第5話:“婚約破棄された公女”が仲間になった
ある晩、村はひどくざわついていた。
「女の子が倒れてる!? 森の外れで!」
その声に、俺とルシアはすぐさま飛び出した。
村はずれの森の中――
そこには、ドロドロに汚れたドレスをまとい、血の気の引いた少女が倒れていた。
「……おい。おい!」
肩を揺すって呼びかけると、少女は微かに目を開けた。
「……たすけ……て……」
それだけを絞り出し、再び気を失った。
ひとまず家に連れて帰り、解熱薬と魔力供給ポーションで応急処置を施した。
「魔力切れと、長距離移動による過労ね……でも、服の生地。これ、王都の貴族の上等なやつよ」
ルシアが布地を指で撫でながら言う。
たしかに、ドレスの仕立てや装飾は高級なものだ。だが、それが血と泥で台無しになっている。
「……追われて逃げてきた、って感じだな」
数時間後――
彼女はようやく目を覚ました。
「……ここは……?」
「うちの研究小屋。辺境のフィア村ってとこ」
「……ありがとうございます。私、逃げて……来たんです……」
少女は、ゆっくりと身を起こして頭を下げた。
「私の名は――エルナ=ディア=グラウベルグ。王国の公爵家、次女でした」
「“でした”?」
「……婚約破棄され、家を追われたのです」
ルシアがハッと息をのんだ。
「まさか……“雷帝の公爵家”の、エルナ様?」
「……ええ。魔法はそこそこ得意だった。でも……貴族社会は、能力より血筋と都合が優先されるの」
彼女の瞳には、強い悔しさと、まだ諦めきれない光が宿っていた。
「もう、帰る場所も、生きる意味もない。でも……この命、誰かの役に立てるなら、何でもします。どうか、ここに置いてください」
俺はしばらく黙って考えた。
ルシアのように強引なタイプでもない。目的があるわけでもない。
でも、その言葉には、確かな“覚悟”があった。
「じゃあ、うちの仕事を手伝ってもらおうか」
「え……?」
「生活費分働くのが、うちの基本ルールだ」
「……っ! はいっ!!」
こうして、“元公爵令嬢”が俺の工房に居候として加わった。
静かに、だが誠実に働き、すぐに村人にも慕われはじめる。
研究バカ(俺)、元婚約破棄貴族、追放された元令嬢。
――なかなかにバラバラな組み合わせだが、意外とバランスは悪くない。
そして、このときはまだ知らなかった。
彼女が後に、“王国を変える魔導具”の鍵になる存在だったことを――。