第9話『粛清の嵐、揺れる赤』
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
夜が明けた。
ノクタリアの朝に、いつもの死んだような静寂はなかった。
路地裏で、工場の陰で、人々はひそひそと昨夜の放送について語り合っている。
「あんなことを言って、無事で済むのか?」
「だが、胸がすく思いだった」
恐怖で凍りついていた世界が、微かに熱を帯び始めていた。
だが、それを管理社会が許すはずもない。
「――これより、第1級治安維持活動を開始する」
正午。街中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
上空を覆う無数の監視ドローン。地上を展開するのは、銃を携えた機械化歩兵部隊。
ジャスティスフェイスによる、見せしめの大規模な「粛清」が始まったのだ。
「確保! 反乱分子の疑いあり!」
「待ってくれ、俺はただ話し込んでいただけだ!」
広場で、商店街で、無作為に近い検挙が行われる。
少しでも体制に不満な顔をした者、昨夜の放送を見て笑った者――それらが次々と連行されていく。
その光景を、バーニングレッドは広場の端で見つめていた。
戦闘時ではないためマスクは解除しているが、真紅のスーツに白いアーマーを纏ったその姿は、市民にとって威圧の象徴でしかない。
「……やりすぎだ」
バーニングが低く唸る。
辺境の村を焼いた時は、迷いはなかった。あそこは「世界を脅かす魔族の巣窟」であり「悪」だと認識していたからだ。
だが、ここの住人は違う。自分たちが管理し、守るべき「市民」のはずだ。それがなぜ、こんな怯えた目をしている?
「嫌だ、離して! ママ!!」
彼の目の前で、母親にしがみつく子供が、兵士によって乱暴に引き剥がされようとしていた。
バーニングの拳が震える。
脳裏に過るのは、グリムの叫びだ。『誰かの声を力で捻じ伏せる正義なんぞ、ただの暴力やろが』。
「やめろッ!!」
バーニングは衝動的に割って入った。
子供に銃床を振り上げようとした兵士の腕を、ガシリと掴む。
「バーニング隊長……!?」
「子供だぞ! 怯えているじゃないか。放してやれ!」
「ですが、ユナイト参謀からの直接命令です。『不穏の芽は徹底的に摘み取れ』と……」
「俺が許可する! 行かせろ!」
バーニングの剣幕に押され、兵士は渋々手を離した。
母親は子供を抱きしめ、逃げるように去っていく。だが、その去り際に向けられた視線は、感謝ではなく「恐怖」と「憎悪」だった。
(俺たちは……何のために戦っている?)
「――甘いな、バーニング」
背後から響いた冷徹な声に、彼は息を飲んだ。
振り返ると、そこには銀翼の戦士、ユナイトレッドが立っていた。彼もまたマスクオフしているが、その端整な顔には一切の感情が浮かんでいない。
「ユナイト……。こんな強引なやり方で、本当に平和が守れるのか?」
「平和とは状態ではない。管理された結果だ」
ユナイトは淡々と告げる。
「昨夜の放送で、民衆は毒された。放置すれば暴動に繋がる。少数の犠牲で多数の平穏を維持する――それが我々の責務だ」
「だが、あの子に罪はない!」
「将来、反乱分子になる可能性がある。……バーニング、君はあの男の言葉に惑わされているのか?」
「違う! だが……!」
「かつて村を焼いた時の決断力はどうした。対象が魔族か人間かで揺らぐような、半端な正義など不要だ」
鋭い指摘に、バーニングは言葉を詰まらせた。
その時だった。
上空のドローンが一斉に爆発し、火の粉となって降り注いだ。
「なッ!?」
ユナイトが視線を上げる。
ビルの屋上、逆光の中に立つ三つの影。
「よう、正義の味方さんたち。昼間っから弱い者いじめとは精が出るなァ」
風にはためくボロボロの黒コート。
グリムが、不敵な笑みで彼らを見下ろしていた。
「お前ら……!」
バーニングが叫ぶ。
「昨日の今日でノコノコ出てくるとはな。……自殺志願者か」
ユナイトが即座にマスクオンし、戦闘モードへ移行する。銀の翼が展開され、重力波が広場を圧迫する。
だが、グリムは動じない。隣に立つネビュロスが、パチンと指を鳴らした。
「計算通りだ。このエリアの防衛網は、今しがた私がハッキングして無力化した」
「な……?」
街頭のスピーカーから流れていた警告音が止まり、代わりに軽快なワルツが流れ始めた。ヴェルミリオンの仕業だ。
「さあ、踊ろうか。無粋な兵隊さんたちには、退場願おう」
紫の霧が広場を包み込み、兵士たちの視界を奪う。
グリムが屋上から飛び降り、バーニングの目の前に着地した。
ドォン! とアスファルトが割れる。
至近距離。互いの視線が火花を散らす。
「……何しに来た」
バーニングが低い声で問う。
グリムは鼻を鳴らし、先ほどバーニングが逃した親子の消えた方角へ顎をしゃくった。
「勘違いすんなよ。俺は別に、人助けに来たわけやない。
ただ、俺の演説聞いてその気になった連中が、お前らにイビられとるんが気に食わんだけや」
グリムの瞳が、バーニングの瞳を射抜く。
そこにあるのは、敵意だけではない。どこか、品定めをするような冷ややかな光。
「なぁ、リーダーさんよ。
さっき、ガキ助けたな。……なんや、お前にも“心”があったんか?」
「……っ!」
バーニングの顔が歪む。一番触れられたくない核心を、この無作法な男に突かれた。
「前の村じゃあ、有無を言わさず焼き払ったくせになァ!
相手が人間なら迷うんか? お前の正義はその程度の色眼鏡なんか!」
「黙れ! 俺は……俺は秩序を信じている!」
バーニングは迷いを振り切るようにマスクオンした。真紅のスーツの出力が上がり、拳に熱が籠る。
彼は叫びと共に殴りかかった。
グリムはそれを真正面から受け止める。
赤黒い炎と、白熱のエネルギーが衝突し、衝撃波が広場を薙ぎ払う。
「信じてる? ほな、なんでそんな泣きそうな顔して殴ってくるんや!」
グリムの拳が重い。
物理的な重さではない。迷いのない意志の重さが、バーニングの拳を押し返してくる。
「俺は自分のやりたいようにやる! 守りたいもんを守る!
それが俺の“悪”や! ――お前の“正義”は、今、何を守っとるんや!?」
グリムの咆哮と共に、爆炎が弾けた。
バーニングは後方へと吹き飛ばされ、受け身を取る。
追撃は来ない。
煙が晴れると、彼らの姿は消えていた。
連行されそうになっていた市民たちも、混乱に乗じて解放されている。
「……また、逃がしたか」
ユナイトが忌々しげに呟く。
だが、バーニングは自身の震える拳を見つめたまま動けなかった。
(お前の正義は、今、何を守っている?)
その問いが、呪いのように心にこびりついて離れない。
粛清の嵐が吹き荒れる街。
だが、その中心で最も激しく揺れていたのは、正義の象徴たる「赤」の心だった。
(第10話へ続く)




