五十二 ケース2 動く
リコちゃんも落ち着きを取り戻して、食べかけの卵かけご飯の続きを食べ始めた。
弁護士の王紋源次郎さんことゲンさんと鑑識課の岩渕岩さんことガンさんは、その様子を孫でも見るような優しい目で見ている。マコトさんが、
「ゲンさん、ガンさん。二人とも朝ごはんは?」
「ありがとうございます。すませております。」
「俺も、食べてきた。しかし、リコちゃんは美味しそうに食べるな。卵かけご飯、好きか?」
「うん。美味しい。」
ガンさんは、ごつい体に似合わない優しい笑顔でリコちゃんと話してる。
あれ?リコちゃん「うん」って言っていた。初めて会う人には警戒して、言葉遣いも大人のようだったのに。
ガンさんの笑顔がそうさせていたのか、ここがリコちゃんにとって、安心できる場所だと思えるようになったのか。どちらにしても、子供らしい受け答えをするリコちゃんの様子は私をホッとさせた。
駒井も、リコちゃんをニコニコして見ている。私は、
「駒井は食べるでしょ。」
そう言って、炊き立てご飯をよそっていると、
「あー。ありがとう。腹、ペッコペコ。リコちゃんみたいに卵かけご飯、お願いします。あ、できれば、ご飯大盛りで。」
リコちゃんが駒井に、卵はどっち派って聞いている。駒井にも馴染んでるね。二人で大きな口を開けて食べてる姿は、なんとも平和だ。
駒井が大盛りのご飯を食べ終わると、マコトさんが、
「さて、コマちゃん。どうだったかしら。」
「あ、はい。マコトさんの読み通りでした。あと、さすがガンさん、五年前の方も。」
「五年前も。へ〜さすがね、ガンさん。」
ガンさんはニヤリとしながら、
「ま、趣味みたいなもんだから。」
「違いますよ。鑑識の神。鑑識の鬼だからですよ!」
駒井は大先輩のガンさんをベタ褒めしてるし、マコトさんも当然ねって感じだけど、私だけがピンときていない。
「あの、、。五年前って?」
ぼやっと聞いた私に、駒井が少し困ったように
「えっと、、、ほら、あの、転落した、、ね、事件だよ。」
駒井は、わかってくれと相槌を求めるように目で合図を送ってくる
「あー。五年前。」
そっか、リコちゃんが思い出して怖い思いをしないように気遣ってるんだ。
「あ、でも、、それって、事故として終わった、、て。」
私の質問に駒井が、
「そうなんだけど、目撃者がいたって話があったでしょ。」
「うん。」
「目撃者がいるって事は、ガンさんの出番なんだよ。」
「ん?出番って言っても、、、え、どういうこと?事件じゃなきゃ、鑑識さんが呼ばれる事ないんじゃないの?」
「普通はね。ガンさんは呼ばれるんじゃなくて、自分から出かけるんだ。事件の時はもちろんだけど、今回みたいに目撃者がいるのに、事件って扱われないことや、鑑識の勘レーダーが働いた時なんか、鑑識の鬼が自ら出動するってわけ。」
「へー。でも、それって、、、。」
そう言いかけた私に、ガンさんが
「お、祝ちゃん鋭いね、そうだ、証拠能力に欠けるんじゃないかって思ってるんだね。」
「はい。素人なのにすみません。ちょっと疑問で。」
恐縮している私にガンさんはガッハッハと笑って、
「いやいや、鋭い指摘で大変素晴らしい。コマは初め、なんの疑問も持たなかったもんな。」
「ちょ、ちょっと、内緒にしてくださいよー。鑑識の神がおっしゃることを素直に聞く、良い青年って言ってください。」
「良い青年だけじゃ、刑事は務まらんぞ。まあ、今は一人前になってきたけどな。」
「おー!ガンさん!僕を一人前と認めてくださいますか!」
「ああ、ボチボチな。」
あんなに憎たらしかった駒井だったけど、リコちゃんの事で飛び回ってる姿を見ていたからか、鑑識の神に努力が認められた駒井の嬉しそうな顔は、素直に良かったと思えた。
ガンさんは私の方に向き直して、
「鑑識だからね、その辺は抜かりないさ。それに今回の事はどうも握りつぶそうとしている節が見えたからな、間違いのないように証拠を採取して、保存してある。」
「え、握りつぶす?って。」
ガンさんは少し声のトーンを落として、
「こんなこと言っちゃいかんが、五年前の事件は、政治家や大企業の汚職事案のような何処かに大きく影響するものでもない。足を踏み外しての転落だ。握り潰す必要があるとはとても思えない。追っ手から逃げる事で起きた転落事故ならば、普通に捜査して、悪いヤツを逮捕すればいい。それなのに、早々に当時の所長が事故として終わらせるように動いた。所長がだぞ!な、気になるだろ。」
「それで、ガンさんが動いて、バッチリ証拠もゲットしたってわけ!」
って駒井が胸はってるから、私が
「駒井が動いたわけでもないのに、偉そうじゃん!」
って言ったら、
「あ、そうでした。偉そうで、すみません。」
て、ぺこりと頭を下げた。そんな駒井が面白かったのだろう、大人達の会話を黙って聞いていたリコちゃんが、声を出して笑った。笑顔のリコちゃんに大人達がホッとしてる。
「さて、そろそろ、帰ってくるかな。」
そんな様子を優しい笑顔で見ていたマコトさんがドアの方を見ると、
「ただいま戻りましたー。」
って、元気に春吉さんが帰ってきた。
「ハルさ〜〜ん。お帰りなさ〜〜い。」
久しぶりの春吉さんの顔を見てホッとして泣きそうになったけど、
「では、動きますか。」
そういって立ち上がったマコトさんと目が合った時、心臓がドクンと大きく音を立てた。




