第2部 第3話『道化の仮面、毒の華』
【前回のあらすじ】
ネビュロスの過去に続き、ヴェルミリオンが口を開く。
それは、華やかな道化師の仮面に隠された、血と毒に塗れた記憶だった。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
「僕の話かい?
……大したことじゃないさ。ただ、『普通』になれなかった子供が、世界に中指を立てただけの話だよ」
ヴェルミリオンが、幻影の蝶を握り潰すようにして語り始めた。
舞台は歓楽街「エセリア」。
魔族と人間のハーフとして生まれた彼は、その美しさと特異な性別ゆえに、幼い頃から「見世物小屋」の檻の中で育った。
「客たちは、僕を見て笑い、時には石を投げた。
『男でも女でもない』『気味が悪い』……。
社会の『普通』という枠からはみ出した僕は、彼らにとってただの『間違い』だったのさ」
そんな彼を、一人の人間の貴族が「愛」という名の首輪で飼い始めた。
『君は美しい。私の庇護下にあれば、誰も君を傷つけない』
それは救いのように見えた。だが、実際には「お前は弱いから、私の所有物として生きろ」という支配でしかなかった。
だがある日、ジャスティスフェイスの前身組織が街に現れた。
名目は「風紀粛清」。
「多様性」を認めない彼らは、街の異端者たちを広場に集め、公開処刑を始めたのだ。
「僕は彼に助けを求めた。彼なら守ってくれると信じていた」
だが、兵士に囲まれた貴族は、真っ青な顔でヴェルミリオンを突き飛ばした。
『触るな! 私はこんな化け物など知らん! 勝手に付きまとわれて迷惑していたんだ!』
「……え?」
『見ろ、この気味の悪い目を! これは「間違い」だ! 正しい社会には不要なゴミだ!』
貴族は、自分の保身のために、ヴェルミリオンを「間違い」だと断じた。
愛も、庇護も、社会的な「正しさ(多数派)」の前では、あまりにも脆く崩れ去った。
その瞬間、ヴェルミリオンの中で何かが壊れた。
そして、理解した。
「ああ、そうか。
お前らの言う『正しさ』ってのは、自分と違うものを踏みつけにして安心するための、ただの暴力なんだね」
絶望が、彼の体内でどす黒い魔力へと変質する。
涙の代わりに、紫色の毒霧が全身から噴き出した。
「なら、僕も毒になろう。
お前らの大好きな『美しく正しい世界』を、僕という猛毒で腐らせてやる。
……これからは、僕が笑う番だ」
ヴェルミリオンは舞った。
毒の霧が広場を覆い、兵士も、貴族も、嘲笑っていた群衆も、全員が美しい幻覚を見ながら泡を吹いて倒れた。
「苦しいかい? でも綺麗だろう?
これが、君たちが否定した『間違い』の味だよ」
一夜にして、歓楽街は沈黙した。
生き残ったのは、毒の花の中で独り微笑む、一人の道化師だけ。
「それが、僕が『魔王』になった日さ」
ヴェルミリオンは自嘲気味に笑う。
「ブレイズレッド……あいつが僕に執着する理由も、わかる気がするよ。
あいつもまた、『力』というわかりやすい価値観でしか自分を肯定できない、哀れな子供だからね。
……僕と同じ、世界に怯えているだけの弱虫さ」
ポルクが、震える声で尋ねた。
「で、でも……今は、仲間がいるじゃないですか」
「……おや?」
ヴェルミリオンが振り返る。
グリムとネビュロスが、無言で彼を見ていた。
同情はない。ただ、「背中は預かる」という、静かな共感の眼差し。
「……そうだね。
こいつらは、僕の毒を浴びても平気な顔をしている、イカれた連中だからね」
ヴェルミリオンは照れ隠しのように蝶を散らし、姿を消した。
「さあ、湿っぽい話は終わりだ!
明日は早い。……最高のショーを見せる準備をしなくちゃね」
残された空間に、甘い毒の香りが漂う。
傷だらけの道化師は、もう一人ではない。
彼の演じる「悪」は、今や世界を変えるための武器となっていた。
(第4話へ続く)




