第10話『空を貫く拳』
【前回のあらすじ】
放送ジャックによる扇動を受け、ジャスティスフェイスは苛烈な治安維持活動を開始した。
市民すら巻き込む強引なやり方に迷いを見せるバーニングレッド。その隙を突くように現れた魔王グリムは、「お前の正義は何を守っている?」と問いかけ、再び姿を消した。
揺らぐ赤の心と、加速する弾圧。事態は、最悪のフェーズへと移行しようとしていた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
その日の夕暮れ、ノクタリアの空が不気味に軋んだ。
「――全市民に通達する。現在、第1級非常事態宣言を発令中である」
街中に響き渡るのは、ユナイトレッドの冷徹な声だ。
だが、それはスピーカーからではない。
空そのものから響いているようだった。
人々が恐る恐る見上げた空に、巨大な影が浮かび上がっていた。
雲を裂いて出現したのは、全長数百メートルにも及ぶ超巨大空中要塞艦。
ジャスティスフェイスの拠点であり、最大の戦略兵器――《聖断空母ジャッジメント》。
「反乱分子の排除を効率化するため、これより広域制圧システムを起動する。対象エリアの住人は、直ちに指定シェルターへ避難せよ。従わぬ者は、排除対象とみなす」
無慈悲な宣告と共に、要塞の底部が展開する。
そこから無数の光が地上へ照射され、街の一角――特に反体制派の潜伏が疑われるスラム地区が、魔法陣のような檻に囲まれた。
「おい、嘘だろ……あそこごと焼き払う気か!?」
「まだ人が逃げ遅れてるんだぞ!」
パニックに陥る市民たち。
その混乱の中、路地裏から空を見上げる三つの影があった。
「……やりやがったな。まさか本体を降ろしてくるとは」
グリムが忌々しげに舌打ちする。
「焦りを隠せなくなってきた証拠だ」
ネビュロスが冷静に眼鏡を押し上げた。その手元の魔導書が、上空のエネルギー値を激しく計測している。
「あの要塞からの砲撃は、都市の一区画を消滅させる威力がある。……物理的な破壊で、恐怖を植え付けるつもりだ」
「美しくないねぇ。力任せのフィナーレなんて、誰も望んでいないよ」
ヴェルミリオンが肩をすくめるが、その瞳は笑っていない。
グリムは拳のバンテージをきつく締め直した。
「あいつら、本気でここを更地にする気や。……行けるか、ネビュロス」
「計算上、あの高度までの転送は可能だ。だが、防衛システムが作動している。生身で突っ込めばハチの巣だぞ」
「関係あるか。あんなもん撃たせたら終わりや。
空から正義が降ってくるなら――俺が空まで殴りに行ったるわ!」
グリムの全身から、赤黒い魔力が爆発的に噴き出した。
それはこれまでの戦闘で見せたものとは桁が違う、純粋な「怒り」の奔流。
「ヴェルミリオン、目くらまし頼むで!」
「了解。最高の舞台を用意してあげる!」
ヴェルミリオンが両手を広げると、無数の紫色の蝶が空へと舞い上がった。
幻影の群れが要塞のセンサーを覆い隠し、照準を狂わせる。
その隙に、ネビュロスが詠唱を完成させた。
「座標固定。――射出!」
ドォォォォォン!!
地面が陥没するほどの衝撃と共に、グリムの体が弾丸となって空へ打ち出された。
重力を無視し、音速を超え、真紅の流星となって空母へと迫る。
「警告。接近体あり。迎撃せよ」
要塞の自動防衛システムが作動し、雨のようなレーザー砲火がグリムを襲う。
だが、止まらない。
「邪魔やぁぁぁぁッ!!」
グリムは空中で身体を捻り、炎を纏った拳でレーザーを弾き飛ばし、あるいは強引に突破していく。
ボロボロの黒コートが風圧で千切れ飛び、鍛え上げられた上半身が露わになる。首元の古傷――かつて焼かれた村の記憶が、赤く脈打っていた。
「お前らの正義は……誰のためのもんや!!
誰も救われへん正義なんぞ、ただの暴力や!!」
高度数千メートル。
要塞の主砲発射口、そのド真ん中に、グリムは肉薄した。
そこで待ち受けていたのは、銀色の翼を広げた守護者――ユナイトレッド。
「無駄なあがきだ、魔王。システムは止められない」
ユナイトが重力波を放ち、グリムを押し潰そうとする。
「うるせぇ!!」
グリムは空中で魔力を炸裂させ、足場のない空を蹴った。
重力の壁を、理不尽への怒りだけで食い破る。
「正義が神やったら……魔族は誇りやッ!!
オレらの存在そのものを否定すんのは、絶対に許さへんでェェェッ!!!」
渾身の右拳。
そこには、まだ未熟だが確かな、白き輝きが混じっていた。
ズガァァァァァン!!
拳がユナイトの重力障壁ごと、要塞の砲門を殴りつけた。
鋼鉄がひしゃげ、内部回路がショートし、爆発が連鎖する。
発射寸前だったエネルギーが逆流し、要塞全体が大きく傾いた。
「な……馬鹿な。単独の生身で、要塞の出力を上回るだと……?」
ユナイトが驚愕に目を見開く。
黒煙を上げて降下していくグリム。その体はボロボロだったが、顔には勝気な笑みが張り付いていた。
「見たか……これが、地べた這いつくばってる奴らの意地や!」
地上では、砲撃が回避されたことを知った市民たちが、呆然と空を見上げていた。
恐怖の象徴だった空母が、一人の男によって傷つけられた。
その事実は、どんな演説よりも雄弁に、人々の心に「希望」という名の火種を植え付けた。
だが、戦いは終わらない。
傾いた要塞のデッキに、赤い影が降り立つ。
バーニングレッド。
彼は揺れる要塞の上で、墜ちていくグリムを目で追っていた。
(あいつは……命を懸けて、この街を守ったのか?)
正義の味方であるはずの自分が躊躇した引き金を、悪を名乗る男が身を呈して止めた。
その矛盾が、ライガの心に決定的な亀裂を入れていく。
空を貫いた拳は、要塞だけでなく、正義という名の仮面にも、修復不能なヒビを入れていた。
(第11話へ続く)




