五十六 宣告
今、私の顔は、私史上もっとも酷い顔をしているに違いない。
西条を目の前から、いや、この世界から消し去ってしまいたい!
(今、ラリアットする!絶対に食らわしてやる!西条!動くなよ!)
後でわかったんだけど、この時の私は、おでこに手を当てて、息を吐き集中しなくても浮いていた。
多分だけど、2センチ以上。
髪の毛だってメヂュウサのヘビの頭のように、髪が怒りでウヨウヨと逆立っていたかも。
まさに西条に飛びかかる、その時、
『はふり。まだよ。鎮まりなさい』
(う、マコト様、、、。)
『様って何よ。』
(えっ、あっ、す、すみません。)
怒りに震えていたけど、確かに頭の中で、この会話がなされた、たぶん、、。
だって、自分でもはっきりと自覚があるのは、マコトさんの言葉で意識を取り戻して、スーッと床に降りた感覚だけだから。
幸いにも、ゲンさんは西条の隣のソファーに座り西条を見ていたし。ショウコさんも西条のすぐ後ろに立ち、いきなり立ち上がった西条が倒れやしないかと、気にしていたので、私が浮き上がっていたことを目撃しているのは、マコトさんだけだった。
(アレ?マコトさん、まだよ、、、って、言ってた?)
マコトさんの言葉を思い返していると、
「あなたと、まともに話ができるとは思っていなかったけど、こんなにもズレてるとはね。」
マコトさんが呆れ果てたように、それと、ズレすぎることに感心しているように、そう言った。
「話がまるっきり伝わらないようだから、順番に話してあげる。まずは、五年前。西条さん、あなた、リコちゃん親子の転落現場に居たわね。」
マコトさんの問いかけに、西条だけでなく、ショウコさんもピクリと反応したように見えた。
「、、、なんの話だ。」
「アラアラ、警察の事情聴取じゃないんだから、トボけなくてもいいのに。
あなたは、あの場にいた。そして、リコちゃんのお母さん、咲子さんを突き落とそうとした。でしょ。」
「ふん…知らんなー。」
マコトさんは西条の言葉にかまうことなく話を続け
「咲子さんだけを突き落とそうとしけど、リコちゃんがお母さんを追ってその胸に飛び込んだ。だから、二人で崖を滑り落ちてしまった。」
マコトさんは小さく息を吐き、
「咲子さんは、リコちゃんを必死でかばったんでしょうね。咲子さんは生死を彷徨うほどの怪我をしたのに、リコちゃんは擦り傷がほんの少しできただけ。母親って強い。尊敬する。ね、西条さん。」
マコトさんはそう言って、ショウコさんを見た、ような気がした。
「何を、、くだらん。」
「崖を滑り落ちた二人を追って、リコちゃんだけを連れ帰るつもりだったけど、通行人に騒がれて断念。だから救急車を追跡し、搬送先の病院を突き止め、リコちゃんだけを連れ去った。弁護士同伴でね。まったく近頃の誘拐犯は、弁護士連れて来ちゃうんだもん、たいしたものね。」
マコトさんは、西条に嫌味たっぷりにそう言い、西条が、
「誘拐犯だと!ワシは父親だ!自分の子供を家に連れて帰る、当たり前のことだろ!何が悪い!」
そう言った西条をマコトさんは、
「ふーん。自分の子供ね〜。」
「なんだ!そうだろう!」
「普通は、娘って言いそうだけど。まあそんな風に、人にリコちゃんの事を話したことないんでしょうね。」
「見て来たように作り話をするようなヤツと話をする気になれん!さっさと凜子を連れてこい!」
叫ぶ西条を無視し、マコトさんは続けた。
「さて、ゲンさん。」
「はい。」
ゲンさんは、返事をするとタブレットを操作し、
「ご覧ください。こちらが当時の防犯カメラの映像です。」
「防犯カメラ?馬鹿を言うな。五年前の映像が、今残っているはずないだろう。」
西条は、ばかにしたようにそう言って、また椅子に太々しく座った。
マコトさんは、フンと鼻であしらうように、
「その通り。そんな前の映像が、今も都合よく残ってるはずない。五年前にちゃんと保存していたのよ。」
だが西条は、少しも慌てる事なく、
「馬鹿馬鹿しい。そんなに都合よく保存しているはずがない。あの時、事件にするなとちゃんと話をつけてある。」
「あら、誰に話をつけたの?確か、五年前もあの管轄の警察署長は小林さんだったかしら?」
答えを返さない西条に構う事なく、ゲンさんは、
「こちらは確かに五年前。ここに母と子、それを追いかける六人の男性とおぼしき人物が写っております。それを鮮明かした画像がこちらになります。」
ゲンさんは、西条をチラリと見て、
「母と子は、咲子さんと当時のリコさんです。そして六人の男性の一人は、西条さん、あなたです。」
「捏造だ。AIにでも作らせたんだろ。あの公園になど行っておらん。」
吐き捨てるようにそういった西条に、マコトさんが、
「公園なんて誰も言ってないけど。どの公園の事かしら?」
「え、映像を見れば公園とわかるだろ!」
「どうやって?ここには歩道と斜面。下に通る車道。それしか映ってないわ。公園にはとても見えないわね。」
「き、貴様ーーー。」
「それに、ちゃんと当時のゲソ痕も採取してあるの。八人分ね。幼い子供の運動靴。女性のローヒールと思われるパンプス。そして男性のものが六人分。その中の一人が、24センチ。男性にしては小さなサイズ。まるで、西条さん、あなたの足のサイズのようね。」
「、、、、。」
「それから、これ。」
マコトさんは、Pを出る時にガンさんから手渡された、シリコン製の手のひらサイズの物をとりだした。西条の目の高さに掲げて、
「何かわかる?」
そう尋ねた。
うるさいとでも言って突っぱねるかと思ったけど、西条は黙ってそれを見つめていた。
「心当たりあるのね。そう、西条さんが今手にしているそれとそっくりじゃないかしら?」
西条は、手にしていた杖に視線を落とした。
「その杖、特注品なんでしょ。あなたがドイツのガストロックでわざわざ職人に作らせた、この世でたった一本の杖。」
西条の顔は、先ほどの様に赤くなって、マコトさんを睨みつけている。
「杖先って、通常は滑らないようにゴムでできている。西条さんは杖に頼るなんてやだったのかしら。体を支えるための杖を持つ事を拒んだんでしょうね。わがままで、プライドだけ高いあなたのために、ガストロックの職人は素晴らしい提案をしてくれた。」
西条は、杖を持つことが老いの証明と考えているのだろうか。マコトさんに心を読まれたと、怒りで震え出している。
「ガストロックの職人は、オシャレで杖を持っているかのように、杖先にゴムを使わない。でも安定性も高める為に、猛禽類、つまり鷲の足の様な杖先をあなたのために選んでくれた。」
「うっ。」
「すべてを我が物にむしり取ろうとするあなたにピッタリ。」
顔を赤黒くしてマコトさんを睨みつける西条に
「お気に入りの杖が、あなたが何をしたのかハッキリと示している。」
そう話す神であるマコトさんの言葉には、その場の全てを凍りつかせるほどの怒りに満ちていた。
西条が許されることは無いと宣告するように。




