第4話:“空飛ぶ靴”と“空気読めない王子”
朝。実験室の屋根の上に、ルシアが逆さ吊りでぶら下がっていた。
「ぐ、ぐるじぃ……!」
「いやだから、言っただろ? 魔力のバランスを取らないと空飛ぶ靴は制御できないって」
「こ、こんなの習ってないわよぉぉ……!」
「誰も履きこなせるとは言ってない」
俺の最新作、《浮遊靴:試作四号機》。
念じれば数メートル浮かぶ代物だが、まだ制御が不安定。履き手にある程度の魔力量と空間感覚が必要だった。
「だがまあ……悪くない完成度だな」
そのとき。
村の門番が血相を変えて走ってきた。
「セイルさーん!! えらいことです! 王都から、王子様がいらっしゃいました!!」
「…………はい?」
その日、辺境の小さな村に、馬車10台の大行列がやってきた。
村の広場には豪華な天幕、そして騎士たちが整列。その真ん中で、仰々しく現れたのは――
「はじめまして。私が王国第三王子、ライナス=エルステッド=アルフェリアである!」
全身真っ白な正装、青いマント、笑顔だけは爽やか。だが空気は読まない。
「私の耳に届いた。“辺境にとんでもない魔導具師がいる”と!」
「うわ、やっぱそういう噂回ってんのか……」
「それが、貴殿であるな? セイル・アーヴ殿! 王都に戻り、我が直属の技術顧問にならぬか!」
広場がざわつく。
村人たちは固唾をのんで見守る。
だが俺は――
「断る。めんどくさい」
「………………え?」
「王都? 人多いし研究に集中できない。城勤め? 絶対毎日呼び出しで時間なくなる。報酬? 今の生活に不満はない。……悪いけど、俺、そういうの興味ないんだ」
「なっ……! わ、我が王族であるぞ!? 普通は喜んでひれ伏すものでは!?」
「俺は普通じゃないんで」
王子は顔を青くし、護衛たちは「やばい空気だ」とひそひそしていた。
そんな中、ルシアがにっこり笑って言った。
「セイル様は“世界で一番尊敬する方”ですもの。王子様ごときの誘いに乗るわけないですわよねぇ」
「“ごとき”て」
結局、王子は一日だけ滞在し、俺の魔導具を見学して帰っていった。
その背中はどこか寂しげだった。
──なお、王子はこの日の出来事を日記に書き、「セイルにもう一度認めてもらう」ことを生涯の目標としたらしい。……こわい。
こうしてまた一つ、王都の上層部が“辺境の魔導具師”に屈した瞬間だった。