第3部 第11話『中部セクター:永久凍土の問答(前編)』
【前回のあらすじ】
グリムが肆号機を撃破する中、弐号機は感情を捨てシステムと化し、ヴェルミリオンに襲いかかった。しかしヴェルミリオンは、セイジの過去のトラウマを抉る幻覚攻撃で心を揺さぶり、奥義《万華鏡の終焉》を発動。自身の心と戦わされたセイジは、ついに「痛み」を感じ、人間としての顔を取り戻しながらも敗北を喫した。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
ズン、と床が止まった。
プラットフォームの固定が完了した直後——それは沈黙ではなく、密閉だった。
吹き抜けの空間を挟んで左右の装甲板が下りた音。上下の電磁障壁が起動した振動。下層でグリムが叩きつけられる轟音が、かすかに床を伝って消えた。
そして、静寂。
中部セクターはタワーの吹き抜けの中に浮かぶ孤島になった。
ネビュロスは着地の衝撃に身体を低くしながら、すぐに周囲を観測した。
直径三十メートルほどの円形床。上下左右、逃げ場はない。床下は奈落。頭上は装甲板。
そして——正面に、それはいた。
参号機。
以前のレクス・クレイドの装甲より、ひとまわり以上大きい。肩のアーマーはシグマスーツの黒い液体金属とレクスの黄金装甲が溶け合い、幾重にも重なった鉄壁の城塞と化している。右腕は処刑剣をも飲み込む形で肥大化し、巨大な刃の塊へと変形していた。
バイザーの眼窩は黒く塗りつぶされている。
そこにレクス・クレイドの意志はない——少なくとも、表面上は。
「……カイの奴、よほど私達の進化が怖かったと見える」
ネビュロスは静かに呟いた。
片眼鏡の位置を直す。腰の魔導書《凍てつく記録》の鎖が、かすかに揺れた。
《真・魔導外殻》
エルザのバイオカプセルで完成した本物の鎧が、ネビュロスの全身を包んでいる。氷の結晶が幾何学的に重なり合った蒼銀のフルプレートアーマーは、ダイヤモンド並みの硬度を誇る。
そして——ネビュロスが息を吐くたびに、周囲の空気が白く凍る。
床に霜が張り始めた。
参号機が動いた。
助走もない。前置きもない。
プラットフォームの中心から、最短距離の突進だった。
肥大化した右腕の刃が横薙ぎに振られる。軌跡が風圧だけで空気を切り裂き、床のコンクリートが削れた。
「ッ——!」
ネビュロスは真横に飛ぶ。
刃の軌道が、彼の立っていた空間を丸ごと消した。
着地した瞬間、ネビュロスの指先が床を叩く。
「氷鎖・零結陣!」
床から六本の氷の鎖が這い出し、参号機の両足首と膝関節に絡みついた。関節の駆動部を瞬時に凍結させ、一歩も動けなくする。
参号機の足が止まった。だが、止まったのは一瞬だった。
肥大化した右腕を、振り上げる。
そのまま——自分の足元に叩きつけた。
ズドォォォォン!!
衝撃波が放射状に爆ぜ、氷の鎖ごと床が砕け散る。プラットフォームの外縁まで亀裂が走り、ネビュロスは爆風に飛ばされながら体勢を立て直した。
「……なるほど。痛みの概念ごと、システムに封じられているか」
自分の足元を破壊することに、一切の躊躇がない。
それがネビュロスには、何よりも「異常」に見えた。
グリムが相手にした肆号機は、快楽の暴走という形で「感情のノイズ」が溢れ出していた。ヴェルミリオンが相手にした弐号機は、計算という名の強い自我がシステムと混在していた。
だが参号機——レクス・クレイドのシグマ体は、ただ命令だけが残っている。
「だから……一番深く、埋めたのか。カイめ」
ネビュロスは低く唸った。
静かな怒りが、その声に滲んだ。
参号機が再び踏み出す。今度は速い。右腕の刃を斜め上から振り下ろす大振り——だが、その軌道は単純だ。
ネビュロスは退かない。
踏み込む。
懐に飛び込んだ。
大剣系の武器は、密着した相手には振れない。それはグリムとジャッジが戦った頃から変わっていない。
「近距離では腕を振れない。そこだけは——同じだな」
至近距離。
魔導書が開く。六角形の氷の結晶が生成され、参号機の胸部装甲に直接叩きつけた。
絶対結界——接触した対象の表面を急速凍結させる応用。
バキィィッ!
黄金の装甲に、蒼白い亀裂が走った。
「ガ……」
参号機が、声を漏らした。
電子ノイズに混じった、ただの機械音かもしれない。
だが——
ネビュロスは飛び退きながら、その音の質を分析した。
(……違う。システムが出すエラー音とは、周波数が異なる)
ネビュロスの目が細くなった。
彼は距離を取りながら、素早く次の罠を仕掛け始めた。
魔導書の頁をめくる。無数の氷の礫を展開し、参号機の左右——逃げ場を潰すように設置する。
氷晶弾——だが今回は撃たない。壁として置く。
参号機が前進する。左右の氷の礫の列に気づかず——いや、気にせず直進してくる。
(気にしない? それとも……気づいていて、突き破るつもりか)
ネビュロスは即座に答えを出した。
突き破るつもりだ。
ならば——
「絶対結界——展開」
今度は左右の氷の礫を、瞬時に六角形の氷壁へと結晶化させた。
迫ってきた参号機が、左右の氷壁の間に入った——その瞬間。
ネビュロスが両手を叩きつけた。
左右の氷壁が、内側へ向かって同時に圧縮された。
ガキィィィィィンッ!!
参号機の両肩が、内側から締め上げられる。
動きが止まった。
肩の装甲が悲鳴を上げ、それでも参号機が腕に力を込めると、氷壁にひびが走る。
押し返される。
「ッ……やはり力だけは」
ネビュロスは舌打ちした。氷が限界まで軋む。
だが——その一瞬で十分だった。
ネビュロスは最短距離で距離を詰め、参号機のバイザーを正面から見上げた。
「……聞こえているか、レクス・クレイド」
声は低く、静かだった。
氷壁が砕ける。参号機の右腕が自由になり、刃が振り上げられる——
「かつて貴様は、カイに命じられる前、自分の意志で判断したことがあったはずだ」
刃が落ちてくる。
「その判断が正しかったかどうかは関係ない。ただ——お前自身の頭で考えた、その一瞬が確かにあった」
ネビュロスは紙一重で刃を躱し、プラットフォームの端まで飛び退いた。
背後は奈落だ。一歩引けば落ちる。
参号機が、一歩、前に出る。
そのバイザーの——奥が。
ほんの一瞬、揺れた。
ネビュロスはそれを、見逃さなかった。
「…………いる。まだいるな、レクス」
蒼銀の甲冑から冷気が溢れ、床が一面の霜に覆われていく。
魔導書が静かに開いた。
「なら——引きずり出す。たとえ貴様が嫌だと言っても」
(第12話へ続く)
今回はネビュロスと参号機の因縁の対決が幕を開けました。痛覚すらシステムに封じられ、ただ命令を遂行する機械と化したジャッジの猛攻は、まさに純粋な暴力そのもの。以前のレクス・クレイドとは全く異なる、その異様な姿にネビュロスは何を感じたのでしょうか。
そんな中で、ネビュロスがジャッジの中に「レクス」の意志を見出そうと、静かに語りかけるシーンは、書いていて特に感情がこもりました。「かつて自分の意志で判断した一瞬があったはずだ」という言葉は、果たしてジャッジの奥深くに届くのか、それとも……。ネビュロスの「引きずり出す」という宣言がどう展開していくのか、今後の戦いにもご期待いただければ幸いです!
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