第2部 第12話『道化の鏡』
【前回のあらすじ】
崩壊する要塞から、レッドたちと魔王が共に落下する地獄絵図! 暴走するライガをグリムが抱えながら、セイジはカイの裏切りという衝撃の真実を告げる。敵味方の垣根を越え、全員で迫る巨大瓦礫を撃退し、ネビュロスの魔法で奇跡的な着地を果たすも、グリムはライガを見失ってしまい……。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
焦げ臭い風が、凍てついた森を吹き抜ける。
墜落の衝撃で抉られた大地には、巨大な要塞の残骸が墓標のように突き刺さっていた。
「……ッ、痛つぅ……。やれやれ、最悪のカーテンコールだね」
瓦礫の隙間で、ヴェルミリオンは身を起こした。
身に纏った紫の《魔導外殻マギア・シェル》は、あちこちに亀裂が走り、美しい昆虫の翅のような背面ユニットも片方がもげ落ちていた。
だが彼は、痛みに顔を歪める代わりに、指先を軽く振った。
フワリと紫の光が舞い、煤で汚れた彼の顔や、ひび割れた装甲の傷を幻術で覆い隠す。
観客が居なくても、彼は美しくあらねばならない。それが、彼が自分自身を保つための唯一のよすがだった。
「さて……他の演者たちは無事かな」
彼は立ち上がり、周囲の気配を探る。
磁場の乱れで感知能力は鈍っているが、耳障りな音はすぐに拾えた。
ドガン、ドガンと。何かが硬いものを殴りつける、規則的で、そして痛々しい破壊音。
焦げ臭い森の中、ヴェルミリオンは音もなく瓦礫を越えた。
そこには、赤い影があった。
ブレイズレッド――アシュレイだ。
彼は、地面に突き刺さった要塞の鉄骨を、ひたすらに殴り続けていた。
強化スーツのガントレットは砕け、中の拳から血が滴っている。それでも彼は、何かに取り憑かれたように拳を振るっていた。
「うぁぁぁぁぁッ!! クソッ、クソッ!!」
その声は、戦闘の雄叫びではない。捨てられた子供の泣き声のようだった。
「なんでだよ……俺は……俺はまだ戦えるのに……!
カイ……俺を見ろよ……! 俺を『レッド』に戻してくれよぉ……!」
彼はカイ(ユナイト)に「Access Denied(アクセス拒否)」され、自分たちが単なる使い捨ての部品だったという事実に打ちのめされていた。
彼にとって「正義の味方」であることは、自分が社会から必要とされる唯一の証明書だった。それが剥奪された今、彼は自分が「何者でもなくなる」恐怖に狂っていたのだ。
「哀れだねぇ。見ていられないよ」
不意にかけられた声に、ブレイズが弾かれたように振り返る。
瓦礫の上に、ボロボロの鎧を幻術で飾り立てたヴェルミリオンが、優雅に腰掛けていた。
「あ? ……テメェ、道化野郎か。
ちょうどいい、俺の引き立て役になれよ。お前みたいな『悪』をぶっ飛ばせば、俺はまた価値を認められるはずだ!」
ブレイズが拳を構える。その言葉には、「悪を倒す」という使命感よりも、「承認されたい」という空虚な欲望が滲み出ている。
悪を叩けば褒められる。目立てば誰かが見てくれる。その安直な回路が、彼の全てだった。
「引き立て役? 勘違いも甚だしいね」
ヴェルミリオンは薄く笑い、壊れた手甲を見下ろした。
「君は正義を行っているんじゃない。ただ、誰かを叩くステージが欲しいだけの、寂しがり屋の子供だ。
中身がないから、他人の評価という鏡がないと自分を保てない。
君は社会の病巣そのものだよ。『個性的』でありたいと叫びながら、結局は一番『多数派』に依存している量産型の孤独だ」
「黙れッ!! テメェごときに何がわかる!」
ブレイズが地を蹴った。
《爆炎推進》。一瞬で距離を詰め、爆発を纏った拳を叩き込む。
だが、ヴェルミリオンの姿は陽炎のように揺らぎ、拳は空を切った。
「遅いよ。……君の炎が熱いのは、心が燃えているからじゃない。
《悪夢の劇場》――開演だ」
ヴェルミリオンが指を鳴らすと、世界が反転する。
森が消え、漆黒の闇に包まれたステージ。頭上からは逃げ場を許さないスポットライトがアシュレイを射抜き、彼一人を照らす。
「な……んだ、これ……!?」
ブレイズが周囲を見回す。
観客席には誰もいない。拍手も、歓声もない。
あるのは静寂と、冷ややかな視線だけ。
「これが君の現実さ。
誰も君を見ていない。君がどれだけ派手に暴れても、誰も君を愛してはくれない」
周囲には地平線の果てまで続く無人の客席。
「違う! 俺には……俺にはこの炎がある!! 俺は俺だ!!」
必死に否定しようとするブレイズの足元にある鏡張りの床には、彼が必死に蓋をしてきた「透明人間だった頃の記憶」が溢れ出した。
優秀な兄の成績表を眺め、誇らしげに微笑む両親。その横で、存在しないかのように無視されている幼いアシュレイ。
『また喧嘩か。お前には失望したよ』
父の吐き捨てた言葉が、今のブレイズスーツの通信ログのようにノイズ混じりに再生される。
『乱暴者はあっちへ行け』『関わると面倒だぞ』
遠巻きにするクラスメイトの視線。言葉で言い返せないから、手が出る。殴った時だけ、相手が自分を「恐怖」という形で認識してくれる。その歪んだ生の実感だけが、彼の全てだった。
そこに、白銀の装甲を纏ったカイが現れ、手を差し伸べる。
『君の熱量、素晴らしい。世界のために役立ててみないか』
アシュレイにとって赤いスーツは、社会という舞台に立つための「チケット」になったのだ。
「……あ、ああ……! カイ……俺を救ってくれたのは……!」
「救い? 違うね。彼は君を救ったんじゃない。
君という暴力に『正義』というラベルを貼って、便利に使い回しただけさ。
君は主役じゃない。主役を動かすための、替えのきく使い捨てバッテリーだ」
パリンッ!!
劇場の鏡が割れ、映っていたブレイズの仮面が剥がれ落ちる。
そこには、目も口もない「のっぺらぼう」が映っていた。
「う、わぁぁぁぁッ!?」
アシュレイは悲鳴を上げ、膝をついた。
組織という主人がいなければ、自分の名前すら思い出せない空っぽの自分を直視させられたのだ。
戦意喪失。もはや立ち上がる気力もない。
ヴェルミリオンが音もなく歩み寄り、ブレイズのスーツに触れる。
「一つだけ教えてあげるよ。
その赤色は、君の情熱の色じゃない。
……搾取された魔族の血の色だよ」
ドクンと。
スーツが心臓の鼓動を打つ。
アシュレイの指先から、ドロドロとした黒い血が滴り落ちる幻覚が広がり、強烈な嘔吐感が彼を襲う。
その時だった。
劇場の漆黒の壁が、外側から赤黒く変色し、ドロドロと溶け始めた。
物理法則を無視した圧倒的な「熱」が、ヴェルミリオンの精神空間そのものを焼き切っていく。
「な……ッ!?」
ヴェルミリオンが目を見開く。幻術が物理的な熱量によって崩壊し、再び現実の焦げた森が姿を現す。
霧の向こうから、ゆらりと現れた影。
真紅のスーツは高熱でドロドロに融解し、装甲の隙間からはマグマのような光が漏れ出している。
歩くたびに足元の地面が黒く炭化し、白い蒸気が立ち上る。
「ガ……ァ……ハイジョ……ターゲット、カクニン……」
壊れた機械のような、掠れた呼吸音。
バイザーが砕け、剥き出しの右目がシステムの処理ログのように不気味に明滅する――暴走したライガ(バーニングレッド)だ。
「バ、バーニング……? リーダー……助けてくれ! 俺を、俺をもう一度レッドに戻してくれ!!」
アシュレイは膝で這い寄り、ライガの足元に縋ろうとした。
崩壊したアイデンティティを、唯一の希望であるリーダーに修復してもらおうとしたのだ。
だが、ライガは応えない。
無造作に振るわれた右腕が、圧縮された熱波を放ち、アシュレイが先ほどまで縋っていた鉄骨を一瞬で飴細工のように溶かした。
「ヒッ……!?」
「ボサッとするな、単細胞さん!」
ヴェルミリオンがアシュレイの襟首を掴んで後退させる。
「あれはもう君のリーダーじゃない。感情も記憶も焼き切れた壊れた焼却炉だ。
組織に尽くし、意志を捨てた果てに待っている……君自身の未来の姿だよ」
アシュレイは震えが止まらなかった。
死ぬのが怖いのではない。目の前にいる「意志なき廃棄物」が、システムに依存し続けた自分の成れの果てに見えたことが、何よりも恐ろしかったのだ。
「逃げるよ。……今は、君が自分の絶望に責任を取る姿を、特等席で見たいだけだからね」
ヴェルミリオンは《夢幻蝶》を展開し、紫の煙で視界を遮断。
呆然自失となったアシュレイを強引に引きずりながら、霧の中へと消えた。
背後で、暴走したライガの咆哮が森を震わせる。
敵味方もなく、ただ全てを焼き尽くす炎の暴君が、獲物を求めて徘徊を始めていた。
(第13話へ続く)
今回も第12話『道化の鏡』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回は、アシュレイ(ブレイズ)の心理描写に深く踏み込み、「承認欲求」という現代社会にも通じるテーマを描いてみました。彼の抱える「自分は何者でもない」という恐怖と、それを埋めるために「正義の味方」という仮面を被っていた彼の姿は、まさに『道化の鏡』というタイトルを象徴しています。ヴェルミリオンの言葉は辛辣ですが、アシュレイにとって彼の幻術は、目を背けてきた自身の内面を映し出す「鏡」でもあったのです。
そして物語の終盤では、予測不能な形でバーニングレッド(ライガ)が登場しました。一体、彼に何が起きているのか?アシュレイの絶望は、さらに深まっていくのでしょうか……? 次回にご期待ください!
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