第3部 第9話『上昇セクター:虚構の舞台(前編)』
【前回のあらすじ】
ジャスティスタワー下降セクターで、承認欲求に囚われ暴走する肆号機とグリムの激戦が続く。グリムはアシュレイのシステムが生み出す偽りの快感を打ち破り、魂を解放するため渾身の《白炎断滅》を放つ。その一撃でアシュレイは正気を取り戻し、グリムと共にシステムを支配する者たちに立ち向かうことを誓った。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
下降セクター
二人の男が肩を並べていた。
「……悪ぃな、グリム。俺、またお前に借りができちまった」
アシュレイがバツが悪そうにする。
その顔には、かつての虚勢で塗り固めたギラつきはない。
あるのは、自分の弱さを認めた男の強さだ。
「この貸しは大きいで、アシュレイ! 帰ったらたっぷり利息つけて返してもらうからな!」
グリムは荒い息を吐きながら、頭上の遥か彼方、中層セクターを見上げていた。
カイによって切り離されたこのセクターは、螺旋階段の最下層まで叩き落とされている。
「問題はここからや。……どうやってあの上まで戻るかやな」
物理的に階段を登るには時間がかかりすぎる。
「壁を登るか? 俺の《爆炎推進》なら、なんとか……」
「アホ言え。お前の身体、ガタガタやないか。途中で燃料切れして墜落すんのがオチや」
グリムが即座に却下する。
その時、二人の通信機にノイズ混じりの絶叫が飛び込んできた。
『ぐ、グリムさん! アシュレイさん! 聞こえますか!? 』
「うおっ、何やポルクか!?」
移動ラボからの通信だ。ポルクの声は焦りと興奮で裏返っている。
『生体反応を確認しました……! よかった、アシュレイさんも正気に戻ったんですね!
でも、のんびりしてる時間はありません! タワーの自浄システムが作動して、そのセクターごと「焼却処分」しようとしてます! 』
「焼却やと!?」
「チッ、カイの野郎……!」
ゴゴゴゴゴ……ッ!
床下から不穏な振動が伝わり、壁面の排気口から猛烈な熱風が吹き出し始めた。この空間全体を巨大なオーブンに変えるつもりだ。
『僕がハッキングでセクターの制御を奪います! 強制的にリフトアップさせますから、衝撃に備えてください! 』
「おお、頼むでポルク!」
「へっ、気が利くじゃねぇか!」
二人が身構えた瞬間、ポルクの指がエンターキーを叩いた音が通信越しに響いた。
『――強制上昇!!! 』
ドォォォォォォォォンッ!!!
凄まじいGが二人を襲った。
切り離されていた円形プラットフォームの床が、ロケットのように垂直に射出される。
「うおおおおおおッ!? 急すぎるやろボケェェェッ!!」
「最高だぜ! ジェットコースターよりイカれてやがる!!」
グリムが悲鳴を上げ、アシュレイが狂喜する。
二つの赤き影を乗せた鉄塊は、音速に近い速度で戦いの舞台を再び上層へと押し上げていく。
*
一方、タワー最上層付近――上昇セクター。
ヴェルミリオンは、眼前に浮かぶ蒼き異形を見据え、優雅に指先を動かした。
「おやおや、二人きりにしてくれるなんて気が利くねぇ。……それじゃあ、僕の新しくなった《魔導外殻》をたっぷり披露してあげるよ」
《真・魔導外殻》
昆虫の外骨格を模した有機的な鎧は、鏡面のような深紫の光沢を放ち、その表面を赤黒い魔力が生命の鼓動のように脈動している。背中に展開された半透明の光の翅は、羽ばたくたびに空間を屈折させ、周囲の光をプリズムのように乱反射させる。 まさに、美学と毒を体現した「魔王」の完成形だ。
セイジレッドを取り込んだ、《Σ=機甲四騎》弐号機。
その姿は、人型を逸脱しつつあった。
流線型の青い装甲は極限まで無駄を削ぎ落とされ、空気抵抗ゼロの戦闘機のようなフォルムへと変貌している。
そして何より異様なのは、背部から扇状に展開された六つの「自律浮遊センサー(フローティング・アイ)」だ。
それらが絶えず動き回り、あらゆる角度からヴェルミリオンを捕捉し続けている。
『対象:ヴェルミリオン。……幻術による座標撹乱を確認』
弐号機から発せられるのは、かつてのセイジの声ではない。
感情というノイズを完全に除去し、純粋な演算プロセスのみが出力された合成音声。
『無意味だ。……解析終了』
シュンッ!!
音が置き去りにされた。
セイジの姿が掻き消えたかと思うと、次の瞬間にはヴェルミリオンの背後に現れている。
《音速機動》。
だが、その速度は以前の比ではない。物理的な移動というより、空間転移に近い神速。
キィィンッ!
ヴェルミリオンが反射的に展開した幻影の盾が、紙のように斬り裂かれる。
「おっと……! 挨拶もなしかい、無粋な!」
ヴェルミリオンは身体を霧に変え、数メートル後方へ再実体化する。
だが、その頬には一筋の赤い線が刻まれていた。
幻術で実体を隠していたはずなのに、正確に本体を掠めたのだ。
『視覚情報への欺瞞。……音響、熱源、魔力波長、大気の揺らぎ、
複合センサーによる多角的演算により、本体位置の特定率は100.00%』
弐号機が、氷のように冷たい双剣を構え直す。
六つの浮遊センサーが、不気味な赤い光をヴェルミリオンに照射する。
『貴様の「嘘」は通じない。
確率論的に、貴様の生存ルートは閉ざされている』
「……可愛げがないねぇ、本当に」
ヴェルミリオンは、裂けた頬の血を指で拭い、それを唇に塗った。
まるで死化粧のように。
「君は以前、森の中でネビュロスに負けたはずだ。
『計算できない感情』に敗北し、絶望を知った……。
なのに、また『計算機』に戻るのかい?」
挑発。
だが、弐号機は動じない。
『否定する。これは逃避ではない。「最適化」だ。
……今の私は、以前の私よりも遥かに「正しい」』
「正しさ、ねぇ……」
ヴェルミリオンが紫の蝶を散らす。
《夢幻蝶》。
数百匹の蝶が視界を埋め尽くし、それぞれがヴェルミリオンの姿へと変化する。
どれが本物か、肉眼では判別不能な万華鏡の世界。
「なら、その『正しさ』で、僕という『嘘』を見つけ出してみなよ!
《悪夢の劇場》!」
無数のヴェルミリオンが一斉に襲いかかる。
笑う者、泣く者、怒る者。
実体のある幻影が、刃となり毒となり、全方位からセイジを攻め立てる。
だが。
『処理開始』
弐号機セイジの双剣が青白く輝いた。
そして、彼が回転した瞬間、その場に「青い竜巻」が発生した。
ズバババババババババッ!!!
《蒼閃・無双連斬》・全方位モード。
神速の斬撃が球状に展開され、近づく幻影を片っ端から微塵切りにしていく。
迷いがない。どれが本物かを探そうともしていない。
「エリア内の全てを斬れば、その中に本物がいる」という、極めて効率的で冷酷な解。
『幻術など、所詮はデータのノイズに過ぎない。
現実の質量と速度の前では、美学など無力だ』
弐号機が、ゆっくりと歩み寄る。
その足音は、死刑執行のカウントダウンのように正確だ。
『チェックメイトだ、道化師。
……世界のバグとして、削除する』
双剣が振り上げられる。
逃げ場はない。
だが、ヴェルミリオンはクツクツと笑った。
「……ハハ。君は、本当に哀れだねぇ」
『……何がおかしい』
「『削除』? 『バグ』?
君はそうやって、また自分に言い聞かせているだけじゃないか。
……見えているよ、君の装甲の隙間から」
ヴェルミリオンの瞳が、妖しく紫に発光する。
「その完璧な計算機の奥で……『助けてくれ』って泣いている、迷子の子供の姿がね」
『……ッ!? 』
弐号機の動きが一瞬、コンマ数秒だけ硬直した。
システムには検知されない、心の揺らぎ。
ヴェルミリオンは見逃さなかった。彼だけが持つ、人の心の闇を覗き込む「魔眼」が、セイジの深層心理にある亀裂を捉えていたのだ。
「僕のショーは、ここからが本番さ……!」
「さあ、見せてあげるよ。君が捨てたはずの……『本当の顔』を!」
虚構と演算、嘘と真実が交錯する上昇セクター。
道化師の最後の賭けが、冷徹な計算機に挑む。
(第10話へ続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、下降セクターのグリム&アシュレイ組と、上昇セクターのヴェルミリオン&セイジ組、それぞれの戦いの様子をお届けしました。
アシュレイが以前の虚勢を捨て、自分の弱さを認めた強さを見せるシーンは、彼の成長を感じさせる良い場面になったかと思います。グリムとの息の合った(?)やり取りも、彼ららしいですよね。ポルクのハッキングによるブースト・アップも、手に汗握る展開でした!
そして、上昇セクターでは、ヴェルミリオンの新たな姿と、感情を排除し「最適化」されたセイジの激突。セイジの徹底的に効率を追求する姿勢は、ヴェルミリオンの「美学」と対照的で、この二人の戦いはまさに「嘘」と「真実」、「美学」と「合理性」のぶつかり合いですね。セイジの冷徹な一太刀一太刀に、彼の決意が込められているように感じます。
物語もいよいよ佳境へと向かっていきます。それぞれの戦いがどう決着するのか、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです!
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それでは、また次話でお会いしましょう!




