四 卵サンド
翌日、目が覚めると現実が天井から降り注いで来るようで起き上がれる気がしなかった。
「はあー。何にも変わらない1日が始まるのか、、、。掛け布団よ、このまま私をベッドに縛り付けておくれー。」
昨日の線路沿いの気持ちが続いて、芝居がかった自分がいたけど、少しも笑う気にはなれない。
ふと、
ーとりあえず、動いたほうが良いっしょー
急に金髪女子の言葉が頭をよぎる。
「とりあえず、、、か。」
目覚まし時計の横に置いた名刺に首だけ動かして目をやり、ゆっくりと天井に視線を戻す。
「にしても、怪しすぎるよね。」
たまたま入ったレトロ喫茶のカレーが美味しくて。
ぶっ飛んでると思った金髪女子が、たまたま優しい子で。
たまたま広げたエントリーシートをたまたま居合わせた美人がたまたま見て、スカウトしてくれた。しかもスパイに!
「いやいや、スパイにスカウトされてないし。」
ため息が出そうだけど、一人暮らしも三年になると、一人突っ込みも板について来る。
ーとりあえず、動いたほうが良いっしょ!ー
金髪女子の言葉が頭の中でこだましている。
「だね。動くか!」
掛け布団を跳ね上げて、顔を洗い、チャチャっと化粧して、お気に入りのピアスをつけて、線路沿いを歩き出した。
「あの容姿からしたら、朝は弱そうだし。チャンスタイムだね。」
一人ほくそ笑んで早足で隣の駅まで急いだ。
地図を見るのは得意な方。一度見たら大体頭に入る。駅の手前にある川沿いの桜並木に目をやり、手書きの地図を思い出していた。
「多分、あれかな。」
古びた三階建のビルがすぐに目に止まる。近くまで行ってみるかと、また歩き出すと、川の反対側にスラリとした影が動いた。何気なく目をやると昨日のモデル体型の人、マコトさんが平家の民家から出てきた。
「わあ。まずい。」
全然朝に弱くなかったじゃんと心の中で叫びながら、慌てすぎて、思わずそこにあった自動ドアの店に飛び込んだ。
「言っらしゃいませ。」
元気な声のする方を見ると、ツインテールの店員が笑顔でこちらを見ていた。
「店内ですか?お持ち帰りですか?」
そう言われ、ハッとして見回すと出勤前のサラリーマンがコーヒー片手に新聞を読んでいる。一番奥の二人がけの席から立ち上がる人が見え、
「あ、ええっと。店内で。」
そう言って壁のメニューを見ながら
「コーンスープと卵サンド。」
そう急いで注文すると、急にお腹が空いて今にもグーっとなりそうだ。すぐにカウンターに用意されたスープと卵サンドがさらに空腹を加速させ、お腹がなるのを抑えられなかった。ツインテールはごゆっくりと言って笑っていた。
(今の笑顔は仕事だから?それともグーって聞こえた?)
私も愛想笑いを返して、一番奥のテーブルに着く。
(なんか、思わず入ったけど。めっちゃ美味しそ〜。)
パンの厚みと同じ、いやそれ以上にマヨネーズで和えられた卵がサンドされている。かぶりつくと
「う〜ん。」
声が漏れ出るほどだ。黄身はしっかり残っているのと、半熟だったのかトロリとまとわりつくのと二種類混ざっている。引立てだろうか、大きさの違うだろうコショウの粒がグッと味を引き締めてくれている。
「こりゃたまりません。」
隣のやはり卵サンドがテーブルに載っているおじさんがニヤリとしていた。聞こえちゃったのかも。そう思っていると
「あ、マコトさん。おはようございます。」
その声に咳き込みそうになったけど、グッと堪えた。
(マコトさん?まさか、入ってきちゃったの!マズイマズイ!絶対マズイ!)
別に、ここの卵サンドが美味しいから、朝食として食べにきましたー。で良いんだけど、後ろめたすぎて、心臓がバクバク鳴り出した。冷や汗が出るほど焦っていると、ツインテールが
「できてますよ。卵サンド。」
(た、卵サンド!できてる?どうしよう、こっちに着ちゃったら。なんて言おう。なんて言い訳しよう。卵サンドが美味しいって聞いてたからっとか通用するかなー。なんか口がもつれて上手く話せそうもないよー。)
もはや心臓が口から出そうだったけど
「ありがと。」
「美佐枝さん、どうですか?」
「今朝は気分が良いって。」
「良かった〜。」
「この卵サンドでもっと元気になれそよ。じゃあ。」
(あーーーー。私も、良かったー。)
その会話で、こちらには来ないとわっかた。おじさん越しに、入り口の方を見ると、紙袋を手にしたマコトさんが店を後にする所だった。
その後ろ姿は、何となく疲れている。私はお水をとりにいくふりをして、マコトさんの行き先を確かめた。やはり先ほどの民家に入っていくようだった。
席に戻って、卵サンドとコーンスープを食べながら作戦を練った。
(とりあえず、何の仕事なのかを確認しないと。Pってだけじゃ動こうにも動けないよ。今の所、分かっているのは会社の場所だけ。それも手書きの地図上だけ。住所が分かんないからググれないし。従業員の人数とか、年商とか、採用基準とか。大体、なんで私に声をかけてきたの?マコトさんって何者?。従業員?社長?オーナー?今日はお休みなの?とにかく調べなきゃ。)
二人の会話からマコトさんが運んで行った卵サンドを待っているのは、体調崩した人に違いない。それならすぐには出てこない。絶品卵サンドをゆっくりと味わっても問題ないと踏んで、のんびりと朝の時間を過ごすことにした。