四十二 やっぱりハルさんだ
夏乃さんの言葉に、怒りが込み上げてくるのがはっきりとわかった。
よっぽど酷い顔をしていたんだろう、マコトさんが、私の肩を抱き寄せ、
「祝。こんな時こそ冷静によ。」
私は、大きく息を吸い込み、一気に吐き出して
「はい。」
マコトさんは私に微笑んで、そして夏乃さんに、
「もう一つの気になることって?」
夏乃さんは思い出しているようにゆっくりと、
「うん。以前、搬送された当時ね、リコちゃんの腸骨の辺り、、えっと腰の辺りね、そこに真新しい傷があったの。」
「傷、、。」
「ええ、正しくは、何かに傷つけられた傷というよりも、医療行為をされたようなもので、骨髄穿刺ってわかるかな?」
駒井が、
「骨髄バンクとかの骨髄ですか?確か血液の病気の疑いがある人にする検査でしたっけ?」
「コマちゃんよく知ってるじゃない。そう、その検査の後のようだったの。それで、何かあるのかと調べたけど、リコちゃんに病気はなかった。というよりも、その前段階の検査で、疑いさえないのよ。」
マコトさんが訝しげに
「じゃあ、どうしてそんな検査を?」
「わからない。骨髄穿刺って一般的な採血するのとは違って、それなりに時間もかかるし、技術も必要なの。」
「それなのに、わざわざ検査したって事?」
マコトさんの疑問は駒井も、私も感じた。
「ええ。私も不思議で仕方なかった。それに今の診察の時にも同じ傷があったの。初めて診察した時の古いものじゃなくて、新しい検査の後。一、二ヶ月くらいの間だと思う。首を鷲掴みにされたのも同じ頃じゃないかな。まあ、クローバーのアザだけでなく、この傷があったから、以前診察した子だと確信できたのよ。」
駒井が驚いて、大きな声で
「病気もないのに、大変な検査をまたしたって事ですか!」
「駒井、声大きいよ。リコちゃん起きちゃう。」
「あ、ごめんなさい。」
大きな声だったけど、リコちゃんはぐっすりと寝たままだった。よほど疲れているのか、それとも安心できているからなのか。
夏乃さんは、
「もしかしたら、リコちゃんを拘束しているっていうか、彼女の血液を欲しがっている人物に、血液の病気があるのかも。」
夏乃さんの言葉に、駒井が、
「でも、こんな幼い子はドナーになれにですよね?」
「コマちゃんほんとによく知ってるね。確かにドナーになれるのは二十歳からなんだけど、親族間であれば骨髄ドナーは一歳からできるんだよ。」
「って事は、リコちゃんの血縁者って事ですか?」
駒井はそう言ったが、マコトさんが重い口を開くように、
「正式な骨髄移植であれば、でしょ。」
「あ、、、。」
「そうだね。私もそう思う。親族間で骨髄移植をするのであれば、病院でなんの問題もなく実施しているはず。娘を抱えて走って逃げるって事はそうでは無い。正式なルートを使えない人間が金にものを言わせてリコちゃんから血を抜き取ろうとしているって事だと思うよ。」
「血を抜き取る?、、なんてことだ、、酷すぎる、、。」
駒井は唇を振るわせ、目が赤くなっていった。マコトさんは、そんな駒井の肩に手をやり、
「コマちゃん。まだそうと決まった訳じゃない。とにかく、調べないとだよ。」
駒井は自分を落ち着かせるように、目を閉じて頷き、頬をパンパンと2回叩くと
「そうですね。冷静にちゃんと考えないと。まずは外のバンのナンバーですね。」
マコトさんも頷き、
「どう?見えた?」
「三階からでも、ちょうど柱があって見えませんでした。」
「そっか。こんな時、ハルが居たらすぐなんだけどな〜。」
二人のやりとりに、ただ腹をたて、泣いているだけの自分が情けなくなった。私も涙をぬぐい、頬を叩いて気合いを入れ、
「ハルさんきっと暇してますよ。夏乃先生、ハルさんに電話する許可もらえますか?」
夏乃さんはニヤリとして、
「医者としては出来ないけど、姉としては許可する!」
「ありがとうございます。」
私はすぐに春吉さんに連絡を取った。駒井は、
「祝ちゃんどうするの?ハルさん入院してるんだから、電話したって。」
「良いから、黙って!」
「もー。本当にツンデレ姫なんだから。」
ごちゃごちゃ言う駒井の口を手で抑え、2コールで出た春吉さんに、
「ハルさん。祝です。」
「おー。元気いっぱいだな。俺もなんだけど、退院させてもらえないんだよー。」
「夏乃さん、ここにいらっしゃいます、聞こえちゃいますよ。ふふ。」
「やべ。」
「それより、暇してますよね。」
「おう。暇ひま。脳みそ腐るぐらい暇だよ。」
「では、ミッションお願いします。」
「おー。待ってました!」
春吉さんの声は、私に元気をくれる。
「私のスマウォでビデオ撮れるように起動させてください。私じゃどうしていいか分かんなくて。」
「そんなのお安いご用だけど、何撮るんだ?」
「外にいる黒服の連中の顔と、乗っている車の持ち主の特定です。」
「お、楽しそうだな。祝のスマウォも起動させるが、商店街の防犯カメラをハッキングしたら今すぐ分かるぞ。」
春吉さんとの電話が漏れ聞こえた駒井が、自分の耳に両手を当てて、
「あー、あー。何にも聞こえません。俺は何にも聞こえません。あー、あー。」
春吉さんに、その声が聞こえたようで、
「祝、コマちゃんもいるのか?」
「はい。」
「そうか。結構そっちは大変な事が起きてるみたいだな。」
春吉さんとの電話に夏乃さんがいきなり、
「ハル、姉ちゃん。」
「おー。な、なんだよ。お、おとなしくしてるぞ。」
「体だけ、おとなしくしていたら良し。そこから、カルテもハッキングできる?」
「まあ。お茶の子サイサイだけど、なんでだ?帰ってきて自分で見た方が早いだろ?」
「良いから。やって。五年くらい前。名前がリコ。当時、3歳から8歳歳くらい。女子。母親と一緒に搬送。血液型RHマイナスAB。腸骨にマルク跡。調べて!」
春吉さんは、3秒くらい間があって
「ああ〜、姉ちゃんがカルテ開けるとやばいって事か。」
「答えなくてもわかるでしょ!アホハル!」
「了解。」
ここにもツンデレ姫がいるなって思っていたら、
「もー。夏乃先生までー。僕は何も聞こえてませんからねー。」
駒井の困った様子が面白くて、さっきまで怒りと悲しみで泥沼の底に沈まされていた気持ちが闘うモードに浮き上がってきた。
「ハルさん。まずは、私のスマウォお願いします。」
「お、了解。1分待ってくれ。カバンの中から取り出すからな。」
「あ、そうですよね。遠隔だって、PCないと。あ、大丈夫ですか?」
「俺様を誰だと思ってるんだよ。この時代、ポッケがあれば持ち歩けるPCくらい、いつでも持ち歩いてるさ。」
凄腕エンジニアの春吉さんの口から飛び出した、『ポッケ』って言葉が、私の気持ちをホッと落ち着かせてくれた。




