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八  マコトさん

 背中に寒気が走った。お花屋さんの彼女は、明るい声で

「マコトさん、こんにちは。美佐枝さんの様子はどうですか?」

「千花ちゃん、ありがとう。今日は調子がいいのよ。」

「ああ、良かった〜。」

その答えを聞くとマコトさんは私の方を向いて、

「さて、問題です。美佐枝さんはどうして今日調子が良いのでしょうか?」

わかってるでしょ、と言わんばかりに私をじーっと見てそう言った。

「うん?」

その美しい容姿は優しい微笑みで私を追い詰めてくる。観念します。

「卵サンドを食べたからです。」

マコトさんはにっこりと笑って

「はい、正解!」

そして私の顔をじーっと見つめると

「じゃ、行きましょうか。」

お花屋さんの彼女、千花さんがキョトンのしているのがわかった。

今日初めて会った彼女に助けを求めるわけにもいかず、チラッと見て、愛想笑いをして、マコトさんの後について歩き出した。

 マコトさんの事務所に続く階段の横には小さなエレベーターがついていた。三階建てにしては珍しい。設置義務は五階からのはず。年齢のいった人が出入りしてるのかな。

 階段を上がると木製のドアがあって、ドアには真鍮製だろう、Pとだけ表記されたプレートが付いている。ぐるりと見回すと、よく手入れされたカポックがドアの横、小さなエレベーターホールにあって、少し気持ちを和ませてくれた。

(千花さんのお店にも観葉植物あったな。そこからかな?)

施錠されていないのか、マコトさんは鍵を開けることもなく入っていく。

「どうぞ。」

ドアを抜けると、正面ではなく左手の壁に鏡がかけてあり、右手に進むと意外と小さな窓のない部屋。テーブルと、二人掛けのソファーが一つと、一人がけが二つ。丸い椅子が一つ。暖色系の暗めの照明が怖いと言うよりも、何とも落ち着かせてくれる。

「かけて。」

マコトさんに促されたのは、入り口から遠い二人掛けのソファーだ。入り口から遠いってことは逃げられないし、二人掛けって落ち着かないと思ったけど、座ってみるとお尻を手で包まれているかの様にすっぽりとソファーに吸い込まれた。

「待ってて。」

そう言ってマコトさんは、入り口とは反対のドアから出ていった。

(座り心地最高〜。ヤバっ朝早かったからな、ほっとかれたら寝ちゃいそう。)

こんな緊張する場面だけど、本当に眠気が襲ってきた。ソファーのせいだろうか、それとも照明?。

 マコトさんはすぐに、片手にマグカップを二つ。もう片方にはポットを持って帰ってきた。

「お待たせ。」

そう言いながら、マグカップにコーヒーを注いでくれる。

「ああ、良い香り。」

この香りだけで目が覚めそうでありがたくて、思わず声が出てしまった。

「コーヒー好きなら、さっきチルでも注文したらよかったんじゃない?」

完全にバレている。卵サンドに気を取られていたから、入ってくる前のマコトさんのことはノーマーク。やっぱり見つかっていたんだ。

「、、、そうですよね。」

穴があったら入りたい。本気でそう思った。マコトさんはニヤリといたずらっ子の顔をしている。まだ何か言われそうだったが

「じゃあ、エントリーシートを見せて。」

「お、お願いします。」

カバンの中からセロケースに入ったエントリーシートを取り出してマコトさんの前に差し出す。しばらく眺めると

「うん。昨日のままね。書き加えることはないって事か。あなたの全部がここにあるってことね。」

「はい。」

マコトさんはまたニヤリとして、

「それで、履歴書は?」

その言葉に私は少し躊躇した。ここにいるけど、わからないことだらけだから。

「あの、その前にお聞きしても良いですか?」

「良いわよ。何かしら?」

マコトさんはそう答えたけど、何とも含みのある言い回しだ。でも聞かないことには話を進められない、思いっ切った様に切り出した。

「あの、どうして、その、私にエントリーシートを持って来なさいっておっしゃったんですか?」

「ん?どうして、、、て?」

「そうです。どうしてですか?あの、、喫茶店クレで、エントリーシートを一時間も眺めていた、だから、、その、、気の毒に思ったとか。添削してくれるとか、、。それから、、、。えっと、、、。」

「それから?」

「えっと、その、、、ここの会社って、Pって何をする所なんでしょうか?」

「あなたは何だと思ったの?」

「えっと、、、。就職を斡旋してくれる、、そう、そうです、就職斡旋、ハローワークみたいな。」

まさか、裏の仕事を引き受けてるとか、探偵事務所とか、ましてやモデル事務所と思ったなんて、この容姿で言えるはずもなく、誤魔化す様に思いつきで口からでまかせを言ってみた。マコトさんは、またもやニヤリとして

「それとも探偵事務所、とかね。」

あー、千花さんとの話も丸聞こえって事ですか。

「すみません。Pが分からなくて、気になって調べようとしていました。」

私は、観念するしか無く、マコトさんに告白した。

「つまり、気になって調べたいけど、ここには就職はしたくないって事?」

マコトさんのその言葉に、、内定ゼロの悲しき自分が反応してしまった。

「そんな事ないです。内定が欲しいです。」

「内定ね。」

「あ、すみません。まだ一つも内定もらえてなくて、つい、すみません。」

「ふふん。正直ね。」

正直ついでに全部話す事にした。

「それに、どこでも良いってわけにもいかなくて。すみません。えっと、お給料とか。仕事の内容とか。働くなら、自分がやりたいと思える仕事をしたいです。」

「う〜ん。あなたは、内容よりもお給料の方が気になるって事?」

「えっと、そう言われてしまうと違う気もしますが。あの、私、奨学金をもらって、あ、返済しなくてはいけない奨学金です。それをもらっているので、卒業と同時に400万の借金を抱えます。ですから、お給料は大切です。」

「なるほど。それで、お給料の良い大きな会社を受けてきたけど、内定は一つももらえずってことね。」

「、、、はい。」

マコトさんの綺麗な顔で言われると、トドメを刺された気分だ。

「良いから、履歴書、出しなさい。」

マコトさんは、私の質問に何一つ答えてくれてないけど、素直に履歴書を差し出した。どうでもよくなってと言うより、本当にこの人になら見てもらいたい、そう思えたから。

 マコトさんは履歴書とエントリーシートをじっくりと見てくれた。マグカップから立ちのぼる湯気と香りがその時間をゆっくりと包んでいくようで、長いと言うよりもずっと続いて欲しいと思える時間だった。

 エントリーシートと履歴書を、トントンと机に当てて揃えると

「内定出してあげる。とりあえず、明日から大学が終わったら、ここに来なさい。インターンとしてまずは働いて。もちろんお給料も出すわ。」

「え。えっと、、、。その、、、。」

嬉しいと正直思った。

(でもでも、なんの仕事をしているのか分からないままは流石に不安。足を踏み入れちゃって後戻りできなかったら、私の残りの人生、牢獄の中とか。向こうに帰れなくなるとか、そんなの困る!)

「まだ、何か?あなたがお望みの内定よ。」

「あ、ありがとうございます。」

「いいえ、どういたしまして。」

「それで、その、、、、。仕事の内容といいますか、、、。えっと、、、。」

「ああ。そっか。そこ気になっていたのよね。」

気になるに決まってる。仕事の内容によっては断らないと。

(あ、でも、まずい仕事で、聞いちゃってから断れなかったらどうしよう。返してもらえなかったら。今ならまだ間に合う。あの入ってきたドアから走って逃げれば!あ、でもでも、エントリーシートも履歴書も渡しちゃった。あ、でもでもでも、机の上にある。あれ持って走れば、、、。)

そうゴチャゴチャと考えていたら、

「ここは、終止符屋。誰にだって終わらせたい事があるでしょ。私たちは、そのお手伝いをしているのよ。」

私は、息を呑んだ。終止符屋。人生を終わらせる手伝い、、、。

「こ、殺し屋って事ですかーーーーーー。」

思わず叫んでしまった。目の前には、マコトさんが思いっきり吹き出して笑い転げている。そんなに笑わなくても、ってほどに。




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