第3話:謎の貴族娘が押しかけてきた件
ある日の朝。
俺は小屋で“空を飛ぶ靴”の試作三号機を調整していた。
「重心がブレるな……魔力の回路が偏ってる?」
ようやく形になりそうだ、と思ったところで――
「失礼! セイル・アーヴ殿のご自宅はこちらで間違いないかしらッ!」
突然、貴族っぽい声の娘が、庭先にずかずかと入ってきた。
真っ赤なドレス、きらびやかな金の髪飾り、ブーツは泥まみれで……お嬢様が歩く格好じゃない。
「……あんた誰」
「わたくし、ルシア=フォン=リーヴェルト。王都の伯爵家令嬢にして、魔導学園の卒業生よ!」
「へぇ。で?」
「この度は……どうか弟子にしてください!」
俺は沈黙した。
10秒ほど見つめたあと、素直に言った。
「……なんで?」
令嬢はずいと胸を張った。
「あなたが開発した“水壺”と“反転結界”! あれらは王都の技術者すら目を疑ったという! わたくしも見た瞬間に分かったの! “この人、絶対とんでもない天才だ”って!」
「いや、あれは趣味で……」
「王都の研究者たちはあなたを“無能”と切り捨てたけれど、わたくしは信じてる! セイル様こそ、世界を変える真の魔導具師よ!」
「ちょ、やめて。持ち上げすぎて怖い」
どうやら、王都ではすでに“辺境にとんでもない魔導具師がいる”という噂が広まっているらしい。
「でも、なんで貴族のあんたがわざわざ……?」
「――わたくし、実は“婚約破棄”されたの」
「唐突だな」
「名ばかりの婚約だったけれど、“役立たず”って笑われてね。でも、それでよかった。……ようやく、好きなことを選べたのだから」
ルシアはそう言って、俺の試作機を見つめた。
その目は真剣そのものだった。
「お願い。掃除でも雑用でも構わないわ。あなたの近くで、学びたいの」
少しだけ考えて、俺は言った。
「……じゃあ、まずは【魔導具が暴発しそうなときの消火訓練】からな」
「え、炎上前提なの!?」
「当然だ。実験とはそういうものだろ」
「な、なるほど……覚悟はできてるわッ!」
こうして、なぜか弟子(?)の貴族令嬢が増えた。
俺の辺境スローライフは、またちょっと騒がしくなった――が、悪くない。
……なおこの令嬢、後々「世界初の魔導ギルド副会長」になるとは、この時の俺は知る由もない。