五十八 初仕事
マコトさんと西条の会話が理解できずにいた。でも、目の前で話はどんどんと進んでいく。ショウコさんも二人の会話に戸惑っている様子だったが、私のそれとは違うようだ。
「あ、あの、、、。」
ショウコさんがどうして良かわからずに思わずでた声に、西条はついさっきまでの大柄な態度とは別人のように、寂しげに目をそらして、
「支度を済ませたら、ここの掃除だけやっていけ。」
「あ、、、えっ、、と、、。」
戸惑っているショウコさんに、マコトさんが優しく頷くと、
「は、はい。旦那様。」
と、小さな声で返事をした。
「私が、お荷物運びましょう。」
そう言ってゲンさんは、ショウコさんと部屋を後にした。
ゲンさんが部屋を出る時、マコトさんの方に視線を送っていた。マコトさんは振り返ることは無かったが、パッタン、と扉が閉まる音と同時に、西条の時が止まったように部屋から音が無くなっていった。
マコトさんが席を立ち、西条に向かって歩いていく。
「あなたも、自分の過去に切りたい縁があるんじゃないかしら。」
ここに心が存在しないように動かなくなった西条。その後ろに立つと、
「はふり。」
私をその名で読んだ。
「はい。」
私は、吸い寄せられる様にマコトさんのもとに行き、そして右手が勝手に、西条の神道に向かって動く。
「楽になりなさい。」
マコトさんの言葉が、私の右手を伝わり西条の神道に届き、その背中を朱に染めていく。
私にとって初めての経験。
だが、なぜか体の奥に収められたいた記憶が呼び起こされたようで、心が動揺することも無く、マコトさんの一部になっていく心地よさを感じていた。
西条の神道が朱に染まると、その身体から金色の糸の様に西条の記憶が、いくつもいくつも伸びていく。
無数の記憶の糸の中に貴政さんやリコちゃんの姿が浮かび上がっていた。
どうしたことだろう、西条の記憶の中の貴政さんもリコちゃんも優しい顔をしている。満たされて、楽しそう。西条から逃れたい二人とは、とても思えない姿だ。
なぜ?
金色に伸びた記憶の糸の上にマコトさんが手をかざすと、リコちゃんの記憶が吸い寄せられるよにその手の中に伸びていった。
『リコちゃんとは縁を切る。』
私は、マコトさんのその言葉を思い出して、マコトさんの手に伸びている西条とリコちゃんを結ぶ記憶の金の糸を切ろうと、左手の示指中指をたて眉間にあて集中したが、
「まだよ。」
その言葉にハッとし、マコトさんを見上げると、
「よく見るのです。」
その視線の先にあるのは、金色の記憶の糸の奥底に棘の様に刺さっている黒い何かだった。
マコトさんがもう一方の手をかざすと、黒く鉛のような鈍い色をした棘の記憶の中に泣いている幼い子供と、その傍らの箱の中で泣いている赤ちゃんの姿が浮かび上がって見えた。
「、、、西条、、自身でしょうか?それと弟の誠司、、ですか?」
「そうね。はふり、お願い。」
それは、切ると言うよりも、抜く方が正しく思えて、左手を伸ばしたが、
「う、、。お、重い、、。」
鉛色そのままにそれは、重く深く西条の記憶の中に根を張ったように動かない。
「大丈夫よ。」
マコトさんに、実際にそう言われたのか、頭の中で響いたのかはわからなかったが、強く硬く張られた根がふいに消えたのか、鉛色の棘はするりと抜けた。
「あ、、、。」
抜けると黒い棘の塊は、浄化される様に消えて無くなってしまった。あとには、深い深い青色の石が、私の手の中に残り、
「悲しい色ね。」
マコトさんがその石を私の手の中から拾い上げながら呟いた言葉に、なぜだろう、私の頬に自然と一筋、涙が溢れた。
いつのまにか戻ってきたゲンさんがマコトさんの手のなかの石を見て
「深縹、、、ですか。」
「そうね。」
「随分と抱え込んでいましたね。」
ゲンさんの声で意識が戻ったのか、西条は大きなスーツケースを持ったショウコさんを見ると、
「咲子、支度ができたのならここに来て顔を見せてくれ。」
「え、咲子、、て。」
なに?なんで?どう言うこと?私は思わず声が出た。
「はい。」
ショウコさんも当たり前のように返事をしている。
なんで?どうなってるの?オヤ、私だけが置いてきぼりになってませんか!
たった今、東方神さまのマコトさんと『はふり』としての初の大仕事をしたばかりの、神使職の私なのに、状況が全く飲み込めない。
まあ確かに、神使職って言っても見習いって感じだけど、それでもひとりぼっち。みんなから取り残されてるなんて酷すぎやしませんか!
「咲子。凜子を頼む。」
「はい。」
ウン?あの西条がいい人になってる?
「それから弁護士。後日遺言書を書く。来てくれ。」
「かしこまりました。」
あー言葉遣いは変わらない。
「それから、お前。」
「何かしら?」
ちょっ、ちょっとー。神様に向かってなんちゅーことを!やっぱ、ラリアットにしとけば良かった!
「そこの金をお前に預ける。貴政を助けてやってくれ。」
「貴政さんだけ?」
「凜子の事は、貴政がしっかりとみてくれる。」
「そうね。わかったわ。でも、私が独り占めしちゃうかもよ。」
「お前はそんなことはせん。」
「ふふ。」
ついさっきまであんなに大柄なやつだったくせに。
鉛色の棘が抜け、浄化されて、西条自身はなーんにもしていないのに急にいい人ぶっても、納得なんてできない!したくない!
そんな私の気持ちにお構いなく事は進む。
「ほら、祝。動いて、動いて!」
「そうです。見習いなんだからボーっとしないで、働いてください。」
マコトさんとゲンさんも、さっきまでの出来事は無かったみたい。
二人に急かされて、暖炉の金庫から残りにジュラルミンケースを取り出した。
「うー。重ーい。」
どこからか、ゲンさんが持って来た台車に腕がちぎれるかと思ったけど、なんとか乗せて、暖炉を綺麗に元に戻した。
ゲンさんが早く早くって急かすから、暖炉の灰で私の顔はススだらけだよ。本物の灰かぶり。シンデレラだったら良かったのにな。




