五十七 咲子さん
西条のその顔は、もう赤くなかった。持っている杖を激しく振り下ろすこともなかった。
マコトさんに言われたからって、まさかこんなにあっさりと諦める?
マコトさんが神様で、その言葉に力があるから、だからこんなあっさりと諦めたってこと?
いやいや、あの、人としてあり得ない考えの持ち主の西条だ、何か裏で企んでいるのかも。
そう思って、いつでもラリアットをお見舞いできるように身構えていると、
「で、それをどうするつもりだ。」
マコトさんは椅子に深く座り直し。
「もちろん、警察になんて提出しない。」
(え、しないの!)
ちゃんと心の声だったけど、ゲンさんが私を見て、
「ええ。提出しません。」
そう言った。マコトさんは続けて、
「だって、どうせ小林さんが簡単に握り潰すでしょ。ちなみにだけど、この証拠はもちろんレプリカ。画像の元データも別の場所よ。私達に何かあれば、そこからマスコミに向けてすぐに送信される。ね。」
マコトさんはそう言ってニヤリと西条を見た。西条は、ため息を一つついて、
「なるほど。もうすでに決着はついている、そう言うことなんだな。」
「さすがね〜。一代でここまで会社を大きくした人だけあって、ものわかりが良いこと。」
マコトさんが西条を誉める気持ちは、これっぽちもわからなかったけど、話が決着する方向に向かっていそうな事にホッとした。
「で、どうしたいんだ。」
マコトさんは、
「まず、リコちゃん。彼女とは完全に縁を切ってもらいます。でも、あなたの子供であることに違いない。惨めな生活は送ってほしくは無いでしょ。それに、あなたの死後にDNA鑑定でもして、巨額な財産分与に慰謝料なんて求められても、あなたが作ったこの会社だって困る。そこで、彼女がこれから生きていく為の資金をお願いします。」
マコトさんはそう言って、西条の後方を指差し、
「そこの金庫から、領収書も要らない、税金もかからない資金をね。」
マコトさんが指差した先には、これまた立派な暖炉があった。まさかこの奥に隠し金庫が?
「、、、。」
西条は、マコトさんを睨んではいたけど何も言わない。
「それから、貴政さんのことだけど。」
貴政さんの名前がでた途端、西条は顔色を変え、
「なんだと!貴政のことはお前に関係ないだろう!」
今にもマコトさんに噛みつきそうだ。ゲンさんは、鞄からA4の封筒を取り出すと、
「こちらに、貴政様より書類をお預かりしております。どうぞご確認を」
西条の前に封筒を置くと、一瞬ためらったようにも見えたが、乱暴に封筒をとり中身を取り出した。
そこには手書きで書かれた手紙と、何かの書類が同封されていた。しばらくその手紙を見ていると西条の目からまさかの、
(え、ウソ!泣いてる?)
さっきまで、この世から消し去りたいと思うほど憎たらしい顔をした西条が涙ぐんでいる。何これ!世界中が驚く現象だよね!
って思ったけど、驚いているのは私だけだった。なんで?
西条は、ゲンさんに右手を出し、
「ん。」
と短く声を出した。ゲンさんはペンを差し出し、その右手に渡すと、西条は書類にサインをした。終わると静かにペンを置き、ゆっくりと席を立ち暖炉に向かった。
暖炉がグッと動いて隠し金庫が姿を現す、そう思ったけどい意外にも単純だった。西条はショウコさんに
「おい。これをどかすんだ。」
「あ、これ、、とは、、、。」
「灰をどかせ。」
「灰を、、ですか?」
「そうだ!早くしろ。」
「は、はい。わ、わかりました。」
ショウコさんは慌てながら、暖炉に置かれている薪をどかし、その下の灰を灰スコップで灰入れバケツに入れた。ホウキで底を丁寧に履くと床に敷き詰められたレンガが現れた。そのレンガも取り除くように指示され、現れたのは鉛色の扉。
扉には、特徴的な彫刻が施されていた。
西条の杖は、ハンドルの部分が鷲の頭に象られている。そのハンドルの部分を取り外すと、中から鍵のようなものが出てきた。それをゲンさんに渡し。
「その扉を開けろ。」
扉の彫刻に一箇所、その鍵のようなものと形がピッタリと合う場所があった。鍵穴に差し込む、と言うよりは、パズルを合わせるように渡された鍵を置くと、ボタンでも押したように扉が左右に少し音を立てながら開いた。
暖炉はあまり使って無いようだ。現れた扉は灰を被ってはいたけど、火によってやけた跡は無い。開いた扉の先には、ジュラルミンケースがいくつも整然と並んでいた。
「持っていけ。どうせ、ここにあってもいずれ誠司に使われるだけだ。」
マコトさんは西条をじっと見ていたが、
「へ〜。いさぎいいわね。」
「ワシはこの年だ、どうせ使いきれない。貴政にやってくれ。あいつは手術を受ける気になっているそうだ。金がかかるだろう。凜子にも。」
マコトさんはゲンさんに目で合図すると、
「では。」
ゲンさんは席を立ち、そこからジュラルミンケースを二つ取り出した。
「それから、こちらの請求書はどうしたらいいかしら。」
マコトさんがそう言って封筒を西条に見せると、
「ふん。子供たちに払わせるわけにいかんだろう。」
そう言って、もう一つのケースを机の上に置くようにゲンさんに指示し、
ケースを開けるとびっしりと札束が並んでいる。
「うわーー。」
思わずため息がでっちゃった。ゲンさんがそんな私をどんな顔をして見ているかなんて、気にすることも無いほど札束に目が釘付けになった。
(これだけあれば、私の奨学金の返済なんて、あっと言うまだろうな、、)
西条はそこから鷲掴みに札束を掴んで、マコトさんに向かって、ほうり投げた。
お願い、私にもほうり投げてー。
「領収書はいらないのよね。」
「勝手にしろ。」
ゲンさんが、机の上にほうり出された札束を回収していると、マコトさんが、
「あと、そちらのショウコさんの退職金もお願いするわ。」
西条は、ショウコさんをチラリと見て、マコトさんに視線を戻すと、さっきよりも気弱な声で、
「、、、何もかも持って行く気か。」
「大きな声を出さないってことは、少しは勘づいていたって事?」
勘づいていた?ってなに?
マコトさんと西条の会話は全く理解できない。
鬼の様な西条からショウコさんをこの機会に解放してあげたいって意図がありそうなのはわかるけど、
「勝手にしろ。こんな女いなくても何も困らん。」
そう言って現金をまた掴むと無造作に机に投げ出した。
ショウコさんは、かなり戸惑って
「あ、あの、、。」
そう声を出すのが精一杯だった。マコトさんが
「リコちゃんが待っていますよ。」
そう話しかけた後に、マコトさんの唇が、
『咲子さん』
って、動いたような気がした。




