三十四 禁止って?
マコトさんの笑顔は、ほっとできる魔法の笑顔。でも今はめちゃめちゃ緊張する。
「祝、驚かせちゃったけど、今まで通りよ。」
そんなこと言われたって、まだ理解できていない。
脳が、思考が追いついて行かない。
どうしたら良いのか整理がつかない。
だって、そうでしょ!
さっきまで素敵なお姉様、、いやいやお兄様って思ってた人が、本当は神様ですよ!なんて言われて、そうなんですねって納得できるわけないよ。
それなのにマコトさんは、神様が座る朱色の椅子に腰掛け私を見て、
「そんなこと言ったて、まだ理解できません!って顔に書いてあるよ。」
そう微笑んでいる。
「はあ、、その通りです。」
ため息まじりに私は答えると、椅子から立ち上がり、美佐枝さんの足元に跪き、
「マコト様。いえ、東方神様。数々のご無礼をお許しください。」
これでもかってほど深々と頭を下げた。
「祝〜。私の話を聞いてなかったの?今まで通りって言ったでしょ!」
マコトさんは呆れたように言うけど、私は
「いえ、そ、そんな訳には参りません!」
思ったよりも大きな声が出たらしい、マコトさんも美佐枝さんも吹き出すように笑い出した。
「えっと、、、。」
二人の反応に困惑していると、美佐枝さんが、かがみ込んで顔を近づけ、
「それこそ、そんなこと言われたって、無理ですよね。」
「、、はい、、。」
「ふふふ。さ、椅子にかけて。」
私の肩に手を置いて、立ち上がるように促してくれた。
マコトさんを見ると、まだクスクス笑っている。
「笑わないでください。まだ、どうしていいか、、、。」
「ごめん、ごめん。確かに困るよね。でも本当に今まで通りよ。」
「、、、。」
困り果てている私に、マコトさんは背筋を伸ばし、視線を上から落とすように私を見て、
「では、申し渡す。『はふり』今まで通りにせねばならぬ。」
「う、、、。」
「これで良いかしら。ふふ、今まで通りよ、祝。」
マコトさんは相変わらずの魔法の笑顔なんだけど、今まで通りではないことは明らか。それでもこう答えるしかない。
「はっ。承知いたしました。」
だって、神様からのお言い付けなんだから、承知する以外に選択肢なんてあるわけない。
頭を下げ、下げながら本当にどうしたら良いのかと自問自答していた。
そんな私に美佐枝さんが、お茶と琥珀糖を勧めてくれた。
彩り豊な琥珀糖。向こうの世界にいた頃から大好きなお菓子。
とにかく今の自分をなんとか落ち着かせたくて、宝石の様な琥珀糖を口に含む。表面がカリ、シャリ、サックとして、中がプルン。美佐枝さんの琥珀糖は、黄色やオレンジ色でほのかにゆずの香りがする。
「あ、甘さの後に爽やかさが広がりました。あのお、、む、むすひ様の手作りですか?」
美佐枝さんは微笑んで、
「美佐枝と呼んでくださいね。」
「あ、すみません、、、。美佐枝、、さん、、、。」
「ありがとう。そうよ、手作りなの。庭に柚子の木があってね。毎年作るんですよ。琥珀糖の中には、柚子の皮をお砂糖で煮込んで、小さく刻んで入れているのよ。マコト様も大好きでね。毎年楽しみにしてくださっているの。」
「あら、美佐枝さん。マコトさん、でしょ!」
「あら、失礼いたしました。マコトさん。」
神と神使職。神様のマコトさんをマコト様とお呼びしたい気持ちはとてもよくわかる。美佐枝さんも優しい方なんだな。私に神様を『さん』で呼ぶことをさりげなく教えてくれている。今まで通り、『マコトさん』と呼びなさいと。
美佐枝さんの琥珀糖を陽にすかして見ると、琥珀糖の中に黄色い小さな粒がキラキラと光る。
「うわあ。キレイ。柚子の皮、黄色くて可愛いですね。本当に宝石の様です!」
マコトさんが、そんな私を見て
「ふ、やっと、いつもの祝になった。」
「あ。」
「美味しいもの食べてる時の祝は本当に可愛いわね。」
「食いしん坊で、、すみません。」
美佐枝さんも喜んでもらえて嬉しいと言いながら、私の隣に座り、一つ琥珀糖を口に運んだ。琥珀糖が口の中で溶けていく様に、緊張もだんだんと溶けていく。
マコトさんも目を閉じて琥珀糖を頬張り、大好きな柚子の香りを楽しんでいるようだ。
琥珀糖の後味を楽しんでいると、マコトさんが
「さて、美味しいものを食べて、少しは気持ちも落ち着いたかな。」
「は、はい。」
「そう。良かった。じゃあ、もう一つの本題ね。」
「本題?ですか。」
琥珀糖を食べて幸せな気持ちになっていたけど、マコトさんの顔を見て、自然と背筋が伸びた。
「そう。祝に伝えておかないといけない大切な話よ。」
「伝えておかないといけない、、?」
「ええ。そう。」
なんだろう。少し怖い。マコトさんは椅子の背もたれから背中を外して、少し前に体を起こして私に問いかける様に、
「美佐枝さんは、『むすひ』よね。」
「あ、はい。」
「美佐枝さんはこちらの世界でも『むすひ』としての力を出しているの。」
「こちらの世界でも?」
マコトさんにそう言われて、改めて思い出した。
マコトさんのことを探る時に飛び込んだ、卵サンドの美味しいお店、チルで聞いた『M』がこの街の人たちにしている事。そして『M』は、美佐枝さん。
卵サンドも、チーズケーキのお店も、千花ちゃんのアクセサリーも、美佐枝さんから助言を得たことで、仕事を新しく始めたり、今までより発展させている。
そうだ、これこそ生み出し発展させる『むすひ』の力なのかも。
「街の人たちが言っていた『M』がまさにそれですね。」
「そうよ。美佐枝さんはこちらの世界の助けをしている。己の神使職の力を注いでね。」
「こちらの世界で『むすひ』の力を」
「できてしまえば当たり前で、簡単に見えるけど、この琥珀糖の中の柚子の皮の小さなかけらの様に、少しの違いが物事を大きく変えたり、前進させることになる。」
確かにそうだ。キラキラと光る、この小さなカケラがあるだけで、私の知っている琥珀糖とは違う。甘いだけでなく、爽やかで、ほろ苦い、口の中で何ども表情を変えている。こんな琥珀糖は食べたことが無かった。
すごいと思うのと、なぜあちらの世界に戻らず、神使職の修行で降ろされたこちらの世界に残り続けているのかと疑問も同時に浮かんできた。
美佐枝さんに聞きたいと思ったが、その前にマコトさんが、
「では、祝。あなたは?あなたの神使職の力とは、何かしら?」
「わ、私の力、、、ですか?」
マコトさんにそう言われても、まったくわからない。
私はまだ修行の途中。一年後に、ちゃんと修行が明けて、私が神使職になれたとして、持つ一つの力って何。それはいつ?どうやって?しかも、授かるものなのか、元々持っているものが覚醒するのかさえわからない。
「えっと、、、。」
答えがまるでわからない私に、マコトさんが、
「祝、ラリアットは当分禁止よ。」
そう微笑んだ。
なんで?




