第五十三章 ―天道、起動―
一 天元の長い報告
永禄九年(1566年)、夏になる少し前。
七島の執務室。
時貞が机に向かっていた。
成瀬が横で書類を整理していた。
いつも通りの朝だった。
「時貞様」と天元が言った。
「何だ」と時貞は答えた。書類から目を上げずに。
「ご報告があります」
「聞いている」
「永禄七年春から九州本拠地の建設開始と同時に着工しました、本拠地の地下深くに天道を設置するというご指示をいただいておりました件ですが——」
「うん」
「こちらの判断で天道設置を最優先事項と判断し、優先的に工事を進めてきた結果、天道の仮設置が完了いたしました。海底ケーブルにて私、天元と接続完了し、私の集積した知識の全てを天道に移植完了しております。あとは時貞様のご了承をいただけますと、天道が起動、稼働状態となります。また、天道は仮設置のため、その稼働出力は五〇から六〇パーセントにとどまります。よって天道稼働後、当面の間は天道の学習を促しながら私、天元の補助として運用することを提案いたします。また、天道を補助として運用した場合、今まで通信のみに限定して使用しておりました多目的軍事衛星群——ヤタガラス・グリッドの使用が一〇〇パーセント可能となります。なお、ヤタガラス・グリッドが使用状態となった場合には、天元と天道は海底ケーブル通信以外に衛星通信が可能となります。時貞様、天道を起動させますか」
沈黙。
時貞は書類を持ったまま、固まっていた。
「……な」と時貞は言った。
「はい」
「長い」
「申し訳ありません。内容が多岐にわたりましたので」
時貞は頭を掻いた。
「そういえば——多目的軍事衛星群なんて設定があったな。すっかり忘れてた」
「上様」と成瀬が言った。
「何だ」
「それは——あまりにぶっちゃけすぎではないでしょうか」
苦笑いの成瀬だった。
時貞はさらに頭を掻いた。
「そういえば四国制圧の時、上空に偵察機飛ばしていたから——なんか変だなーとは思っていたんだよなぁ。まあ、そんなものかな、って思う程度だったんだけどね」
苦笑いの時貞だった。
(大丈夫か、この人)
成瀬は心の中でそう感じた。
「まあ、なにはともあれ——天元の報告通りなら、天道をさっさと起動させちゃって」
なんとか誤魔化そうとする時貞だった。
(この人……今、誤魔化そうとしてないか)
ジト目の成瀬だった。
「………時貞様のご了承を確認いたしました」と天元は言った。
あえてスルーだった。
「天道をこれより起動いたします」
ブォーン。
低い音が、執務室に響いた。
九州の地下深くで、何かが目覚めようとしていた。
「……起動中」
「……起動中」
「……起動中」
「天道、稼働状態となりました」と天元が言った。
「天道稼働により、多目的軍事衛星群——ヤタガラス・グリッドの使用が一〇〇パーセント可能となりました」
時貞と成瀬が、顔を見合わせた。
「……なんか思っていたよりも、簡単だった」と時貞は言った。
「……ですね」と成瀬が同意した。
「天道は無事稼働が確認されました。学習シークエンスに移行、開始されました」と天元は続けた。「なお、天道はまだ起動したばかりですので、私のように会話できるようになるには時間経過が必要となります。ヤタガラス・グリッドも問題なく稼働確認いたしました」
「そういえば」と時貞は言った。
「はい」
「なんで今まで、ヤタガラスは通信機能限定でしか使えなかったの?」
「申し訳ありません」と天元は言った。「私の使用領域圧迫により、使用を限定せざるを得ませんでした」
「まあ、我々は……何かあれば、すぐ天元にいろいろ頼んでいましたからねぇ」
成瀬がしみじみと言った。
「困ったときの天元!なんちゃって……」と時貞は言った。
「上様」と成瀬は言った。
可哀想な人を見る目だった。
「ま、まあ、天道は早く喋れるようになるといいね」
誤魔化す時貞だった。
二 ヤタガラスの全容
「それで」と時貞は気を取り直して言った。「ヤタガラスが完全稼働すると——何が変わる」
「今まで通信に限定していた衛星群が、全機能で使用可能になります」と天元は言った。「具体的には——世界全土の地表観測がリアルタイムで可能になります。四国制圧の時の偵察機の役割を、衛星が担えます。また、気象観測の精度が大幅に向上します。そして天道との衛星通信により、九州と七島の情報共有が即時になります」
「つまり——世界規模で、全地上を、空から見られるようになる?」
「はい」
「それは——すごいな」と時貞は言った。「四国の偵察機を飛ばす必要もなくなる」
「はい。また、播磨や備前の状況も——衛星から観測できます。風間殿の諜報部の補助として、大きな力になります」
「それは——助かる」
時貞は少し間を置いた。
「他には?」
「それだけではありません」と天元は言った。
「何だ」
「ヤタガラス軍事衛星群に搭載されている——大陸間弾道ミサイルをはじめ、核弾頭ミサイルに、衛星群防衛ミサイル等の発射が可能となりました」
時貞が、固まった。
成瀬も、固まった。
部屋が、完全に静止した。
「……なに」と時貞は言った。
「大陸間弾道ミサイルをはじめ——」もう一度言う天元
「聞こえてた」と時貞は言った。「なに?、そのめちゃくちゃな設定……ひくわー」
「確か——時貞様がお造りになられたはずですが」と天元は言った。
時貞は天井を見た。
そうだった。
ゲームの世界では、鳳凰寺家に最強の軍事力を設定していた。
その設定が、そのまま現実になっていたのだ。
「なんかゴメン!」と時貞は言った。
誰に謝っているのかは、よくわからなかった。
成瀬が、さらに可哀想な人を見る目になった。
「上様」と成瀬は言った。
「何だ」
「……核弾頭ミサイルは——使いませんよね」
「使わない使わない」と時貞は即座に言った。「絶対に使わない。そんなもの使ったら日本が消えてしまう」
「では——大陸間弾道ミサイルは」
「使わない。何百年も早い」
「衛星防衛ミサイルは」
「それも——当面は使わない。鳳凰寺の衛星を攻撃できる勢力は、この時代にはいない」
成瀬がため息をついた。
「それでは——ヤタガラスで実際に使うのは」
「観測機能だ」と時貞は言った。「地表観測と気象観測と通信。それだけで十分だ」
「……わかりました」と成瀬は言った。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい」
「ヤタガラスの兵器機能については——俺が直接命令した時のみ使用可能とする。天道も同じ制約を守ってくれ。勝手に使用することは禁止だ」
「了解しました。制約を設定します」
「観測機能については——今日から即座に使ってくれ。風間の諜報部に連携させる」
「了解しました」
三 天道からの最初の声
しばらく後。
執務室に、少し違う音がした。
天元の声とは、少し違う。
低く、まだ安定していない声だった。
「……じ……ょう……」
時貞と成瀬が、顔を上げた。
「……上様……」
「天道か」と時貞は言った。
「……はい……天道……です……」
「喋れるようになってきたのか」
「……まだ……少し……」
時貞は少し笑った。
「急がなくていい。少しずつ覚えていけ」
「……はい……」
天元が言った。「天道の学習が予想より速く進んでいます。ただし完全な稼働まで、まだ時間が必要です。しばらくは私の補助という形でお使いください」
「わかった」と時貞は言った。
「天道」と時貞は呼んだ。
「……はい」
「よろしく頼む。天元と一緒に、鳳凰寺を支えてくれ」
しばらく間があった。
「……はい……」
その声が、少し確かになった気がした。
四 ヤタガラスが見る世界
その日の午後。
風間が執務室に来た。
「上様。天元から連絡がありました。ヤタガラス・グリッドの観測機能を、諜報部に連携させたいとのことで」
「そうだ。今日から使え」と時貞は言った。
「何が変わりますか」と風間が問うた。
「天元」と時貞は呼んだ。
「はい。風間殿に説明します」と天元は言った。「今まで、播磨・備前の情報は、風間殿の諜報部が直接現地に入って収集する必要がありました。しかしヤタガラスが稼働すれば——衛星から地表を観測できます。兵の集結状況。船の動き。城の変化。それら全てが、現地に人を送らずとも把握できます」
風間が少し間を置いた。
「……それは」と風間は言った。「俺の諜報部が——上空から見えるということですか」
「はい」と天元は言った。
「では——敵も、上空から見える」
「はい。鳳凰寺の衛星が見ているものを、敵は見ることができません。完全な一方的な観測です」
風間は少し考えた。
「……それは、今まで俺が血を流して集めていた情報が、空から見えるということですね」
「簡単に言えば、そうです」
風間はしばらく黙った。
「……俺の諜報部員たちは、どうなりますか」と風間は言った。
「なくなりません」と天元は言った。「衛星では見えないものがあります。人の内面。言葉。感情。交渉。そういった、現地でしか得られない情報は、風間殿の諜報活動でなければ取れません。衛星は補助です。風間殿の力を置き換えるものではありません」
風間は少し安堵した顔をした。
「それなら——よかった」と風間は言った。
時貞は風間を見た。
「風間」と時貞は言った。
「はい」
「ヤタガラスは道具だ。お前たちの代わりにはなれない。しかし——一緒に使えば、もっと遠くが見える。そういう道具として使ってくれ」
「はい」と風間は言った。「では早速——備前と播磨の観測を依頼します」
「頼む」
五 中国の空白
その夜。
天元が、ヤタガラスから得た最初の観測報告を出した。
「播磨・備前の状況を報告します」と天元は言った。
「聞かせてくれ」と時貞は言った。
「毛利が臣従したことで、中国地方東部に空白地帯が生まれています。毛利軍が撤退したことで——出雲・伯耆・因幡・美作・備前の各地で、勢力の再編が起きています」
「具体的には」
「まず出雲です。月山富田城の尼子義久が——滅亡寸前でしたが、毛利軍の撤退により、かろうじて生き延びています。城内の兵は少ない。しかし、息をついた状態です」
「毛利が止まったおかげで、尼子が生き残った」
「はい。しかし——尼子は今も、弱体化した状態です。毛利が戻ってくる可能性を恐れながら、動けずにいます」
「伯耆は」
「尼子系の国人と、山名系の国人が、それぞれ動いています。毛利が来ない今、自分たちの領地を固めようとしている者と、誰かに頼ろうとしている者が混在しています」
「因幡は」
「山名豊数が、毛利の脅威が退いたことで、少し動き始めています。しかし山名自体が弱体化しており、大きな動きはできていません」
「備前は」
天元が少し間を置いた。
「備前が——最も複雑です」
「どういう状況だ」
「浦上宗景が備前の実力者として君臨しています。しかしその家臣の宇喜多直家が——台頭し始めています。衛星観測では、宇喜多家の城の整備と、兵の訓練が、急速に進んでいることが確認されています」
「宇喜多直家」と時貞は言った。
「はい。備前の国人。梟雄として知られています。毒殺・暗殺・裏切りで生き延びてきた男です」
「直家の動きの目的は何だと分析する」
「現時点では——不明です」と天元は言った。「しかし、急速な軍備拡張は、何かを計画している可能性を示しています。詳細な分析には、もう少し観測が必要です」
「美作は」と時貞は言った。
「三村家親が毛利側として進出していましたが——毛利軍の撤退により、三村も動きを止めています。美作の国人たちが、空白の中で揺れています」
時貞は地図を見た。
中国地方東部の、複雑な状況が、見えてきた。
「風間」と時貞は呼んだ。
「はい」と風間が来た。
「播磨・備前の諜報を最優先で強化してくれ。特に宇喜多直家の動向を、注意深く見る。ヤタガラスの観測と、忍びの直接情報を組み合わせて」
「はい」
その時、書状が届いた。
官兵衛からだった。
時貞殿へ。
播磨に変化があります。
浦上が不穏な動きを見せています。
備前の宇喜多との関係が、緊張しています。
また——中国地方からの流言が増えています。
「鳳凰寺が次に来る」という声が、各地に広まっています。
俺は今、その声が自然に広まっているものか、誰かが意図的に流しているものか、調べています。
急ぎお伝えします。
黒田官兵衛。
「官兵衛か」と時貞は言った。
「流言が広まっている」と成瀬が言った。
「誰かが意図的に流している可能性がある、と官兵衛は見ている」と時貞は言った。
「天元。ヤタガラスで——流言の発生源を特定できるか」と時貞は問うた。
「衛星では、流言そのものは観測できません」と天元は言った。「しかし——流言が広まっている地域と、人や物の動きを組み合わせることで、発生源の絞り込みは可能です。ただし、時間が必要です」
「やってくれ」と時貞は言った。
「了解しました」
時貞は窓を開けた。
夏になる少し前の風が入ってきた。
「急がない」と時貞は言った。
成瀬が横で聞いた。
「しかし——目を離さない」
「はい」と成瀬は言った。
七島の空の上に——今日から、ヤタガラスが完全稼働していた。
日本全土が、その目の下にあった。
中国地方東部の空白が、静かに、しかし確実に動き始めていた。
時貞は——その動きを、ヤタガラスの目で、見続けていた。
(第五十四章へ続く)
多目的軍事衛星群 ヤタガラス・グリッドがついに稼動となりました。設定自体をすっかり忘れてました(;´Д`A




