第二章 ―天下統一プラン、策定―
永禄三年、晩秋。
鳳凰寺七島・主島、鳳凰寺城本丸の大広間。
四方の壁には世界地図が貼り出されていた。もちろん二十一世紀の精密な地図だ。日本列島から東南アジア、インド洋、ヨーロッパ、アフリカ、そして新大陸まで——この時代の誰も持ち得ない全球的な視野が、一枚の紙の上に広がっている。
鳳凰寺時貞は上座に座り、幹部たちを見渡した。
参謀長・成瀬一郎。海軍司令官・倉橋玄蕃。陸軍司令官・木島隼人。空軍司令官・朝比奈龍介。情報分析官・浜村清。そして壁面パネルの天元。
「今日は、鳳凰寺家の長期戦略を全員で共有する」
時貞は立ち上がり、日本列島の地図の前に歩み寄った。
「まず大前提を確認する。鳳凰寺家は今すぐ日本本土の争いに首を突っ込まない」
木島陸軍司令官が眉を動かした。「それは……なぜでしょうか。我々の戦力があれば」
「戦力の問題じゃない」と時貞は即答した。「補給の問題だ。天元、説明してくれ」
天元の音声が静かに流れた。
「現在の鳳凰寺軍が保有する弾薬、燃料、精密部品の総量は、本格的な大規模陸上戦を継続した場合、推定で半年から一年近くで底をつきます。この時代において消耗品の補充ルートは確立されていません。畿内や関東への侵攻は、技術的優位を持続できる期間が限られており、長期戦になった場合に我々が不利になる可能性があります」
「つまり弾切れになる、ということです」と浜村が補足した。
「そういうことだ」と琢磨は頷いた。「圧倒的な力を持っていても、その力を維持できなければ意味がない。だから今の段階で本州の中央部——畿内や関東には直接的には不干渉を貫く。信長に、秀吉に、家康に、存分に消耗してもらう」
成瀬が低く頷いた。「では我々が目指す方角は——」
「三方向だ」
琢磨は指で地図を叩いた。
最初に指が触れたのは、九州だった。
「第一フェーズ。九州の統一」
「京から最も遠い。畿内の大名たちが直接手を出しにくい地域だ。島津、大友、龍造寺の三者が鼎立して消耗している。そこに我々が介入する」
「海路からの補給と展開が容易という点も大きい」と倉橋海軍司令官が言った。「鳳凰寺七島から九州沿岸への距離は——」
「十分に作戦展開できる」と時貞は頷いた。「しかも九州には南蛮貿易の窓口がある。長崎周辺だ。ポルトガル商人のルートを掌握することで、物資調達の糸口が生まれる。九州は単なる領土拡張じゃなく、補給網の確立が主目的だ」
「戦い方は?」と木島が身を乗り出した。
「力押しはしない。まず情報で相手の内部を揺さぶる。次に海からの示威行動。それでも頑強に抵抗するところだけ、本格的に叩く。九州の大名たちは互いに憎しみ合っている。それを利用する」
浜村が手元の資料に目を落とした。「島津家と大友家は現在、激しく対立しています。どちらかに肩入れする形をとることも——」
「いや」と時貞は静かに言った。「どちらにも肩入れしない。両者を泳がせておいて、疲弊したところを一気に押さえる。どちらかの傘下に入れば、その大名の論理に縛られる。鳳凰寺家は誰の配下にもならない」
「御意」
次に琢磨の指が動いた。日本列島の南西——海の上へ。
「第二フェーズ。琉球と台湾島の領土化」
「琉球は現在、独立した王国として存在している。明との朝貢関係を持ち、東シナ海の中継貿易で栄えている」
「武力制圧を?」と朝比奈空軍司令官が聞いた。
「できれば避けたい。琉球の価値は人ではなく、立地と貿易ルートだ。彼らを滅ぼしても何も得られない。むしろ保護者として関係を結ぶ形が理想だ。鳳凰寺家の海軍が東シナ海を制圧すれば、琉球は自然と我々の傘下に入る」
天元が補足した。「琉球王国の軍事力は限定的です。鳳凰寺海軍による示威航行だけで、交渉テーブルに引き出すことは十分可能と分析されます」
「台湾は?」と倉橋が尋ねた。
「この時代の台湾島は、まだ明の直轄でもなく、大規模な勢力が支配しているわけでもない。先住民族が各地に散在している段階だ」
琢磨は台湾島を指で囲んだ。
「台湾の価値は資源と立地だ。農業に適した広大な平野、森林資源、そして東シナ海と南シナ海を結ぶ要衝に位置する。数十年後にはオランダがここを占拠しようとする。それを先んじて押さえる」
「オランダ……南蛮人ですか」と成瀬が眉を顰めた。
「そうだ。奴らが来る前に、ここは鳳凰寺の土地にする」
時貞の指は今度、地図の北へ向かった。
「第三フェーズ。北海道と北方四島の領土化」
「蝦夷地か」と木島が呟いた。「まだ和人の支配が及んでいない——」
「そうだ。この時代、北海道はアイヌの人々が暮らす土地だ。松前藩がようやく南端に根を張っている程度に過ぎない」
琢磨は北海道をゆっくりと手のひらで押さえた。
「北海道の価値は膨大だ。農地、森林、石炭、水産資源。将来的には工業化の基盤になる。そしてアイヌとの関係については——」
全員の視線が集中した。
「強制的な支配はしない」
朝比奈が少し驚いた顔をした。「それは……」
「彼らはこの土地で長い歴史を生きてきた人々だ。俺たちが勝手に乗り込んで奪う——そういうやり方はしない。共存の形を作る。医療を提供する。技術を共有する。そうして自然に関係を築いていく」
「時間がかかります」と浜村が言った。
「わかっている。だからこそ早く始める」
時貞は指をさらに北東へ滑らせた。
「そして北方四島——択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島。これも同時に領土化する。将来この海域を巡って日本は長い苦しみを抱えることになる。その芽を今のうちに摘んでおく」
成瀬が静かに頷いた。「この先、ロシアという国が東へ膨張してくると?」
「百年後、二百年後の話だ。だが手を打つなら今だ。誰もいない今のうちに、鳳凰寺の旗を立てておく」
そして琢磨の指は、地図の右上——遥か彼方へと伸びた。
大広間に、緊張感が走った。
「第四フェーズ。アリューシャン列島、そしてアラスカ」
しばらく、誰も口を開かなかった。
地図の上で、アリューシャン列島は細い弧を描きながら北太平洋を渡り、北米大陸の北西端へと繋がっている。そしてその先——アラスカ。
「……殿」と成瀬が慎重な声で言った。「それは、日本から遥か遠く——」
「知っている」と時貞は静かに言った。「距離だけで言えば、途方もない話だ。だが聞いてくれ」
彼はアラスカの地域を手のひらで覆った。
「この土地の地下には、信じられないほどの富が眠っている。石油、天然ガス、石炭、鉄、銅、金、銀、レアメタル——この時代の誰も想像しない規模の資源が、凍った大地の下にある。そして将来、この地を最初に押さえた国が、世界に対して圧倒的なエネルギー的優位を持つことになる」
「……それを、我々が手にする」
「そうだ」
「しかし移動手段は——」と朝比奈が言いかけた。
「アリューシャン列島は、千島列島からアラスカへの天然の橋だ。島伝いに展開すれば、船でたどり着ける。この時代、北太平洋にはまだ誰もいない。ロシアの探検家たちがアラスカに到達するのは、早くても百年以上先の話だ」
天元が静かに続けた。「アラスカへの到達は、鳳凰寺海軍の艦艇性能であれば技術的に可能です。ただし補給拠点の段階的な設置が前提条件となります。アリューシャン列島の中間地点に補給基地を建設しながら、順次北東へ展開する計画が現実的と判断されます」
「段階的な前進だ」と琢磨は言った。「急ぐ必要はない。この時代、向こうから奪いに来る者はいない。じっくりと、しかし確実に進める」
成瀬が深く息を吐いた。「……壮大な計画です」
「壮大じゃなければ意味がない」と琢磨は答えた。「西洋の白人たちは今まさに世界を切り取り始めている。スペインが南米を、ポルトガルがアフリカと東南アジアを。彼らは資源と土地と人間を収奪することで、数百年に渡る世界支配の礎を築く。その歴史を俺は知っている」
全員が静まり返った。
「だが、それは決定した未来じゃない。俺たちがいる」
時貞は地図全体を見渡した。九州から琉球、台湾、北海道、北方四島、アリューシャン、アラスカ——それは弧を描くように、太平洋を囲む巨大な版図だった。
「太平洋は、鳳凰寺の海にする」
その夜、時貞は天元の端末に向かった。
幹部たちが下がった後の静かな部屋で、モニターの淡い光だけが照らしている。
「天元。正直に聞かせてくれ。今日の計画、実現可能性は?」
「全フェーズの完全達成まで、最短見積もりで五十年から八十年。現実的な想定では百年規模のプロジェクトになります」
「俺の肉体年齢は今十二歳だ。百年は生きられない」
「はい。ですが、時貞様が作り上げる国家と軍事体制と教育機関が、次世代以降に意志を引き継ぎます。創業者の使命は、完成を見ることではなく、方向を定めることかと」
時貞はしばらく黙っていた。
(そうだな……)
三十年しか生きていない真田琢磨には、百年先の完成など見られない。だが鳳凰寺時貞として、礎を作ることはできる。
「わかった。まず九州から始める。最初の一手を準備してくれ」
「了解です。並行して、第三フェーズの北海道展開に向けた偵察艦の派遣準備も開始します」
「頼む」




