四十一 飼われる
リコちゃんは、夏乃さんが診察することを受け入れてくれた。マコトさんが、
「レディーの診察だから、私とコマちゃんは席を外すわね。」
そう言って、駒井を連れて階段を上がって行った。
「祝ちゃんは、リコちゃんの隣に座ってもらおうかな。」
夏乃さんの言葉に、リコちゃんはホッとしたように私を見ている。とっても可愛らしい笑顔で。
先ずは、痛がっていた背中を診察。ブラウスを脱ぐと、きちんとご挨拶ができるほどにしっかりとしていたリコちゃんが、急に不安になったのか、私の腕にしがみついてきた。
「リコちゃん。私のお膝においで。」
リコちゃんは、私の言葉に嫌がるでも恥ずかしがるでもなく、膝にのり、抱きついてく来た。夏乃さんが、
「そう、祝ちゃんにくっついてる方がいいね。リコちゃん、痛いことはしないよ。写真を撮るけど、良いかな。」
リコちゃんは夏乃先生の方に振り向かず、私の腕の中で、
「はい。」
小さく返事をした。
キャミをそっと持ち上げると、リコちゃんの小さな背中には何かで叩かれた傷が、いくつもあった。古いものから、治りかけのもの。中に一つ、ここに来る直前に叩かれたのでは無いかと思うほどに新しい傷もあった。
「これが痛かったんだね。リコちゃん、一箇所だけ背中にお薬塗るよ。触るよ。」
「はい。」
「少しだけ、しみるかな。」
リコちゃんはしみて、痛いだろうに声も出さずに我慢している。
血が滲んでいる傷に、薬を塗っている夏乃さんの目は潤んでいた。
首につけられた傷は何度もではなく、一回、激しく掴まれてできた傷。
どうして、この一回だけ首を鷲掴みにされたのか、その時何があったのか、夏乃さんは聞くことはしなかった。
ただ、腰の辺りを診察している時の一瞬と、左の肩の辺りにあるアザを見た時の夏乃さんの反応が、他の傷とは違っているように見えた。
治療も証拠となる写真も撮り終え、夏乃さんがマコトさんたちに声をかけると、三階から戻ってきたマコトさんの手にウサギのぬいぐるみと部屋着があった。
「さ、どうぞ。ここではゆっくりくつろいで。」
リコちゃんは可愛い薄桃色の部屋着に着替えると、マコトさんの腕の中にいるウサギのぬいぐるみを見て、
「ウサギさん、良いの?」
「良いよ。ウサギさん、リコちゃんと一緒に居させてあげて。」
「わああ。ありがとう。」
ウサギのぬいぐるみを抱きしめているリコちゃんは、Pに来てから、初めて子供らしい姿。その様子を見ていた夏乃さんが
「うさぎさんが来たから、安定剤は要らなかな。でも、痛み止めだけ飲もうね。」
薬を飲むと、リコちゃんは程なく、また眠りについた。
駒井も階段から降りてくると、
「あ、また眠れたんですね。良かった。夏乃先生、それでリコちゃんは?」
夏乃さんは、診察の結果を一通り話終わると、
「私、この子を診察した事があると思う。」
そう話だした。私が、
「左肩にある、アザですか?」
と尋ねると、
「ふ。さすが、マコトさんが見込んだ子ね。鋭い事言うじゃない!」
「夏乃先生の表情が一瞬変わったので。」
駒井がニヤニヤしながら、
「へー。祝ちゃん、のんびりビーム発射してるだけじゃ無いんだー。」
「もー駒井、うるさい。」
マコトさんが、仲良しは後でゆっくりしてちょうだい、と言いながら、
「それで夏乃さん。いつ診察してるの?」
夏乃さんは何かを思い出すように、
「確か、五年くらい前だったかなー?リコちゃんが、3歳、、いや5歳くらいだったんじゃ無いかな?母親と一緒に救急車で搬送されて来たと記憶してる。この子には大きな傷は無かったんだけど、母親は酷くてね。逃げる途中で足を滑らせ、どこかの公園の崖を子供を抱えて背中から滑り落ちた傷だった。」
「逃げる?」
「ええ、救急車を呼んだ目撃者がそう言ってたと思う。」
「それで?」
「母親はICUに入院になって、子供は小児科病棟に。左肩に四葉のクローバーの形のアザがあったから、リコちゃんに間違いない。」
「あ、それがあのアザ、、。」
「うん。母親の入院が長引くから、子供は児相が一時保護したのよ。不思議だったのは、母親の入院費は、どこからか振り込みがあったようなの。」
「え、どこからですか?」
駒井が驚いて聞いた。
「ごめん。医者の私は、その辺り詳しくなくて。」
「あ、すみません。そうですよね。」
マコトさんが、
「リコちゃんが、児相に行った後どうなったかも、わからないわよね。」
夏乃さんは申し訳なさそうに、
「ごめんなさい。それも、わからない。それに、私は救急医だから、母親を外科に申し送りで渡した後の事もはっきりとした記憶がなくて。」
「うんん。悲しいけど、救急搬送は毎日ひっきりなしだもの。しかも五年も前の事。よく、リコちゃんの事思い出してくれたわ。」
マコトさんの言う通りだ。忙しい毎日で、五年近く前に搬送されたリコちゃんと母親の記憶があるなんて、さすが夏乃さんだ。駒井が、
「まずは、母親の入院費を誰が支払ったのか。リコちゃんが児相の後、どのように生活していたかですね。」
夏乃さんは、椅子に座り直すと、
「ただ、この子に気になる事が二つあって。」
「気になる事?なんですか?」
駒井が身を乗り出して聞いた。
「ええ。一つは、リコちゃんの血液型が、RHマイナスAB型って事。」
マコトさんと駒井は驚いていたが、
「それって、そんなに特別なんですか?」
私は、なんとなく耳にしたことはあったけど、詳しいことはさっぱりわからない。夏乃さんが、
「うん、少ない。基本、日本人はRHプラスが主流なの。RHマイナスは、200人に一人。AB型も少なくて、10人に一人くらいの割合なの。つまり、RHマイナスAB型は2000人に一人だけ。」
「、、2000人に一人、、そんなに、、。」
「そう、とても少ない。リコちゃんが怪我や、病気で手術になり血液が必要になったら、とても大変なのよ。」
そして、夏乃さんは少し前屈みになり
「逆に言えば、RHマイナスAB型の人にとって、リコちゃんの存在はとても貴重って事よね。」
「え、、じゃあ、、もしかして、、。」
夏乃さんは低い声で、
「そう。これって、リコちゃんの血液型に絡んだ事件なのかも。」
私は息をのんで、震える声で夏乃さんに尋ねた。
「リコちゃんの血液を必要としている人間が、リコちゃんを抱え込んでいる、、って事ですか。自分の血の為にだけに、幼い子供を?」
「うん。嫌な言い方をすると、自分の為にリコちゃんを飼っている、、ってことなのかも。」
リコちゃんの首に残る傷。
動物のように首を掴んで持ち上げられた、その扱い方が、夏乃さんの言葉を裏付けている。そう思えた。




