だが三日目から、話の深さが変わり始めた。

道雪は聡い男だった。

風間が何かを隠していることを、最初から見抜いていた。だがそれを急いて暴こうとはしなかった。ただじっくりと、水が石に染み込むように、距離を縮めてきた。

そして五日目、道雪は場所を変えることを提案した。

「もう少し落ち着いて話せる場所がいい」

風間は一瞬迷ったが、頷いた。

寺の庫裏の一室。外から人の声が届かない静かな場所だ。

道雪は床几に腰を下ろした。足は不自由だった——雷に打たれた後遺症だと、後から聞いた——が、その目の光は少しも鈍っていない。

「風間殿」と道雪は言った。「もう回りくどい話はよそう」

「……はい」

「お前さんは鳳凰寺家の者だろう。伊豆沖の、噂の島の」

風間は答えなかった。

「否定しないということは、肯定と受け取る」と道雪は静かに続けた。「この九州まで情報収集に来ている。目的は——大友か、島津か、龍造寺か」

「全てです」と風間は答えた。

道雪が少し目を細めた。「正直な男だ。では聞こう」

道雪は風間をまっすぐに見た。

「お前たちの当主は、いったい何を目指している」

部屋に、静寂が落ちた。

外で鴉が鳴いた。

風間は息を整えた。

この問いが来ることは、わかっていた。そして時貞から、接触が深まった場合には「誠実に答えよ」という指示が出ていた。ただし核心的な技術情報は明かすな、と。

「……一つ、お断りしておきます」と風間は言った。「私が今からお話しすることは、道雪様の常識からすれば、信じがたい内容です。しかし私は嘘をつきません」

道雪は黙って続きを促した。

「我々の当主——鳳凰寺時貞様は、御年十二歳。しかしその智慧と見識は、常人とは異なります。当主はこの乱世の行く末を、まるで既に見てきたかのように語ります。何年後に誰が台頭し、どこで何が起き、この日本がどう変わっていくかを——」

「予言者か」と道雪が言った。皮肉ではなく、純粋な問いとして。

「私にはそう断言できません。ただ、当主の仰ることは、今のところ全て当たっています」

道雪は腕を組んだ。

「それで、その当主は何を目指している」

「日本の統一です」と風間は答えた。「ただし——普通の意味での天下統一ではありません」

「どういう意味だ」

「当主は、日本の外を見ています。この島国の外、海の向こうに、いずれ巨大な脅威が来ると言っています。もうすでに西洋の国々が、世界中を食い物にし始めていると。そしてそれに対抗するために、日本が強くならなければならないと」

道雪の目が、わずかに鋭くなった。

「南蛮人のことか」

「今来ている者たちは、まだ序の口だと当主は言います。本当の波はこれからだ、と」

しばらく道雪は黙っていた。

囲炉裏の火が、ぱちりと音を立てた。

「もう一つ、聞く」と道雪はゆっくりと言った。「その当主は——民のことを、どう考えている」

風間はその問いに、少し驚いた。

戦略でも兵力でも領土でもなく、民のことを真っ先に問う。

(この人は、本当に——)

「当主は」と風間は言った。「戦で民が死ぬことを、極力避けたいと言っています。無駄な消耗戦はしない。力で押し潰すのではなく、まず話し合いを試みる。それでも動かない者だけを、力で制する、と」

「理想論だな」と道雪が言った。

「そうかもしれません」

「だが」と道雪は続けた。「俺は嫌いじゃない」

風間は道雪を見た。

道雪は火を見ていた。その横顔に、何か遠い光が宿っていた。

「俺はな、風間殿。長く戦をしてきた。大友家のために、多くの敵を斬り、多くの味方を失った。その度に思う。この消耗に、意味があるのかと」

「……」

「乱世を終わらせられる者が現れるなら——どこの誰であっても、俺は興味を持つ。たとえそれが、伊豆沖の名も知らぬ島の、十二の子供であっても」

風間は深く頭を下げた。

「……道雪様に、一つお願いがあります」

「何だ」

「我々の当主と、直接お話ししていただけますか。近いうち、使者が参ります。その際に——」

道雪はしばらく考えた。

「……大友家への義理がある。今すぐ鳳凰寺に肩入れするとは言えん」

「それで構いません」

「話を聞くだけなら」と道雪は言った。「断る理由はない」


その夜、風間からの暗号通信が鳳凰寺城に届いた。

琢磨は報告を三回読んだ。

「道雪が話を聞く気になった」

成瀬が興奮を抑えた声で言った。「これは——大きいですぞ、殿。立花道雪といえば九州随一の将。彼が動けば、九州の情勢は一変します」

「まだ動かない」と時貞は言った。「道雪は大友家への義理を持っている。その義理を無理に断ち切らせようとすれば、逆効果だ」

「では」

「俺が直接話す」と時貞は言った。

成瀬が目を丸くした。「殿自らが九州へ?」

「いや。通信でいい」

時貞は天元の端末を立ち上げた。

「天元。風間への返信を作成してくれ。道雪殿への伝言として——」

時貞は少し考えた。

どんな言葉を送るか。

十二歳の子供から、九州随一の老将へ。

言葉は飾らない方がいい。道雪は飾り言葉を嫌うはずだ。

「道雪殿へ。鳳凰寺時貞より。はじめてお名前を知った時から、いつかお話しできればと思っていました。民のために乱世を終わらせたいという志、遠く七島の地においても、深く共鳴するものがあります。いつか直接お目にかかれる日を、楽しみにしています。今は焦りません。道雪殿のお時間のある時に、ゆっくりと」

成瀬が傍らでその言葉を聞いていた。

「……殿、十二歳の文章とは思えません」と小声で言った。

「そうか?」と時貞は苦笑した。


三 それぞれの夜に

同じ夜。

博多郊外の宿で、道雪は風間からの伝言を受け取った。

小さな紙に、細かい文字が並んでいた。

道雪はそれを、灯りの下でゆっくりと読んだ。

一度読んで、もう一度読んだ。

「……」

道雪は長く沈黙した。

焦りません、という一行が、道雪の目に残った。

この乱世で、焦らない者がどれほどいるか。

信長は急いでいる。秀吉という男が頭角を現すと風間から聞いた——その男も、野望のままに急いでいる。みな急いでいる。天下を取るために。名を上げるために。

だが——焦らない、か。

道雪は窓の外を見た。博多の夜が広がっている。遠く、港の灯りが揺れていた。

その向こう、海の先に——伊豆七島があるはずだった。

(十二歳の子供が、そんなことを書くのか)

道雪はかすかに笑った。

それは久しぶりの、柔らかい笑いだった。


同じ夜、蝦夷地の沖。

「天鷹」の甲板で、白石は北の空を見ていた。

暗い空に、突然——光の帯が現れた。

緑と紫と白が混ざり合い、揺れながら空を流れていく。

「……オーロラ」

白石は呟いた。

艦内から甲板に出てきた水兵たちが、一様に言葉を失って空を見上げた。

誰も声を出さなかった。

ただ光が、流れていた。

白石はその光の下に立ちながら、今日出会ったアイヌの長老の笑顔を思い出した。

言葉は通じなかった。

それでも何かが、確かに通じた。

(人間は、どこでも同じなのかもしれない)

光が揺れた。

北の空が、生きているように動いていた。

鳳凰寺家の旅は、まだ始まったばかりだった。


そして七島では、時貞——琢磨——が書見台の前で灯りを消した。

十二歳の身体が眠りを求めている。

だが眠りに落ちる直前、時貞の脳裏には、会ったことのない道雪の顔が浮かんでいた。

歴史書で何度も読んだ名前。

それが今、手の届く場所にある。

(道雪。お前とは、いつか必ず話がしたい)

波の音が、遠くから聞こえていた。

歴史の針は、静かに、しかし確実に、動き続けていた。


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