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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第十二章 ―帝の御前―

一 礼法の稽古

永禄四年、秋深まる頃。

七島の一室に、朝から灯りが入っていた。

畳の上に、時貞と礼法の師・中村玄斎が向き合っていた。

玄斎は六十がらみの老人だ。京の公家に長年仕え、有職故実を骨の髄まで叩き込まれた人物だった。七島に来て十年、主に文書の作成と外交文書の確認を担ってきた。

「もう一度」と玄斎は言った。

「はい」

時貞は正座から、ゆっくりと身を折った。

頭の位置、背の角度、手の置き方——全てに決まりがある。

「頭が少し左に傾いています」と玄斎は言った。「帝の御前では、身体の中心線を常に意識してください」

「はい」

時貞はもう一度やり直した。

「よろしい。では次に——御前への進み方を」


稽古は毎日続いた。

礼の形だけではない。

言葉遣い、視線の向け方、帝が話されている間の姿勢、退出の際の歩き方——宮中には、全ての所作に意味と決まりがあった。

時貞は不満を言わなかった。

むしろ、熱心だった。

玄斎が驚いたのは、時貞の習得の速さだった。通常なら一月かかる基本所作を、時貞は十日で身につけた。

「殿は——本当に十三歳でいらっしゃいますか」と玄斎は稽古の合間に問うた。

「身体は」と時貞はいつものように答えた。

玄斎は苦笑した。

「身体は、という言葉を何度聞いたことか」

「玄斎殿」と時貞は言った。「帝はどういうお方だと思いますか。あなたは長く京にいた。帝のことをお聞きしたい」

玄斎は少し考えた。

「……お優しいお方です。しかしその優しさの奥に、鋼のようなものがある。乱世の中で朝廷を守り続けてきたお方です。生半可な意志では、できないことです」

「財政が極度に乏しい中で」と時貞は言った。「即位の礼も満足に行えない中で——それでも朝廷の権威を守り続けた」

「はい。誰かに頼ることなく、かといって諦めることなく。ただ在り続けることで、朝廷という火を消さなかった」

時貞は静かに頷いた。

「それは——強さだと思います」

「はい」と玄斎は言った。「わたくしはそう思います」

時貞は窓の外を見た。

秋の空が高かった。

(正親町天皇)

時貞の頭の中で、その名が回っていた。

ゲームの中では、帝は政治的な駒の一つだった。官位を与え、正統性を付与する——そういう存在として処理していた。

だが今、玄斎の言葉を聞きながら、時貞は別のことを考えていた。

この方は——乱世の中で、何十年も朝廷という場所を一人で守り続けてきた。

資金もない。軍もない。大名たちに頭を下げながら、それでも帝としての威厳を失わずに在り続けてきた。

それがどれほど苦しいことか。

(俺は、この方を支えたい)

それは計算ではなかった。

ただ、人として。

日本の核を守ってきた人に対する、純粋な敬意だった。


二 拝謁の前夜

拝謁の日取りが決まったのは、それから半月後のことだった。

二条晴良から榊原を通じて連絡が来た。

十月の望の翌日、辰の刻。内裏の御常御殿にて。供回りは榊原殿のみとする。

時貞は知らせを読んで、しばらく窓の外を見ていた。

成瀬が横で控えている。

「殿」と成瀬は言った。「御緊張されていますか」

「している」と時貞は正直に答えた。

成瀬が少し驚いた顔をした。時貞が弱音を言うことは珍しかった。

「帝と向き合う——それは、どんな戦よりも、俺には重い」と時貞は続けた。「道雪殿への恐れとは違う。隆信殿への緊張とも違う。帝は——」

「日本そのものだから、でしょうか?」と成瀬は静かに言った。

時貞は少し驚いた顔をして、それから頷いた。

「そういうなのかもしれない」

「殿は、何をお話しになるおつもりですか」

「玄斎が言っていた。晴良殿も言っていた——正直に話せ、と」

「はい」

「俺は嘘をつかない。飾らない。ただ——思っていることを、全て話す」

「それで十分かと」と成瀬は言った。「殿の言葉には、力があります。それは俺が一番知っています」

時貞は成瀬を見た。

参謀長の、四十がらみの武骨な顔。長年の忠義を刻んだ目。

「成瀬。ありがとう」

「何がでございますか」

「ずっと、傍にいてくれて…」

成瀬は少し面食らった顔をした。それから、静かに頭を下げた。

「これが自分の務めです」


前夜、時貞は一人で書見台に向かった。

帝に何を話すか——ではなく、帝という人物について、深く考えていた。

正親町天皇。

後の世では、信長に庇護を求め、秀吉に利用され、それでも朝廷を守り続けた帝として記録されている。

だが——その記録は、勝者の側から書かれたものだ。

信長の側から見れば、帝は利用すべき権威だった。秀吉の側から見れば、正統性を借りる道具だった。

では——帝自身の目には、乱世はどう見えていたのか。

(この方は、何を思いながら、あの御所で生き続けてきたのか)

時貞には、それが気になった。

計算でも外交でもなく——ただ純粋に、知りたかった。

一人の人間として。

時貞はノートに一行書いた。

「明日、帝にお会いする。俺は何者かを、正直に話す」

筆を置いて、灯りを落とした。

秋の虫の声が、遠くから聞こえていた。


三 内裏へ

翌朝、時貞と榊原は小船で七島を出た。

摂津の港に上陸し、山崎を越え、京へ入った。

秋の京は、夏より幾分か生気があった。紅葉が始まり、木々が色づいていた。

御所に近づくにつれ、時貞は無言になった。

榊原は何も言わなかった。

御所の門前で、二条晴良が待っていた。

晴良は時貞を見て、一瞬だけ目を細めた。

子供だ、という顔ではなかった。

——きちんとした少年だ、という顔だった。

「よく来られた」と晴良は言った。

「二条様、お世話になります」と時貞は礼法通りに頭を下げた。

玄斎の稽古の成果が出ていた。所作に乱れがない。

「帝はもうお待ちです。参りましょう」


御常御殿へ向かう廊下を歩きながら、時貞は御所の内部を目に焼き付けていた。

古びた柱。色褪せた板戸。すり減った廊下の板。

だが——どこかに、かつての壮麗さの残影があった。

造りそのものは精巧で美しい。ただ、長年の手入れが行き届かず、その美しさが埃の下に埋もれている。

(必ず、修繕する)

時貞は心の中で思った。

晴良が立ち止まった。

御常御殿の入口だった。

「ここからは、時貞殿お一人で」と晴良は言った。「榊原殿はここで待っていてください」

榊原が頭を下げた。

時貞は一つ、深く息を吸った。

そして——障子の前に立った。


四 帝との対面

障子を開けると、広い部屋があった。

調度は少ない。床の間に一幅の掛け軸。香炉から細い煙が上がっている。秋の光が、格子窓から静かに差し込んでいた。

部屋の奥に——帝がいらっしゃった。

正親町天皇、御年四十五歳。

端正な顔立ちに、穏やかな目。御直衣を纏い、静かに座っていらっしゃった。

時貞は部屋に入り、定められた位置で平伏した。

「面を上げよ」

穏やかな声だった。

時貞は顔を上げた。

帝の目が、時貞を見ていた。

まっすぐな目だった。何かを探っているのでも、試しているのでもない。ただ——見ていた。

しばらく、沈黙が続いた。

秋の光の中で、香の煙がゆっくりと上がっていた。

「——鳳凰寺時貞か」と帝は言われた。

「はい。鳳凰寺時貞にございます」

「十三歳か」

「はい」

「朕より三十二歳、下か」と帝は静かに言われた。「朕が十三歳の頃は——何を考えていたか、もう覚えていない」

時貞は何も言わなかった。

「書状を読んだ」と帝は続けられた。「豊後の村の話も聞いた」

「恐れ入ります」

「なぜ動いた。豊後は大友の領内だ。お前たちには関係のない土地だ」

時貞は少し間を置いてから、答えた。

「子供が死んでいると聞いたからです」

帝が、わずかに目を動かされた。

「それだけか」

「はい。それだけです」

「損得は考えなかったか」

「考えませんでした」と時貞は正直に言った。「後から考えれば、評判に繋がると気づきましたが——動いた時は、そこまで考えていませんでした」

帝は静かに時貞を見ていた。

「正直だな」と帝は言われた。

「嘘をつくことが、苦手なので」

帝が少し笑われた。

微かな笑いだったが、部屋の空気が少し柔らかくなった。


しばらく、他愛もない話が続いた。

七島の様子。海の景色。島の民の暮らし。

帝は静かに聞いていらっしゃった。

時貞は感じていた。

この方は——話すことより、聞くことが上手い。

話している者が、自然と正直になってしまう。そういう聞き方をされる。

これが——正親町天皇の強さの一つかもしれない。

そして、ある間合いで——帝は問われた。

「時貞。日本を、どうするつもりか」

部屋に、静寂が落ちた。

秋の光が、格子窓から差し込んでいた。

時貞は少し、考えた。

飾らない。正直に話す。

晴良の言葉が、頭の中に響いていた。

「——申し上げます」と時貞は言った。

「申せ」

「私はは日本を統一します」

帝は何も言われなかった。

「ただし——刀だけで統一するつもりはありません。できる限り、戦わずに済む道を選びます。それでも動かない者だけを、力で制します」

「それは、多くの者が言うことだ」と帝は静かに言われた。「信長もそう言う」

「はい」と時貞は答えた。「言葉だけなら、誰でも言えます。私と他者との違いは——私は急がない、ということです」

「急がない?」

「信長は急いでいます。他の大名も急ぐでしょう。急いでいる者は、民を顧みる余裕を失います。私は百年の計を立てています。一代で全てを成し遂げるつもりはありません。時間をかけて、確かな土台を作ります」

帝は少し黙っていらっしゃった。

「百年の計を立てているなら——お前一人の命では足りない」

「はい。私が作る国と仕組みが、次の世代に引き継がれます。私の務めは——方向を定めることです」

「その方向とは」

時貞は一つ、深く息を吸った。

「この日本が、外からの脅威に対して自ら立てる国になることです」

「外からの脅威?」

「今すでに、南蛮の国々が世界を切り取り始めています。スペイン、ポルトガルが南の海を支配し、東南アジアへ手を伸ばしています。このまま放置すれば、数十年後、数百年後には日本にも、その波が来ます」

帝は静かに時貞を見ていらっしゃった。

「お前は——その先が見ているのか?」

「見えています」と時貞は言った。「なぜ見えるかは、今は申し上げられません。しかし私には、この先何が起きるかが、ある程度わかります」

「……」

「そして——その未来を変えるために、俺はこの乱世にいます」

長い沈黙が落ちた。

帝は時貞を見ていらっしゃった。

じっと、まっすぐに。

秋の光が揺れた。

「時貞」と帝は言われた。

「はい」

「朕に、もう一つ聞かせよ」

「はい」

「お前は——朝廷を、どう思っている」

時貞は迷わず答えた。

「日本の核です」

帝が少し目を動かされた。

「力もない。銭もない。大名に頭を下げなければ何もできない——そう思っているか」

「いいえ」と時貞は言った。「力と銭がなくても——帝が在り続けてきたことが、日本という国を一つにしてきました。どの大名も、最終的には朝廷の権威を必要とします。それは——力ではない。正統性です」

「……」

「どんなに強い者でも、正統性なしには長く続かない。歴史がそれを証明しています。朝廷は——日本が日本であり続けるための、根っこです」

帝は静かに時貞を見ていらっしゃった。

しばらくして——帝は言われた。

「お前の書状に、こうあった。朝廷がその威光に相応しい姿であることを望む、と」

「はい」

「今の朝廷は——その姿ではない」と帝は静かに言われた。自嘲でも嘆きでもなく、ただ事実として。「雨漏りする御所で、野菜を育てて食いつないでいる。それがお前の言う日本の核か」

時貞は帝の目を見た。

その目の奥に——長年の苦しみが、静かに沈んでいるのが見えた。

「だからこそ」と時貞は言った。「俺が支えます」

帝は何も言われなかった。

「帝が雨漏りする御所で暮らされている間——俺は何もしていなかった。それを知った時、恥ずかしかった。俺には力がある。その力を、最も使うべき場所に使っていなかった」

「お前は——まだ十三歳ではないか」と帝は言われた。

「はい。だから遅かった。気づくのが遅かった。しかし——今から始めます」

帝は長い間、黙っていらっしゃった。

格子窓の外で、風が吹いた。

枯れ葉が一枚、窓の前を過ぎていった。

「——時貞」と帝は言われた。

「はい」

「お前を信じるかどうか、朕はまだ決めていない」

「はい」

「しかし——お前の言葉を、もっと聞きたいとは思う」

時貞は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「また来よ」と帝は言われた。「今日はここまでにしよう。朕も——少し、考えたいことがある」

「御意にございます」

時貞は礼法通りに退出の礼をとった。

ゆっくりと、後退しながら部屋を出た。


廊下に出ると、晴良が待っていた。

時貞の顔を見て、晴良はわずかに目を細めた。

「——どうでしたか」

時貞は少し間を置いてから言った。

「帝は——思っていた以上のお方でした」

晴良が静かに頷いた。

「そうでしょう」

「俺は——帝に正直に話しました。日本を統一すると。外からの脅威があると。朝廷を支えると」

「帝は何と」

「また来よ、と仰せになりました」

晴良の目に、何かが宿った。

「——それは」と晴良は静かに言った。「帝が信じ始めている、ということです」

「まだ決めていないとも仰せになりました」

「帝が『また来よ』と言われることは——滅多にないことです」

時貞は廊下の向こうの、格子窓を見た。

秋の光が、廊下に長く伸びていた。

(正親町天皇)

この方を支える。

それは誓いだった。

計算でも外交でもなく——ただ一人の人間として、別の一人の人間に向けた、静かな誓い。


五 朝廷の変化

拝謁から半月が過ぎた。

京の町で、静かな変化が起きていた。

御所の一部で、修繕の音が聞こえ始めた。

崩れかけていた土塀が直され、傷んだ屋根の板が替えられ、色褪せた板戸が新しくなった。作業する職人の姿が、御所の周辺に現れるようになった。

公家たちがざわめいた。

「誰が銭を出しているのだ」

「大名からの献上か?信長か?」

「いや、信長は今、美濃攻略に精力を使っている。そんな余裕はないはずだ」

「武田か、上杉か」

「北の大名が京に銭を送る理由がない」

誰も答えを知らなかった。

二条晴良は問われるたびに、静かに「帝のお心遣いのある方から」とだけ答えた。

それ以上は言わなかった。


近衛邸でも変化があった。

前久の手元に、使える銭が入った。

前久はその銭の一部を、帝への御所修繕に使い、残りを朝廷内政の立て直しに充てた。

そして——前久は動き始めた。

以前は各大名への書状を送るだけだったが、今は内容が変わっていた。

情報が、入っている。

大名の動向、兵の動き、各地の情勢——それは、前久が単独では集められない質の情報だった。

公家たちは前久の書状の精度が上がったことに気づき始めていた。

「前久殿は、どこから情報を得ているのか」

「新しい繋がりができたのではないか」

「誰と」

「それが——わからない」


京からやや遠く、岐阜の方角。

美濃攻略を進める織田信長の元に、京の様子が伝わってきた。

「近衛前久殿の動きが変わったと」と家臣が報告した。

信長は少し目を細めた。

「変わった、とは」

「書状の内容が精密になっています。情報の質が、急に上がった」

「背後に誰かいる」と信長は言った。

「はい。ただ——誰なのか、まだ掴めていません」

「調べろ」

「はい」

信長は腕を組んだ。

御所の修繕の話も聞いていた。銭が動いている。朝廷に、新しい流れができている。

(誰だ)

信長はそれが気になった。

天下を目指す者にとって、朝廷との関係は最も重要な問題の一つだ。朝廷に先に食い込まれれば、後手に回る。

「近衛殿に使者を送れ」と信長は言った。「俺自身の名で書状を出す。朝廷への献金を申し出る」

「はい」

「そして——情報の出所を探れ。最優先だ」

家臣が下がった。

信長は窓の外を見た。

美濃の山が、秋霞の中に霞んでいた。

(朝廷が動いた。しかし背後が見えない)

それが信長には珍しく、不気味だった。


小田原城でも、北条氏康が同じような情報を受け取っていた。

「近衛殿の動きが変わった。御所が修繕されている。銭が動いている」

「伊豆沖の島か」と氏康は静かに言った。

家臣が驚いた。「なぜ——」

「以前から気になっていた。鉄の船、医薬品の評判、南蛮船を退けた話——そして今度は京に銭が流れた。全て一本に繋がる」

「では、あの島が——」

「まだ確証はない」と氏康は言った。「しかし——目が離せない相手だ」

氏康は立ち上がり、相模湾の方角を向いた。

「あの島に、改めて使者を送ることを考える」

「はい」

「ただし——軽率に動くな。相手の出方を見てから、こちらの出方を決める。それが北条の流儀だ」

氏康の目が、遠く海の方向を見ていた。


六 七島の夜

その頃、七島。

時貞は天元の端末に向かっていた。

「天元。京の動きをまとめてくれ」

「はい。御所修繕の工事が進んでいます。近衛前久殿が諸大名への書状の頻度を上げています。信長から近衛殿への書状が送られたとの情報が入りました。内容は——朝廷への献金の申し出と、交流の希望とのことです」

「信長が動いたか」と時貞は呟いた。

「はい。朝廷の変化に気づいたと思われます」

「早いな」

「信長の情報収集は、この時代の大名の中では際立っています」

時貞は少し考えた。

「信長が朝廷に接近し始める——それは歴史通りだ。信長は朝廷の権威を使いたい。俺が先に朝廷との関係を作っていることを、どこまで気づいているか」

「まだ鳳凰寺家との繋がりは掴まれていないと思われます。ただし時間の問題です」

「わかった。焦らない。だが——近衛殿と晴良殿には伝えておく必要がある。信長が接近してくることを、事前に知らせる」

「情報として提供しますか」

「そうだ。これが情報の価値だ。信長の動きを、相手に先んじて知らせる——それが鳳凰寺の情報の使い方だ」

時貞は成瀬を呼んだ。

「成瀬。榊原に連絡してくれ。近衛殿と晴良殿に、信長の動きを知らせる書状を送る」

「御意」

「そして——帝への御礼の書状も書く。拝謁の機会への感謝と、これからも支え続ける旨を」

「はい」

時貞は窓を開けた。

秋の夜風が入ってきた。

帝の顔が、脳裏に浮かんだ。

穏やかな目。静かな声。長年の苦しみを飲み込んで、それでも在り続けてきた人。

(また来よ、と言ってくださった)

必ず行く。

そして——御所を、その威光に相応しい姿にする。

それは時貞の、静かな誓いだった。

秋の虫が、夜の闇の中で鳴いていた。

日本の歴史の外側で、鳳凰寺家の根は深く、深く、伸び続けていた

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