第2部 第14話『瓦礫の法廷、沈黙の守護者』
【前回のあらすじ】
カイにシステムから遮断され、過去の非情な「最適解」がブーメランのように自分に返ってきたセイジ。皮肉にも自身が「廃棄される側」となった彼は、絶望の淵に突き落とされる。そこへ現れたネビュロスは、セイジの冷たいロジックの限界を突きつけ、彼を絶対零度の氷の中に閉じ込めたのだった。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
グリムは瓦礫の山を歩いていた。
墜落の衝撃で回線が混線しているのか、数分前からずっと、亡霊の念仏のようなノイズが漏れ聞こえてくるのだ。
『ザザ……こちらJ-03……定期連絡……』
『現在、E-4ポイントにて……市民の……』
壊れたレコードのように繰り返される、感情のない男の声。
それが誰の声か、グリムはすぐに気づいた。
あの石頭だ。
「チッ。……まだ『仕事』してんのか、あのボケは」
グリムは不快そうに舌打ちすると、瓦礫を蹴り飛ばして、声の発生源へと向かった。
あまりに耳障りで、胸糞が悪かったからだ。
*
市街地跡、旧スラム街エリア。
かつて公園だった場所は、墜落した要塞の破片と、衝撃波で倒壊した建物の残骸で埋め尽くされていた。
その中心で、黄金の装甲に包まれた巨体――ジャッジレッドことレクス・クレイドは、虚空に向かって直立不動の姿勢をとっていた。
「了解。治安維持を最優先とする。……本部、次の指示を」
返事はない。バイザーには【NO SIGNAL】の文字が赤く点滅している。
数キロ先では、彼が帰るべき要塞が黒煙を上げている。
物理的にも、組織的にも、「本部」など既に存在しない。
だが、レクスはやめなかった。
セイジの通信で「カイの裏切り」を知ってしまったからこそ、彼は狂ったように形式に縋り付いていた。
(認めない。カイの裏切りを認めれば、俺がこの仮面に逃げ込んだ数年間、組織のために行ってきたすべての『裁定』が、ただの無責任な加害だったことになってしまう)
思考停止。それこそが、彼がカイに与えられた「救済」だった。
かつて、彼は「法」の限界に絶望した被害者だった。
バイザーの奥で、忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
――地球に居た頃。彼がまだ、正義感に燃える法務官だった頃の記憶。
場面は薄暗い法廷にて。
「……以上の通り、本件は証拠不十分につき、被告人を無罪とする」
裁判官の冷淡な声が響いた瞬間、被告人席の男が口の端を吊り上げ、検察席に立つレクスと、傍聴席の両親に向かって勝ち誇ったように「ざまあみろ」と口を動かした。
「ああ……ああああ……っ!」
母の悲鳴が法廷に響き、父は崩れ落ちる。
その男は、レクスの妹を殺した犯人だった。状況証拠は揃っていた。だが、決定的な物証が欠けていた。
レクスは法務官として、法の手続きを遵守した結果、妹の仇をみすみす逃すことになったのだ。
「法」が「悪」を守り、「善」である自分の家族を切り捨てた瞬間だった。
その後、レクスは職を辞し、廃人のようになった。
妹を殺した男が野放しになっている現実。法を守ろうとした自分が、結果として家族を地獄に突き落としたという自責。
彼は鏡を見ることも、自分の名前を呼ばれることも耐えられなくなった。
(俺が「正しい」と判断したことは、全部間違っていた。俺が「良心」を持っていたから、私情を挟んだから、家族は救われなかったんだ……)
彼は、「自分で何かを考え、判断する」という脳の機能を拒絶した。
感情が動くたびに、あの日の被告人の嘲笑がフラッシュバックする。彼は、生きるために「自分」を殺すしかなかった。
雨の降る中、泥を啜るように生きていたレクスの前に、カイ(ユナイトレッド)が現れた。カイは、無機質な鉄の仮面を差し出し、レクスの「弱さ」を肯定するように囁いた。
「苦しいのは、君が『人間』として判断しようとするからだ。君が判断を間違えるのではない。人間というシステムそのものが、判断に向いていないんだ」
その言葉は、レクスにとって唯一の救いだった。
「この仮面を被れば、君はもう『レクス』である必要はない。システムの再生音になればいい。マニュアルに従っている限り、君に責任は発生しない。二度と、自分の過ちに怯える必要もなくなる」
レクスは縋り付くように仮面を手に取った。「判断責任からの逃避」。それこそが、彼がカイに与えられた「救済」の正体だった。
『……警告。市民による違法行為を検知』
システムのアラート音が、彼を過去の悪夢から現在へと引き戻した。
レクスの視線が、瓦礫の陰に向けられる。
「市民発見。……直ちに、法の執行を行う」
そこには、泥だらけの老人と子供がうずくまっていた。
要塞の墜落衝撃で半壊した配給倉庫から、こぼれ落ちた缶詰や水を必死にかき集めていたのだ。
彼らは以前からこのスラムで飢えており、混乱に乗じて生き延びようとしていた。
「離れろ。それは貴様らの所有物ではない」
レクスは機械的に告げ、大剣を突きつけた。
「頼む、見逃してくれ……! 孫が三日も何も食べてないんだ!」
老人が土下座して懇願する。だが、レクスの目には「哀れな被害者」ではなく、「秩序を乱す犯罪者予備軍」としか映らない。
「不可だ。非常時とはいえ、所有権の侵害は窃盗罪に該当する。
貧困は犯罪の免罪符にはならない。恥を知れ」
レクスは、子供の手から缶詰を奪い取った。
そして――
バキリ。
缶詰を踏み潰した。
中身が泥水の中にぶちまけられる。
「あ……あぁ……!」
子供が泣き叫ぶ。貴重な食糧が、目の前でゴミに変えられた。
「違法に入手された物資は破棄する。これがルールだ」
レクスは冷徹に言い放った。
彼の論理は歪んでいた。
『小さな罪を見逃せば、やがて大きな罪になる。あの時の犯人のようなクズが生まれる』
『だから私は、芽のうちに摘み取る。これは正義だ』
かつて法の不備に泣いた被害者が、今は「正論」を武器に弱者を虐げる加害者になっていることに、彼は気づかない。
いや、気づかないフリをしていた。
自分が「正しい側」にいるという全能感に酔っていなければ、心が壊れてしまうからだ。
「さあ、同行願おうか。暴動防止のため、一時拘束する」
レクスが手錠を取り出した、その時だ。
メリメリッ……!!
頭上の雑居ビルが大きく傾いた。戦闘の余波で限界を迎えたのだ。
崩落。数トンのコンクリート塊が、老人たちの頭上へ雪崩落ちる。
「あ……」
レクスのバイザーに、計算結果が表示される。
『リスク判定:極大。生存確率:低下』
『推奨行動:回避』
――見捨てろ。
システムがそう告げた。
犯罪者を助けて、法の番人が傷つくなど非合理的だ。
彼はバックステップを踏んだ。
老人たちが瓦礫の下敷きになるのを、安全圏から見下ろしながら。
(仕方ない。これは自業自得で自己責任だ)
「自己責任」。
その便利な言葉で、彼は良心を切り捨てた。
だが。
「いつまで寝言ほざいとんじゃボケェッ!!」
ドゴォッ!!
横合いから飛び込んできた赤熱した拳が、落下するコンクリート塊を粉々に粉砕した。
「……!?」
爆煙の中から現れたのは、ボロボロのコートを纏った男――グリムだった。
彼は老人たちを背に庇い、燃える瞳でレクスを睨みつけていた。
その目は、ゴミを見るような軽蔑に満ちていた。
「ま、魔王……! 貴様、法執行の邪魔をするか!
彼らは犯罪者だ! 私が裁かねば、社会が……」
「黙れや!!」
ドガァッ!!
グリムの拳が、問答無用でレクスの顔面を殴り飛ばした。
不意打ちではない。正面からの、怒りの鉄拳。
レクスの巨体が吹き飛び、瓦礫の山に突っ込む。
「ぐ、ぅぅ……ッ! き、貴様……!」
「痛いか? 痛いやろ。
それが『生きてる』ってことや。
お前が飯を踏み潰して、見殺しにしようとしたガキも、同じ痛みを感じとんねん!」
グリムは倒れたレクスに馬乗りになり、胸倉を掴み上げた。
「お前は正義を行ってるんちゃう。
『俺は昔ひどい目に遭ったから、他人にも厳しくしていい』って甘えてるだけや!
被害者面して、安全圏から石投げて……一番タチの悪いクソ野郎や!!」
「ち、違う……私は……秩序を……妹のような犠牲者を出さないために……」
「そのために、目の前のガキを犠牲にするんか!?
システムに逃げるな! 自分の頭で考えろ!!」
グリムの拳が、再び振り上げられる。
バキィッ!!
「目ぇ覚ませや!!」
至近距離での怒声。
グリムは、哀れみと軽蔑の混ざった目で、レクスのバイザーを睨みつけた。
「お前達の本部は落ちた。カイはお前を捨てた。
マニュアルもない。
あるんはな……泥だらけの人間と、『どうしたいか』っていう自分の意志だけや!」
ドンッ、と突き飛ばされるレクス。
彼は泥水の中に倒れ込んだ。
黄金の装甲が泥にまみれる。
だが、その泥の冷たさは、かつて妹を失った雨の日に感じた冷たさと同じだった。
彼は初めて、システムというフィルターを通さず、自分の罪と向き合った。
(第15話へ続く)
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!
今回は、感情剥き出しの「魔王」グリムと、ルールに縛られた「石頭」レクス、という対照的な二人をフィーチャーしてみました。壊れた世界の中で、レクスが初めて「自分の意志」と向き合う瞬間を、グリムがぶっきらぼうながらも後押しする構図が描けたかな、と思っています。グリムの「耳障りやから」というセリフは彼の彼らしい優しさの表現ですね(笑)。彼らの奇妙な関係性が今後どうなっていくのか、ぜひ想像を膨らませていただけると嬉しいです。
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