九 春吉さん
「アハハハハ、アハハハハ。こ、殺し屋ってハハハハハ、殺し屋ってハハハハ、ヤメテ、ヤメテ、お腹がちぎれそうハハハハ、ハハハハハ。」
マコトさんのお腹を抱えて笑う姿を見ていると、どんどん自分の姿が反比例するように小さくなっていく。
(そんなに笑わなくても、、、。)
小さくなっていく自分を背後からもう一つの笑い声が
「アハハハハハハ、ヤベー、ヤベーのきちゃいましたね。アハハハハ。ヤベーよ、マジハハハハハ、腹いてーヤベーハハハハハ。」
さっきまで誰も立っていなかったそこに、いつの間にか男の人がこれまた、お腹を抱えて笑っている。
本当に腹筋崩壊しそうなほど二人は笑っていた。
(まあ、そうよね。殺し屋なんて、こんなに堂々と目立つ格好で暮らしてないよね。ってか、いやいや祝、そこじゃないよ。)
あんまり二人が笑い続けてほっとかれたから、心の中で一人ツッコミをしてみた。
マコトさんは、壁際のサイドボードにあるティシュで涙を拭くと、箱を抱え込んでまだ笑っていた。
「ごめん、ごめん。まさかそんな答えが返ってくるとはハハハハ。ごめん、おもしろすぎる。ハハハハ。」
マコトさんは大きく深呼吸をして、笑うのを何とか抑えようとしていた。背後に居た男の人が丸い椅子に腰を下ろし
「マコトさんが気になるのがいるって言うから、どんな奴かと思ってたけど、オマエ、おもしれーなー。」
マコトさんは、言った通りでしょって言いながらまだ肩が揺れていた。
私の隣に座ったその男の人に目をやると
「あ、一階に居た作業着の。チルでもココアの飲んでましたよね。マコトさんのお知り合いだったんですね。」
「えっ。」
笑い転げていた二人がスッと真顔になった事に、私の方が驚き、
「あれ、違いましたか?確か、クレでもナポリタン食べて、、ましたよね。」
マコトさんとその男の人は目を見合わせると、
「へー。マコトさん、これは拾いもんかも。俺は、春吉。ハルで良いから。」
「ハルさん。祝です。」
よろしくお願いしますと言うべきなのか迷ったけど、まだインターンだってここでするか決めていないのにと思って、その言葉を飲み込んだ。マコトさんはティッシュの箱をテーブルに置くと私の顔をまじまじと見て、
「ふ〜ん。やっぱりそうなのね。」
「え、やっぱりそうって、何がですか?」
「エントリーシートの書き方を見て思ったのよ。あなた、人を観察するの好きでしょ。」
自分でそんなふうに思ったことはなかった。
「そう、、、ですかね。あんまり思ったこと無いですけど。」
「いいわ。内定だけじゃなくて、ちゃんと働かせてあげる。」
私はビックリして言葉がすぐに出てこなかったけど、
「あ、でも、、、その、、、。仕事のことが、分からないと、、その。」
マコトさんは思い出したように笑いながら
「ここは終止符屋。ピリオドのP。大丈夫よ、殺し屋じゃ無いから。。ハハハハ。むしろ逆かな。その人らしく生きていくそのための仕事よ。」
「終止符、ピリオド、だからP。でもその人らしく、、、って。」
マコトさんは私を見て大きく頷いた。その横でエントリーシートを覗き込んでいた春吉さんが、
「俺は正式には認めてないから。まずは、、、ふうん、大学三年か。一年間様子見だ。役に立たない奴は、人生ぶち壊しかねないからな。マコトさん、一年俺はそれで行きます。いいっすね。」
「いいわよ、ハルちゃん。でも、ちゃんと可愛がってよ。私のお気に入りなんだかね。」
マコトさんはそう良いなが席を立つと、
「ハルちゃん。祝ここで暮らすから、部屋を案内してあげて。」
「了解っす。お前、金ないの?」
「無い、、、です。けど、えっと、ここで暮らすって?」
私の知らない所で、どんどん話が進んで行く
「だって、奨学金返すためにお給料たくさん欲しいんでしょ。」
マコトさんがそう言うと、春吉さんがすごい形相で私を見て
「お前、ずうずうしいな〜。仕事もろくにできもしないくせに、給料上げろって言ったのか!」
「いや言ってません。卒業と同時に400万の借金持ちになるんで、少しでもお給料の良いところで働きたいって、そう思って就活してるってマコトさんに、、、。」
「一緒だろ!まあそう言うことか。それならここで暮らせ。」
そう言われても、春吉さんの言い分はよく分からない。
「ここで暮らせって、、、。えっと、、、。」
部屋を目だけで見回すと
「この部屋じゃ無いわよ。上に部屋があるからそこね。家賃はいらないわ。そしたらその分給料が安くても良いでしょ。食事もとなりの部屋のキッチン使って。食材を自由に使ってよろしい。」
「マコトさん、流石に甘すぎでしょ!」
春吉さんさんがそう詰め寄ると
「使って良いけど、私の食事時も作ること。そしたらタダで三食食べさせてあげる。食費も光熱費もかからない。どう?ここで働く気になったきた?」
ヤバイ。めちゃめちゃその気になりそうな自分がいる。
「、、、。」
マコトさんは答えに迷っている私の顔を覗き込んで、
「とりあえず、動いたほうが良いっしょ!でしょ。」
クレの金髪女子、夢ちゃんの言葉を不意に言われ驚いたのと、
「そんな素敵な笑顔で言われちゃうと、、、。」
と、本音が口から出た。美しい顔はずるい。ずる過ぎる。あんな綺麗な顔が、目の前で微笑んだら、キュンとしてしまう。
(あれ、女の人を好きになる自分っていたっけ?)
「ん?どうする?」
マコトさんの笑顔に
「一年間、インターンでお世話になります。」
「よろしい!ハルちゃんあとよろしくね。」
そう言うと、入ってきたドアから出て行ってしまった。春吉さんさんは、マコトさんに手をあげて返事をすると、私の方を見て
「お前、図々しいなー。マコトさんが正式にっていってくれたのに、インターンでなんて、よく言うよ。」
「だって。仕事、よく分からないし、、、。」
何でだろう。口の悪い春吉さんなのに、心を許せそうに思えて、甘えたように返事をした。
「まあ、いいや。マコトさんの頼みだからな。案内するよ。」
春吉さんは、空いているキッチンにつながるドアの前に立ち、手招きをして
「こっちが作戦会議室であり、キッチンであり、俺の昼寝場所な。」
そう言っている。私はそのドアを通り抜けて良いものかまだ躊躇して、こちら側から動かずに
「春吉さんはどうしてこの仕事をしてるんですか?その、、終止符屋を」
春吉さんはドアのところに立ったまま私をじっと見て
「お前、そう言いながらもちょっとホッとしてるだろ。」
「えっ。」
「結構な売り手市場だし、周りだって皆、就活解禁前に内定出てるんだろ。そんな中で、自分だけどうしてって苦しかったんじゃねーの?」
「、、、はい。」
「でも今はホッとしてる。ホッとして気持ちに少し余裕ができたから、これから先の事、このままここに働くこと決めても良いのかって考えられるようになってる。だろ!」
「、、ええ、確かに、そうです。」
「内定ゼロに終止符を打てて、気持ちが一つ前に出れた。」
「あっ。」
「この仕事はそう言うことだ。前に進む気持ちになる手伝いができる。な、悪く無いだろ。」
春吉さんの言葉は、カラッカラの植木鉢に水をあげたみたいにスッと染みて理解できた。
「甘えさせてくれる人がいる時はさ、甘えても良いんじゃねーの。」
春吉さんの言葉に涙が一雫、頬を伝わった。
ここにいても良いんだ。一人ぼっちで頑張らなくても良いんだと。
「ってか、ハルでいいって言っただろ。春吉って呼ぶなよ。」
「はい。春吉さん。」
「呼ぶなって言ってんだろー。」
心がフッと軽くなって、桜の咲く季節を私も楽しめそうだ。