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五十五  食らわしてやる!

 どうして初めて会った女性をショウコさんだと思ったのか。あんなにもすんなりと声をかけたのか。自分のしたことだけど不思議だった。

でも、リコちゃんの様子を伝えた時のショウコさんの嬉しそうな顔を見て、自分を褒めてあげたいと素直に思えた。ゲンさんはご立腹だったけどね。

 屋敷の中に入ると、大きくて立派ことはもちろんだけど驚くほど静かで、不気味な程ヒンヤリとしていた。

「なんか、寒くないですか。」

私の少し斜め右前を歩くゲンさんにそう話しかけたけど、チラリと私をみただけ。まだ怒ってるの?そんなに悪いことしてると思えなかったから、ゲンさんの態度に、だんだんと腹が立ってきた。

 玄関に入るとすぐに広い応接間があったが、そこは通りすぎ、長くて寒い廊下の一番奥の扉の前まで歩いた。

「わあ、、立派な扉、、。」

声に出すつもりはなかったけど、つい心の声がポロリとでるほど大きくて、彫刻も施されて、他の扉からするとちょっと異質な扉がそこにあった。

当然のようにゲンさんには、まだ喋るかーって感じで睨まれてたけどね。

(仕方ないじゃん。つい出ちゃったんだもん。)

心の中でそう言ったんだけど、

「祝さん。不満がダダ漏れです。」

「えっ。」

顔に出てたか!って急いで顔を覆ったら

「本当に、わかりやすい方ですな。」

って。

(しまった!謀られた!)

顔を覆った指の間からゲンさんを見たら、ニヤリとしてこちらを見てる。

(もー、マジ、腹の立つカマキリ!)

不満丸出しの顔から手を下ろしていると、ショウコさんはノックする事なく、大きな扉に向かって、

「旦那様。お連れしました。」

「ああ。」

異質の扉の向こうから響く、低く不気味で迫力のある声。思わず背中がブルっとした。

ショウコさんは返事を確認すると、ゆっくりと扉を開けた。その動作から、扉の重さが感じられる。正面のソファーには老人がこちらを睨んで座り、

「入れ。」

なんて大柄なんだ!さっきまではちょっと怖いと思ったけど、今はムカッとしてる。ゲンさんはチラリと私を見て、視線を前に戻すと、

「本当にわかりやすい。」

「え?」

「今は、ダメですよ。」

(ん?何?ダメって。顔に出すなってこと?)

私が見ているのがわかっているのだろう、ゲンさんは意味深に口元をニヤリとさせ、マコトさんの後に続いて、部屋に入って行った。

ゲンさんの放った言葉の意味を考えていると、

「さ、お入りください。」

ショウコさんにそううながされ、少し慌てて後に続いた。

 マコトさんはいつでも凛としている。臆するって言葉が一番似合わないでしょ、ってその美しい後ろ姿が物語っていた。

そりゃそうか、神様なんだもの。

「初めまして。西条凛貴也さいじょうりきやさん。立派なお屋敷も、お一人で住むには広すぎるかしら。随分とヒンヤリとしていますこと。」

マコトさんがそう言うと、正面の大きなソファーに太々しく座っている西条はピクリと眉を動かし、

「ほう。すべてを調べていると。」

マコトさんが微笑むと、西条は、

「ふん。頼りなさそうな使用人と来るとは、そう言うことか。我が家の使用人たちをどこぞへ追いやったのもお前か。」

「なんのお話かしら。それにここに私の使用人なんていませんけど。」

マコトさんは、西条の向かいの椅子に座りながらそう答えると、ゲンさんが名刺を差し出し、西条の目の前のテーブルに置きながら、

「弁護士の王紋でございます。」

と名乗った。西条は名刺を見ることなく、ゲンさんを睨んでいる。その視線が次に私を見たので、

「助手の新情です。」

と、名乗ったのに、西条のヤツ、ノーリアクションでマコトさんに視線を戻しやがった。

「で。凜子はどこかな。」

「リコちゃんは二度とあなたの前には現れないわ。」

「ふん、なんだ。最近の誘拐犯は、身の代金を堂々とりに来るってわけか。しかも弁護士同伴でな。今時の犯罪者は大したものだ。」

「ええ、本当に大したものですこと。今時の犯罪者は、会社を経営するなんて。しかも警備会社を。」

西条の顔は瞬時に真っ赤になり、手にしていた杖が折れそうなほどの勢いで机を叩いた。いつもそうなのだろう、なれた感じの大きな音を立てた。

「誰に向かって口を聞いている。私は凜子の父親だ。娘が家にいるのは当然だろう。大口叩いてもお前の成れの果ては決まっている。今、土下座をするなら、まあ考えてやらん事もない。そこに土下座して謝れ!」

大きな声にもマコトさんは冷静に、

「行き先が決まっているとは、ご自分の事かしら。」

西条の顔は、いっそう赤くなり、杖でガンガン机を叩きながら、

「高慢ちきで口の減らないヤツだ。だが、良いか。お前がここで話している事は全て録音録画されてる。ワシが一人だと?甘いな〜。一声かければ直ぐに誠司が息子を連れて飛んでくる。小林も一緒にな!」

「あら弟の誠司さんだけじゃなく、所長の小林さんもご一緒。そんなこと言っていいのかしら。録音録画されてるんでしょう。」

西条はマコトさんの言葉に頭のてっぺんから噴火でもしそうな程顔を真っ赤にし、立ち上がると、

「誠司!何をやっている!早く来い!来い!」

そう叫んだが、なんの応答もない。

「あら。静かなままですこと。」

マコトさんの挑発に西条の顔はもう赤いを通り越して黒くさえ見える。

「誠司!おい!誠司!」

そう必死に叫んだが、何も起こらない。誰一人として、西条の部屋に現れるものはいなかった。

 ゲンさんがおもむろ動き出し、西条の隣のソファーに座ると。

「どなたも参りません。西条様、お一人でございます。」

「な、なんだと!」

ゲンさんは、うるさいなーとばかりに耳を抑えると、

「モニターはすでにこちらの手中でございます。大きい声を出されても、どなたにも通じることはございません。もちろん、そのお姿が映し出される事もございません。」

「な、何を言っている。お前たちがくることを誠司は知っている。モニターが動かなければ、それこそ怪しんでこちらに向かうに決まっている!」

マコトさんがニヤリとして、

「モニターの中の西条さんが動かなければね。」

「何が動かないだ!」

「今時、静止してるだけの乗っ取りなんてある訳ないでしょ。誠司さんのモニターには普段のあなたが写っていますよ。もっとも、あなたのことを気にしてみてくれていればね。」

「、、、どう言うことだ。」

マコトさんは体を少し前に乗り出し、

「誠司さんにとって、貴政さんはただじゃまな存在。でしょ。」

「な、」

「じゃまな存在が自分から出て行ったのよ。なんで戻ってくる手伝いをしないといけないの?リコちゃんだってそう。いなくなってくれたら誠司さんにとって、こんなに安心なことないわ。」

「ふざけた事を言うな!」

「だって、もう実権は誠司さんが握ってる。あなただってじゃまな存在なんじゃないかしら。」

「何をバカな。あいつは、誠司は、俺が手塩にかけて育ててやったんだ。」

「今も感謝してくれてるといいわね。」

「、、、。」

西条は何か言いたげに口をモゴモゴとさせていたが、マコトさんに言葉を返さない。

あんな上から恩着せがましく言われてたら、私ならとっくにラリアットを一発お見舞いして、こんなところさっさと出て行ってやる!

赤黒くなるほど興奮していたのに、意外にも西条はそのまま黙ってしまった。少しは弟にした事を思い出して反省でもしているのか?ゲンさんが、

「おわかりいただけたのなら、お話を進めさせていただきます。」

そう言って、書類とタブレットを鞄から取り出すと、

「こちらが、西条様が今までされていた悪行の一部でございます。我々は、西条様のお仕事に関しては興味はございません。貴政様。凜子様。またご両名のお母様にされた悪行のみ問題にしております。」

「何を言っている!ワシは貴政に悪行などしておらん。」

「では、凜子様とお母様方にはされたと。」

「、、、。何が悪い。ワシの息子!このワシの遺伝子を受け継ぐ息子、貴政を得るためだ。何も悪くない。凜子だって、貴政のために必要だった。実際、貴政が病気になって、役に立っているじゃないか。ただの女が、貴政の母親になれたんだ。ただの小娘が貴政の役に立てるんだ。ありがたい事だろ!感謝されても悪行呼ばわりされる覚えはない!」

間違いなく、今の私の顔は、西条の顔よりも赤くなり、頭から湯気だって出ているに違いない!

もーこのジジイにラリアット喰らわす!

絶対食らわしてやる!

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